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口裂け女さんはべっこう飴がお好き

作者: ぬ~

夕日が空を真っ赤に染めて、烏が遠くで鳴いている。

自分の影を前に見ながら、僕は鞄片手に歩いていた。

外気は外を歩く人達の息を白く染め、道行く人達はその寒さに身を丸める。


冬。


それは寒さに弱い僕にとって、最も憎むべき季節だった。

全く待って、“冬”に利点を見出すことが出来ない。

寒いし、雪は冷たいだけだし、地面は滑るし。旬の食べ物が云々とTVとかではよく言ってはいるけど、そんなのは全ての季節に存在するわけで、それが冬の利点になるとは僕にはとても思えなかった。

それになにより・・・、と、僕は吐いた白い息を見て思う。

家に帰った時の、家の中の冷たさは、きっと冬だけが原因ではない。ただ、寒さをより実感できてしまう冬は、やはり好きにはなれない。

そんな冬への恨み辛みを頭に巡らせながら、僕は早足で家に向かう。

学校から徒歩で十分という何とも中途半端な距離にある僕の家。

本当は自転車で行きたかったのだけど、昨日パンクしたタイヤのせいで、今日は徒歩での通学を余儀なくされていた。

「ああ、寒い・・・」

思わずそんな事を呟いてしまうほど寒い。

今年は暖冬だ、とか何とか周りは言っているが、僕には十分の殺傷力を持った寒さだ。

今も学校指定のコートを羽織った上で、まだ身を縮ませているのだから。

ああ、だけど・・・。と、僕は顔を上げた。

家はもうすぐだ。

何なら、もうここから見えそうな距離にある。

急げ、急げ・・・。と、子どものように小さく呟いて、僕は更に足を速めて――――、

「・・・?」

――――ふと、前に人を見た。

別に、人がいるなんて普通の事なのだけど、僕はその人の口元に注目した。

その人は口に耳まで覆いそうな大きなマスクをしていて、僕が着ているような大きなコートを羽織って、壁にもたれかかっている。

大きいマスクだなぁ・・・。

と、別にそれ以上気にすることも無く、僕は足のスピードを別段遅める事もないままその人の横を通り過ぎた。この季節、喉を痛めないようにマスクをしている人は少なくないし。


「ねぇ」


声がした。後ろからだ。

はて?と振り返ると、声を掛けてきたのはどうやらさっきの大きいマスクの人らしい。

よく見ると、女性のよう――――

と、ここで僕は一つ、子どもの頃の記憶を掘り起こしてしまった。

僕がまだ小さい、小学生頃の話だ。


『口裂け女』という女の人が出るという噂が、あの頃至る所で噂されていた。

口裂け女は大きなマスクで口を隠して、「私、キレイ?」と聞いてくるらしかった。


ああ、嫌な事を思い出したぞ・・・。

そんな事を思いながら、

「何ですか?」

と、つとめて明るく笑顔で言った。

が、心中では「ああ、嫌だな・・・、早く帰りたい・・・」とか考えていた。

とはいえ、あんなものは子どもの時分にはよくある話だ。そんな事を気にしていたら世の中なんて渡っていけない。

そう、思っていた。


が、


「私、キレイ?」


女性が発した言葉は、僕が予め心の中に用意して置いたソレ。

「・・・え?」と、

僕は思わず聞き返してしまった。

一瞬にして、さっき作った笑顔も掻き消されてしまった。


瞬間、間が凍る。


「なに――――」

「私、キレイ?」

間髪入れずに、その人は同じことを繰り返した。

僕は言葉を挟ませて貰えない。

ガクガク、と、足が震えるのが解った。それは決して寒いからではない。

嫌な汗が、額に滲む。寒いはずなのに汗が出ていた。

「私、キレイ?」

三言目、その人は少し強めの口調で言った。

その気迫に押されて、

「き、キレイです・・・」

と、咄嗟に僕は答えてしまった。

ああ・・・。

言い終えて、僕は息を呑んだ。

ああ・・・、そうだ。確かこの後・・・。


その人はマスクに手をかけ――――


確かこの後、


――――彼女はマスクを耳から外して――――


口が、耳まで・・・。


――――その人の、耳まで裂けた口が露になった。


裂けてる・・・ッ!


「わっ、ぅわぁああああアァああァアアアアアああッっ!」

自分が叫んでいることに、叫び始めて暫くしてから気付いた。

そのまま体を翻して、鞄も離して全速力で家とは反対方向へ走った。

「キャーキャキャキャキャアアアッ!」

後ろから笑い声とも叫び声とも取れない声が聞こえてくる。

僕はその声から逃げるように走った。否、逃げているんだ。現に。

が、僕はここで新たに小学校の頃の思い出を掘り返した。


そして思い出した。


口裂け女は、100m走を3秒で走り抜けるほどの脚力だという事を。

口裂け女が100m走を走ったのかよ、と、あの頃は笑っていたが、今はそんな余裕はない。

そして現に、彼女の笑い声はもの凄いスピードで僕に迫ってきていた。


そして、


「キャキャキャーッッ!!」


僕の目の前に、彼女が回りこんできた。

僕は結構脚力には自信があったのだが、そんな自信を一蹴されてしまうほど、あっさりと回り込まれてしまったのだ。

「わぁあっ!」

僕はもう一回方向展開をしようと踵を返したが、

ズルッ 「あっ!」

足を滑らせて、地面に倒れこんでしまった。寒さの所為で地面が凍っていたのだった。


ああ、だから冬は嫌いだ・・・。


改めて冬への憎悪を燃やしながら、

「・・・・・」

僕は後ろを恐る恐る後ろを振り返った。

「キャキャッ!」

夢じゃない。改めて見ても、“それ”は確かにそこに居た。

口が耳まで裂け、長い髪を振り乱したその女性は、僕に一歩ずつ確実に迫ってきている。

「あう・・・、うぅ・・・」

僕は涙でぼやけた視界を拭う事も出来ずに、腕の力だけで後ろにあとずさる事しか出来なかった。

「キャキャァア!」

彼女が大きく手を振りかざし、


ああ、もうダメだ・・・。


僕は目を閉じた。

恐らく手が僕に向かってきているのだろう。

そう思ったら、僕の頭に過去の記憶が次々と巡ってきた。

俗に言う『走馬灯』という奴だ。

ああ、まさか僕がこれを見ることになるなんて。

なんて考えて、諦めてその走馬灯を見ていた。

が、

僕はその走馬灯の中にある情報を見た。

それも、今の状況を打破できそうな情報を。

そして、僕は次の瞬間には叫んでいた。


「ポ、ポマード・・・ッ!」


「ギャ・・・ッ!?」

口裂け女の声が少し怯んだように聞こえた。

僕は恐る恐る目を開ける。と、声の通り、彼女は頭を抱えてまどろんでいるようだった。

僕が思い出した情報。

それは、口裂け女は「ポマード」と言うと逃げていく、というものだった。

逃げこそしなかったが、確かに彼女は「ポマード」を嫌がっているようだ。

「ぽ、ぽまーど!ポマードポマドーポマードッ!」

僕は立ち上がって、何度も「ポマード」と言った。

その度に口裂け女は苦しむような仕草を見せ、頭を抱えていた。

その後も、何度も何度もその言葉を繰り返した。

何度も。

何度も。

立ち上がりながら、何度も。


が、


僕は気付いた。

彼女の様子がおかしい事に。

「ポマード!ポマー・・・、ド・・・?」

言葉を繰り返すのを止め、彼女の方を見た。

気付くと彼女はその場に蹲って、耳を塞ぐようにして嗚咽を漏らしていた。

泣いて・・・、る・・・?

急に自分のした事に罪悪感を覚え始め、僕はその場に立ち尽くした。

「う・・・、うぅ・・・っ」

彼女の泣き声は普通の女の人と全然変わらぬ声で、それが僕の罪悪感に一層輪を掛けた。


何故だろう。


一歩、一歩ずつ僕は彼女に歩み寄った。

「ご、ごめん・・・、なさい・・・」

手を伸ばすか、伸ばさないか、

触れるか触れないかのギリギリの距離に立っていた。

不思議と、恐怖感は消えていた。変わりに罪悪感だけが沸きあがってくる。

今度は罪悪感で、涙が出そうだった。

ただそこに立ち尽くしながら彼女を見下ろしていると、僕はふとある事を思い出した。

そして、その思い出した事に沿って、ポケットに手を入れる。

ポケットの中に入っていた“それ”。

今日偶然、クラスの女子に貰ったそれは、べっこう飴。

そしてこれは、さっき「ポマード」を思い出した時、一緒に思い出した情報だった。


口裂け女は、“べっこう飴”が好き。


「あの・・・、これ・・・」

僕は手に取ったべっこう飴を、彼女に差し出した。

彼女は恐る恐るという感じに顔を上げて、僕の手のひらにあるべっこう飴を見た。

彼女の顔には長い前髪が垂れ差上がっていて、僕は彼女の顔を確認することは出来なかったが、その事に逆に安堵を僅かながら感じつつ、僕はべっこう飴を彼女に渡した。

彼女は拒絶する事無くそれを受け取ると、すっ、と立ち上がった。

それにはさすがにビクッ、となったが、大声を上げて逃げるようなことはもうしなかった。

「ごめんなさい・・・」

と、僕はもう一回謝った。

殺されそうになって、殺そうとした相手に向かって謝る、という構図は明らかにおかしいものがあったが、僕は彼女に謝っておきたかった。

僕がもう一度、

「ごめんなさい」

と言うと、彼女の髪がすっ、と靡いて一瞬顔が見えた。

「あ」

と僕が口を開いた瞬間、


彼女は消えてしまった。


「・・・・・・・」

僕は暫くそこに立ちすくんだ。

が、いつまでもそこに居る訳には行かず、僕は途中放り出していた鞄を取って、今一度帰路についた。

途中、さっきまで忘れていた寒さを思い出して、

そしてさっき一瞬見えた彼女の顔を思い出した。


さっき見えた顔は、口の裂けてない、美人な女性の顔だった。


ああ、なんだったんだろう。


夢。


そう。夢かもしれない。

だって、何の実感も無いし、こんな話をしても誰も信じやしないだろう。

ただ、さっきまでポケットの中に入れておいたべっこう飴はなくなっていたし、転んだ拍子に打った足は今でも痛いままだ。

どこまでが本当で、どこまでが嘘なのか。

もしくは、全てが本当なのか。逆に全てが嘘なのか。

生憎、というか幸いと言うか、そんなヤバそうな幻覚を引き起こすような薬に手を出した覚えは無い。


そんな事を考えて、誰も居ない自分の家の前に来た。

何だかんだ、無事に家に戻れたらしい。

ただ、と僕は白い息を吐きながら思う。

誰も居ない家というのは、外以上に寒く感じるものだ。と。


鍵を開けて、ガチャリ、と玄関を開ける。



「あ、おかえり」



「んん?」

迎えがあるはずの無い家の中から、声がした。

僕を迎えてくれたその人は、口元に大きなマスクをつけていて――――


「うわぁああああああああああああああああッ!」


僕はもう一度叫んだ。

口裂け女さんが、そこに居た。


どうやら今年の冬は、好き嫌いとかそんな事を考える余裕も、無いらしい。


季節感完璧無視です。

続くと見せかけて続きません。

今後の反応で続きを書くか否かを決めていこうと思っています。

なので、評価の程を宜しくお願いします。

一応ジャンルはコメディーで。

ともあれ、楽しんで頂ければ幸いです。

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― 新着の感想 ―
[一言] すごくおもしろかった。でも、続きがみたい
[一言] 面白かったです。 口裂け女というホラーの象徴がどうホラーになるのか気になります。     連載されることを期待しています。
[一言] なかなか好きな感じです。 ぜひ連載お願いします。
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