07話 『もとめるもの』
彼は白昼夢の中にいた。
その魂に、恍惚とした男の声が響く。
(C'est du bon travail. La mémoire est unifiée. )
そりゃあな、頑張ったからな。
(Cependant, s'il vous plaît regagnez plus. )
足りないか。
(Il est exigé plus presque. )
わかったよ、俺。
(Regagnez.)
わかったって。
(Regagnez.)
ああ。
(Regagnez.)
全てを取り戻す!
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「……どうしたのよサンカント、こんな時間に寝るなんて調子悪い?」
“偵察者”とエルフによるファルギ村襲撃事件から十日が過ぎ、事情聴取や後処理は一通り終わっていた。
対応が早かったのと、襲撃者の側が殲滅を重視しなかったらしい事から、幸いにして犠牲者は出ていない。
負傷者や家を破壊された住民は何人かいるが、魔物被害と同じ扱いで補償金は下りている。
「……ん?!
あ、おはようござ……ええと、調子は凄くいいよ。
でも俺は行かなきゃならない」
「そういえば、少しだけ記憶が戻ってたんだっけ。
ギヨームじいちゃんが首をひねってたわよ、魂が回復してる? って
あたしには何のことかわかんないけど」
「んっとな、俺はさ、俺と同じ瞳の奴を倒さなきゃいけないみたいなんだ。
倒せば、強くなる……それに、記憶の手がかりはそれしかない。
オンジエムとか言うらしいあいつからももらったし、今行くべきところもわかる。
それにさ、これ以上ロドリグ師匠とか村の皆に迷惑かけるわけにもいかないよ、俺がこのままファルギに住んでたらきっとまたソリオンが来る」
警備隊宿舎二階にあるサンカントの部屋は引き払われ(別に追い出されたわけではなく、件の襲撃で破損した宿舎自体が改築中なのだ)、現在はロドリグ家の物置で寝泊まりしている。
サンカントは物置小屋に移動してからというもの、警備の仕事の間も含めてずっと何やら考えているようだった。
彼を拾ったリュミエラとロドリグも、研究対象兼孫として彼を庇護しているギヨームも気が気でない。
「改造兵士、ねえ。
そもそもあんた、一人で生きてけるの」
「わかんないけど……でもさ、俺、下級水晶集めも取れたし、たぶん大丈夫だ。
生き残れたら、余裕出来たら、お世話になった分ぐらいはお金も送るから。
とりあえずルキエル火山に行かなきゃ」
「ルキエル火山、かあ。
そこに、あんたを改造した奴か、その仲間がいるのよね?
うふ、ふふふふふ、そうか、そうねえ……」
サンカントの正面に腰を下ろしたリュミエラは“ルキエル火山”を強調し、問い詰めるように手を伸ばした。
ルキエル火山は、彼女にとってある種神聖な地である。
なにせ彼女が体質を気にせず着られる服や靴の唯一の材料であるラヴァ・ワームは、ルクスコリではルキエル火山周辺にしか生息していないのだ。
煮え立つ釜に漬けられた白魚のように熱い指がサンカントの喉元を這い回る。
「やめろ、熱い! こそばい!
だから俺、嘘なんか言わないって、村長達の前でも話したろ!
しかもその匂い、また樹脂葉巻やってやがったなリュミエラさん」
「んー、別に信じてないわけじゃないわ、あたしが知りたいのは“何時”“どこに”あんたが行くのかってことで。
わかるわよね?
だいたい一人で行くとか荷物どうすんの……ふわぁ……」
言いつつ、リュミエラは革袋から樹脂葉巻を取り出して端を噛み千切り、赤熱させた指先で着火した。
樹脂葉巻から甘くスパイシーな紫煙が立ち上ってゆく。
愛すべき芳香を前に昂揚した彼女が熱い舌で唇を舐めると、垂れかけた唾液が一瞬で蒸気と化す。
いかなる超常的現象か、彼女の体液は体内にある限り、どれほど高温になっても生体機能を満たす姿を保っているのだ。
何にしろ、換気機構のついてない物置内は、樹脂葉巻を濃厚に味わうには最適だ。
……他人が寝泊まりしている部屋であるということを除けば。
「あわわわ、俺の荷物が燻製に!」
「美味しくなりそうよねえー?
ま、サンカントがバター味になるかどうかなんて些細な問題よ。
いいから教えなさい」
甘い煙を吐くリュミエラがサンカントに更に近づき、顔を覗き込む。
サンカントの首筋をシルバーブロンドが擽り、様々な理由で分泌される汗を出るそばから乾かした。
こうなってしまうと物理的にも精神的にも彼に抵抗する術はない。
「ええっと、顔、近い、熱い……ああもう、わかったよ!
んと、ルキエル火山の隣の山にある地下基地で、そこに俺を改造した奴がいるはず。
ロドリグ師匠は、首都から聖騎士団の破壊工作員が派遣されるから心配しなくていいって言うんだけど、だめなんだよ。
あの赤エルフの記憶によるとな、サンキエムってのがそこの管理者なんだ。
そいつは金色の目をしてるって。
だから、絶対にその破壊工作員より先に行って、俺が倒さなきゃいけない、先越されたら困るんだ。
でも俺、ロドリグ師匠とかじいちゃんとか、リュミエラさんにこれ以上……。
とにかくさ、明後日ぐらいには出発するよ、警備隊をやめて村を出ること自体は問題無いってロドリグ師匠に言われてるし。
まあ、やめるっても見習いだし元々給料出てないんだけどさ」
「だから、あんたはファルギ村を?」
「おう……」
「じゃ、選びなさい」
「え?」
樹脂葉巻で必要以上に上気したリュミエラの熱い指が、見た目からは想像もつかないほどの怪力でサンカントの顎を掴み、こじ開け、垂れる唾液を沸騰させる。
仮にサンカントが強化改造肉体の持ち主でなかったならば、火傷どころか命が危ないほどの温度。
明らかに、葉巻の影響で絡んでいるのだ。
しかし、リュミエラが完全に理性を失うほど飛ぶ事は決してない。
光熱を発する固有形質の影響で薬物昂揚の度合いに応じて体温が上昇し、最終的には樹脂成分を全て熱分解して素面に戻ってしまうからだ。
ただし残念な事に今回のケースに限っては、リュミエラが素に戻ったところでサンカントは開放されない。
「えへへ、今ここであたしに焼却されるか、あたしと一緒にルキエル火山横の地下基地に行くかよ」
「ごほ、熱い、それにその…………は?」
「三度は言わないわよ。
あたしと一緒に行って生き残るか、今死ぬか……あたしの仕事に付き合ってるあんたならわかってると思うけど、脅しじゃないからね」
「……そりゃ、その選択なら一緒に行くに決まってる、けど、ロドリグ師匠は」
「サンカント、あたしがあんたの事で父さんに黙ってる事なんてさ、あると思ってる?」
「えと、ない……」
「よろしい。
じゃ、あさってまでにきっちり準備しなさい。
もちろん、あたしも行くわよ。
サンカントを拾ったのはあたしなんだからね」
「……えっと、あのさ」
「んー?
そっか、さっきまで寝てたのよね、おやすみ」
「そうじゃなくて、えと……うう、熱い!あと、樹脂葉巻の煙が、俺の荷物……」
「んへへへ、さあ、サンカントも吸うのよお」
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……それから二日後。
ファルギ村北端、ルキエル火山方面。
定着した“武器質量無視”の力により巨大な荷物を担いだサンカントと、ラヴァ・ワーム革の分厚いフードマントの背に、恐るべき彼女専用武器“牙”を縛り付けたリュミエラが並んでいる。
若い頃はリュミエラ達以上の無茶をしていたらしい(具体的な話を彼女に語ることは一度もなかったが)ロドリグとアネットが、苦笑いしながら二人を見送ろうとしていた。
「本当に行くのね。
ま、工作部隊の人が来たら、同士討ちしないようあんたたちの事も伝えとくから安心しなさい。
母さんの若い頃を思い出すわ、でもねリュミエラ、計算の練習だけはちゃんとするのよ」
「俺から言えることは何もねえ。
サンカントは知らんが、リュミエラはとうに一人前だしな、下手したらもう俺より強いかもしれねえ。
だが、“牙”は気をつけて使えよ、ヤバいからな、それと、あと、もう一つは、最後に、ついでに、忘れとった、そうそう…………」
「ああもう! 父さん過保護ね!
あたしはそんなのよりファルギの皆の方が心配よ!
……いや、ありがたいと思ってるわ、ギヨームじいちゃんにもちょっと無理言ったし」
「師匠、アネットさん、えっと、ありがとうございました」
「あんたは黙ってなさい」
「むう、俺だって」
「冗談よサンカント。
じゃ、ちょっと行って来るわ二人とも。
つってルキエル火山を平和にしたら戻って来るんだし、サンカントが村離れるってだけでさ、あたしの方はせいぜい十日ぐらいのことよねえ、大袈裟な」
リュミエラが笑った。
そう、危険はあるにしろ別に今生の別れというわけではないのだ。
実際リュミエラはロドリグ同様プロの戦士であり、全て自己責任である。
サンカントは……まあ、結局のところ居候でしかなく、それほどは気にされていない。
いなくなったところで、村が元に戻るだけなのだ。
彼を特別に可愛がっていたギヨームは悲しむだろうが。
ともかく、リュミエラにとっては気紛れの、サンカントにとっては先の長い旅が始まった。
「ふふふ」
「な、なんだよリュミエラさん」
「いやあ、ルキエル火山への道もあやふやで、よく一人で行こうとしてたなって」
「別にさ、すこしぐらい迷ってもその辺の魔物を食べてればどうにでも……。
そりゃ早く着かないと、破壊工作部隊の人に先を越されちゃうかもとは、うん」
「無許可で大型四頭以上は、水晶集めでも密猟になるわよ、ばれたら免許取り消しね」
「あう、だってよお」
他愛もない話をしながら、二人が険しい山道を行く。
といっても、ファルギ高地の山々はリュミエラを含めた上級水晶集めにとっては庭のようなものだ。
今回は余計な戦闘を避けるため、干したワーム類の髄を加工した魔物避けの塗り薬を多めに用意し、フードマントやジャケットには対人用の隠密油をすり込んできているためなお楽な道である。
魔物ではない危険不快な昆虫などもいるにはいるが、サンカントの肉体はそのようなものを受け付けないし、渇いた光と熱の力を濃厚に漂わせるリュミエラに普通の生物は近づいてこぬ。
衛生用品や虫除けは特に必要無い。
基本的には“偵察者”もといソリオンだけを注意していればいいというわけだ。
その日の夜。
「ところで、本当に火山手前まで行けばわかるんでしょうね、道」
岩の上に胡坐をかいたリュミエラが太さ三インチ長さ四フィートほどの長細い肉を折り畳み、皿代わりの平たい石に乗せた。
肉の正体はハイランド・ロープと呼ばれる高山性長虫で、一応は小型魔物に分類される。
魔力を体温調整にしか使っていないらしいその牙蛇から取れるクリスタルは非常に小さく、文字通り小銭にしかならない。
革も他の魔物素材と比較するとどうしても劣る。
だがこの蛇に使い道がないわけではない。
牙はそこそこ鋭いものの、ナイフで折ってしまえば生え変わるまで半月ほどを要し、生かしたまま安全に持ち運べる。
そして、頭を落として内蔵ごと筒状の皮を引き剥がせば、そのまま焼いて食べられるのだ。
つまり、携帯食料としての需要である。
凶悪な魔物の巣窟といって過言でないファルギ高地周辺だが、このような無害存在もいるにはいるというわけだ。
「大丈夫だよリュミエラさん。
だって魂の記録だもの、途切れ途切れだけど嘘はないぜ」
「それならいいんだけども、っと。
火が通ったわよ」
掌から照射されたマイクロ波を浴び、タンパク質を凝固させて美味そうな湯気を出す白い塊をリュミエラが小さなナイフで切り分けた。
リュミエラの固有形質は、光や熱でなくいわゆる電波に属するものも多少は発することが可能だが、本来の使い方でないためか威力は著しく落ちる。
様々な実験を繰り返した中で実用にまで至ったのは、肉や飲み物を妙に早く温めるのに使えるこれだけだ。
「俺は、生でいいんだけどな……」
「あたしがダメなのよ!」
リュミエラは硬いがまあまあの旨味がある蒸しハイランド・ロープを素手で掴み、噛み締めた。
多少マナーは悪いが、少し食べれば後は骨がそのまま持ち手になる。
目の前のサンカントは小気味良い咀嚼音を立て骨ごと貪っていたが。
「足りね」
「そっか、あんた燃費悪いのよね。
でも、戦闘用の食い溜めは済ませてるんでしょ?」
「うん、まあ……けど……」
「まだ溜める余地があるのね、ならあんたの魔物避けを解除するわ。
今から狩ってきなさい。
どっちにしろあたしも力溜めなきゃだし、準備もあるしで明日は動けないから」
言葉が終わる前に、小袋に入った何かの粉末がサンカントに投げつけられる。
魔物避け軟膏の中和剤だ。
彼はそれの封を切って身体にはたきつけ、立ち上がった。
「ありがと、リュミエラさん」
「帰りのこともあるし大型は二匹までよ、あとクリスタルもちゃんと抜いてきて。
ゴミを埋める時は、黒い土なら七フィート、赤い土でも四フィートまでちゃんと掘りなさいね。
じゃ、あたしはここにいるから」
「……わかってるって。うん、行ってくる」
ジャケットを脱ぎ、体表に薄い防御膜を張ったサンカントが岩場を飛び出し闇の中へと消えてゆく。
今や彼の高密度肉体は、破壊の瞬間以外に以前のような重量騒音を立てることはない。
オンジエムの魂に刻まれていた固有形質コードの一部が、同系統の改造技術を用いた戦士であるサンカントの魂に統合強化されたためだ。
その有り様は、百種の魔物を喰らい合わせて究極の使い魔を生成する蠱毒の儀式にも似ていた。
怪人図鑑そのに
〔ベルトラン式量産型甲冑生物“ソリオン”〕
漠然とした暗色人型でフルプレートに身を包んだゴーレム風魔法生物。
血の代わりに薄青い人工体液が流れている。
常人の四から五倍のパワーと統率された動きが特徴で、対元素コートがされており属性魔法に強い。
役立たずや廃棄される実験体を原料に製造されていて、外見は殆ど同じだが各々微妙に個性があるぞ。
・おおきさ
6フィート4インチ、350ポンド(鎧込み)
・装備
左腕内部に燃料式魔法銃。BANG!
右腕内部に硬質合金のエストック。
頭部フルフェイスヘルムのバイザーの下には、簡易式のソナーと生体カメラアイ。
・特殊魔法と能力
「ベルトラン戦闘員基本セット」
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