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聖女もどきと模造勇者  作者: 岡本
第一章 狩人の村
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04話 『ある日のサンカント』

 彼は夢を見ていた。

抜けるような青空の下、芸術的で優美な街を金属製の車が走り、大柄で軽装のヒト族が無数に往来する。

その街は彼が生まれてこのかた見た事が無いほどに人が多く、平和だ。

夢のような景色。

彼は大きく欠伸をすると、手すり付き階段を下りて贔屓にしている地下の店へと入った。

やや狭いそのレストランの席は、既に八割ほど埋まっている。

昼食時、しかも今日は休日なのだ。

彼は店内を見回し、お気に入りの壁際席が空いていることに安堵した。

金髪のウェイトレスが彼を案内する。

彼はそのままシェフお勧めのランチコースをメイン魚で注文した。

この店に入る人々の半分以上が注文するメニューだ。

すぐに冷製スープと前菜が運ばれてくる。

それらを焼き立てでまだ温かいパンと共にゆったりと味わいつつ、メインを待つ。


「メインでございます」


 今日の魚はフエダイだ。

彼の掌に迫るほどもある大き目の切り身が、うまそうな湯気を上げている。

皮はパリパリにソテーされており、レモン風味のバターソースが回しかけられていた。

いつもながら見事な仕事だ。

食べ終えるころにベビーリーフサラダがやってくる。

デザートにカシスの小さなシャーベット。

彼は一時間ほどかけてゆったりと食事を終えた。



――――――――――――――――――――――――――――――――――――



「っは、はは……あ、朝か。

……何だか美味しそうな夢だった」


 サンカントは四方を安価な魔法建材(と言っても、ファルギ村建設屋謹製であり、通常出回るものより品質はいいのだが)で作られた狭く寒い部屋で目を覚ました。

しかし、彼の心はそれほど乱れてはいない。

ここはとても安全で、なおかつ食事までも保障されているのだ。

彼はゆっくりと伸びをしながら起き上がり、ファルギ村警備隊の制式ズボンを穿いた。

ついでメガランナーと呼ばれる大蜥蜴魔物の革で出来たジャケットを羽織る。

恩人であるヒト族の女性ことリュミエラにプレゼントされたもので、食料といくらかの金、そして下着類を除けば彼の唯一の私物だ。

彼は記憶が欠落していた。

思い出も、出身地も、家族の名前ですらも定かではない。

確実なのは自身が竈の商人族ことゴブリンであり、兄妹が居たということ、そして何らかの事件に巻き込まれた事だけである。

顔を洗って水を飲もうと部屋を出て階段を下りると、既に水場には複数の先客がいた。

彼と同じ建物に寝泊りするファルギ村警備隊の面々だ。

彼は元気よく礼をした。


「おはよございます!」


「おう、おはようさん」


「相変わらず元気そうで羨ましいぜ、見習い」


「おばちゃんの息子にならないかい?」


 すぐに様々な形で挨拶が返ってくる。

サンカントがファルギ村警備隊宿舎に住み始めて半年が経っていた。

水晶集め(クリスタルハンター)の下級免許を先日取得した彼は、いまや名実共にファルギ村住人であり、ロドリグとリュミエラの口利きによる仮加入ではあるが警備隊の一員だ。

顔と手を洗い、口を濯いだサンカントは後宙返りで三人の先輩から距離を取りつつ顔に残った水滴を振り払った。

食堂が開いて朝食が手に入るまでまだ時間があるが、特にやれることもやるべきこともない。

村に来たころロドリグに命じられた、不明固有形質の危険性によるファルギ村内での戦闘訓練禁止はすでに解かれている。

だが、彼のトレーニングに付き合えるような連中は宿舎に住んでいない(それほどに強い水晶集め(クリスタルハンター)ならば当然自宅を持っている)ため、しばらく暇だ。


「ふう、何しよっかな」


 先輩達と別れ、大きな欠伸をしたサンカントは朝一でランニングする気にもなれず宿舎を出て歩き始めた。

朝日が彼の背を照らす。

遅い春を迎えたファルギ村は活気が戻ってきており、彼は散歩する老人や子供と幾度かすれ違った。

平和だ。

いや、厳密には平和ではない。

町を一歩出れば強力な魔物が闊歩しているし、ファルギ高地は夏暑く冬寒い。

とはいえ精鋭の水晶集め(クリスタルハンター)である警備隊にとって魔物は資源であり、気温も魔法技術の恩恵により室内程度は快適に保てる。

魔国ことシュバルド王国の国境から遠く離れていることもあり、少なくとも住人の体感としては問題ないのだ。


「……ん?」


 村外周の小道で突然立ち止まったサンカントが辺りを見回し、首をひねる。

何か、視線を感じたのだ。

よそ者を見るような不審でも、知り合いを探す友好でもない、観察されている感覚。

しかし、視線の主は見つからない。

念のため体表を“勇者”の防御膜で覆った彼は、視線を感じた先、村の外へと踏み出した。


「なんだ? また例のゴーレムか?」


 木陰に、黒く角ばった人型の何かが見えた。

サンカントが近寄ろうとすると、それはメカニカルに呟き……。


「ミツケ…………」


 角ばった人型が言葉を終える前に、後方より二筋の収束光が照射される。

寸分違わず頭部と胸部に当たった薄緑の光は黒い装甲を超高熱で貫き、背後の地面にまで跡を残した。

恐るべき威力だ!

どさり、と人型が崩れ落ちる。

サンカントはその場にへたり込んだ。

上の方から馴染み深い声が聞こえる。


「おはよ」


 サンカントが後ろを見上げると、魔物監視用望楼(ウォッチタワー)の上で赤黒いフードマントの人物が手を振っていた。

それは手すりを乗り越え、マントをはためかせて飛び出す。

魔法による減速も特殊な体捌きもなく、まったく無防備に見える落下。

だが、サンカントは別に気に留めなかった。

いつものことだからだ。

四十フィートもの高さから墜落したにもかかわらず、落下音は異常に軽い。

分厚いマントに包まれた体が地面にめり込み、シュウシュウ白煙を上げている。

そして、何でもないかのように立ち上がり、軽快に駆けてサンカントの隣へとやってきた。

強烈な熱風がサンカントの体を炙る。


「熱い、熱いってリュミエラさん!」


「ん、排熱中だからちょっと待ちなさい。

……さて、朝食の前にあれを運んどかなきゃね」


「爆発しねえかな?」


「特に何か起動してるように視えないし、大丈夫だと思うけど」


 いまだ薄赤く光り熱を発している腕をマントから出したリュミエラが、木陰に倒れているフルプレート風の装甲に包まれた黒い物体を指さした。

ファルギ高地でここ最近目撃されるようになったそれは、生体部品を使用していると思しき人格付きゴーレムの一種と思われ、ファルギ村警備隊の間では“偵察者”と呼ばれている。

ロドリグや警備隊副長ギヨームが数度捕縛に成功しているが、尋問や調査をしようとすると崩壊してしまう。

判明しているのは(コア)が胸部に、感覚器官が頭部にあるということと、何者かの尖兵であるということだけ。

(コア)が損傷を認識する前に機能停止させることで自壊を阻止できる可能性に賭け、リュミエラが追跡していたのだ。

ぴくりとも動かず、崩壊も始まってないということは成功したのだろう。

二人は機能停止した“偵察者”を荷車に乗せ、副長ギヨームの実験室へと引っ張っていった。



――――――――――――――――――――――――――――――――――――



「ふうむ、これは厄介なことになったやもしれんぞロドリグにリュミエラ」


魔法建材を合金で補強した分厚い扉を開き、目の下にクマを作った身長五フィートほどの老人が現れた。

胸まである白く長い髭が揺れている。

太い腕と脚、盛り上がった肩はドワーフ族の特徴だ。

彼の名はギヨームといい、ファルギ村の昔からの住人の一人である。

形式上、ファルギ村警備隊副長の地位を持っているが、本業は魔法生物の研究者であり若い頃はルクスコリ首都の施設で働いていた。

ともかく、彼はリュミエラにより持ち込まれた“偵察者”を解体し、数日ぶっ続けで調査していたのだ。

老人は扉の横の椅子に腰を下ろし、小脇に抱えていたファイルを開いた。

ページをめくるかすかな音が、実験室に隣接したギヨームの私室に響く。


「さて、聞く用意はできたかね」


「ギヨーム、なぜそう勿体ぶる」


「おじいちゃん、じゃない副長、どうしたんです?」


「ううむ」


 顔をしかめたギヨームは呻くように溜息をついた後、喋り始めた。


「対魔法障壁と自壊機能を備えた人工知能型若しくは遠隔操作型フレッシュ・ゴーレム……以下“偵察者”という。

まあその、“偵察者”の解剖結果だがな、こいつのメイン材料は魔物ではない、ヒト族だ。

頭部と(コア)が無いため確定ではないが、わしは(コア)に脳が使われておると確信する。

……おそらくヒトでない、たとえばゴブリンやエルフなどを使ったものもあろうが、少なくともこの個体はヒト族の新鮮な、いや生きていた骨が複数認められ、重度の魔力汚染と奇妙な改造を受けておる。

その他の材料は合金、魔物、有機合成したと思われる疑似体組織など様々だ。

消化器官はないが脊髄モドキと管はあり、背部に小型のタンクが認められる。

中身は糖類と各種体液類似成分、そしてクリスタルの粉末じゃったよ。

内蔵された武装は左腕の燃料式魔法銃のみで、メカニカルなギミックは少ない。

構造はともかく可能な動きや肉弾戦能力は、通常の二足歩行知的生物からそこまで逸脱しておらんな。

つまり、“偵察者”はゴーレムの類ではない、魔法生物、いや改造生物だ。

それは“偵察者”を放った者が個人ではなく組織である高い可能性を示唆しておる。

まあ個人かもしれんが、ともかくかなり高度な施設が使えるのは間違いなかろう。

さらに重要なのは魔力汚染の度合いが極端であり、それが機能面で特に役立っている様子がないこと。

要はだ、“偵察者”は最初から“偵察者”として作られたわけではなく、廃品の再利用なのだ。

ここから先は推測になるが、うむ……」


 ギヨームが辺りを見回し、自慢の髭を撫で回した。

あまり彼らしくない、怯えを含んだ複雑な表情。

ロドリグはギヨームがこの顔をするときの精神状態を知っている。

研究者であるギヨームが、データのない推測……つまり、自身の考えを口にしようとするときだ。

リュミエラが首をひねる。


「ギヨームじいちゃん?」


「これはあくまでわし個人の意見として聞いてくれ。

“偵察者”には上位個体が、格の違う奴が存在するはず。

飼い主という意味ではないぞ。

正規品、あるいは成功作とでも言うべきか?

わしは、そのうちの一体がファルギに住んでいると思っておる」


「ギヨーム、お前……」


「ちょっと待って、それは考えられないわよ?!

だいいち、あの子の検査をしたのはじいちゃんと村長じゃない、深層意識まで確認してそれは」


 ロドリグが目を見開き、リュミエラがギヨームに詰め寄る。

ギヨームは慌てて首を振り、言葉を続けた。


「待て、早まるな、そうじゃない。

わしはサンカントが“偵察者”を操っておるとも、二心あるなどとも考えておらんぞ!

実際それは有り得ん、あいつの過去メモリーは間違いなく魂、脳どちらも欠落している、そのような事は絶対に出来ん。

命令を受信するような後付けの魔力組織も認められんかった、それは確かだ、じゃから落ち着いてくれ。

うむ、それでだな……」


 その時、ドアがノックされ、返事を待たずに大きく開け放たれた。

入ってきた人物は、湯気を上げている蒸し肉と芋の餅、そして水のピッチャーを乗せたプレートを器用に片手で持っている。


「ギヨームさん、おばさんがさ、ご飯食べないと死ぬだろって、これ……あれ、ロドリグ師匠とリュミエラさん?」


「おお、すまんの、ばあさんには後で……ぬわああ?!」


「え……なんかあった? 俺が悪い?」


 固まった三人を、サンカントが不思議そうに眺めている。

しばらくの後、リュミエラ、ロドリグ、最後にギヨームの順で復帰。

結局、サンカントには全く理解できない短い話し合いの後、どうせ伝える事なら今でも問題なかろうという事になったのだった。


「……話が長くなったがな、つまりじゃサンカント、お主は過去にハイレベルな肉体改造を受けておる可能性が高い。

だが“偵察者”と違い、生体の魔力汚染や魔物の身体組織は認められんかった。

そこで先ほどの“偵察者”が再利用品だという話に戻るがな、成功作は複数存在するはずなのだ。

お主はそれらと戦う事になるやもしれん」


「あのねサンカント、可能性の話だからね、そんなに考え込まなくていいのよ。

あたしはあんたの味方だから」


「俺から言えることはだ、お前が俺達を攻撃しない限り、俺とリュミエラがお前を切る事はねえってことだな。

……お前の能力は俺達に有益だし、リュミエラの友達でもあるしよ」


 サンカントはギヨームを見て頷き、ついでロドリグの方を向いて頭を垂れ、最後にリュミエラが座る椅子の横に立った。

彼はその異常な体密度から、普通の椅子に座る事が出来ない。


「……突然そんな事言われてもわかんないよ。

俺、リュミエラさんよりは計算できると思うけど、やっぱ頭悪いしさ。

でもちょっとだけ思い出したことがある。

俺は取り戻さなきゃいけない。

頭の中でさ、時々誰かが“Regagnez”って囁くんだ。

今までずっと意味不明だった。

ギヨームさんの話でやっとわかった。

俺は、その“成功作”ってのを殺す必要がある。

俺の手で。

それが記憶と力の手がかりなんだ、きっと」


 搾り出すように一気に喋ったサンカントが床に座り込む。

誰も、何も言わない。

偏屈な研究者らしく空気を読まないギヨームが、愛妻のこしらえた餅と肉料理を貪る音だけが部屋に響いた。




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