王子様とピザ sideポール
張り切りすぎて鬱陶しい位の同僚と主に言われるがまま従う特殊モンスターと共に、モンスターの群れの討伐を任された俺は、少々物足りなさにやる気を削がれていた。
だってそうだろ。
俺と同僚は国でも珍しい龍騎士の称号を持つ特別に騎士だ。
それに、一緒にいるのは特殊モンスターの中でもかなり強い部類に入る中型獣モンスター。
そんな俺たちが、警備兵がやるようなことをしなければならないのだ。
いくら主の命令でも人数が多すぎる。
なんなら同僚だけでも大丈夫な群れだろう…
俺のやる気なさが目に付いたのか、特殊モンスターブルーノが怒ったように唸り声をあげた。
《ぽーる…きをぬきすぎてる…けがしたら、える、かなしむ》
「あいつが、俺の怪我如きで悲しむものか。」
「ポール、エルいないのに…そんな憎まれ口叩いても虚しいだけよ。」
《える、やさしいの。ぽーるが、いちばんしってる。》
「ああ。」
「それに、一般兵のやる仕事量だったらライルさんが人数調整するでしょ?」
《さら、えーんえーんするから、らいるに、つよいもんすたー、いるのいっちゃだめって、とめられた。》
「「……」」
《らいるのはなし。すたんぴーどほどじゃないけどきをつけてね。だってー。》
魔王様は、俺にも内緒にしていた。
大方、いい忘れちゃったー。くらいにしか考えていないだろう。
アイツの兄なのだからそれくらいの認識でいるに違いない。
あの兄弟は、日頃から思っていたが俺に対して扱いが雑すぎる。
戻ったら一度文句を言うしかない。
《ぽーる、さら、きあいだいじ!くる!》
急にブルーノの威圧が上がり、瞬時に警戒を強め身体強化を使った。
森の奥からバキバキと木や枝が折られる音が、無数に響き渡り、気分が悪くなるような魔素が煙のように押し出てきた。
これは、ブルーノがいっていた通り、気を抜いていたら腕の一本取られてしまいかねない。
サラを見てみると、深呼吸を数回して身体強化をかけていた。
エル曰く、豆腐メンタルだけどやる時にはやる奴だ。
因みに、豆腐というのがよくわからないが、柔らかく脆い食べ物なのだという。
ブルーノの居る方向から人の気配がしたので視線を向けると、獣人のようなモンスターが立っていた。
「これは…魔族の落とし物だ…二人とも、弱そうに見える奴でも魔素の霧を吸って強くなってるから気を付けて。」
「ブルーノなのか?」
「そうだよ。この辺り、一気に魔素の霧で満ちてきたから本来の姿に戻ったんだ。」
「ぶぶぶぶぶぶブルーノ!!これを巻きなさい!!!!」
サラは、自分のマントを乱暴に取ってブルーノに叩きつけた。
そうだな。いくらモンスターでも成人男性に近い姿の全裸は、視線のやり場に困るか。
慌てふためくサラと違って、ブルーノは余裕の笑みを浮かべてマントを腰に巻いた。
これが、エルの可愛がって止まないブルーノか…なんとも複雑な心境だ。
「口から霧を出してるモンスターが居たら要注意。魔族のペット兼魔素製造モンスター、ディモンスだから。」
「ディモンスか…一度だけ見たことがあるが、厄介だな。」
「うあー…私あれ嫌いなんですよね…ネチョネチョしてて。」
「ねちょねちょ?多分、サラが見たのは幼体だよ。これから出てくるのは成体…体に触れないように気を付けてね。」
「成体…サラは、周りのモンスターを頼む。俺とブルーノが連携してディモンスを倒す。」
バキバキと木々を破壊する音が近くなってきたので、いよいよモンスターが出てくるのかと思いきや意外な人物たちが森から出てきた。
アジュとサフランが言っていたギルドの冒険者に会わないな。とは思っていたが…魔素に当てられ過ぎて、肌の色が紫色へと変化した人間達が、助けを求めてフラフラと歩いて近づいてくる。
「サフランが居れば…浄化できたかもしれんが…」
「それにしても間に合わないよ。目まで濁りだしてる。」
「半死状態ですね…どうにもできないなんて。」
「エルが居なくてよかった。」
「「うん。」」
エルは優しすぎる。助けを求めてくるものが、どうにもできないで苦しんでいるのを放ってはおけない。
あれの慈悲深い心も守りたいものの一つだ。
俺達は、こういう状態に変な言い方だが慣れている。
「苦しみから解放してやるしか術がない。まだ、理性があるなら身元の分かるものを地面に置け。」
「私たちが、責任をもってギルドへ届けよう。」
数人の人間たちが、懐からナイフを落とした。
このナイフは、刃が潰れているギルド支給の身分証明書代わりのものだ。
特殊な金属で作られていて、壊れることがない。
その為、自分の身に何かあった場合の証明になる。
「貴殿達の勇気と正義に敬意と祈りを!」
「私達龍騎士の名の元に勇敢な魂を神へ返す!」
剣に力を籠め、閃光と共に振るうと数人の魂が天へと帰っていった。
隣ではサラが微風の様に人間の間を擦り抜けて剣を鞘へと納めた。
「二人は、立派な騎士だね。エルも鼻が高いんじゃないかな?」
ブルーノは、やはり規格外のモンスター。
本来の姿を手に入れたせいか、力が増して驚異的だ。
俺達が人間を土へ戻しているほんの僅かな時間で、モンスターの山を築いていた。
更に、その山の上で涼しい表情で休憩していたのだ。
そんな姿を横目にナイフを拾い集め、腰に下げていた用具入れへ入れた。
「ブルーノ…お前はやっぱり凄いな。」
「そんなことないよ。流石に、ディモンス相手に一人で挑むとか無理だもの。」
「私やることなくなってしまったんじゃ…」
ぞわっと全身の肌が泡立つのを感じた瞬間、高い咆哮が空気を揺らした。
ディモンス。
魔族の貴族が、快適にこちらの世界を楽しむために連れて歩くペットモンスター。
知性はなく、生み出した主のいう事しか聞かない。
知性がないので、主と行動を共にしている間にはぐれ、今回の様に彷徨いながら仲間を増やして群れを成していく。
幼体は、粘着質の泥のような体で、成体になるとその泥のような体から手足が8本生え、移動速度が上がる。体を覆う泥のようなものは熔解粘液で、触れると骨まで溶かす。
コイツを対峙するのは2度目。
前回は、未熟だった為、剣が溶けて折れ、逃げるしか方法がなかった。
だが、今回は違う。剣も龍騎士になって貰った一級品。腕も格段に上がっている。
それに味方であるブルーノ。
これで負けたらエルにモブよりも酷い扱いをされるだろう。
「サラは、援護。俺は手足を切り離すからポールは、その剣技で真っ二って感じでお願いね。」
「「了解!」」
時間はかかったものの、何とか作戦通り動いてディモンスを倒し終えると、ブルーノは元の大型犬に戻った。
辺りを取り巻いていた魔素が消えていった為だ。
何匹か残っていたモンスターは、我に返ったようにそそくさと森の奥へと逃げていった。
取り敢えず一件落着。
辺りに散らばる魂の抜け殻は、空に吸い込まれるように消えていき、モンスターの死体があった場所には魔石がいくつか転がっていた。
《まそをいっぱいすったから、からだが、たえられなかったんじゃないかな?》
「俺達は兜をかぶっていたから魔素をそんなに吸わないで済んだが…恐ろしいものだな。」
《どくだからね。》
「早く帰りましょう。エルが心配しています…うひひ。」
「心配してるんじゃなくてご褒美のこと考えてるだろ…」
最近変な趣味に目覚めた女性組は、時々変な目で俺やエルを見てくるが…そのうち飽きるだろ。
二人と一匹、主もとへ急いで戻った。
その途中で休んでいる団体に声をかけて、進んで大丈夫だと告げていき、合流したのは日が沈んだ頃だった。
「これは一体…」
「三人ともお疲れ様ー。」
エルは、ぐっすりライルの膝枕で眠っていたのだ。
他の二人は、丸く出たお腹を幸せそうに笑いながら撫でまわしている。
「俺達は、結構強い奴らと戦ってきたんだが?」
「ごめんね。エルが作ったものを温めるからそれで許してくれない?」
《……える…またべるべりたべた。》
「こいつめ…」
心配の一つでもしているかと思ったが、これで良かったのかもしれないな。
食事の用意をするライルと膝枕役を代わり、腹が苦しいと文句を言いながらも魔道具に魔力を流してくれるアジュを眺め、先ほどまでの死闘が嘘だったように感じつつ息を一つ吐いた。
「ん…硬い…むむ…ポール…硬い…」
「寝てても煩い奴だな。これでいいか?」
俺の側にいたブルーノへとエルを置いた途端、満足げにブルーノの毛に顔を埋めて寝直した。
飽きない奴だと思い、頭を撫で続けていると嗅いだことがない良い匂いがしてきた。
ブルーノが頻りに鼻をひくひくと動かしている。
「はい、たくさん焼きあがったから好きなだけどうぞ。切り分けてあるから食べやすいと思うよ。」
「エルからの託けでブルーノはこっちだって。自分がベルベリ食べられないの忘れてるのに、ブルーノのことは忘れてないんだよねー。」
《わーい!える、だいすきー!》
簡易的なテーブルに、色とりどりの豪華な食卓が広がった。
色々な場所へ行ったが、こんな料理は見たことがない。
一口齧るとアツアツなのだが、口の中いっぱいにソースの香りとチーズの濃厚な味が広がる。
こんなうまいものをアジュとサフランは、腹が丸くなるほど食べたのか…ならば、俺も思う存分食べることにするぞ!
これは美味い!!




