第一犠牲者はポール
再度改稿済み
ポールの話を聞いて、予想よりもかなり悪い状況だったので閉口してしまった。
スタンピードは、ダンジョンの誕生や特殊なモンスターの誕生等突然起こる爆発的な魔素の増幅に伴い、 モンスターが異常発生したり、魔素を大量に摂取してしまう事による集団での興奮、混乱等状態異常を起こしたまま波のように襲ってくることを指している。
つまり、魔素の増幅する速度や濃度、規模によってスタンピードの危険度が変わってくる。
父さんたちが地図を広げて唸っていたのは、その大きさと発生しだしているモンスターの強さに手の打ち方を考えていた。
特殊モンスター発生だとその系統のモンスターが大量発生するんだが、大体規模が特殊モンスター周辺に限定されるので小さい。
今回は規模の大きさからみてダンジョン誕生だと思われる。
何故、思われるとしているかというと、ポールの話では、ダンジョンらしきものを目にはしたが、湧き出てきているモンスターの数と合わないというのだ。
確かにここ数日、冒険者の話でもこの辺りで、ダンジョンやポールの言うダンジョンらしき洞窟の目撃情報はない。
うちの村は、ダンジョンが全くないから、そんなものが少しでも発生したらすぐに報告が来るはず。
モンスターが居そうなところと言えば、村の外に広がっている幾つかの森くらいだけど、たいしたモンスターはいない。
居ても食料となる獣の方が強い位だ。
モンスターの存在が少ないという事は、モンスターの力となる魔素が少ない。
ダンジョン誕生に必要な魔素は溜まり辛い状況だったはずなのだが……
ポールの予想だと、地下に魔素が流れる空洞があり、それが長い時間かけて溜まっていって、出来たダンジョンかもしれないとのこと。
そして、珍しいことに地下からじわじわと大規模なダンジョンが作られて、数日前からその一角が地上へと出てきたのだったら、今回のスタンピードの規模が大きいという説明がつく。
通常ならダンジョンが出来始めると、ダンジョンコアっていう珍しい球が目撃されたり、見かけなかった種類のモンスターが発生したりと予兆があり、商人や冒険者ギルドから、早めに国へ報告が上がって、その規模やダンジョン完成状況等で指示が出て騎士団なり、冒険者だったりが対処する。
まあ、大体そういう報告は、その土地に拠点を持つ冒険者がギルドにするものなんだけど、ダンジョンが無くて、強いモンスターもいない平和ボケしている冒険者が、わざわざ森の深くへは足を延ばすことはない。
一般の冒険者と価値観がちょっと違っている人しか、うちの村の冒険者にはならない。
冒険ってらしい冒険が出来ないから、勇ましい気持ちのある強い人は、すぐに他の場所に移動してしまうからね。
うちの冒険者は、獣を取る狩人と言った方がいいかもしれないな。
狩人冒険者しかいないのだから、森の奥で起こっている異変に、気が付かないのも納得できる。
対処が早いとダンジョンの規模縮小やスタンピードの制圧が容易にできるけど…今回は仕方がないとしか言いようがない。
都には、巫女という人たちがいて、不思議な能力で国の中を見ているらしい。
その巫女が、国内部の異変に気がついたら、すぐに報告を上げて調査させる制度があり、今回はそのパターン+たまたま都から行商に来ていた商業団体が、村からの帰りに水を汲もうと森へ入った時、異変に気が付いたので都に帰ったついでに報告した。
それがほぼ同時くらいだったそうです。
そう、調査なんです。
制圧じゃないんです。
ポールの話を纏めると…
発見報告が遅れた為、大規模でほぼ完成されたダンジョン。
遠目からだから確かなことは言えないが、ダンジョン周辺は、色々なモンスターがダンジョンから湧いて出てきているのもあってスタンピード寸前。
巫女、商人から聞いた噂を確かめに、念のため来た調査騎士団12名。
嫌な予感がしたのでついてきた冴えないモブ龍騎士1名。
元々モンスターが少ない地域の冒険者ギルドにいる狩人冒険者20名弱。
つ………詰んでる。
あんまりのことに吐血するかと思った…いや、吐血はしなかったけど意識は一瞬飛んだ。
あの夢は、容姿だけのことじゃなかったのかよ…命の危険が迫ってる分、前世よりハードなんじゃないのか?
俺の前世の世界は、国から考えてもそんなに命に関わるようなことはなかったぞ。
つーか、生命の危機レベルがおかしいぞ!
だから、平凡がいいって言ったじゃん!
つか、こんなんだったらチート能力くれよ!あの時の自分バカ!貪欲なくらい能力をリクエストするべきだった‼
非力な自分が憎い!
普通、異世界転生とかって俺TUEEEEE!じゃないのかよ!!って俺が断ったんだけどもさ!
俺にできることって…氷が出せる。おいしい水が出せる。お湯が出せる。飲み物冷やせる。
異世界生活が快適にできますね…ウォーターサーバーがいらない上に、冷蔵庫もいらないね。
ダメじゃん!!
日々の生活を快適に過ごすことにしか魔法を使ってなかったんだから、足止めすらも難しいじゃん!!!
大人すら平和に過ごしていたんだから、子供の俺が戦闘に向けた水魔法とか練習するわけもない!
普通の子供だったら、魔法が使えるって気が付いた時点で、ちょっと攻撃魔法とか使ってみようってなるかもしれないけど、記憶なくても俺の前世、多分大人だからね!
そんなヤンチャな攻撃性は持ち合わせていないんだよ。
ギルドの冒険者バカにできねぇ…俺も平和ボケだ。
唯一、攻撃性がある上、ちゃんと実証済みである身体強化の魔法もあるんだけど、残念なことに俺が使うには時間制限がある。
身体強化の魔法は、コツを掴んじゃえば息を吸うように使えるらしいんだけど、魔法にも得手不得手があって、魔力も集中力もかなり必要だから、俺には不向きなんだよ。
周囲も警戒して気を研ぎ澄ませ、魔力も全身に巡らせるなんて器用なことは15分が限度です。
慣れるまで頑張れば良かったんじゃないかって?
だから、平和な村には戦闘向けのことは必要なかったんだって!
狩人冒険者だったら、頑張って訓練したかもしれないけど、美少年には不要だったんだぜ!
さっき使ってた重力魔法の方が得意ではあるけど、体や物を浮かせるくらいしか使ったことがない。
寒い朝にクローゼットから着替え持ってくるとか…ね?こっそりと生活にしか使ってないんだよ。
なんなら思い切ってモンスター浮かせて、遠くへポイって投げちゃう?
それとも重力重くして地面に沈めちゃう?
現実に目を向けるんだ、エルグラン!!………やったことないのに、大規模なスタンピードへ応用できるわけがない!
それに美少年とはいえ、別に天才じゃないんだから、何でも一発OKじゃない。
魔法は大体イマジネーションがあればなんとかなるよ?
けど、重力魔法のイマジネーションってエグイでしょ。
一歩間違えたら、グシャッ!とかベチャッ!って大量になるんだよ?
モンスター限定にできれば問題ないかもしれないけど、討伐の為に騎士団も冒険者も行くでしょ?
いざやるとなると加減が難しいと思うんだよね。
人間も一緒にグシャッてなったら、自責の念で立ち直れないし、人国も魔国も敵に回すことになる。
人国で発生したモンスターも一応、魔国の所属になるらしい。
俺は、非力だから集中して魔法を使うとなると、相当遠くで見晴らしのいいところからじゃないと無理。
モンスターに見つかって攻撃されたら瞬殺だからね。
魔法ってちょっとしたモノなら、そんなに集中しなくてもいいんだけど、大規模なモノや難しいモノになると相当集中しなくちゃならないから、無防備の極みなわけだ。
それに、戦いとなったら両者入り乱れるわけだから、器用にあっちもこっちも目を配るなんて神経おかしくなる。
ああ、そうだよ!あれだよ!虫眼鏡レベルでやるもぐらたたき!
視力良いけど自信ない!
だけど、これが一番有力な手段…てか藁だよな。
掴めるものこれしかないんだし…
でも、成功するかわからないから大々的に発言はできない。
失敗すれば、俺の人生即終了。
考えれば考えるほど問題点ばかりが浮かんでくる。
こっそり影から試してみるか?
作戦会議にすら参加させてもらえない子供を現地に連れていくわけがなーい!
頭を抱えて唸っていると、黙って俺を見守っていたポールが妙に優しく背中を撫でてきた。
人が悩んでいるのに、イラッとさせるな…ポール!空気読め!
「どさくさに紛れてセクハラしないでください。」
「え!?せ…くはら?…あー、よくわからないんだが…君が思い悩むことない。一応、応援を頼むために騎士を一人途中で引き返させたし、援軍が来るまでの足止めなら、今いる騎士団員と龍騎士である俺でなんとかできる。」
俺が女だったり、年相応な少年なら今ので胸キュンフォーリンラブなんだろうが…残念ながら美少女のごとき見た目の俺は、ガッツリ男であり、中身半分大人だから守りたいものが沢山あるんだよ!
守りたいものを人任せにできるほど、人間できてない。
悠長に騎士団様頼みで村の中で燻ってらんねーの!
何にも手がないんじゃ燻ってるしかないけど、試せる手があるならやらなきゃ後悔する。
って声を大にしてコイツに言えたらいいんだけどなー。
自信満々胸張って言えるかって言われると…試したことのない問題山積みの重力魔法しかない。
悔しい気持ちで奥歯を噛みしめながら、戸惑っているポールを睨んでいると、ふと気が付いた。
あ、そうだ!こんなところに丁度イイ奴がいるじゃないか!
考えに協力できそうで、実験が成功した暁には、俺を現場へと連れて行くことができる発言権のある動物よりも頑丈な男が。
ワクワクと胸が躍りだすと抑えきれない黒い微笑みが、顔を支配していくのがわかる。
「ポール…俺に少し考えがあるんだ。上手くいったら誰もケガすることなくスタンピードを止めることができるかもしれない。しかし、それには強くて頑丈な騎士の協力が必要なんだよ…」
「本当にそんなことが?…俺で協力できることなら…ってちょっと、君の笑顔が怖いんだが…」
「は?俺は、村長さんちの美形三兄弟の次男なんですよ?怖いわけないでしょ?」
少しずつ俺から距離を取ろうとしているポールを逃がさないよう、身体強化の魔法を使って手首を掴んで距離を詰める。
逃がさねぇよ?
君の犠牲は無駄にはしない。
恨むならモブ顔だった自分を恨むがいい。
あ、俺のこと、ちょっとは恨んでいいからな。
これからそれだけのことをさせてもらうし。
読んでくださりありがとうございました。