しぬほどあなたがすきなんです。
君が好きだ……。
私たちの関係は世間的に許されないと知りながらも、彼は私を抱いてそう言ってくれました。そしてあなたの腕の中で息を引き取った私。
それは天に昇るほどの幸せでした。
「なんの妄想だそれは」
喫煙ルームで煙を吐きながら呆れ口調で言ったのは皐月さん。極楽寺病院の小児科のお医者さんで、来世を誓い合ったダーリンです。
もう恥ずかしがっちゃって。いわゆるツンデレってやつですか?
「誰がツンデレだ、誰が」
皐月さん、いちいちツッコミありがたいですけど、独り言を言ってる怪しい人と思われちゃいますよ。
私は先天的に遺伝子の異常があり、もともと長くは生きられない身体でした。体力がついた頃に対症療法として何回か手術して……余命宣告をされた歳を少し過ぎたところで力尽きちゃいました。
いやぁ~、残念。
皐月さんの気を引くため、看護婦さんの目を盗んで薬を飲まずに隠したのが良くなかったんでしょうか。
それとも皐月さんをストーキングするために点滴の速度を勝手に速めたのがいけなかったんでしょうか。
あれ? 皐月さん、頭を抱えてどうしたんですか?
「美幸、そんなことしていたのか……」
ええ、はい。
やっぱりいけなかった……ですよね。
「あたりまえだろ。お前の主治医が気の毒だよ。どんなつもりで俺たち医者が……!!」
ええと、くどくどとお説教が始まってしまいましたが。
皐月さんは、実はもともと近所の憧れのお兄様だったのです。黒い学ランに少年から青年へと移る若い身体を包み込み、難しそうな本を片手に眼鏡の銀フレームをくいっとするところなんて当時いたいけな蓮池幼稚園ひまわり組だった私が生唾ごっくん、ハートがズッキュンとやられるくらいの色気があったんです。
その頃から私の将来の夢は皐月さんのお嫁さんになることでした。入院がちになったのはそのすぐ後。
風の便りに皐月さんが医大生になったと聞きました。その後、研修医として私が入院している病院に入局したのですが、お忙しそうでちっとも構ってくれなかったですよね。
「当時の園児が色気とか言うな。それに俺はロリコンじゃない」
またまた~。
小児科病棟にいたときには、毎日暇があればベッドに来て愛を囁いてくれたじゃないですか。
「あれは俺の指導医が当時お前の担当医だったからだ。それに愛は囁いてない。バイタルを呟いていただけだ」
そうでしたっけ?
そういえば、あの当時の担当のお医者さんは別の病院に転勤になったとか。ドラマみたいに派閥争いに負けて追い出されたんですかね。
でも皐月さんが小児科医になってくれたのは私の為ですよね。
「病気で苦しむ子どもたちの為だ。お前の為だけじゃない」
もう照れちゃって。
早く私のところに来たくて、そんなに煙草を吸ってくれてるんですか? 嬉しいな。
……はれ? もう吸わないんですか?
苦そうな変な顔して煙草をもみ消す皐月さん。
「煙草はやめる。金輪際吸わない」
そうですね。
私も実はちょっと皐月さんに煙草は似合わないかな、って思ってました。
「大きなお世話だ」
ふへへ。
そのとき、皐月さんの院内PHSが震動しました。
バイブっていってもバイブレーションのことですよ。変な想像しちゃダメですよ。
「どこから仕入れてくるんだ、その知識」
女の子は耳年増っていうでしょう。お母さんが少女漫画だと思って買ってきてくれたなかにエロエロのがあったんですよね。あれ絶対R15指定ですよ。いやあ、滾りました。鼻血吹くかと思いましたよ。もちろんベッドの下に隠して、消灯後に懐中電灯の灯りでじっくり何度も……って、皐月さん、残っていた紙コップのコーヒーを飲み干して立ち上がりました。
私も一緒に行きますよぉ。
皐月さんの後に続いて喫煙ルームを出ます。
鼻先で扉を閉められたって通り抜けられるのに、扉を開けて待っていてくれる優しさが好きです。
寝る間も惜しんで働いて、カップラーメンのスープより麺が好きなんですか? っていうくらい増やしても、患者さんのために真剣な皐月さんはかっこいいです。
でもこんな不摂生な激務を続けていたら、あの世で会えるのも直ぐかも知れませんね。
「縁起の悪いこと言うな。俺はまだ死なん。美幸と同じ病気の子どもも……次は助けるって決めたんだ。死んだ美幸の為にも」
ええ。はい。
それでこそ皐月さんです。
私が見えなくなっても……私はここにいますからね。
「やめてくれ。ただでさえ勝手にナースコールが鳴るだの、白い影が見えるだのと当直ナースが気にしてるのに」
やだなあ。急変したの教えてあげただけじゃないですか。それにしても案外見える人がたくさんいるものですねえ。声までは届かないようですが。皐月さんとこうして話せるのは、ひとえに愛ゆえですね。
「だから大人しくあっちで待ってろ。次に生まれる時は……歳の差五歳以内で頼む」
気にしますねぇ。十五歳差なんて社会人になればそんなカップル珍しくないのに。
「今のお前が未成年ってことを気にしてるんだ」
もう享年になってしまいましたから、ずっと未成年のまま歳の差が縮まらないんですね。
「生きてても歳の差は縮まらないけどな」
いわれてみればそうですね。
最初で最期の恋ができて良かったです。
またそんな顔をして。皐月さんが気にすることはないんですよ?
ねえねえ、それより聞かせて下さいよ。
いつから私のことを好きになってくれていたんですか?
てっきり私の独りよがりだと思っていたんです。私の生きる糧が皐月さんへの恋心だったから。でもそれでもいいかなって思ってたんですけど。
家族とのお別れも終わって暫くしてから、まだ墓標だけのお墓にひとりで来てくれましたよね。残された家族が見守る白木の祭壇の前では言えなかったであろうあの言葉、驚きましたけどそれ以上に嬉しかったんです。もう死んでもいいくらい。いや、もうすでに死んじゃってますけどね。
「あれは気が動転してたんだ。お前がこっちに残ってて傍で聞いてると知っていたら……言わなかった」
にへへ。
あ、赤くなった。
ロリコン確定な発言でしたもんね。
「うるさい。俺は今から仕事だ。付いてくるなら静かにしていろ」
だから、私が喋っていても他の人には聞こえないんですってば。
でもお仕事の邪魔をしてはいけませんから、ちょっとお散歩に行ってきましょうかね。
今の私には、生前に出来なかった自由な外出ができるのです。
院長先生と婦長さんの不倫な現場を覗いてこようかな、それとも整形外科の女医さんと骨折で入院してるスノーボーダーとの男性誌も恥ずかしがって逃げだすようなアレコレを覗いてきましょうか……。
まったく爛れた職場ですね。皐月さんのロリコンなんて大した問題じゃないですね。
「……やめてくれ。本当に」
次は一緒のタイミングで生まれてこられるように、一緒にあの世に行きましょうね。私、皐月さんが天寿を全うするまでずっと待っててあげますから。
「連れションみたいに言うな。虫とか魚に生まれ変わる可能性もあるだろ」
それはそうですけど……。
ここじゃない世界で皐月さんは宮廷に仕える天才魔術師で、私は皐月さんに守られるお姫様っていうのもいいですね。
「ファンタジー小説でも読んだのか。お姫様と臣下じゃ身分差で結局結ばれないだろ」
えへへ。3号室のヒカルちゃんのお母さんの後ろで読んでました。いいですよね、異世界ファンタジー小説。皐月さんならイケメン魔術師間違いなしですよ。
こんな話にも乗ってくれる皐月さんは優しいです。
そして、やっぱり来世では私と結ばれてくれようとしてくれているんですね。
「もう黙っててくれ」
はーい。
こんな風になっている私でも、さすがに血がどばっとか苦しんでいる入院仲間だった子達の痛そうな治療をみたいとは思わないので離れます。
私は善良な幽霊なのですよ。
皐月さん、あなたのことが死ぬほど好きなのです。
もう死んじゃってますけどね。
生きている皐月さんが、この先彼女を作ったりお嫁さんを貰うかもしれないと思うと胸が張り裂けそうに辛いですけど……。
私にはどうにも出来ないので。ヘタに祟ったりなんかして、神さまに皐月さんと来世を一緒にしてもらえなかったら困りますし。
もし天国があるなら、いっそそちらに逝ってしまいたいんですけどね。どうにもこうにも初めてのことなので、どうしたらいいのか分かりません。
そのうちイケメンの天使が迎えに来たら、そして私が付いて逝っちゃったら……皐月さんは浮気だと言うでしょうか。寂しがってくれるでしょうか。
悩んでいても仕方がないので、ちょっと近くの高校の生徒会室でも覗いてきます。
あわよくば俺様の生徒会長さんとやんちゃ系副会長さんが一人の地味系女の子を取り合ったりしてませんかねぇ。
お立ち寄りありがとうございました!
本作品はくるシチュ企画参加作品です。
このお話のお題シチュエーションは、
『病弱な少女と医者との恋』(医者と患者の恋)でした。
(発案者 宇佐美心愛様)
他のシチュエーションシャッフル作品は「くるシチュ企画」で検索するとお読み頂けます。
ここまでお付き合いくださいましてありがとうございました!




