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聖女もどきと模造勇者  作者: 岡本
第一章 狩人の村
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01話 『ファルギ村の一日』

 激しく光が点滅し、暗い部屋に影がひとつ浮かび上がった。

ついで唸るような女の声が響き、しばらくして再び光の点滅。

また呻き。

再度、光の点滅。

またもや呻き、さらに光。

繰り返しは、呻いたり閃光を放ったりしていた女が疲弊し、大の字で床に倒れこむまで続いた。


「あーもう、無理ったら無理だって、やっぱあたしに属性魔法は向いてない!

第一、力の導管……だっけ?

あれの時点で、小指からちょろっと出てるか出てないかぐらいの感覚しか」


 女は寝転がったまま不平を言いながら隣の文机に手を伸ばし、何やらスイッチらしきものを探り当て、押し込んだ。

空気が振動する微かな起動音とともに灯りが点り、部屋の様子が明らかになった。

灰色の混凝土じみた壁と天井は、魔法生成された単一建材で建てられた……つまり、見た目を二の次にした安い建物であることを示している。

窓か、あるいは換気口らしき場所と部屋の入り口は分厚い布がかけられており、外の様子はわからない。

一方で文机はよく磨かれた分厚い一枚板で、その上にあるクリスタルランプも新型で丈夫なものだ。

床も魔法生成素材打ちっ放しではなく、滑らかな肌触りを持ち溶鉱炉の熱にも耐えるラヴァ・ワームの革が敷かれている。

いずれもこの部屋に似つかわしくない上等な家具といえるだろう。

ともかく、そこには二人の女性が居た。

そのうち片方、濃い色眼鏡をかけて腕を組み仁王立ちした赤毛の中年女性が、不平を言いながら床でのたくる少女を見下ろす。

身長六フィート、体重百七十ポンドはあろうかという筋肉質で豊満な身体が揺れた。

肌は小皺が目立ち顎に多少肉がついてはいるが、なかなかに整った顔立ちと全身から発散される活力は、現役時代の彼女が強く美しい戦士であったことを思わせる。


「今日も無理か、にしても納得できないわねえ……。

リュミエラの魔力容量自体は母さんより多いのに、どういうことなんだか。

第一、多少なりとも外向きの導管を感じ取れるならもっとずっと魔法が使えていいはずなのよお」


 堂々たる中年女性は名をアネットといい、寝転がった少女ことリュミエラの母親で、優秀な魔道教育者だ。

警備隊長にして名うての狩人である夫ロドリグや魔物除けの結界を維持している村長一家ほどではないが、彼女達の住むファルギ村では有名な人物である。


「あ、あたしだって苦手なだけで、全く、完全に使えないわけじゃないわよ! ほら!」


 文机の上の小さなナイフを掴み取って跳ね起きたリュミエラが、ナイフで自身の腕をすこしばかり傷つけた。

ぴりぴりとした微妙な痛みに顔をしかめながら、自分でつけた一インチほどの傷口をじっと見て、念じる。

すると傷口が僅かに収縮し、軟膏めいた柔らかい魔力物質で塞がれた。

簡単な魔力操作により止血を行って治癒力を底上げする手当て(ドレシング)と呼ばれる魔法……というより応急処置の一種で、最も基礎的ながらそれなりに有用だ。

小さな傷であるし、半日もすれば完治するであろう。

胸を張るリュミエラ。

しかし、母アネットは肩をすくめた。


手当て(ドレシング)を使えないヒト族はあまり見たことがないわね」


「ひどい母さん、やっと最近普通に使えるようになったのに。

ええと、中央神殿で固有形質見てもらったのが九歳の春で、それから普通の魔法も真面目に練習はじめて、今が秋だから一、二、三年……」


「十七歳なんだから八年半でしょう。

父さんと一緒に狩りばかりしてるから計算も弱いままなのよ」


「け、計算とか数が数えられれば困らないし……あっ」


 アネットは文机の上にある紙の束を指差した。

切り倒し、葉を落としただけの木に特定の手順で魔法をかけ生成する、最も流通量が多く最も安い紙だ。

包み紙やメモ、勉強などに使われる。

アネットが言わんとしていることは無論、“勉強しろ”だ。

リュミエラは母の威圧に対し、透けるようなシルバーブロンドの髪をなびかせ飛び退いた。

座学ほど恐ろしいものはない。


「え、ええと、あの、その」


 じりじりドアに向かおうとするリュミエラと、威圧感を増していくアネット。

と、部屋の外から太い声が聞こえてきた。

リュミエラがにやりと笑い、アネットがため息をつく。

声が大きくなる。


「おおいリュミエラ、仕事だぞ、早く準備しやがれ! おい!」


「はーい! すぐ行くよ父さん!

じゃそういうことだから、うん」


 言うが早いか、リュミエラは扉代わりの布を撥ね上げて部屋の外に飛び出した。

娘が階段を一足飛びに駆け下りる音がアネットの耳に響く。


「……洗濯でもするかね」


 先ほどよりさらに大きな、もはや深呼吸といって過言でないため息をついて灯りを消したアネットも、自身の仕事をやっつけるべく動き出した。



――――――――――――――――――――――――――――――――――――



「行ったぞリュミエラ! 美しく仕留めろ!

メガランナーのクリスタルは割れ易いからな!」


 薄暗い森の中をどたどた走る、体長十五フィートほどの蜥蜴じみた二足歩行生物を追い立てながらロドリグが叫ぶ。

彼はファルギ村警備隊長であるが、それとは別に“水晶集め(クリスタルハンター)”と呼ばれる魔物のプロだ。

通称ではなく、ルクスコリ共和国クリスタル管理部じきじきに免状を発行している正式な職業である。

周囲の魔力を吸って育つ特殊な生命体、“魔物”はおよそ知的生物の敵であるが、魔力を備蓄し変質したその死体は素材や食品として生活の役に立つ。

何より重要なのは、クリスタルと呼ばれるエネルギー結晶体を体内で生成するという特徴だ。

クリスタルがなければ動かない機械や、使えない魔法がいくつも存在する。

その危険だが重要な資源である“魔物”を狩り町や人々を守るのが“水晶集め(クリスタルハンター)”なのだ。

なおロドリグは単に魔物を狩るのみではなく資源としての保護や密猟者の処理、後進の育成も行う。

聖堂騎士団長を引退して妻の故郷へと引き上げる際に上層部より押し付けられた仕事だが、生来血の気の多い彼はわりと楽しんでいた。

視線の先には、獲物であるメガランナーと、その先の空き地に佇み獲物を待ち受ける、赤黒く分厚いフードマントで身を包んだ人影。

彼の娘であり弟子、リュミエラだ。

ロドリグは軽やかに駆けつつ、まるで鏡のような分厚い色眼鏡を懐から取り出してかけ、厳重に目を保護した。

太陽を直に見ても問題ないほどの強力なもので、通常薄暗い森の中で使うものではない。

だかある事情により、今の彼には必須の装備である。

その間に木々の間から飛び出したメガランナーが行く手を塞ぐリュミエラに向かって吼えた。


「GRRRRRRRRRR!」


 リュミエラは特に感慨も見せずフードを外し、マントを開いて背中へと流した。

マントの中は半袖にキュロット。

防具らしい防具はガントレットとブーツのみと、戦いを生業にするものとしてはかなりの薄着だ。

シルバーブロンドの髪に真っ白い肌。

アルビノか、そうでなければ伝説の“光の聖女”のごとき外見だが、光を吸い込む真っ黒い虹彩がそのどちらをも雄弁に否定していた。

左手にはややマチェテじみた幅広の山刀。

持ち手まで完全に金属製なのが特徴的だ。

リュミエラは動かずにちらりと森の奥に目をやり、高い視力で父ロドリグがちゃんと色眼鏡かけている事を確認する。

次の瞬間、メガランナーが悲鳴を上げて立ち止まり、バランスを崩しながら縮こまった。

突如として空き地を包んだ凄まじい閃光が、メガランナーの瞳とその奥の感覚器官にダメージを与えたのだ!

一方のリュミエラは瞬くように点滅しながら軽やかに跳ねた。

マントがたなびき、色のついた風となったリュミエラが一瞬でメガランナーの背後へ回り込む。

一拍置いて、鋭い打撃音が響いた。

無防備な弱点に勢いよく叩き付けられた山刀が、その黒い鱗と肉を裂き、骨にひびを入れたのである。

首の折れ曲がったメガランナーは最期の力を振り絞り、大蜥蜴らしく太い尾を鞭のようにしならせ空気を切り裂き反撃するが、リュミエラは既に間合いの外。

万策尽きたメガランナーがぴくぴく痙攣しながら血の泡を噴き、つんのめるように倒れ伏す。

悠々と再接近したリュミエラが、獲物の頭と胴体を完全に分離した。


「へっへ成功」


 巨大蜥蜴魔物メガランナーの首を飛ばしたリュミエラは気の抜けた声を上げ、急いで腰からもう一本の少し短い山刀を取り出す。

この獲物は素早くクリスタルを抜き取らないといけないのだ。

首から噴出する血を無視して腹を切り裂いていると、ロドリグが悠々と森から出てきた。

赤い竜鱗の(ドラゴンスケイル)(メイル)を身に纏い、刃の先が広く、そこに杯状のくぼみがある奇妙な剣を持っている。


「うむ、よし。

一撃で切断できれば完璧なのだが、まあ問題ない……洗浄とクリスタル抜きは俺がやる」


「あたしだって“牙”を持ってきてれば、蜥蜴の首ぐらい」


「あれを使うと訓練にならんから、普段は無しがいいぞ」


 メガランナーの腹腔内にロドリグが剣の先を挿し込み、魔力を流す。

すぐに激しい水流が発生し、内蔵と血を一気に押し流した。

剣を引くと、刃の先の杯状のくぼみの上に拳大のエネルギー結晶、クリスタルが乗っている。

ロドリグは水の魔道士であり、つまり杯状の部位は水元素の増幅器だったのだ。

それはともかく、なかなか上質なクリスタルである。

クリスタルと魔物の素材は、ファルギ村の主要な現金獲得手段だ。

ファルギ高地周辺は魔物が強くて生息数も多く、実際かなり危険な地域であり、村の存在はある種、ルクスコリ共和国防衛基地としての役割も持つ。

ロドリグとリュミエラは間違いなく村の水晶集め(クリスタルハンター)一位と二位だが、他にも腕利きの狩人が数十人ほど滞在あるいは住んでいる。

彼らが定期的に警備と狩りを行うことで村は安全に保たれ、かつ田舎の村としては異例なほど豊かな生活を送れるのだ。


「戻るか、思ったより早く終わったな」


「あ待って父さん、片付けなきゃ」


「それは俺の仕事じゃなかろ」


 ロドリグはクリスタルをバックパックに収納し、綺麗に洗浄されたメガランナーの死体を持ちやすいよう縛って担ぎ上げた。

それを横目で見ながら積み上げられた頭と内蔵へ近寄ったリュミエラが、ガントレットを外し右手をかざす。

少しばかりの精神集中の後、掌から収束光線(レーザー)が迸って廃棄物を焼いた。

魔法ではなく、便宜上“偽りの(False)聖女(Saint)”と名づけられたリュミエラの固有形質が持つ力だ。

ただし、彼女が聖女を詐称しているわけでは決してない。

単に“光の聖女”と見間違えるような髪色と肌を持ち、一部の特性が被っているというだけである。

偽りの(False)聖女(Saint)”は言葉の印象とは違い、かなり強力な効果を持つ。

リュミエラが十七歳にして既に水晶集め(クリスタルハンター)としてベテランの域に達しているのも、この固有形質あってこそ。

言ってしまえば単純に光を発する能力なのだが、高エネルギーの収束光線(レーザー)から柔らかな灯りにいたるまで様々な光や電波を体表から照射することができ、副次効果として光と熱に対する完全な免疫と、常人よりやや高い運動能力を所持している。

もっとも、欠点も趣味嗜好的な物も含め、いくつか存在する。

最大のものは、通常体内から体外へ伸びる魔力線が殆ど内向きになっているということ。

つまり、魔法を使うのが極めて苦手であり、魔法機械類や呪符なども種類によっては使用できないのだ。

特に元素系に関しては壊滅的であった。

また、一部の力を行使する際体温が普通の生物なら炭化してしまうほどに上昇するため、着用できる防具や衣服が極めて少ない。

実際、彼女のマントやブーツ、ガントレットは高熱に耐え、光による劣化の少ないラヴァ・ワームの歯と革で出来ている。

体質に悩む娘のため、父ロドリグが仕事仲間の水晶集め(クリスタルハンター)数人とともに元々僻地であるファルギ村の、さらに奥のルキエル火山近くまで出向き狩ってきたもので、リュミエラがこの歳になっても母ではなく父に懐いている一番の理由だ。


「帰ろー」


「おう」


 二つの足音が薄暗い森の中に消え、メガランナーの焼け崩れた頭骨だけがその場に残された。



――――――――――――――――――――――――――――――――――――



「はあい、鉄板焼きロアのリュミエラですよお! 今日はっていうか今日も未知の旨味と心地よい歯ごたえのスカイ・ワーム!

例によって首都に出荷する残りだけど、味は本物!」


 夕方のファルギ村中央広場に、分厚い金属板をはじめとしたいくらかの荷物を設置し終え、肉を焼き始めたリュミエラが大声で叫ぶ。

駄目押しに全身をカラフルに点滅させ、歩く電飾と化した。

様々な種族と年齢の村民がちらほら集まりはじめている。

この焼き肉屋は彼女の副業であり、都市部に出荷しない分の肉の処理手段だ。

彼女は数字に弱いため、値段は常に同じでありお釣りや両替も無し。

酒や穀物が欲しいならば家から持って来いというシンプルなスタイルである。

今日ロドリグと共に狩ったメガランナーも、熟成が済み次第販売予定だ。

塩と香辛料を刷り込まれ、金属板の上で美味しそうな七色の煙を出す空色の肉塊が次々と切り分けられて売れてゆく。

空飛ぶ巨怪な長虫であるスカイ・ワームは十日ほど前に狩ったもので、味はかなりいいのだが見た目が敬遠され都市部では人気が無い。

そのため“鉄板焼きロア”ではわりと定番のメニューとなっている。


「二人前くれ!」


「はいどうぞ」


「もっと青いところをいただけませんか?」


「どこも青いよ!」


「聖女ちゃん酒切れた!」


「酒屋はあっち」


 面白い色に光りながら素手で肉を焼くリュミエラはなかなかの人気者であり、他の水晶集め(クリスタルハンター)が開く同様の屋台より僅かに売り上げがいい。

僅か、というのは実際のところ誰の店も味は大差無いため、酔いが進むと店を選ばなくなるからだ。

副業の副業であるがゆえ味付けに工夫など誰もしていないし、熟成された魔物の肉は基本的に美味なのでそれで問題も起こらない。

ともかく持ってきた分を数時間かけて売り切った彼女は、広場に寝転がり酒を浴びたり、ファルギ高地特産の樹脂葉巻を吸引したり、踊ったりしている連中を無視して屋台を畳み帰途についた。

日はとうに暮れ、あたりは真っ暗であるが自在に発光できるためあまり問題にならない。

一時期近所から夜中に眩しいという苦情が出ていたが、常人に見えない波長の光を使用する事で自身は明るく、他人は気付かない光り方を開発し解決した。

家に着けば、父と母が出迎えてくれることだろう。

まあ、寝ているかもしれないのだが。

田舎すぎて娯楽が少なく、危険な体質と荒くれ者と言わざるを得ない生活から恋にも縁が無いが、彼女の生活は充実していた。

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