命名は主の役目
仮契約も済んだので、地下牢から出して狭い廊下に並んでもらった。
主として、これだけは確かめなくてはならないからな!
「お前たち…名前教えてくれる?」
「わわわわわたし…たたたち…な…なな…名前ない。」
「奴隷に名前を付けないのはよくあることです。俺と妹は声もあまりかけてもらえませんでした。」
「こりゃ、まいったね。名前がないと不便すぎるから勝手に付けていいかな?」
『はい。』
奴隷って、この世界に居たり酷い扱いを受けてるってのは聞いたことあったけど、まさかこれ程とはね。
ホフタに行ったらこんなのがウヨウヨいるのかよ。
想像するだけで、耐えきれなくなって、俺大暴れしちゃいそうだ。
まずは、怯えて震えている猫のハーフビーストに近づき、微笑みながら両手を包み握った。
その手は、やせ細っていて指先のあちこちに皸が出来ていた。
「お前の名前は、フィアット。俺は、子供だけどお前の主であり、親代わりでもある。フィアットが怯えて過ごさなくていい生活を約束する。何かあったらすぐに俺に言うんだよ?」
「…はい…はい…」
フィアットの目からボロボロとこぼれる涙を、持っていたハンカチで拭いてやり、そのままハンカチを握らせた。
次に、デビルハーフの妹に、フィアット同様微笑みながら手を握った。
初めは震えて、俺の手から逃れようと手を引こうとしていたが、下唇を噛みしめてその衝動を耐えているようだった。
「逃げなくて偉いね。お前の名前は、リブラ。兄もお前も俺が面倒みる。お前たち兄弟が自由に過ごせる場所まで俺が責任をもって送ろう。」
「ふぁい…」
噛みしめていた唇は、ますます赤くなっていたので軽く赤くなっている部分を撫でてやってから隣の兄へと視線を向けた。
男の手は握りません!当たり前だよ!
……なんだよ、なんだよ…カンバーが、笑顔で当然握るんだろって圧力掛けてくんだけど!
分かりましたよ!
兄の方のゴッツイ手を握ると生きている者なのか疑いたくなるくらい冷たくひんやりしていた。
不思議に思って無意識に相手の顔を覗き込んでしまった。
「すいません。緊張すると冷たくなってしまって…」
「なんだ、緊張してたのか。お前の名前は、ストラトス。俺は、見ての通り子供だけど、約束は守る。お前とリブラが笑って過ごせるように力を尽くす。」
「はい。兄妹お世話になります。」
はー…やっぱり手を握らないとダメか…
熊の短い尻尾をプルプルさせながら申し訳なさげに手を差し出して待っている。
なんていうか…可愛いおっさんだな!
毛むくじゃらのグローブみたいな手を握って、にやけそうな顔を何とか引き締めて見上げた。
「最後になってしまって申し訳ない。」
「………っ!!」
首を激しく横に振りながらも何かを言おうと口を動かしていた。
首元を見るとケロイド状の傷跡が痛々しく残っていて、何とかしてやりたい気持ちに無性になった。抱きしめてやりたい!やらないけど!
「お前の名前は、イヴェコ。当然、お前よりも遥かに年下だ。頼りなく思うかもしれないが、俺がお前を幸せにしてやる。」
「エル、プロポーズみたいだね。少し妬けちゃうよ。」
「何言ってんだよ!」
確かにセリフだけ聞いたらそう思うかもしれないけど!見て!女装してる男の子とおっさんだよ!?
カンバーってば、本当に俺に慣れてきてるな。
そんなことを思っていたらカンバーの瞳がキラリと光った。嫌な予感しかない。
「サラとサフランに報告しないと。」
「何が望みだ…」
「宿屋まで僕とも手をつないでよ。」
「なーんだ。そんなことだったらお安い御用だ。」
カンバーもまだまだ甘えたいお子様なんだな。
包帯越しに体温を感じながら仲良く手をつないで宿へと向かった。
あ、俺たちの後ろから当然奴隷たちが付いてきているよ。
兄ちゃん達には事後報告になるけど…きっと察してるよね。
宿屋に入ろうとしたが、向かいにある洋服屋が目に入ったので足を止めた。
奴隷だけどもさ…素足とか襤褸切れしか纏ってないとか心痛いでしょ。
ぞろぞろと大きめの洋服屋へと入っていった。
中へ入ると、女亭主が俺を見て目を輝かせながら近づいてきた。
「あらあら、小さな英雄さんがいらっしゃったのね!」
「え!?そんなこと…ございませんわ?」
「そんな、謙遜しなくてもいいわよ!それで今日は何を?」
「この奴隷たちに服を買いたいの。これから隣国に行くのだけど…あまりみすぼらしいのは、私の美学に反しますの。」
「なるほどね…奴隷用ならあまり着飾らない方がいいね。この国なら着飾ってる連中も多いけど、ホフタはとんでもない国だから…着飾ってると難癖つけられて取り上げられちまう。」
「なんだって!?取り上げる!?」
「そうさ。見栄えのいい奴隷に難癖をつけて、兵士が取り上げて転売しちまうなんてザラなんだよ。焼き印が付いてたら余計に難癖をつけやすいからね。」
「はー…聞いといて良かった。取り上げられない程度に見繕ってもらえない?」
「はいよ。恩人の頼みなんだから腕によりをかけるし、サービスだってしちゃうよ!」
あっぶね!普通に俺達と変わらない服を着せるつもりだったよ。
つか、ホフタはこの国よりも腐ってやがるのか!城ぶっ潰すか!
やりそうで怖い!やらない自分が想像できない!
あれこれ考えているうちに、女亭主が隣の靴屋のおっちゃんまで引き連れてトータルコーディネートしてくれた。
女性は、瘦せているから服に着られている感があるけど、さっきの格好よりは遥かにいい。
男性は、少し肌の露出があるけど、やはりかっこよくなっている。
「お二方ともありがとうございます。お代はこれで足りるかしら?」
「そんな、これじゃ貰いすぎだよ!」
「うちもだよ!」
「いえ、これでも足りない位ですわ。お店の修繕もまだあるのでしょ?どうか、少ないですが納めてください。」
次の言葉を聞く前に、頭を軽く下げてからとっとと逃げるように撤収した。
ガラスの外に仲間たちが腕を組んで待っているのが見えたから。
どうやら、証書が手に入った様子で俺とカンバー待ちだったようだ。
「悪い、待たせたな。」
「ライルの言う通り、全員連れて行くんだな。」
「やっぱり、兄ちゃんには御見通しだったか。」
「ライルだけじゃない。みんなだ。ブルーノすら、みんなでいくんでしょ?って言ってたからな。」
「ブルーノも俺のこと御見通しなのか…」
肩掛け鞄を掛けなおし、ため息を一つ吐いてから村の門へと歩き出した。
俺達が歩き出すと人が沢山行き交っていたのに道が広がっていく。
門に近くなっていくと村人たちが顔を見せて、頭を下げてきた。
更に門の前には、駐在騎士団が全員揃って敬礼している。
「こんなの都にバレたら処罰もんだろ…」
バカだねー…嫌いじゃないよ。
俺達は笑いながら何も言わずに村へと手を振って国境へと向かったのだった。




