旅立ちは突然に
ポールといつも通りなやり取りがあった後、いつの間にかリビングに運ばれてきた夕飯を食べて、ゆっくりすること無く寝室へ移動した。
だって従業員と顔合わせるのヤなんだもん。
きっと謝罪とケーキのレシピを聞きにくるんだ。
レシピ教えたっていいけど、氷ないとクリームムズイからね!色々追及されてボロが出ないとも限らないし、ここは知らぬ存ぜぬがベストな気がする。
ジャンとイアンもあんまりいい別れ方じゃないけど、お互いの為にこのまま顔をあまり合わさないで別れた方がいいね。
明日は、ある程度の食料と水筒的なものが欲しい。
後はフォークとスプーンと…下着もだな…
買うものを考えているうちに、ベットの心地よさに吸い込まれ、朝を迎えるのだった。
しばらく体験することがないであろう、暖かいベットで目覚める朝、やはり窓の方を見ると全裸の男が立っていた。
「…二日連続でバカなの?」
「二日連続で俺の裸を見るとか、お前こそ変態なのか?着替えのタイミングでばっちり目が覚めるとか、俺でもヒくぞ。」
「上等だ、表に出ろ。この世界の為にお前という変態を葬り去ってやる。」
―トントン―
上品なノックの音とばっちりなタイミング。
絶対に兄ちゃんだ。
「起きたなら支度してこっちにきてね。」
「「はーい。」」
何故か開けないで声だけかけてきた。
うん、昨日みたいなことになってたら嫌だよね。
兄ちゃんの対応で思ったんだが、俺とポールは大人と子供なのに、精神年齢ほぼ一緒なんじゃないだろうか。
ああ言えばこう言うで引くことをしない。
頬を膨らまして不満を訴えながら髪を梳かしてブーツを履き、露わになったままのポールの背中を叩いた。
「いったい!!!この筋肉鎧め!」
「エルは少し鍛えた方がいいんじゃないか?」
「二人ともふざけてないで早くしなさい。買い物なんだけどしないで早々に移動するよ。」
バカ騒ぎが過ぎたのだろう、今度はドアを開けて兄ちゃんが顔をのぞかせた。
筋肉バカのせいで痛めた白魚のような手を振りながら、兄ちゃんがいってきた内容に肩を落とした。
はー…これまた朝から嫌な予感しかしないよ。
何も言わずに、肩掛けかばんを下げてリビングに入ると、アジュもサフランも歩きやすそうなパンツスタイルで準備万端待っていた。
サラは、兜の上からでも分かるほど体調最悪のようだ。
グラグラ不気味に揺れてるから、夜中、廊下で見たら幽霊と間違えて悲鳴上げそう。
「エル、会計を払いに俺と兄さんが行ったんだけど、どうやら今日の午後には調査騎士団がここに到着するみたいなんだ。」
「はー…それじゃ、とっとと移動しよう。」
アジュから話を聞いてる間、慣れた手つきで俺の髪を結いあげ、素早く自分の持つ荷物も背負ったサフランを見て人は変わるものなのだと知った。
「サラ、お前は少しサフランを見習え。」
「ふぁい…」
ポールを先頭に、旅の時の並びで部屋を後にした。
兄弟が気を利かせて会計を済ませているので、受付に会釈するだけで外に出ることができてホッとした。
やっぱり、ジャンとイアンに会うのは気まずいからな。
…うん…そんなことは思っちゃいけなかったか。
目の前に二人が立っていて、俺を見るなり頭を勢いよく下げてきた。
「「ごめん!」」
「もういいのよ。私たちはこの村にあっていなかったんです。昨日、宿であったこと以外にも広場で難癖つけられたり等々ありましたから…少し旅立つのが早まっただけです。色々有難うございました。」
通り過ぎに二人の肩をそっと撫でるように叩いて通り抜けていった。
「エミル…俺…俺…」
「さようなら、ジャン。」
振り返ることなく、ヒラヒラと手を振って村の門へと向かった。
これでいいんです。
ってか滞在時間短すぎて思い入れもないな…ジャンとイアンとの思い出よりも、シフォンケーキ食えなかったことが一番思い出に残ってるってのは、なんだか寂しいものですなぁ。
門を抜けて、兵士たちに挨拶をしてから村道を隣町に向かって歩き始めた。
人も見えなくなってきたことだし、ふと思ったのでみんなに聞いてみることにした。
「なぁ…あの村で思い出に残ってることって何かあるか?」
「そうだな…エルのケーキが食えなかったことだ。どんなケーキかわからないが食ってみたかった。」
「あー、私たちもですよ!昨日、散々アジュくんと話してたんですから!」
「そうそう。あの紅茶と甘い匂いって絶対美味しいものだよ。」
意外なことにポールもいつの間にか仲良くなっている侍女コンビもケーキだった。
だから昨日わざわざ最悪のタイミングで聞いてきたのか。あの筋肉。
「私も食べたかった!甘いの大好きなのに食べられなかったからやけ酒しちゃったくらい!」
「俺は…ケーキをカフェで食べてたエルが、すっごく印象的だったな。あ、作ったケーキも食べて見たかったよ?ジャンとイアンにしかしてくれなかった食べ方でね。」
兄ちゃんンンンンン!!!眼鏡を取りながら微笑みかけてくるのはワザとですか!?
あんなクソ甘いケーキじゃなかったらいくらでも、あ~んするよ!!
再び悶絶大祭が開かれようとしていたら女子組が、女性としてはあり得ない表情で迫ってきた。
「「どんな食べさせ方したんですか!?」」
「お前ら本当に怖いからやめなさい。目を血走らせて男の子に迫るもんじゃないよ。」
「大事なことです!」
「まさか、口移しですか!?」
「何言ってんだよ!!ケーキ口移しとかグッチャグチャじゃねーか!女の子とでもヤダよ!」
収拾がつかないので、二人のどこからか沸き上がってくる興奮を抑えるために少々強めに小突いた。
こいつらの妄想が日に日に加速している気がする。
ま、アジュと俺で考えないだけいいか。
アジュと俺じゃシャレにならないもんな。
完全に人通りがなくなり、辺りを見回して確認を取ってから村道から森へ入って獣道を進んでいった。
もう少し先に進んだら着替えよう。
流石に、このかかと高い白いブーツと白いワンピースじゃ落ち着かない。
あ、そういえば何でも白くなるんだったら、あのマントも白くなるんじゃないだろうか!
徐に鞄からマントを引きずり出して身に纏ってみた。
すると赤黒かったマントが一気に真っ白へと変色した。
「ポール、これって元々こんな色だったのか?」
「いや、赤かっただけだった気がするが…随分昔のことで忘れてしまった。」
「おい、洗わなかったのかよ。」
「洗ってもすぐに汚れるんだから洗うわけないだろ。」
「最低だな!そんなバッチいもんで美少年を包んでたのか!?」
「バッチくても防寒ばっちりなんだぞ!守備も高めだし!」
「なんにしても過ぎたことだ…だからこのマントがこんなに色落ちして真っ白になっても許してくれるよな?」
「それは、色落ちって言葉で片づけていいものなのか?」
誤魔化す様に爽やかな笑顔と共にマントを差し出した。
するとポールは受け取りを拒否したのだ。
「おい、早く受け取れよ。意外に重いんだぞ。」
「それはお前が持ってろ。髪とか身を隠したり何かと便利だろ。」
こいつ…かっこよさげに言ってるけど、荷物になるから嫌なんだな。
それに、モブ笑顔が嘘くさすぎてイラッとする。
《える…さっきのとこから、いっぱいあしおときこえる》
「予定よりも早く調査騎士団が着いたのか。もう少し、奥に進んでから国境方向を目指そう。」
折角だからマントを羽織って、ブルーノを一撫でしてから、鬱蒼と木々が生えてる方向へ足を進めていった。




