13話 『転職?』
「え……あ……?」
“瞑想”を終えたリュミエラは手土産のハイランド・ロープ数本と共に朝帰りした。
しかし、彼女の目に飛び込んできた光景は理解を超えていたのだ。
「どうもこうもあるかリュミエラ。
要するに俺達が何かする必要はまったく無かった、そういうことだぜ。
だが……」
ロドリグ邸の前に、エリクとジョゼ、そしてサンカントが佇んでいる。
森から、あの岩場から帰還したばかりのリュミエラは意外な展開に動揺を隠せない。
どう対応すべきか判断に迷った彼女は、とりあえずはと束ねた蠢く長虫をロドリグの横で何ともいえない顔をしている母アネットに渡した。
受け取ったアネットが便利な生きた保存食であるそれの保管のため、建物の裏へと消えてゆく。
リュミエラは睡眠不足な己の神経系に活を入れ、状況を整理せんと黙考し始めた。
エリクとジョゼの目的は、端的に言ってしまえばリュミエラのスカウトだ。
それは偶然にも、昨晩リュミエラとロドリグが竜爪剣の追跡に利用しようとしていた制度と同一であった。
実際のところ都合は良い、だがあまりにも出来すぎている。
まともな人間ならば、予想外な方に話が進んだ時はそれが良きにつけ悪しきにつけ警戒するものだ。
リュミエラが真っ当な人間かはこの際置いておく。
しかし、彼女とロドリグが反応に困っているポイントはそこではない。
僅かに顔をしかめたジョゼがエリクの服をつつきながら小声で文句を言った。
リュミエラの研ぎ澄まされた聴覚はそれを捉えている。
もちろん、ロドリグもだ。
「ねえエリク、やはり話の持って行き方に問題があったのではなくて?」
「馬鹿いうな、僕とツチヤさんで相談した結果これが一番成功率が高いと……」
「はあ……いや、あたしと父さん、じゃないロドリグからしたら勧誘自体は有り難い申し出ですけども」
リュミエラは盛大に溜め息をついた。
確かに“勇者”は特殊工作員であり、現地人員勧誘に関する法律により現場での非正規人員雇用が認められている。
だが、しかし……。
「そりゃあ俺、元聖堂騎士団長としても“勇者”からのスカウトは名誉な事だと思っている。
いるが、いくらなんでもその口上はこう、父としてだなあ」
そう、問題だったのは勧誘の方法である。
腹を割って話すためにあえてやったのだとしたらかなりの陰謀家だが、到底そういうわけではなさそうだ。
もっとも、結果としてロドリグからの印象は良くなっているようではあったが。
「もうちょっと無難な言い方はなかったのかしら、エリクさん。
“娘さんを下さい”はないわよ、あたしですら何かおかしいってわかるわ」
「うぐ、自分は確かに工作員だけれども、元々破壊専門なんだよ!
人心をどうこうするのは専門外だ」
「私の心は簡単に操れるのにねえ?」
「ああもう、くそ! ああ、いえ、取り乱しました、前団長殿。
それでですね、是非…………」
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結局、リュミエラは当初の予定通り“勇者”エリクに直接雇用される形で聖堂騎士団工作部に一時所属し、共に首都へと向かうこととなった。
給金は“勇者”の任務が発生した時のみしか出ず、身分も聖堂騎士ではなく水晶集めのままであり、正直なところ微妙な契約なのだが竜爪剣の追跡と特殊ソリオン殺害には、やはり工作部とのコネクションが必要である。
この点はロドリグやギヨームとも意見が一致していた。
後でわかったことであるが、エリクとジョゼはサンカントの勧誘には積極的であったが、リュミエラの雇用はあまり期待していなかったらしい。
戦力としては極めて魅力的なものの、前団長の娘であるという事実から強く出られなかったそうだ。
竜爪剣の件で利害が一致したのは互いにとって嬉しい誤算だった。
まあ、ファルギ村警備隊からリュミエラの抜けた穴を埋めるため、現地人員勧誘に関する法律にもとづき聖堂騎士団からファルギに転勤となる誰かにとっては災難だろうが、それはリュミエラの知るところではない。
ともかく所属変更に伴う各種手続きと荷造りを数日かけて済ませたリュミエラとサンカントは、雇い主の後ろをついて首都へと繋がる山道を歩いているのだ。
「ところでエリク隊長、首都まではどうやって?
連れてってもらうあたし達が言うのもなんだけどさ、厩舎からスレイバンか乗用ランナーでも出せば早かったんじゃ」
「でもリュミエラさん、ああいう大型乗用魔物って街中で乗るには向かないんじゃねえの」
半分ほどを食品が占める巨大な荷物を背負ったサンカントが、滑らかなシルバーブロンドのセミロングをまとめて束ね、やや攻撃的な印象になったリュミエラに突っ込みを入れる。
リュミエラの荷物は得物である竜牙剣と山刀を除けば驚くほどに少ない。
携帯食料に水にルクスコリ通貨、ごく僅かの着替え(通常の衣類を着られないため、同じデザインのラヴァ・ワーム革服をローテーションしている)、そして愛用の樹脂葉巻の大箱だ。
生粋の戦闘者である彼女は余分なものを持たないのだ。
なおスレイバンは未舗装道路の荷運びや戦闘に使われるやや馬じみた六本足の大型甲殻生物、乗用ランナーは飼い馴らして鞍を付けた大蜥蜴魔物である。
どちらもファルギの暮らしで役立つ獣だが、少なくとも人通りの多い所で使うものではない。
しかし、リュミエラの記憶ではファルギから首都まではいくつかの宿場町を経由した後、クリスタルラインと呼ばれる鉄道で半日ほどかかるはず。
移動方法の決定権は雇い主のエリクとジョゼにあるといえども、歩きと定期便で移動するのはあまりに悠長すぎるように感じられた。
「いやいや、ずっと歩きということはないから安心してくれ。
僕だってそんなのは嫌だ」
「エリク、それは夜にでも私が聞きますから静かにしていただけますか?
さて移動手段ですけども、この山を越えた先、宿場町手前のアウトポストに聖堂騎士団外部宿舎行きの転移門があります。
チャージと同期に多少かかりますが、それでも明日には首都ルクスですわ、後は……」
「僕は車で行く予定だったんだけども、新型だとクリスタル燃料が経費で落ちないからな。
だいたい僕が自分で改造したのに新型扱いとかどういう了見だよ、これだからクリスタル管理部燃料機構管理課の連中は…………」
なんとも世知辛いエリクの愚痴をバックに、ジョゼが細かい説明をしてゆく。
どうやら聖堂騎士団の居留地には、少人数用の転移門が備え付けられているものらしい。
ロドリグの時代にはセキュリティの観点からその手の転移機構は無かったとのことなので、時代の流れというものであろう。
ともかく、無用に時間を消費する事は避けられるらしい。
盗まれた竜爪剣を賊が何の目的で使用するかわからない以上、あまり猶予はないのだ。
考え事をしながら新たな上司についていくリュミエラはふと、唯一かつ最大の問題を思い出した。
視線の先にはサンカント。
“怪人”の金と黒の瞳は色眼鏡で隠すとしても、色々と不自然な点が残る。
街中ならもっと怪しい奴はいくらでもいるが、さすがに聖堂騎士団内では厳しいと言わざるをえない。
「……“勇者”の行う現地人員勧誘はさあ、所属予定部に在籍する聖堂騎士団員からの認証が後日必要よね。
えーっとさ、ううん」
渋い顔になったリュミエラがサンカントとエリクの姿を交互に見た。
工作部隊長兼“勇者”であるというエリクが知らないわけがないはずだが、何か手段があるのか特に気にしてはいないようだ。
「ああリュミエラさん、それは全く問題無いぞ。
いや、最初は変装でもさせて押し通そうと思っていたんだが結果として問題はなくなった、というところか。
現地人員の団員認証は同時雇用なら代表者だけでいい」
「はあ」
「そんなに回りくどく説明する事もないでしょう、エリク?
あれですよリュミエラ、文句言う輩は黙らせれば済むってことですわ」
「あ、そうなんだ……」
「現在の聖堂騎士団で一番強いのは工作部隊長のエリクです。
その次に団長のシャイエ様と私ジョゼ・ブランシュですかね。
まあ共和国大統領の腹心や水晶集め元締め等は、私共と同等かそれ以上の能力を持っているはずですし、国防用の破壊兵器なんかもあるにはありますが。
ということで、エリクの部下には一対一で貴方に勝てる子はいないと思いますわ」
「むう……なんだろ、認証って面接とか身分証明とかだと思ってたのに」
「戦闘力に決まっているでしょう? こちとら破壊工作員ですわよ」
ふふん、と憎らしいほどに見事な笑みを浮かべるジョゼ。
とはいえこれはリュミエラにとって非常に好都合だ。
外見こそ“聖女”めいているものの体質のせいで化粧もできず衣服も選べず、かといって計算や謀略といった頭脳労働も得意でない彼女は、はっきり言って文化的生活における能力は低い。
だが強力な戦士であるロドリグとアネットの間に生まれ、戦闘向き、というよりも戦闘のための力を持ち幼少期から命のやりとりを行ってきたのだ。
単純な攻撃性能ならば北部からの魔物に対する防壁として精鋭が集うファルギ村で最強……つまりはルクスコリ共和国全体でも上から数えた方がずっと早い。
数度の手合わせを行った感じでは、一対一の場合ジョゼとサンカントよりは強く、エリクよりは気持ち下といったところ。
模擬戦であり、誰も奥の手を使ってないために実戦では多少上下するだろうが、少なくとも試合形式の強さは折り紙つきである。
「なるほどね、なら父さんの誇りを傷つけないよう頑張るわ」
「……ほどほどにな」
戦闘体勢に入ったリュミエラの凶悪さを知るエリクが、部下の顔を思い出して溜め息をついた。
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「すげーぜリュミエラさん! ポンプからお湯が出るぞ!!」
「そりゃ首都だからね」
「すげーぜリュミエラさん! お手洗いを水が流れてるぞ!!」
「首都だからよ」
「すげーぜリュミエラさん! この棚、中に氷が入ってるぞ!!」
「ふぁあ……首都だしね、冷凍箱も水洗便所も給湯器もあるでしょうよ。
っていうか小型の箱タイプは無いけど冷凍室自体はうちにもあったじゃない。
でも本当に、便利よね。こんなんじゃ暮らしてる人みんな怠け者になってそ。
ああ、このベッドの柔らかさ、あたしも堕落するわ……」
四人は転移門の力もあり、翌日の夕方には首都ルクスに到着した。
リュミエラは野宿あるいは聖堂騎士団宿舎の何もない部屋での素泊まりを想定していたが、ジョゼが聖堂騎士団本部の近くにある上等な宿の予約を通信により取ってくれていたため、中々優雅な宿泊と相成った。
もっとも、体重千ポンドを超えるサンカントはベッドが使えず床であるため普段と変わりない。
はしゃぐサンカントを眺めつつ、ベッドの上で胡坐をかいたリュミエラは樹脂葉巻に着火した。
薬効成分を含むスパイシーな煙がふわりと広がる。
「なあ、勝手にバター吸っていいのか?
女将さん怖そうだったぞ」
副流煙にまかれて顔をしかめるサンカントの脳裏に、あるじというよりヌシといった感じの中年エルフの姿が浮かぶ。
なにしろ身長が七フィートを超える上、横幅が伝説のスモウキングもかくやというありさま。
予備知識無しで彼女の姿を見れば、百人中九十九人がエルフの女将ではなくハイ・オークかハイ・エルフの戦士と答えるだろう。
だがリュミエラはさほど気にしていないようだ。
「受付の時にちゃあんと聞いたからねえ、食事も樹脂葉巻も部屋で摂って大丈夫。
女将さん、あれで浄化の僧術の使い手らしいわよ。
……見た目は僧術なんかより岩を投げたり火を吐いたりしそうなのに、うえへへ」
「そっか、んならさリュミエラさん、俺の部屋にいるのは何で?」
「サンカントをこんないい宿で一人にしとくのが不安だからよ。
見張っとかないとさー、備品壊しそうじゃない。
ちゃんと寝たの確認したら戻るし、あんたの荷物を盗んだりもしないから安心しにゃさ」
「うー……」
「ま、もう一個だけ理由あんのよ。
サンカントさ、計算できるよね、記憶が怪しいっても一応竈の商人族だもんね。
お小遣いあげるからこれちょっとまとめてくんないかしら?」
騒がしい弟分を肴にゆっくりと樹脂葉巻を吸い終え、殻の入った小皿をナイトテーブルの上へと放逐したリュミエラは、耐熱鞄から十数枚の紙束を取り出した。
何らかの表めいて縦横に線が引かれた紙には、リュミエラの汚い字でいくつもの数字や名前がメモされている。
「なにこれ」
「ここ最近の収支メモとねえ、あと色々」
「へいへい。で、リュミエラさんって会計の勉強とかしねえの?
一人で出来ないと不便だと思うけどなー」
「だめよ、むり、数字は敵だわ、ほんとだめ。
もしあたしが時間逆行できるなら、ゼロの概念を発見したクズ野郎を探し出して殺す。
あーあ……ほんと、一、二、沢山の世界で生きたい」
「光ったり熱線出すときはすごい速度で計算してるっぽいのに、なんで紙に数字書くとダメなんだよ。
そっちの方が俺は意味不明だぜ」
「あれはなんとなくできるの! こうガーっとバーっと!」
「まあ、いいけどさ」
首都ルクス初日の夜が、平穏に更けてゆく。
お上りさんじみた二人は都会の利便性に感動し、既に本来の目的を忘れつつあった。
勇者は職務権限は広いですが給料はそんなに高くないらしいです。
所詮公務員。
なお本来の任務に支障をきたさない範囲の副業は認められています。




