シフォンケーキはどこに
結局甘すぎて全部食べ切れなかった!こんな時ポールがいてくれたら躊躇なく口に突っ込んだのに!
大事な兄ちゃんにそんなことできない俺は、美少女あ~ん作戦をジャンとイアンに決行したのである。
少し不満そうにしていた兄ちゃんには申し訳ないけど、この激甘地獄は可哀想だから無理です。
予想通り、ジャンとイアンは初めだけ嬉しそうにしていたが、甘さにやられて飲み物を一気飲みしていた。
それにしても我慢ならない!!俺の口と胃袋は美味しいケーキを求めている!!分かるかね!?
すっかりその料理気分なのに満たされないと欲求が深くなる。
決めた!材料は、俺の村と違ってある筈なんだから作る。
しっとりフッカフカのスポンジが食べたい!!
甘さ控えめのクリームも!ジャムとかあったらいいけど、ジャムは高価だから今回は見送ります。
紅茶のシフォンケーキだ!!!
口の中の甘ったるさと戦いながら店を後にして、俺と同じ顔をして甘さに戦っている二人を見た。
「ジャン、イアン!ケーキとは、あんなに甘いものじゃない!私が、作りますから材料を買って宿に帰りましょう!」
「エミルが作るの!?ケーキって難しいよ?」
「私に不可能はなくってよ!ジャンは、宿の厨房を借りれるように頼んできて。イアンは、私たちと材料を買いに行くわよ。」
鼻息荒く肩を怒らせながらイアンを急かして買い物へと出かけた。
揃える材料を思い出して、あることに気が付いた。
泡だて器とケーキ型がないのだ。
参ったなー…泡だて器は作れないからそれに似たものを作るしかない。
思い浮かんだのは、抹茶を点てるときに使う茶筅だ。
案内された雑貨屋に入り、竹ではないが、似たような材料と形のものなら売っているのでそれを買うことにした。
後はケーキ型…おいおい、俺には便利な魔法を使う仲間がいたじゃないか!
サフランにラップ魔法を使ってもらおう!俺がそれをうまく形成すれば熱にも強いし問題ない。
材料を食料品店で購入して準備は整った。
宿に帰るついでに見かけた仲間たちに声をかけ、結局みんな軽い用事だけで宿に戻ることとなった。
宿に着くころには少し冷静になってきて、兄ちゃんに持ってもらっている荷物を見た。
うん!無駄遣いだね!
でも、皆でケーキを食べるって考えたらまだマシだろ。
と自分に中でどうでもいい言い訳をしながらイアンに続いて厨房へと入った。
「随分広いのね…」
「料理長が好きに使っていいって。仕込みまで時間があるって言ってたから丁度良かったよ。」
「なら、早速作らなくては!ライと白黒、アンジュは部屋で休んでて頂戴。」
ジャンが持って来てくれたフリルの付いた如何にもなエプロンを装着し、サフラン以外皆を厨房から追い出した。
あんだけぞろぞろ居ても邪魔だからね。
まず、ジャンとイアンに卵白とクリームの泡立てを頼んで、その間に目を盗んでケーキの型をサフランとコソコソ製作した。
「この方法ならケーキ作るの簡単かもな…もう白くなってきた。」
「クリームは固まりが悪いな…」
「それくらいできたら十分よ。これから先は、私一人でやるから皆出てて頂戴。」
「「え!?」」
そうなんです。クリームは冷やしながらじゃないと難しいんだよ。
ってことは、俺が氷を出して氷水で冷やしながらかき混ぜる方が早い。
メレンゲもできてるからあとちょっとだしな。
少し抵抗を見せるも、サフランも何か感じ取ったのか一緒に部屋へと移動するよう促し、厨房には俺一人だけになった。
「おっしゃ!本気出すぜ!」
知識と技術は、前世からあるから楽に紅茶入りシフォンケーキの種とクリームが出来た。
これってチートなんだろうけど、絶対間違った使い方だよなぁ。
オーブンは、村にいた時から使っていたから慣れたものである。
型に種を流して、温めておいたオーブンへ。
「さて、入れておいた紅茶でも飲みながら待つかな。」
ゆっくりする為に、使った調理器具を片付け、先ほど、紅茶のシフォンを作るのに、茶葉を少しもどしたことで出来た紅茶を飲みながらまったり待った。
優雅です。お茶の香りもしてきましたよ。
膨らんできたところで、オーブンから取り出して、おいてあった調味料の空瓶に逆さにして突き刺して余熱を取った。
皿を探して人数分並べ、冷めたところで型から外して切り分け、クリームを添えて飾りつけをした。
完璧!
運ぶのを手伝って貰う為に、スキップしながら部屋へと向かった。
楽しみー!ちゃんとふっかふかしっとりだしー!
浮かれ気分のままドアを開け、満面の笑みでみんなの前に躍り出た。
「出来たから運ぶの手伝って!」
「お疲れ様です。私とジャンとイアンで運びますからお嬢様は、ゆっくりしてらしてください。」
「あら、それじゃお願いするわね。お皿は、分かりやすいように白いお皿に乗せておいたから。」
鼻歌を歌ってエプロンをとり、それでも落ち着かないからブルーノをもふり倒した。
みんなも喜んでくれるかな?
きっと感動するに違いない!この世界の技術ではないからな。
まだかな?まだかな?
あれ?もう20分くらい待ってるんだけど…どうしたんだろ?
見たことないものだからわからないのかな?
心配になって部屋を飛び出し、騒がしい厨房へと入っていった。
「三人とも遅いけどどうしたの?」
『すいませんでした!お嬢様!!』
ん?どうしたんだ?
見たことのない人が沢山いる上、ジャンもイアンも兄ちゃんに土下座してる。
嫌な予感しかしない。
皿を並べておいた調理台には、真っ白な皿が並んでいた。
うん。
真っ白なんだよ。
ケーキもクリームもなくてピッカピカなの!
「ど…どういうこと?」
涙がじわじわと沸き上がって視界が歪んでいます。
兄ちゃんがすぐに俺の元にきて抱きしめてきた。
「なんで?なんで?一生懸命作ったのに…」
「酷いことする大人達ですね…どう落とし前付けてくれるんですか?」
兄ちゃんが猛烈にご立腹です。
俺はやり場のない悲しみと怒りと虚しさで涙が止まりません。
俺の背後には、仲間の気配を感じます。
「これで滞在中に料金普通にとるんだったら冗談じゃないよね?お嬢様がみんなの為に作ったのに。」
「私もお嬢様のケーキ楽しみにしてましたのに!酷いですわ!」
「ここの従業員は優秀だと聞いていたのにがっかりだな。」
騒ぎを聞いたのか、従業員が呼びに行ったのかジャンの親父さんが血相変えて厨房へ入ってきた。
「どういうことだ!?」
「どうもこうも…あなたも共犯ですか…」
何のことだろうと兄ちゃんの胸から顔を上げて、親父さんを見てみると口髭にクリームがしっかりついていた。
「う…うわぁあああ!!ひどすぎる!!あんまりだぁあああ!!」
「え?え?」
号泣しながら入口近くにいた親父さんを突き飛ばしてダッシュで厨房、ロビーと駆け抜けた。
大変だったのに!
兄ちゃん達に食べさせたかったのに!
あんな宿潰れてしまえ!
途中から走ることに疲れ、トボトボ歩いていると付いてきたブルーノが鼻を擦りつけてきた。
「早く…隣の村に行こう…ブルーノにも食べさせたかったな…ふかふかだったんだよ…」
ーくぅんー
喪失感に、沈み出した太陽を見てブルーノに愚痴るのが精一杯だった。




