第二章 一つ目の願い ~空~ PART2
今まで読んで下さった方々、ごめんなさい。
読みにくかったですよね?
段落分け等書体を前回から修正しました。
既に投稿済みのところも順次修正していきますので、
今後ともお付き合い頂けますように
よろしくお願い致します<m(_ _)m>
ピピ、ピピピッ、ピピピ……!
頭上から降り注がれた耳障りなアラーム音が、衛の意識を再び呼び起こす。
と言っても衛の意識はまだ朦朧としたままであり、彼がその重い瞼を開けた視線の先には白い影が幾つもかかっていた。
衛は容赦なく鳴り響く不快なアラーム音を消すべく、音の鳴る方へと腕を伸ばした。無造作に動かした右手は直ぐに突起を捉えると、ようやく音が鳴りやんだ。
もうひと眠りしてもいいだろうか……。衛は腕を伸ばした状態のまま、また意識を断ち切ろうとした。
どうせ、いつもと変わらない一日の始まりである、少し目覚めが遅くなったからと言って、誰に迷惑が掛かるわけでもないだろう。そう、いつもと同じ毎日のはじま……。
衛は呪文のような言葉を唱えるのを止めたかと思うと、唐突に目をパッと見開き、勢いよく体を起こした。
そして二度、三度と衛は自分の顔に手で触れて感触を確かめた後、グルッと周囲を見回した。
見覚えのない机、壁に貼られた(恐らく)バスケットボール選手のポスター、そして自分が今身を置いているベッド……。まだぼんやりと白い靄がかかる視界に映るそれらに対し、衛には見覚えが無い。
……ここは一体どこだ?
圧倒的な虚無感と軽い混乱のなか、衛の脳は徐々に記憶を取り戻していく。
非力だった自分の存在、そしてその存在を認めようとしない周囲の人間、そんな中、現れた妖精の少女リリィ、そして彼女が言ったこと………。
ああ、ここがそうなのか……。
どういう理屈なのかはもちろん分からないが、ここがリリィに願った「日常的な夢の世界」であることを衛が理解するのに、時間はかからなかった。
確かに直ぐに始めるとは言っていたが、こうも唐突だと意識が追いつかない。今は姿を見せていないリリィに対する憤慨を抱きつつ、衛は目柱を押さえた。
本当はテレビや小説で得た知識だけを頼りに、何か行動を起こしたいところではあったのだが、衛がその一歩を踏み出せないのは、得体の知れない世界に身を置く恐怖心が原因か、あるいは他に理由があるのか……。
衛はとりあえず先程自分が手を伸ばした方に顔を向けた。視線の先では、目覚まし時計が午前七時二十分を少し回ったところを指している。
そこで衛は、ようやくベッドから降りると、自分の置かれた「この世界」のことをもっと確認するべく、一度この部屋を出てみることにした。
ただ、依然としてその足取りは重い。
何せ衛は物心がついた瞬間から入院生活を余儀なくさてきたのである。いくら自分から願ったこととはいえ、「今から自由の身ですよ」と急に言われても、自分がどうしたらいいのかがまるで分からないのだった。
しかし、状況が変わったとは言え、やはりここにも衛を助けてくれる人間はいない。
生まれたての小鹿、ほど可愛いくはない足取りで、衛はゆっくり、ゆっくりと前に進む。
そうしてようやくドアの前まで歩みを進めた後、衛は一度深呼吸をしてからドアノブに手を掛けたのだった。
「ほら! 早く食べないと学校に遅れるわよ」
声の主は衛の顔を見ずに苛立ったような声を上げた。
その言葉に相反し、衛はいつまでも口をもぐもぐと動かし、女性としては長身であるその背中にかかる、キレイな艶のかかった長い黒髪が揺れるさまをぼんやりと眺めている。彼女は洗い物をしているだけなのだが、その様にはどこか華が感じられるほど美しかった。
と、そこで彼女の動きが唐突に止まった。
「何?」
女性は振り返ると、訝しげな表情を衛に向けた。
「う、ううん! なんでもない!」
衛はそう言うと、慌てた様子で食べかけのトーストに齧り付いた。
女性も納得がいかない表情のまま、一度小さく息を吐いてからまた手元へとその視線を戻した。髪が綺麗な分だけ、その表情に浮かんだ皺が少し目立っていた。
衛がこのリビングに辿り着いてから、それほど時間は経っていない。
衛は自分の部屋を出た後、徐に一階へと続く階段を下りる際に、彼女と鉢合わせていた。
「あら、起きていたの? 今から起こしに行こうと思ったのだけれど」
女性はそう言って踵を返すと、その場に突っ立ったままの衛に、「どうしたの? 早くいらしゃい」と言って、彼をこのリビングに促したのだった。
「ごちそうさま」
ようやく食事を終えた衛は、さして食欲が無かった自分を最後まで助けてくれた牛乳が入っていたグラスと、パンの乗っていた皿を彼女の元へと運んだ。
しかし、衛の意に反して彼女はそれらを受け取ろうとしなかった。キョトンとした表情で衛の手を見つめ返したまま動こうとはしない。
「え、えっと……」
余りの気まずさに、衛は目を逸らした。自分は何かおかしな行動をしてしまったのだろうかと、不安になっていたのだ。
そんな中、忙しく動く衛の視線が不意に二本の腕を捉えた。
「自分から食器を下げるなんて珍しいじゃない」
衛が目線を上げると、その先で彼女が可笑しそうに笑顔を浮かべていた。
「うん、たまには、ね」
衛はそう言って、まだ泡の残っている彼女の両手へと慎重に食器を渡した。
その際、彼女の両手が包帯で包まれているのが衛の目に留まった。いくら彼女の肌が白いからと言って、その包帯の面積は不自然と言わざるを得ないほど彼女の腕に広がっていた。
彼女もその視線に気付いたのか、すぐさま食器を受け取ると、その両手を隠すように衛に背を向けた。
「……ほら、早く顔を洗ってらっしゃい」
もちろん衛はその包帯について聞きたかったのだが、彼女のそれに対する明らかな拒絶反応を跳ね返せるほどの語彙力は持ち合わせておらず、一言だけ「分かった」と言い、自分も彼女に背を向けることにした。
しかし、衛がドアを開けてリビングを出ようとした時、「ちょっと!」と後ろから彼女の声が急に投げ掛けられた。
その声の大きさに、衛はビクッと体を震わせた後、恐る恐る振り返ると、先程食器を運んだ時とはまた違った種類の、呆れた表情を彼女が浮かべているのが目に入った。
「洗面所、そっちじゃないでしょ」
彼女に言われて衛が自分の体を向けている先に視線を戻すと、その先には玄関と思しき扉があった。
「わ、分かっているよ」
衛は慌ててそう言うと、足早にその場を去ることにした。