ケーキは作らない
日も沈んできたので、村はずれの丘からトボトボ足を進め始め、ブルーノとしょんぼりしながら広場を横切っていた。
俺の元気がないせいでブルーノまで元気がない。
村の人たちで年配の人たちは心配そうに声をかけてくれるが、会釈をするだけで愛想よくできないのがつらいところだ。
何人かとぶつかった気がするが、呼び止められることもなく済んでいた。
広場を抜けるちょっと前までは。
ぶつかったかと思って顔を上げると、多種多様な女の人たちが俺の前を仁王立ちで塞いでいた。
嫌なことは重なるものです。
気分最悪な時に遭いたくないトラブルNO.1だな。
「ちょっと!アンタ、金持ちだからって美形はべらかしてるんじゃないわよ!」
「そうよ!子供だからって生意気なのよ!」
反応のない俺に飽きもせず、次から次へとイチャモンつけてくる。
今は、ブルーノしか連れてないから絶好のチャンスだったんだろう。
小物どもめ。
「そこをどいてくださらない?貴女方の言いたいことはよくわかりましたが、私にはどうすることもできませんわ。」
「出来るわよ!ライ様だけ置いて出ていったらいいわ。目障りなのよ!」
「それはできません。それに、明日出て行かせていただきます。こんなことを言っては可哀想かもしれませんが…下品なことはおやめになってはいかが?
大体、ライの横に立って霞まないのは私みたいな美少女でなければ…貴女方のような何の特徴もない女がライほどの美形の横に立てると思って?
想像力が欠如しているのかしら?そうでしょ?ライ。」
「はい、お嬢様。お嬢様のおっしゃる通りでございます。」
げんなりしているところで兄ちゃんの姿が見えてきたし、イライラマックスだったから喧嘩を買ってやっちゃったよ。
ってか、兄ちゃんだけ置いてけとか意味わかんねー!
出て行って欲しいんならでていってやらー!
こんなとこ大っ嫌いだ!
やっぱ、カラコット村の方がよかった。女豹いたけど、こんな感じじゃなかったもん。
兄ちゃんは、俺には穏やかな笑顔を見せてくれたが、周りの女たちに対しては凍り付くほどの冷たい表情で睨んだ。
兄ちゃんもイライラマックスらしい。
この村にきて踏んだり蹴ったりだったな…ま、換金できたし情報もみんなである程度集められたからいいだろう。
広場を抜けて、宿に戻る途中で兄ちゃんが手をつなぎながら、俺が出て行った後の話を聞かせてくれた。
結果は勘違いだ。
俺の作ったおやつを新作のおやつだと思った従業員が、宿主や自分で食べてしまい、あまりに美味しかったので、そこら辺を歩いていたり休憩していた従業員を集めて少ないケーキを食べ分けたそうだ。
そこに、三人が取りに入ってきたという。
今回の事件は、伝達ミスにより、宿に非があるので宿泊費はタダという事になった。
更に、作ったケーキのレシピを高値で買い取らせてほしいと持ち掛けてきたそうだ。
うん!断る!
「もう、明日になったら出発しよう…森の中を旅してる方が楽だったよ。」
「本当だな。ここは、物も人も豊富だが自分勝手な奴が多い。」
「みんなは今どうしてるの?」
「怒り心頭で、部屋で高級料理や酒を口にしてる。あ、白い騎士殿は泥酔してヤバいから部屋に押し込んどいた。」
「騎士のクセに酒弱いとか…本当に偽騎士っぽいなぁ…」
「明日、必要なものを買い揃えたらすぐに出よう。今も可愛いけど、早く元の可愛い子に戻ってもらいたいからね。」
ンンンンン!!兄ちゃん!!!!
そりゃ、女の子たちが狂って喧嘩売ってくるよ!!
そんな甘い言葉を道端で少女に吐いたらダメ!!らめ!!
兄ちゃんの甘い言葉や優しい行動ですぐに、俺の脳内悶絶フェスティバルが開催されてしまう。
ちょっと離れてるだけで兄ちゃん免疫が低くなってるのかもしれない…危険だ!
俺の中でのカーニバルに気が付いたのか、小さく笑って頭を撫でてくれた。
「今にも鼻血が出そうな顔してるよ。」
「ふごっ!!」
大慌てで両手で鼻を抑えて兄ちゃんから視線を外し、そそくさと宿に入っていった。
途中、ジャンやイアン、ジャンの親父さんに呼び止められたが、兄ちゃんが間に入って断ってくれた。
こんな顔だし、気分が少しは上がったとはいえ、完全復活じゃないからね。
「そうだ、後で明日発つことを受付に言ってきてもらえる?それと、お金はしっかり払って。」
「了解いたしました。」
タダなんだからって色々言われたらめんどくさい。
部屋に入ると色々な匂いで充満していた。
《くさい…はながおれちゃう》
「俺も臭いって思うんだからブルーノはもっとだよな…」
「俺が出るときはここまで酷くなかったんだけど…」
「おかえりー。エルも災難だったね…ってか、俺もケーキ食べたかった…こんなもんじゃなくてさ!」
「私もですわ!厨房のあの甘い中にも紅茶の上品な香り…食べたかった!!ちくしょう!」
サフランは時々ダークなところが出るようになりました。
将来が心配です。嫁の貰い手なくなっちゃうよ?聖魔法使えなくなっちゃうよ?
アジュもサフランも怒りながらもテーブルの上の肉を貪り食っている。
ストレス発散に食へ走る人っているよね…初めて目の当たりにしたけど。
「わらしらって!すんごぉおおおくたべたかったれす!」
「はいはい、部屋にすっこんでようね。ポール、またぶっこんで。」
「世話がかかる奴だ…よっこいせっと!」
兄ちゃんが、部屋のドアを開けるとポールがサラをバーベルのように持ち上げて、中のベットへ放り投げてドアを閉めた。
どうやらこれを何回か繰り返しているようだ。
「あのさ、いきなりで悪いんだけど明日この村を出発して隣村へ行こうと思うんだけど…」
「あー…それはやめた方がいいかも。隣村飛ばして国境手前の村を目指した方がいいよ。」
「どういうことだ?」
「さっき、この部屋にお詫びの料理を持ってきた従業員に聞いたんだよ。隣村で村協定規約違反が行われているって噂がたってるんだって。」
「ってことは、調査騎士団が出る可能性があるな。」
アジュの話にポールが苦い顔をして呟いた。
調査騎士団はいくつかあるけど、俺の村に来た騎士団なら俺たちの顔を覚えているはずだ。
ポールとサラは鎧兜で顔が分からないようになってるけど、身のこなしで分かる人はわかる。
「それじゃ、鉢合わせにならないように、村道じゃなくて獣道を通っていくことにしよう。」
『おう!』
明日以降の指針が決まり、俺は一旦寝室へ戻ることにした。
ブーツを脱いでベットに転がり、天井を見つめてため息を吐いた。
閉めたはずのドアが開くとポールが無言で入ってきて俺のベットに腰を下ろした。
俺を慰めるつもりだろうか。
まぁ、こいつも俺の騎士だから当然だよな。
穏やかな笑みを浮かべて、柔らかな気持ちでポールへ体を向けた。
ポールは真剣な表情で俺を見下ろし、大きな手で頭を包むように撫でた。
「エル……出発前にまたケーキ作らないか?」
「絶対に作らない!!!!」




