二人目の死
それから、2時間後。
22時。
ダイニングルームで、死体となった支配人シリオットの姿が発見された。
第一発見者は、私。
推理に行き詰まり、一服しようとコーヒーを飲みに降りたところで
死体を発見した。
すぐさま、全員をダイニングルームに呼び寄せ再び検証を開始した。
死体は、アキレス腱を切られ、後頭部に包丁が突き刺さっている。
おそらくこれが、死因だろう。
「連続殺人か…」
思わず私は呟いた。
「なんだよ、あんた事件は自分が解決してみせる」
って嘯いてたんじゃないのかよ?
ヴァネッサがヒステリックに私に詰め寄った。
見えない犯人を前にしてパニックに陥るのは、いたし方ないことだ。
だが、それを落ち着けるのも探偵の役目だ。
「まぁまぁ、落ち着いてください。
もしかしたら、支配人が犯人で、
罪の呵責に悩まされ、自殺を選んだのかもしれないではないですか。
安心してください。落ち着きこそが最大の事件解決への鍵なのです」
「お前こそ落ち着けよ。
どこの世界に自分でアキレス腱を切って、後頭部に包丁刺して自殺する馬鹿がいるんだよ。
普通もっと楽な方法選ぶわ!」
ふむ、確かに彼女の言うことも一理ある。
ただの薄汚い売女と思っていたが、なかなか聡明な部分もあるようだ。
「それはさておき、現場検証だ。
状況を再現しよう。私が、階下に降りた時には、支配人はもう死んでいた。
そして、ダイニングルームの扉は開きっぱなしで、キッチンの電気もつけっぱなし。
明日の朝食の準備をしていたと思われる。
相も変わらず窓は開いていない。出入り口は、この扉一つ。
ただ鍵がかかっていないことが、唯一の救いか。
これは、『ただの』殺人事件だ」
「そんなことより…」
アダムが、厨房から出てきた。
手には何か
を持っている。
「これ、レトルト食品…。俺たち、ずっとレトルトを
お皿に盛り付けられた物を食べさせられていたみたいだ。
五つ星ホテルだから期待したのに」
「それは、仕方ないのではないのかね?」
ワンダー雅光が、口ひげをいじりながら言った。
「一人でこのホテルを切り盛りしていたみたいだからね。
食事がおざなりになるのも仕方ない」
「けど、がっかりですわね」
みどりが本当に落胆した表情で言った。
「しかも、この納豆賞味期限がきれてる…」
賞…味…期限!?
「もしや!!」
思わず、私は口走ってしまった。
もはや、疾走する私感情を止められるものなどここにはいなかった。
「食中毒で死んだのでは?」
「いや、賞味期限が切れたくらいで、人が死ぬかよ。
納豆なんざ、賞味期限一ヶ月切れてても食えるわ!
発酵しすぎてて、臭いけどな。
というか、アキレス腱切られたこととか、完全に忘れてるだろ」
即座にヴァネッサは、私の言葉に反論する。
その言葉に私はぐぅの音も出なかった。
この女…。
で き る!!
「ヴァネッサとか言ったかね?君」
「なんだい?」
「…いや、ここで言うのはよそう。全ては事件が解決した後だ」
ここで、私はワトソンとの出会いがあるのかもしれない。
そして、再び私は現場検証を続ける。
包丁に刻まれた指紋を確認する。
しかし、当然の如く、指紋は見つからなかった。
やはり、犯人は手袋をして犯行を…。
そこで、私の中に雷が走った。
指紋がない?
おかしいではないか?
包丁とは、本来料理や強盗に使われるもの。
なのに、指紋が出てこないのはおかしい。
なおさら、このホテルの所有する包丁だとして、
支配人の指紋さえも出てこないのは…。
つまり…。
「犯人がわかりました」
私は、決定的瞬間に立ち会える喜びに体を震わせた。
そうこの瞬間こそ、最も生きる快感を得られる時。
至福の時。
犯人を指さすそれだけの事。
密室殺人の方法はわからないが
過程や…!方法なぞ…!どうでもよいのだァーッ!
「犯人はあなたです。アダムさん」
そう言って、彼を指差そうとした。
しかし、彼はそこにはいない。
「しまった!逃げられたか!!」
「いや、キッチンで明日の朝ごはんが大丈夫か調べに行ったがね」
ワンダー雅光の言葉通り、キッチンに移動すると彼は確かにそこにいた。
コトコトと鍋で何かを煮詰めている。
「何をしているんだ!?」
「スープは心に安穏をもたらし、
激しい空腹感を癒し、一日の緊張をほぐし、食欲を目覚めさせ旺盛にする。
こんなレトルトを食べさせられたんじゃ、私の舌が錆びてしまいますからね。
自分で朝食の準備です」
穏やかな表情で彼は言う。
そんな顔をできるのも今のうちだ。
「そうか。だが、残念だったな。今度からは、臭い飯を食うことになりそうだな」
「?何を言っているのです」
「もう一度言い直そう。犯人はあなただ。アダムさん」
「違います」
きっぱりと、アダムは言い切った。
「証拠はあるのですか?」
「簡単な事です。あの包丁、あなたのものでしょう?」
「違います」
「そんなはずはない!指紋はついていなかった。
本来ならば、支配人の指紋がついているはずなのに」
「あの…、もし?」
みどりが、私の袖を引っ張った。
「犯人は犯行後、指紋を拭き取ったのでは?」
「くっ…」
またもや痛いところをつかれてしまった。
こんな小娘に。
「もういいですか?」
冷めた目で、アダムは私を見つめる。
なんと冷ややかな目だろう。
冷徹そのものだ。
これまで一体どれだけの命を奪ってきたことだろう。
まさにそれを感じさせる目だった。
やはり、この男が犯人と決めてかかっても良さそうだ。
「わかりました、いったん引きましょう。
しかし、忘れないでください。命を奪うと言うことは何であれ重罪なんです」
「だったら、あなた方も同罪ですね」
アダムは、目の前のスープをかき混ぜながら言った。
「貴様!この探偵である私が犯人だとでも言うのか!?」
思わず私は詰め寄った。
よもやこの私が、殺人者扱いされるいわれなどない。
だが、アダムは言葉を続けた。
「何を言っているのです。私たち人間は皆、生き物の命を
頂いて、ここに生きているのです。
かの有名なガンジーのように果物と乳のみで生きる者は稀でしょう。
牛も豚も、鳥も魚も、私たちは自らの命を繋げるために
彼らの命を奪っているのです。それを理解したうえで、味わうと言うことをかみ締めるのです」
そして、最後にシェフはこう言った。
「 明日の朝またここに来てください。本当のスープをお見せしますよ」