06話 『追跡者』
夕暮れ時、ファルギ高地の深い森を十数人のグループが進んでいた。
それだけならば決して珍しい事ではない。
精鋭たるファルギ村警備隊も、場合によっては集団行動をするし、外からファルギ村に来る連中は安全のため固まって動くからだ。
とはいえ、その集団が尋常でないのは一目でわかる。
まずは角ばったシルエットの黒い甲冑兵士が一ダースと一人。
動きは一糸乱れずリンクしており、人間的でありながら非人間的だ。
そして甲冑達の後方に、もう一人。
「てめえら、失敗は許されねえぞ」
「「大丈夫デス、マスター・オンジエム」」
「チッ」
スーツ状の不可思議な軽鎧を着込んだ、燃えるような赤髪の偉丈夫が甲冑兵士に檄を飛ばした。
部下であるらしい甲冑兵士は、十二個の機械的音声発生装置から同じセリフを同じタイミングで返す。
オンジエムと呼ばれた男は顔をしかめ、手元の資料をペラペラとめくった。
彼のヒトより全体的に大柄で引き締まった身体と、鋭く尖った悪魔じみた耳は典型的なエルフの特徴だ。
しかし、明らかにエルフでは、いや通常の生物ではありえない部分が存在する。
いかなる変異か、あるいは非道な改造の結果か、黒く濁った白目と金色に輝く虹彩を持つ冒涜的な瞳!
そう、彼は実際のところ純粋なエルフではない。
ルクスコリ伝統の魂解析技術と、闇の非合法肉体改造術が合わさり誕生した魔法科学の申し子の一人。
それがオンジエムである。
「オンジエム、ファルギ村警備隊の巡回ルートに入りました、ソリオンに指令を。
我々は当然に強力ですが、この人数で上級水晶集めの複数同時処理は厳しいです」
「んなこたてめえに言われんでもわかっとるわい……停止しろ」
「「ハイ」」
一人の甲冑兵士が小声でオンジエムに警告し、それを受けたオンジエムが甲冑兵士達を停止させた。
先ほどの一ダース同時会話に混ざっていなかった唯一の個体で、ヘルムと甲冑のデザインが女性的で、会話内容も機械的ながらに高い知性を感じられる。
オンジエムには及ばないものの、通常の甲冑兵士ソリオンと異なる上位個体なのだ。
「データを見る限り、隊長ロドリグと糞ドワーフの野郎を釣り出せりゃあ、少なくとも050を回収するのに問題は起こらんはずだ。
対魔物結界は俺達にゃ関係ねえしな」
「該当ファイルには050の戦闘能力が欠落していませんか?」
「ちゃんと博士から聞いとるわ、石頭め。
“俺達”と同じ耐元素皮膚に霊気強化眼球に“先代勇者”コードの一部付与、うち一つは“神聖武器”で確定、不明な一つもしくは二つ。
戦闘技術付加前に逃亡のため肉体操作に難あり……ってな。
まあ俺様で余裕だろ、普通に説得できりゃその方が楽に決まってるけどよ」
「オンジエム、050独自の圧縮強化肉体が含まれていませんね」
「ああもう、わあってら!
俺様にゃ重量差はあんまり関係ねえ、知ってるだろ俺様のコードをよ!」
「理解しています、それでは指令を」
本来このミッション自体が俺様の任務ではない、とオンジエムは言い返したくなったが、どうにか喉元で止めた。
特殊ソリオン、カピテーヌがいちいち細かいのはいつもの事であるし、彼女も同じ立場なのだ。
ルキエル火山地下研究所から逃亡し、半年以上も行方不明になっていた050の生存が判明したのはごく最近である。
改造段階で燃費が悪いことが判明し、なおかつ未完成の状態で消息を絶った050はとうの昔に死んで魔物にでも食われていると思われていた。
それを偵察用のソリオンが偶然発見したことで、回収ミッションが組まれたのだ。
小規模な基地である火山地下研究所は通常ソリオン以外の滞在戦力が極めて少なく、実行部隊として本部から派遣されてきたのがオンジエムとカピテーヌというわけである。
オンジエムは目を閉じ、静かに作戦の微修正を開始した。
改善された神経系が、シミュレータめいて複数回の試行を繰り返し、改善してゆく。
オンジエムはしばらく彼らしくない沈思黙考を行っていたが、じきに有力な回答を導き出して威勢良く命令を発した。
カピテーヌは頷くと同時に、ヘルムの奥の能面のような機械顔を僅かに歪めて微笑んだ。
「てめえら十二匹はこのまま直進、村外れで適当に暴れろ。
だが破壊より回避が優先だぜ、少しでも長く警備隊を引き付けやがれ。
俺様とカピテーヌは対魔力隠密を全開にして潜入だ」
「「ハイ」」
「了解しました、オンジエム。
050は居場所が確定しているのですか?」
「ああ、警備隊宿舎とかいう南端の施設らしい。
見習いや下級が殆どつう話だからよ、夜なら050以外は無視できるだろうぜ。
わかってると思うが殲滅作戦じゃねえ、奴を捕獲したら逃げるが勝ちってな」
「それでは対魔力隠密コーティングを行います」
ガコン、とカピテーヌの肩部装甲が開き、黒い球体が二つ転がり出た。
そのうち一つをオンジエムに投げ渡し、残った一つを叩き割る。
にやりと笑ったオンジエムは腰から銀色のメイスを抜き、空中で球体を粉砕した。
割れた二つの球体は灰色の触手じみた粘液を撒き散らし、それが二人の身体を覆う。
粘液はすぐに無色透明化し、滲み込むように消えた。
「さあて、ふざけた仕事の始まりだぜ」
――――――――――――――――――――――――――――――――――――
ファルギ村南端にある警備隊宿舎周辺は、三日月の下で静寂に包まれていた。
ここには二十人ほどの一般警備兵、つまり下級や中級の水晶集めのうち自宅を持たないものが暮らしている。
現在はファルギ村北東で起こった“偵察者”集団襲撃事件により待機命令が下っていた。
ロドリグやギヨーム他、上級水晶集めは避難指示や“偵察者”の処理に追われているはずだ。
宿舎二階の窓に取り付き、なんらかの放出装置を差し込んでいた黒甲冑、カピテーヌが身を翻し、燃える赤髪のエルフ青年、オンジエムの横に音もなく着地した。
「麻痺蒸気散布終了しました、オンジエム」
「おうよ、耐性のある050以外は寝こけてるだろうぜ……まあ上級がいたら別だが。
いねえよな?
さてと、さっさと済ませっぞ」
「待っていれば出てくるのではないでしょうか?」
「一理あるな、だがんな時間はねえんだぜ」
「では活性反応がある二階左から四番目の部屋を破壊します。
050の処理お願いします」
言うが早いかカピテーヌの左手首が折れ曲がり、砲口が出現。
ソリオンに内蔵されている燃料式魔法銃、そのカスタム品だ!
紅色の魔力が集中し、小指の先ほどの照準収束光が窓の少し下の壁で点滅した。
ZAPZAP!
破壊弾が強靭な魔法建材を粉砕し、壁に穴を開ける。
だが、その煙は一瞬で吹き散らされた。
「てめェー……」
月の光を浴び、やや小柄な、しかし力強い少年のシルエットが宿舎前広場に姿を現す。
引き締まった四肢が、外見に見合わぬ重い音を立てた。
二階からの着地でみしりと地面が鳴り、小石が砕ける。
頭髪は強烈な攻撃的印象を与える逆立つ剛毛。
何よりも特徴的なのは、吸い込まれそうなほどに美しい、金色に輝く虹彩だ。
少年は警戒するように辺りを見回した後、自身を見つめるオンジエムとカピテーヌを発見して笑った。
両掌に鏡のように輝く力が収束する。
「ほお、案外力を使えてるじゃねえか050、竈の商人族の癖に生意気な。
……博士の元に帰ろうぜ、なあ?」
「オンジエム、あまり挑発するのは悪い癖ですよ、ほら……」
「なめんじゃねえクソエルフ、俺の同僚をどうした!
それに、俺は博士なんか知らない、俺はサンカント、だ!」
サンカントが輝く拳を構え、跳んだ。
その高密度かつ小柄な肉体からは想像もつかぬ体捌き。
黒甲冑カピテーヌは慌てて脚部ブースターを起動し、大きく飛び離れた。
輝く拳がへらへら笑いながらメイスを構えているオンジエムを捉える。
キィン! 振動が空気を裂いた。
オンジエムが吹き飛ぶ。
しかし、オンジエムはいかなる心境か、空中で笑っていた。
「へハハハハ、神聖武器か! 活きのいいこって!」
嘲笑するエルフは空中で停止し、魔力を纏ったメイスを振り下ろした。
不可思議なまでに強力な衝撃波と風圧が地上のサンカントを襲い、叩き伏せる。
「なん……う、うわあああ?!」
サンカントの重い身体が地面に沈み込む。
自重をそのまま攻撃威力として返されたのだ。
サンカントは改造肉体の豪腕でもって地面を強打し、地面に小さなクレーターを作りつつ反動で起き上がった。
ゴブリンの特徴のひとつであるギザギザの牙が悔しそうに打ち鳴らされる。
オンジエムはやや怪訝な表情をしながらも優雅に着地した。
「戦闘技術未付加って聞いたがよ、案外やるじゃねえの。
……博士の野郎この俺様を騙しやがったか?
まあいい、俺様の勇者コードは武器質量無視だぜ、050。
てめえにゃ相性抜群なのさ、諦めな!」
オンジエムが地面と空気を蹴り、身構えたサンカントへ超常的な挙動で突進する。
サンカントはロドリグ直伝の体捌きで力強く地面を踏み抜き、輝く拳をメイスに合わせた。
しかし。
「え?!」
「ハッハァー!」
五倍以上のウェイト差が存在しないかのように、サンカントは吹き飛んだ。
一方のオンジエムは“こちらの方が重い”とでも言いたげにその場に踏みとどまる。
なんという不可思議か!
どすん、とよろめきながら着地し、金色の虹彩でエルフを睨むサンカントにオンジエムが悠々と歩み寄る。
オンジエムの魂には、“先代勇者”の固有形質コードのうち、あらゆる近接武器を平等に扱う機能が埋め込まれているのだ。
それは、敵の質量攻撃であっても例外ではない。
本来絶大なアドバンテージを持つ力や重量を、技術と速度が上回ってしまうのだ。
「R-R-R-R-R」
サンカントが唸りながらじりじりと後退する。
しかし、逃げる事は許されぬ。
建物の中には同僚達がいるし、そもそも目の前の敵は倒すべき相手、“Regagnez”の対象に間違いない。
サンカントは構えを変更した。
打撃が無効化されるならば、爪と牙を使えばよいのだ。
高密度肉体のアドバンテージは大きく減ってしまうが、そもそもオンジエムは質量攻撃そのものに耐性があるため関係ない。
それは竈の商人族、ゴブリン本来の戦闘スタイルでもあった。
オンジエムが僅かに顔を歪め、エルフならではの強い魔力を放出して威嚇する。
「おおう、めんどくせえな!」
唸るサンカントが小さく跳ねながらオンジエムの隙を窺う。
一方のオンジエムは魔力メイスによる遠当てで、少しずつサンカントの体力を削る作戦に出ていた。
サンカントの周辺で小爆発が断続的に発生し、浸透勁めいて高密度肉体を打つ。
“博士”により超強化されたゴブリンの牙は、強化エルフのオンジエムをもってしてもなるべく触れたくないのである。
有利なのは明らかにオンジエムだが、彼には時間的な猶予があまりなかった。
魔力を吹き散らす“神聖武器”の拳による防御も厄介だ。
少し離れて周囲を警戒しているカピテーヌにも焦りが見えていた。
「オンジエム、ソリオンの数が減り始めました。急いでください。
なお私の武器は050捕獲に対し適性が低くなっています。
私は助力出来ません。
申し訳ありません」
「わあってら、オラァ!」
カピテーヌの警告を受け、再度戦闘スタイルを変更したオンジエムが、虚空を踏んで空を舞った。
高速度の空中制動からの回し蹴りを叩き込まれたサンカントが再び吹き飛ぶ。
オンジエムはその場で急停止し、彼にとってちょうどいい間合いに着地した。
滑らかな赤髪が風に揺れる。
それでもサンカントは咳き込みながら立ち上がった。
「ええい、しつこい竈野郎。
後の建物をぶっ壊されたくなかったらついてこい、つったら来るかァ?」
苛立つオンジエムがサンカントを脅迫する。
サンカントは精神異常者を前にしたような表情でオンジエムと宿舎を交互に見た。
なにせ、サンカントの部屋の壁にあいた穴は、オンジエム達が破壊したものなのだ。
更にオンジエムの背後からメカニカルな女性の声。
「ゲホ、もう壊してる奴が言う事かよ?!」
「オンジエム、大規模破壊は止められています。
我々は現状、ファルギ村を潰しに来たわけでも、ルクスコリを挑発しに来たわけでもありません」
「ああクソ石頭!言葉のあやだっつうの……ん?」
まさかの敵味方同時突っ込みに肩をすくめたオンジエムは、自身の身体を走る光の点にふと気がついた。
それは、通常の生物なら気付かないであろう不可視光線で、しかもごく小さなもの。
元々可視域が広いエルフである上、瞳を強化改造されていた彼だからこそ発見できたのだ。
オンジエムの呟きと同時に、黒甲冑カピテーヌが身体の各所を光らせて魔法を行使した。
無理やりな高速起動で、カピテーヌの魔法回路が奇怪な音を発する。
傷だらけのサンカントは、仲間割れにしか見えない光景を呆然と眺めていた。
「――・・――・――――・・・――!!!!」
「お、おい元素魔、は、カピて、ゴボ」
ドウン!
カピテーヌが足を踏み鳴らすと、オンジエムの周囲から圧縮された土が噴出し、彼を押し潰すかのように巻き込んだ。
その直後、カピテーヌ自身も脚部ブースターを起動させて土砂に突っ込む。
ほぼ同時に、佇む人影じみた楕円形の収束光が土山に照射された。
目が潰れんばかりの明るさを持った不吉な薄緑の光が、土山の表面を溶解させて有害な高熱気体を噴き出す。灼熱地獄!
サンカントは振り向いた。
宿舎から少し離れた並木道。
その街路樹のうち、特に大きな一本が白い煙を噴き上げ、上半分の葉が焼け落ちている。
煙の中からぼんやりと光を放つ人影が飛び出し、高速で宿舎の方へと接近してきた。
その人影が踏んだ場所が、何か焼け崩れるような音と共に次々と煙を上げる。
あっというまに宿舎前広場に降り立った光る人影は分厚いフードを外し、マントを開いてはためかせた。
見事なシルバーブロンドのセミロングが風になびく。
しかしその風は平穏なものではなく、彼女の視線の先にある半ば崩れた土山が発しているのと同等の熱風だ。
サンカントは色々な感情をない交ぜにした表情で呟いた。
「熱いよ、リュミエラさん」
「排熱中だからね、収束光は疲れるわ……ほら、これつけなさい」
リュミエラが小さな耐熱革袋に入った何かをサンカントに投げ渡した。
それをキャッチしたサンカントが顔をしかめる。
「あつ、熱いって」
「さっさと冷ましてつける。まだ終わってないわよ」
リュミエラは今なお煙を噴いている土山を見つめた。
右手には普段の山刀ではなく、刀身が薄紅色に発光する幅広のショートソード。
レッド・ドラゴンの爪の先を磨き、持ち手にラヴァ・ワームの革を巻いた“爪”こと竜爪剣は、ロドリグとリュミエラのサブウェポンだ。
十分以上に強力な武器だが、ロドリグ、リュミエラ共にもっと合うものがあるためにやや不遇な位置にある。
ただし、リュミエラのメインである“牙”はロドリグによりファルギ村内や警備の仕事での使用を禁止されているため、この場面では彼女のベストだ。
「もう一発ぶち込めば早いんじゃ」
まだ熱い革袋の中身……分厚い耐熱色眼鏡を取り出し、息を吹きかけて冷ましながらサンカントがぼやく。
実際彼は疲弊していた。
「あれはそんなに連打できないのよサンカント。
前もってチャージしてればともかく、寝起きの、しかも夜のあたしはあんたが思ってるほど余裕ないわ。
……にしても、照準に反応するとは。
父さんも連れてくるべきだったかしら」
地面が振動している。
属性魔法か、あるいは特殊な装備か、ともかく地中で何かしているようだ。
危険を感じたリュミエラが、見事なアクロバットで警備隊宿舎の壁に貼り付いた。
サンカントは耐熱色眼鏡を装着して少し下がる。
やや遅れて、地面が爆ぜた。
サンカントが、その身に宿す元素耐性を発揮して土の魔力を跳ね散らし、最低限の視界を確保してゆく。
断続的に鈍い光を放つリュミエラの瞳は、土埃が巻き上がる中、サンカントの補助を受けモザイクじみた地面の様子をじっと観察している。
土砂の噴出地点から十フィートほどずれた場所に、穴が空くのを!
サンカントや建物になるべくダメージを与えないよう、排熱を行っていたリュミエラの体温が再び上昇をはじめた。
地面の穴から、燃える赤髪の男エルフが舞うように飛び出す。
リュミエラはワームの歯を仕込んだスパイクブーツで壁を蹴り、跳んだ。
魔法建材の頑強な壁に、靴底の形が刻まれる。
一瞬の後、オンジエムが金色の虹彩を煌かせて咆哮めいたシャウトで魔力をかき集め、空気を踏み込んでメイスを構えた。
武器質量無視による超常的クイックムーヴ!
「ウ、オオオオオ!」
オンジエムの改造網膜に、壁を踏み抜いた勢いに落下エネルギーを上乗せし、驚異的速度で向かってくる輪郭のぼやけた女のシルエットが映り込む。
マントの他は短い革の腰巻と半袖だけという異様な軽装だったが、彼の視線は女が右手に持った薄紅に輝く恐ろしい刃に注がれていた。
明らかにウェイトは軽く、武器質量無視はあまり役立ちそうにない。
オンジエムの力は、自分より軽い相手には働かないのだ!
だが、熟練改造戦士であるオンジエムならば受けきれなくはない挙動。
一度捌いて、落下エネルギーを殺してしまえば勝ちだ。
とはいえ、あの薄紅の刃には触れたくない。
オンジエムは限界までメイスに力を集中し、防御壁を形成する。
改造肉体ならではの機能で神経系を加速したオンジエムの知覚が、女を、リュミエラをスローモーに捉えた。
様々な要素が合わさり音を超えたリュミエラの発する危険な衝撃波を、防御壁が耐える。
オンジエムはひりつく感覚に身を震わせ、メイスを振り下ろそうと。
「ア?!」
突然視界が、白に染まった。
身体が動かない。
いや、伏せなかっただけ、メイスを取り落とさなかっただけ立派だと言えるだろう。
オンジエムは加速された魂の思考で、何が起こったか認識していた。
光。
単純で、強烈な白い閃光だ。
最初の熱線の時点で、あの女が歩くフラッシュバンである可能性を織り込んでおくべきだったのだ。
迂闊だ。
だがもう遅い。
「なぬ?」
しかし、オンジエム最期の時はまだ訪れなかった。
代わりに、金属が捻じ曲げられるような不快な音と、雑音まみれの電子音、そして女の呻き声が聞こえる。
視界がだんだんと戻ってゆく。
「ぬ、ぬかった、なによこの妙な“偵察者”は、グ、ごほ……」
「アアアア!――・・・――ギギ――・――オンジエム!」
轟音が響く。
リュミエラは、僅かに遅れて穴から飛び出してきたジェット加速体に突き飛ばされ、いまだ高熱を発する土山に叩き付けられた。
当然、カピテーヌことジェット加速体も無事ではない。
左腕を恐るべき竜爪剣に切り飛ばされ、黒いフルフェイスがもぎ取られて、髪もどきの金属繊維回線と美しいがメカニカルな能面顔が露になっていた。
腕の切り口から薄青い人工体液を滴らせたカピテーヌが、不快な電子音を発する。
肉体の制御を取り戻したオンジエムが咆え、倒れたリュミエラを攻撃しようとした。
しかし、メイスを振り上げた腕が、踏み出そうとした足が止まる。
「殺すぞクソがあああああああ! ア?! ぐ、が!」
「GRUUUUU!」
オンジエムの背に、なにか重い物体が取りついている。
オンジエムは左肩に強い痛みを感じた。
動けない。
燃える土山にめり込んだリュミエラは咳き込み、体の各所から煙を噴きながらゆらりと立ち上がった。
煙の正体は、高温により一瞬で止まった流血だ。
いかなる固有形質の恩恵か、燃える土山の高熱程度では致命傷に程遠いと見えた。
オンジエムとカピテーヌには知る由もないが、リュミエラは光と熱に対する完全な免疫を持っている。
彼女はかなりの傷を負ってはいる、しかしそのダメージはあくまでカピテーヌのジェットタックルによる質量打撃分だけなのだ。
疲弊したリュミエラはエルフに食らいつくサンカントと、腕のもげた“偵察者”を見て、安心したかのように土山を背に座り込み、手当てにより自身の治癒力を活性化させ始めた。
「そうよ、サンカント。あんたは強い。
全部喰っちまいなさい、取り戻せ」
「オンジエム! オンジエム!」
半壊して膝をついたカピテーヌが、残された魔法回路をフル稼働してオンジエムを貪り喰らうサンカントに火炎弾を放つが、元素耐性肉体を突破できない。
サンカントとオンジエムの元素魔法耐性能力は、高密度肉体を持つサンカントにだいぶ分があるのだ。
カピテーヌが主を巻き込まない限り、魔法攻撃は通らない。
更に都合の悪いことに、魔力を純粋物理エネルギーに変換できる燃料式魔法銃は、リュミエラにより斬り落とされていた。
オンジエムが破壊されかけた声帯で叫ぶ。
「ゲボ、ミッションは失敗、が。
おま、戻、報告し、ゴボ、クソが、命令じゃ、アア!!」
「ア、オンジ……ウイ!」
「なによ?!」
予期せぬ行動を受け、傷だらけのリュミエラが慌てて戦闘体勢に戻る。
再加熱によりリュミエラの座っていた地面が煙を上げた。
ほぼ同時にカピテーヌが両脚のブースターを全開にして警備隊宿舎から、いや、ファルギ村から飛び離れてゆく。
リュミエラは咄嗟に竜爪剣を投げつけた。
薄紅色の刃がカピテーヌの右腕に刺さり、危険な切れ味でそのまま切断する。
だが、カピテーヌは止まらない。
忌々しげな電子音絶叫と共に、夜の森へと消えてゆく。
「ルウゥーォーワァールゥー!!」
リュミエラは更に追撃しようとしたが、できなかった。
エネルギー不足である。
棘だらけの黒甲冑カピテーヌの不意討ち激突の影響でかなりの血を失っている上、最初の収束光線からはじまり、寝起きだというのに固有形質も使いすぎていたのだ。
動けないというほどではないが、遠距離射撃や高速移動追跡は不可能だった。
追撃を断念したリュミエラが溜め息をついて肩を落とす。
その間もオンジエムと呼ばれていた改造エルフはサンカントの牙により、その体積を減少させてゆく。
肩から胸部、そして頭部を失い、既に事切れている。
半分ほど捕食したところで、傷の回復と目的達成に気付いたサンカントは煌く拳を振るい、オンジエムの残骸を粉砕した。
サンカントは少しの間何やら考え込んだ後、リュミエラの横に座ろうとしたが、高熱に阻まれて果たせなかった。
リュミエラは何やら残念そうなサンカントを見て苦笑いし、ふと思い出したように腰の耐熱革袋の中を漁る。
結果は、落胆。
「あーあ勿体無い、家に置いてくればよかったわ」
リュミエラが取り出そうとしたのは、通称“バター”と呼ばれるファルギ村名物の樹脂葉巻。
甘くスパイシーな煙を出し、吸引者に僅かな昂揚感をもたらす。
……しかし、数本残っていたはずの葉巻は、戦闘の影響で全て炭化していた。
諦めきれないリュミエラは革袋を地面に置いて座り込み、かろうじて葉巻の姿を残している一本をつまみ出して慎重に両端を折り、銜えた。
だが、着火してはみたものの、全く味がせず煙も殆ど出ない。
ただの炭である。
リュミエラは顔をしかめ、元は美味なる樹脂葉巻であった黒っぽい棒を火がついたまま握り潰した。
白い指からチャコールグレイの粉末がさらさら零れ落ち、風に舞っていずこかへと消えてゆく。
「運がよかったなリュミエラさん、“バター”はあんま体に良くないらしいぜ。
あとな、それと、熱い……じゃない、えと、そう、俺と寮の皆を助けにきてくれてありがと、だから、……熱っ」
「……うっさい」
二人は、しばらく夜空を見上げていた。
どうやら“偵察者”襲撃の方もカタがついたのだろう。
数人の見知った顔が駆けてくる。
にやりと笑い、知り合いに手を振ったリュミエラは、疲れた、とでも言いたげに体を点滅させた。
怪人図鑑そのいち
〔勇者試験体十一番『オンジエム』〕
形質学者ベルトランの非人道的改造により、新たな記憶と強健な肉体を得たエルフ族の男。
燃えるような赤髪の長身痩躯で、軽薄な印象だが任務には忠実。
刻まれた魂に“先代勇者”の固有形質コードの一部を埋め込まれており、敵や武器の重量を自身に有利なように自動補正してしまう。
相棒のソリオン・コマンド『カピテーヌ』と共に、逃げ出したサンカントの回収のためファルギ村に現れた。
質量差無視能力と後天的に植え付けられた邪悪な体術でサンカントを叩きのめすが、リュミエラの不意討ちに動揺して死亡。
・おおきさ
7フィート2インチ、200ポンド
・装備
カスタム銀メイス、ベルトラン式軽鎧。
・特殊魔法と能力
「武器質量無視」
「空中歩行」
「ベルトラン怪人基本セット」
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