僕とゴキブリ
ゴキブリにも生活があると思います。
母親がゴキブリを新聞紙で叩き潰してるところを見てそうかんじました。
せーのっ
ゴキブリの気持ちになるですよ!
気がつくと、僕はゴキブリになっていた。
なんでゴキブリになってしまったのかわからない。しかし、気づいたらゴキブリになっていた。
実のところ、自分がゴキブリなのか確認したわけではない。
さっき言われたのだ。ゴキブリに。
ゴキブリは僕を見つけると話しかけてきた。
「へへ、あんたも餌をさがしてるのかい?」
僕はゴキブリが嫌いだ。思い返せば人間だったとき、見つけたら片っ端から殺していた。当然気持ち悪いからだ。
だからこのゴキブリが話しかけてきたとき、即座に逃げた。
だけどいくらか走るうちに腹が減ってきた。とても耐えきれる空腹じゃない。
もうだめだ。
死ぬ、と思った。
「ほらほら、だから言ったじゃないか。へへ、餌を探さなくちゃ生きていけないよ」
ああ、死ぬときにゴキブリの声の幻聴を聞いて死ぬなんて…、なんて嫌な死に方だろう…。
「ほら、立ちな。あんた新米だろ?今日のところは先輩後輩のよしみで助けてやるよ」
声が止むと僕は担がれた。どうやら幻聴じゃなかったようだ。
うっすらと目を開けると、ゴキブリが僕のことを担いでいた。
「あんた名前は?」
ゴキブリが聞いてきた。
どうしよう、名乗るべきだろうか。
名乗れば僕の名前をゴキブリが呼ぶだろう。そんなことは死んでもごめんだ。
しかし、このゴキブリは仮にも僕を助けてくれた。
悩んだ末、僕は偽名を名乗ることにした。
「ゴキ助」
「へへ、ゴキ助か。俺はゴキ朗っていうんだ。よろしくな」
それから、僕は腹が減ったのか疲れたのかわからないが、気を失ってしまった。
「ほら、起きな」
声とともに、僕は頬をたたかれた。
「ん……うん………ここは……?」
「餌場だよ」
そう言うとゴキ朗は前を指差した。
そこはごみ捨て場だった。目の前に一つ、ビルよりも高いであろうごみ袋があり、周りを見れば、東京タワーくらいの青バケツが2つそびえ立っている。
「バケツ漁りしてもいいんだがね、へへ、今そんな体力残ってないだろ?だからね、へへ、この家の主人が置いていったごみ袋を漁ろうじゃないかい」
そう言うとゴキ朗は口で袋を噛みちぎり、ごみ袋のなかに入ろうとした。
冗談じゃない。なんでごみなんて食べなくちゃいけないんだ?汚い。不潔だ。臭い。汚い。口をつけたくない。不潔だ。汚い。
そんな単語が思いが、ぐるぐると僕を包み込んだ。
立ち止まっていると、ゴキ朗がやって来た。
「ゴキ助。なにやってるんだい?へへ、食わなきゃ死んじまうぜ?」
ゴキ朗の言葉を聞いて、僕は思わず叫んだ。
「だって、だって汚いじゃないか!不潔じゃないか!臭いじゃないか!ははっ、よくこんなものに口をつけられるなゴキブリは。こんなもの毎日食べてるとか、どういう生態系をしてるんだろうな!このゴミ!ゴミ!ゴミ!ゴミ!ゴ━━━━」
ゴン!
ゴキ朗が僕に頭突きをした。
僕は後ろに吹っ飛ばされた。
「何をするんだ!」
「ゴキブリが汚いだって!?ふざけてんじゃねえぞクソガキ!こっちだってな、頑張って生きてんだ!いつもいつも死ぬか生きるかの瀬戸際を、ずっとずっと走ってんだ!それを侮辱するな!次俺の前でそれを言ってみろ!今度は殺すからな!」
そう言って、ゴキ朗はごみ袋の方へいった。だが、立ち止まって振り替えり僕に言った。
「死にたくないんだったら食いな。へへ、じゃないとあんた、ゴキブリは~とか言ってる間に死んじゃうぜ」
僕は無言のまま、ゴミにありついた。
「俺も元は人間だったんだ。へへ、まあもう記憶はないがね」
ゴキ朗が言った。
僕は腹を満たすと、ゴキ朗が住んでいるという住み処に案内してもらった。暗いところだ。それに加えてじめじめしている。ここはどこなんだろう。
「なんでゴキブリになったんですか?」
「わからねえ。だけどね、俺はもと人間だったやつを二人知ってる」
「へえ。その方たちはどちらに?」
「二人とも死んじまった。いい奴らだったんだけどな。へへ、二人とも人間に殺された」
こう、新聞紙でパーンってな。
ゴキ朗は苦笑ぎみにいった。
「なんで僕たちはゴキブリになったんでしょうね」
「わからねえな。でも二人とも、最初はゴキブリのこと気持ち悪がってた。これはゴキブリの呪いかもしれねえな」
「ゴキブリの………呪い………」
それは人にゴキブリの気持ちをわからせるためだろうか。それとも、自分たちがやったことと同じことを、お前たちもうけろということだろうか。
どっちもな気がした。
「おっと、そろそろ仲間たちが来るぜ」
「え?だってさっき死んだって」
「いや違う。へへ、ゴキブリが来るって意味だ」
「え……」
「ゴキ助、いいか。俺らがゴキブリを気持ち悪がってたと同じように、あいつらも人間を気味悪がってる。へへ、巨大な体をもってすごい勢いで襲ってくるわけだからな」
ゴキブリが二匹やって来た。
雄と雌だ。
名前をゴキ太とゴキ子というらしい。
「ゴキ朗さん!おひさしぶりです!」
ゴキ太がゴキ朗に挨拶をしてきた。
「随分と見ない間にふけてませんか?」
「へへ、もう年だからね。あと何日生きられるかわかったもんじゃない!」
ゴキ子の冗談にゴキ朗が笑った。
「あら?そちらは?」
「ああ、新入りなんだ。へへ、ゴキ助っつうんだってよ。よろしく頼むぜ」
「初めまして、ゴキ助です。あの、もしかしてあなたたち……」
「ああ、ぼくたち結婚してるんですよ!」
「来週には私たちの子どもが産まれるんですよ?」
「えーっと……それはおめでとうございます……」
「ありがとう!」
「ありがとう?ねえあなた?どんな名前をつけようかしら?」
「やっぱりぼくはゴキ之助がいいなあ」
「あなた?女の子だったときもかんがえてくださいね?」
そう会話しつつ、二人は少し離れていった。
「な?あんな姿見せられたら、俺は嫌いになれなくなっちまってなあ。へへ、別に俺は人間も嫌いなわけじゃないが、あいつらが好きになっちまったのよ」
「そう……ですね……」
僕はゴキブリが嫌いだ。だけど、あの二人の子どもには絶対産まれてきてほしい。
そう、思った。
「おうい!集まってくれぇ!」
翌日のことだ。ゴキ朗がみんなを呼んだ。
「明日からゴキ子が出産予定期間に入るだろ?へへ、だからこれから、ここのうえの家の台所から食べ物をもらおうかと思う。どうだろうか?」
「わかりました。作戦はどうするんですか?」
ゴキ太がゴキ朗に質問した。
「まず、俺とゴキ助がおとりになる。へへ、そのすきにゴキ太とゴキ子はキッチンへいって食べ物をとってくればいい」
「でも、その間に私たちが見つかったら?」
「できるだけ人間の気を引きながら、台所から遠ざかってくれ。へへ、そのすきに俺らが食べ物をとってくる。ゴキ助はそれでいいか?」
ゴキブリを嫌って殺しまわってた人間が、ゴキブリとなって人間に追われるのか。滑稽だな。
「僕もそれでいいです」
「よし!決まりだ。へへ、これから作戦スタート!」
作戦は首尾よくいっていた。
僕とゴキ朗がおとりになる。そのすきに、ゴキ太とゴキ子が食べ物を取りに行く。
完璧だった。
「ほうら!へへ、こっちへこい!」
ゴキ朗が人間を挑発すると、人間は丸めた新聞紙をゴキ朗に狙いを定めて叩きつけた。しかし、ゴキ朗にはかすりもしない。
僕も僕で、人間を挑発した。
これがやってみると案外楽しいのだ。ちょっとしたアトラクションである。
「ちっ、スプレーあったかなあ」
人間はそう言いながら台所にむかった。
まずい。
「おうい!人間がそっちにむかったぞぉ!」
ゴキ朗が壁に張り付きながら叫んだ。
僕とゴキ朗は、今壁に張り付いている。ここからなら台所がよく見えるからだ。
「わかりました!ではぼくたちがおとりになります!」
そういうと、ゴキ太とゴキ子は台所から離れた。
「わぁぁぁ!なんだよぉ!こんなところにもゴキブリがいたなんてぇぇぇ!」
人間は叫びながら新聞紙を振り回した。
だが、ちっとも当たらない。少し錯乱しているようだ。
「おいゴキ助!へへ、今のうちに天井つたって台所に行くぞ!」
ゴキ朗の指示通りに、僕は天井をつたって台所に降りた。
急いで食べ物の回収にとりかかる。
その時。
グシャ。
いやな音がした。
「あなた?あなたぁぁぁぁぁぁああああ!!!???」
後ろを振り向くと、ゴキ太が潰れていた。
「ははっははっ……まずはいっぴぃーき……」
人間が何事か呟いている。
なんだ……これは……こんなの……こんなのただの虐殺じゃないか……。
「後ろをみるな!前のことだけに集中しな!ゴキ子!ゴキ太の死体を回収できるなら回収しろ!」
ゴキ朗は叫びながら食料をかき集めている。僕も食料をかき集めはじめた。
「あなた、あなただけは絶対に持ってかえってあげるからね?」
ゴキ子の涙声が聞こえた。
ゴキ子はゴキ太の死体を持って帰ろうとしているのだろう。
ぶん!
唐突に風を切る音がした。
グシャ。
もう見なくてもわかる。
殺されたのだ。ゴキ子まで。
「くそ!逃げるぞ!ゴキ助!」
僕たちは台所から撤退する。
くそぉ!なんでだ!あんなに幸せそうだったじゃないか!なんであの人たちが!
僕は涙を振り払いながら、走った。
台所から僕たちの隠れ家がある冷蔵庫の裏まで、障害物はない。
しかし、目の前に人間が立ちはだかる。
「ふふ……はは……逃がすかぁぁぁあ!」
新聞紙が上から垂直に降ってきた。
ビタァン!
ギリギリのところで回避する。
しかし。
ゴキ朗は死んでいた。
ペシャンコになって。
なんで!なんで!みんな一所懸命に生きてただけじゃないか!人みたいに!幸せを分かち合って!
それを!なんで!なんで、殺すんだああ!
「おおおおおおお!!」
僕は叫びながら、人間に突進していた。
ふと気づくと、新聞紙が僕の前に迫っていた。
それでも僕は、人間に突進した。
そこで僕の意識は途切れた。
処女作がまさかのゴキブリです。
後書きって最初に読めるんですかね。
せーのっ
ゴキブリの気持ちになるですよ!