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HEROってなんだっけ?  作者: 落胤
マリシャス復活の章
29/30

第一章 神話  

地上一帯を埋め尽くす悪の軍団、群れであり一つの個である。人を恐怖に陥れることを何よりの糧とつす怪物が右往左往しながら移動を始める。

 対処法もなく、ただ怪物たちの行く先々で最悪を齎すだろう。

 誰もがこれから起こる地獄に怯え狂いそうになる最中、地獄絵図のなかで地面から一筋の光が天に昇った。


 それは皆が一目で電撃だと漏れ出した稲妻で理解できる。遠目に見てもハッキリしている。それに間近で浴び、全身を炭に変えられた怪物たちには、身に染みて伝わる。

 ギョロっと怪物たちの大きな瞳が爆発の中心を捉える。


 地面に開いた大きな穴の中心に化け物たちは、騒動の正体を目撃する。穴の中心で空中に静止している人型のソレは居た。

 炎の煌めきを反射する銀色の鎧。それは空中に直立しながら自然体で周囲の化け物たちを見渡す。

 幻想的で芸術性に富んだデザインの鎧を身に包んだ者、小早川柊の理解者であり守護者を語る人物。


「ゲゲ?」

 怪物たちが総じて首をかしげる。急に思わぬ所から現れた存在に疑問を覚える。

 だが、悪意が実体化した怪物がやることなど決まっている。


「ジッジ」

 一匹の化け物が先陣の切って目からビームを発射する。それに続くように既に億の桁に届く勢いの目から一斉にビームが発射される。

 その全てが砲弾の雨となり、鎧に向かって飛来する。


 バーンと初めのビームが爆発するのに続いて次々とビームが鎧に迫って飛んでくる。どんなHEROでもこの数と威力を防ぐ事も避けることも不可能なビームの雨。

 初めに撃った一体が厭らしい笑みを浮かべる。心の中で勇ましくも虚しく散ったHEROの姿に満悦であった。 


「何を笑っているのか知らないが……あなたにはお話があります」

「ググゲゲ?」


 足元で男の声が聞こえ、目線を落すと銀色の鎧が無傷で自身を見上げている。

 何故? と首をさらにかしげる怪物に銀色の鎧に身を包んだ男が籠手に覆われた腕を上げる。

 すると先程、彼の居た場所に向けられ発射されたビームの雨が空中で次々に爆発し、空を爆発で覆った。

 シューっと熱を持ち煙を放っている拳を見せられている一体にすべてのビームの弾丸を撃ち落としたのは自分であると見せしめられる。


「武光さんは、鎧の使い方が下手なんですよね。この鎧に込められた力は、あなたのような規格外の怪物を全滅させるための力なのですから」  


兜に覆われているせいで表情は見えないものの声だけで鎧の男が笑っている事に気が付く。

そして、気がついた時には、怪物の腹部が深くめり込み5Mにも及ぶ巨体が宙に浮き上がる。宙に吹っ飛ばされた怪物は、ダメージをうけた事で分裂する合間に自身を下から殴りつけている鎧男を大きな目で捉え敵意を向ける。


 一体の敵意に呼応するようにすべての個体の悪意が鎧を着た彼に視線とレーザーと言う形で向けられる。再び鎧の彼、カイザに迫りくる弾幕。

 全方位から発射されたビームに囲まれ、さらに上に殴り上げ分裂したマリシャスからもレーザーを照射される。

 絶望的で危機的な状況下でカイザは、一人呟く。


「あなたはもう終わりだ。新たな神話が此処で生まれる」


 その刹那、銀色の鎧を纏ったカイザが周りの群れを光速で突っ切る。カイザの移動に伴いソニックブームが怪物達の肉体を吹き飛ばし引き裂いて行く。

 カイザが鳳凰の鎧から引き出した力は、真の使い方を心得ているおかげで、加速と攻撃力は武光の比ではない。

彼の進む方角に居る怪物達が宙を舞い、高速移動に伴った摩擦熱でカイザの進んだ道が炎上。

炎の道となり怪物達に埋もれた町に一筋の希望を生み出す。化け物たちは、理解の範疇を越えた速度で動く人影を膨大な数を誇る目で捉えようとし、ビームをばら撒く。

 だが、回避の補正をもつカイザには、雨のように降り注ぐビームを空中で回避しつつ、化け物の群れに飛び込み打撃と高速移動に伴って発生した衝撃波と炎で群れを引っかき回す。


 強大な力を持つ怪物。さらに数は膨大。しかもカイザが宙に持ちあげ肉を裂き摩擦熱で焼いた怪物までもが例にならって分裂する。

 足掻けば足掻くほど敵の戦力は、増加していく。空中に鎧の推進力で跳び上がり周囲を見渡したカイザには二つの物を目視する。

 一つは、町や市ではなく県レベルまで広がる黒い絨毯。増えに増え続けたマリシャスがこの調子で世界中をすべて黒い絨毯に変えてしまうのも時間の問題だとカイザは理解する。

 そして100年前の悪、その驚異を改めて心に刻み気を引き締める。だが、カイザは負けるとは一度も考えていない。いつもの彼らしくない心内ではあるが、現在の戦況からして絶望的と言える勢力に一人で立ちむかう事が出来るのだ。

 鎧の力は、前記のとおり対象を越える速度と攻撃力を装着者に与え強敵を撃破する鎧に似つかわしくない強力な神創武具であるが、デメリットも当然存在する。


「なんとか扱えますね。彼女らを逃がすまでは、現状の力で頑張りましょう」


 デメリットは、受けたダメージが装着者に素通りするだけでなく幾万倍にも増幅される点に尽きる。

 鎧の存在意義をまるで無視した設計であるが、本来なら自壊しても不思議の無い攻撃力、無限に速度を上げるために身に降り掛かる重圧や空気摩擦による熱から身を守れるのだからイーブンである。

 武光は、頑強で屈強な肉体でデメリットを受け入れ野生の勘で攻撃を全て躱すか迎撃することで戦ってたが、カイザは違う。

 彼の補正『回避』は、一見貧弱で防戦一方に聞こえる。だが、その本質は真逆である。

 意思に関係なく回避行動を取ってくれる事実、言うなれば自分の意識の全てを攻撃に向けられる。これ即ちすべての攻撃を掻い潜りつつも自分だけが攻撃できる超攻撃的な補正内容である。

 どんなものでも貫ける最強の矛とは、別概念でどんなものにも遮れない究極の矛。それが攻撃に打って出た彼の補正。

 その補正にこれ以上ないほどの鎧を纏っているのだ。その実力は、天下無双。


「後、もうすこし」

 空中で回避行動をしながら群れを抉るカイザは、もう一つの物を見つめる。

 彼が出てきた大きな穴から群れの外側まで伸びる一本の炎道。穴から出てきたカイザが超高速での移動に伴い黒い絨毯に引かれた明るい道。

 両端に炎が舞い上がり怪物も侵入できない通路を武光を背負った柊と竜華とシャーロットが駆け抜けている。


「はぁ……あつい」

「我慢して! 此処を抜ければ安全だから」  

「はい、お姉さん」


 戦闘を竜華とシャーロットが走り、武光を抱えた柊が後ろから二人を追いかける。炎の熱気が彼女達の体力を奪っていく。

 だが、その炎が怪物達の侵入を阻害し彼女らを怪物の視線から遮る目隠しの役割を果たす。さらにカイザが近年稀に見る大暴れで怪物達の悪意と注目を一身に集める陽動と合わさって彼女達の逃走は成功している。


「カイザちん……すごい」

「止まっちゃだめだ」


 ふと、空を見上げたシャーロット。彼女の目に映ったのは空に炎の線を引いてビームの雨を躱すカイザの姿。

 その圧巻な様子に足を止めた彼女を柊が叱る。見物している余裕はないのだ。

 柊は額を流れる汗の量に目の前で走る少女達、彼女らの体力が持つのか心配で気が気じゃなかった。


「もう少しだから……がんばって」 

「お腹すいたよ~」

「あつい……」 


 案の定疲れから脚が止る二人。彼女達に走ってと言おうにも二人の顔を見れば、それは望めない事がハッキリと分かる。

 化け物の自分と違い二人は少なからず、か弱い少女なのだ。

 二人を担いで行こうかと考えるが自分の右腕……があった場所を見て諦める。先程まで炭化していた腕はもう彼女にない。

 既に動きすらしない腕を彼女は、天井を突き破るために放った電撃で完全に無機物になり、自ら切り落とした。柊の右手にあった場所にあるのは止血のために巻いた布のみ。

 片手では、とても武光を担ぐだけで精一杯。


「こうなったら……まずい!」 


 空中を飛びまわり注意を引いていたカイザの奮闘も虚しく、一匹の怪物が炎の道に侵入。目からビームを当らない的に連射していたが、こちらの気配を察知したのか大きな目がギョロリと向けられる。

 そして、柊の声虚しく怪物の笑みが恐怖から尻餅をついた二人の少女に向けられる。とっさに跳びだそうと脚に力を入れる柊。

 だが、無情にも足場が脆く体勢を崩してしまう。体勢を崩し四つん這いに地面に倒れる。すると怪物の長い鞭のような手が竜華とシャーロットを捕獲し、もう片方の手で柊の体を弾き飛ばす。


「きゃああ」

「いや!」

「ぐはっ」


 ボールのように何度も地面をバウンドした柊は、動けなかった。すぐにでも助けだしたいのに身体が動かず歯を食いしばるのが限界。自然に悔しさと絶望感に涙が漏れそうになる。

 そうしてる間にマリシャスに捕まった二人の少女達は、怪物にジロジロと観察され恐怖で顔が歪む。

 するとマリシャスの顔が大きく変形し、口が現れる。彼の怪物は、目で柊を見据えたまま言葉を発した。


『よぉ、柊お姉ちゃん。あんたまた誰かを守ろうとしてるわけ? 無駄な活動御苦労様。あんたのお陰で俺は復活し今もあんたの濃厚な悪感情のお陰でドンドン強くなれる。お姉ちゃんもいい加減諦めたらどうだい? ほら、もう一回悪に墜ちて楽になろうよ』


 怪物の声は意外にも子供の声だった。柊には怪物と記憶の奥すみにある少年の姿が重なる。それが余計に彼女の心を抉る。精神的にようやく安定してきた彼女だが、目の前で怪物に掴まる竜華達を見て再び暴走までのカウントダウンが始まる。


 柊を煽るだけ煽ると今度は、手に掴んだ少女達に意識を向け……締めつける力を強める。 

「くっ」

「あぐ」


 急にギリギリと締まりだす拘束に二人は苦痛の声をあげジタバタと脚を動かす。怪物の力からして二人の少女を絞め殺すなど容易いが敢えて、ギリギリと締める事で少女達を苦しめ柊の心を苦しめる。


 その様子をカイザも見ていたが、彼は助けに入れない。化け物たち全体の注意を柊達に向けさせては逆効果。さらに怪物達に目視されない速度で助けに入れば、自身の移動に伴ったエネルギーが彼女達に牙を剥いてしまう。

 逆に減速しながら助けに入れば注意を彼女達に向けるだけでなく間に合わない。

 遠方で思考錯誤を繰り返しているカイザをあざ笑うかのように竜華達をいたぶる力が強まる。


「かはっ」

「ぐあぁあ」


 ギリギリと締まっていく拘束に二人の骨が軋み内臓が圧迫される。悲鳴どころかうめき声しか出ない二人。彼女らを柊も助けようとするが身体が動かない。



ーーーーーいや、もう繰り返さないって誓ったのに!


 心が再び自己嫌悪と言う悪意に苛まれかけ、カイザが無理矢理にでも救出する覚悟で加速しようとしたその時、竜華が無我夢中で彼の名を呼ぶ。

 彼女の中で最も信頼しているHEROの名を。


「たすけ……て……たけちゃ……ん」


擦れるような声が奴の耳に入る。 


「ギギギギグバ!」


 怪物が苦しみながら反応が薄くなっていく少女達を歓喜の目で見ていると何かが怪物の目を抉る。怪物事態何が起こったのか判らないが、理解できたのは直前に見えた人間の手と目を抉られた激痛。

 目を潰され何も見えない怪物、だか怪物はそれより驚いている事があった。

 悪意を受けて力を増幅するマリシャスである彼の化け物、なのに明らかな攻撃を受けたと言うのにダメージを受け、力が増幅しないのだ。


「うぉああああああ!!!!!」


 目を潰され怪物が混乱している所に凄まじい雄叫びと少女達を拘束していた手に激痛が走る。それは何か鋭利な物で腕を切断された痛みだった。

 切り口から緑色の体液をぶちまけながら次に訪れた衝撃にマリシャスの体が吹っ飛び地面に横たわる。

 痛みに悶絶して動けない怪物。最後に受けたのは胸に鋭利な物で刺されるような衝撃。


「おまえ……」 


 別の視点で地面に突っ伏していた柊が見た光景は、壮絶なものだった。柊が後少しで悪化しようとした時、彼女のすぐ横を巨大な影が通り過ぎ猛スピードでマリシャスの頭部まで跳び上がり、拳を振るった。


 大きな握り拳を眼球に受けた怪物は、大きくよろけ数歩うしろにさがる。5Mはある巨体をよろけさせる膂力の持ち主は、先程まで致命傷を受けたために眠っていた彼……武光であった。

 柊は、これと言って彼と面識はない。悪化していた時に一方的に痛めつけた後に刺し殺そうとした所だけ覚えている。怪物に唆されたなど理由にならない事を彼女はした。


「あいつ」


 柊が見た武光は、マリシャスに挑み破れた時、闇に呑まれカイザと戦ってた時のどれとも様子が違う。

 マリシャスを殴り飛ばした長身の男は、右手を緑の液体で汚しながらも化け物を見ている。だが、正確に見ていない。

 柊から見た武光の目には、光がなく意識が感じられない。息はしている……だが意思が感じられない。


「うぉおおおーーーーー」


 再び武光は、雄たけびを上げ駆け出す。地面に突き刺さった「止まれ」の標識を走る片手間に地面から抜き取り、それをブンっと風を切った音がするほど早く振る。

 狙っているのは、竜華達を縛っている鞭のような腕。人間技とは思えない怪力から繰り出された一撃は、武光の思惑通り怪物の腕が切れる。

切断されたことにより、竜華達の拘束が解かれ、気を失っている彼女達の身体が地面に落下する。受け止めたい! そう柊が身体に鞭を撃つが間に合わない。

 だが、当然のように竜華達を武光が受け止め、彼女達の体を地面に降ろすと勢いよく再び化け物に向かって襲いかかる。


「ぐげ」


 マリシャスの腕を切断した標識を二つに折り、鋭利な部分をジャンプして怪物の胸に突き刺す。突き刺された怪物は、痛みからか悶絶しているが刃は怪物の胴体部分の強固な皮膚に阻まれ内臓まで届いては居ない。

 それを見越してか、武光がもう片方の手に持つ先端が尖った鉄の棒を大きく振り上げ怪物の胸にもう一度突き刺した後に、怪物の脚を両腕で掴み、ブンっと5Mある怪物を振り上げ地面に叩きつける。

 今の武光は、無意識の中で動いている。覚醒していない意識をおいて、彼の体が勝手に動いている。

 どういうわけか分からないが、武光の身体が弱きを助けるという彼の補正が強大な悪に命を散らされかけている命を救わせるため、この状態に入った。

 強いて言うなら無我の境地っというのが彼の状態である。感情を持たずただ、魂に何かを感じるものを救い悪を滅する本能のみ。

 武光のリミッターを完全に外し、本来であれば発揮できない膂力を発揮できているのも無我の境地であるが故。彼は痛みを感じず本来持つ補正の効果で100%を超えた力を振るった後の後遺症をも乗り越える。

 悪意を糧にする怪物を殺せた理由でもある。マリシャスを殺すのは障害排除に過ぎず相手に悪意すら抱かない。幸運な事に無我の境地がマリシャスの弱点となっている。



「グボ」


 地面に叩きつけられたために胸に刺さった二本の刃が釘を打ったように強固な皮膚を貫き、化物は醜く醜悪な声を上げ、絶命する。

 ピクリとも動かなくなったマリシャスの一体を武光は、炎に放り投げると次は柊を見て一歩一歩近づく。彼の目は何も写していない。


「けほっけほっ」

「ごほごほ」


 だが、地面に横たわっている竜華とシャーロットが咳込むと、それに気がついたかのように竜華達を見る。そして、膝を折り腰を落とす。さらに彼は竜華に恐る恐ると言った様子で手を伸ばす。

 無我の境地に居る彼にどういう意図があるのかわからないが、柊はその光景を見守る。 


「たけちゃん……ありがとう」

「…………竜華」


 酸欠で意識が朦朧としている竜華だが目の前の人物が自分を助けてくれた事を……助けてくれる事をわかっていたかのように礼を言う。

 その声に武光の意識が少しずつ覚醒していく。段々と意識を取り戻した武光は、竜華の手を握りながら周囲を見渡し、今の状況に驚いている。

 幸い、炎の道に侵入してきたのは一匹だけで他の個体達は、未だにカイザに翻弄されている。

 武光がマリシャスを倒した段階でカイザは意識を再びマリシャス達に向け回避だけでなく地表にいる奴らを光速移動から繰り出されるパンチで蹂躙する。

 次々に蹴散らされるマリシャス達、カイザの攻撃を受けて増殖するも数の有利を速度で覆していく。っすでに避難が完了した町という広大なフィールドで争うカイザとマリシャス。


「この状況は一体……」

「おい! お前!」

「だ、誰だ?」


 再びカイザに注意が向いている隙を逃す訳にはいかない柊。彼女は、脚を引き摺りながら武光に呼び掛ける。呼ばれた武光は彼女の様子に唖然とする。全身ボロボロで片腕がない。 

 何が何だか判っていない武光に説明する余裕の無い柊は大きな声で命令する。 


「そこの二人をしっかり抱えろ!」

「なんだと?」

「はやく!」

「は、はい」 


 柊の有無も言わさぬ怒声に武光は、大人しく従い竜華とシャーロットを脇に抱える。

 その様子を見た柊は眼を瞑り、自分自身の心に語りかける。


(お願いだ。再びあの姿になりたいんだ) 

 柊が思い浮かべ願うのは、白い外骨格に覆われた巨大な怪物の姿。目の前にある障害をすべて破壊し己を更に追い込み悔やませる永遠の懺悔の化生。 

 一度目は≪最後の楽園≫で淡雪が目の前で殺され、幼い少年少女達の命が散る無残な現場を見た瞬間。心に罅が入り、心臓が止ったかのように全身の熱が失われた時だ。

 気が付けば自分は、HERO達を血祭りに上げた後も暴れていた。悲しみや苦しみを破壊衝動に変える事で逃れようと愚行を繰り返していた。

 二度目は、先程カイザに助けられる前までマリシャスに利用されていた時。

 何もかもが自分を責めてくる。だから聞きたくなくて苦しみたくないから全部を破壊しようとした。


 そのどちらにも共通する事、暴走。あの姿になった自分に視界を含む5感はなく、ただ苦しみから逃れたい衝動に駆られる。

 もし、今この場で暴走してしまったら、最悪の結末を迎えるだろう。近くの物全てを破壊してしまう。

 それ即ち、近くに居る竜華達は、柊自身の手で殺してしまうことになる。


(暴走はしたくない。でも、この子達を助けたいんだ……)


 でも、現状からして炎の道の出口まで80キロ以上。地下の出口からマリシャスの群れを横切り群れの外側まで引かれた炎の道。

 カイザが初めにマリシャス達の気を引く役目と柊達の脱出経路として引いた道。だが、カイザ達の予想以上にマリシャス達の絨毯の範囲が広く……途轍もない長距離の経路になってしまった。


 そして、柊達はまだ4キロ地点にいる。子供の脚で逃げ出せるはずがない。  

 だが、愚図愚図していては、マリシャスが炎の道に再び侵入するかもしれない……だから最も速く移動する手段が必要なのだ。


(だからお願い! 答えてくれ)


―――――――――なにか御用かしら?――――――― 


 柊の心の叫びに≪柊≫が応える。


(頼む……私にもう一度、あの力を貸して)


――――――――いいわよ、また全部ブッ壊したいのね―――クス―――


(違う! 私は竜華ちゃんやシャーロットちゃんを助けたいだけなんだ)


――――――――――ムリ~。私には誰も助けられない。≪私≫が保証するわ――――――


 悲痛にも≪柊≫から帰って来たのは、認めたくない現実。


(無理じゃない! やるんだ。アイツに頼りにしてるって言われたんだ。私は信頼を裏切りたくない!)


――――――――ウフフ―――――――カイザさん……―――――――――


(どうすればあの姿にもう一度なれる!?)


――――――わかった―――――協力してあげる――――――――――せいぜい自分の醜い姿に苦しみなさい―――――


 柊の願いを無下にしようかと企んだ≪柊≫だが、なにかカイザの名に引っ掛かる事があったのか素直に力を貸すことに決めた。

 柊の悪の部分である≪柊≫が善行に手を貸すのは、一種の自殺行為に等しいのに彼女は自分に応えた。


「はぐっく……う…ーーーーーーー!!」


 目を瞑って何かを念じるように制止していた柊が声を上げる。声を上げると同時に柊の身体の至る所から黒いオーラが漏れ出し、一瞬で彼女を包み込む。

 すると彼女を包むオーラが膨脹し、5M四方のサイズに成るや否やオーラが爆散する。

 爆散した中心にいるのは、巨大な鬼の頭蓋骨に手と長く鋭い尾が生え、鋭利な外骨格と巨大な角が生えたような怪物。


「こいつは……」


 その姿を見た武光が竜華達を抱えたままジリジリと後ずさる。武光はこの怪物を見た事がある。

 自分が敗北した怪物の部下のような存在であった記憶もしっかりと残っている。

 警戒しつつ何時でも攻撃に回れるように構える武光だが、怪物の予想外の行動に呆然とする。巨大な手を武光達に振るう訳でもなく差し伸べ、まるで掌の上に乗れと言わんばかりの様子である。


「乗れと?」


 武光の心からの疑問に怪物の巨大な頭部が頷く。恐る恐る手に乗ると、怪物が武光の体を自分の後頭部の出っ張りに運び、降ろす。

 そして、両手を地面につき、尻尾を置きく振るう。それは見て分かる通り突進の構え。

 武光は、振り落とされないようにしっかりと後頭部の突起部分を掴み、竜華達を抱え直す。

「――――!」

「うお!」


 武光がしっかりと掴まったのを理解してか、怪物は強く地面を叩きつけ一気に前方に突き進む。

 あまりの加速に武光が驚きの声を上げるが怪物は容赦なしに炎の道を爆走していく。

 速度は、F1並に早くそのパワーは重機の如く強力で目の前に転がる車や瓦礫などを巨大な腕や角で蹴散らしながらグングンと進んでいく。


「ギギギ?」


 すると爆走する武光と柊の前方に炎の道を無理に横断しようとするマリシャスが現れる。マリシャスは、上空にいるカイザに意識を向けていたが隣で聞こえる音にこちらを見る。

 だが、そんなものお構い無しと言った様子で怪物は、マリシャスを巨大な手で横から叩き、マリシャスの巨体を遠くに吹っ飛ばす。

 吹っ飛んだ怪物は、スゴイ勢いのまま何処かに飛んでいく。


………

…………

………


「柊さん、また悪化したのか? でも、暴走してるのとは様子が違う」


 空中で様子を確認したカイザが柊の姿を見て固まるが、すぐに柊の目的を察し彼女の援護に回るために加速する。


……

…………

……… 


 柊が一体を遠方に殴り飛ばした段階から、マリシャス達の視線が炎の道に集中する。

 それは、陽動をしていたカイザが最も好ましくない出来事。

 それを知ってか知らないかは、定かではないが……マリシャス達は、炎の中を爆走する柊の変化態を目撃した途端に彼女に目掛けてビームを連射する。


 炎の道を爆走していた変化態は、突如側面から訪れたビームが着弾したと同時に身体が大きく揺れる。

 硬い外骨格が衝撃を受け止めたが左の角の部分が折れている。

 だが、彼女の移動を妨げるダメージではない。


 ついに居場所がばれた事を察した柊は、さらに速度を上げ出口に向かう。

 それを阻止しようと数多の怪物が柊に向かって一世掃射を開始する。もし、これが当れば柊達は全滅するだろう。

 巨体ながらも蛇のようなクネクネとした移動と巨大な手と尾でビームを叩き落としながら突き進む。だが、確実に何発かが柊に命中し、後ろに掴まっている竜華達にダメージがないものの柊を追いつめていく。


 そして、一匹のマリシャスの放ったビームではなく高出力のレーザーが変化態の柊の頭部正面に命中する。その後、変化した巨体の柊の侵攻を押しとどめながら着弾点が爆発する。


 そして、一時的に砲撃が止む。


「「「「ギシシシシ」」」」」


 その様子を見た上空のカイザを怪物達があざ笑う。だが、怪物達の笑う中でカイザのみ、仮面の中で自信に満ちた笑みを浮かべている。


「何が可笑しいのか知りませんが……それがあなた方の最後の笑いです」 


 彼は下に居る怪物達に聞こえていない事を承知でそう告げ、意識を集中する。

 信じているのだ。爆発に巻き込まれた彼女を……。


「――――――――――!!!!!!!」

「ゲ?」

「ほらね」  


 突如周辺全域にまで聞こえるのではないかと言うほど、大音量の雄叫びがカイザや怪物達の耳に入る。

 その声に怪物達の笑いが止み、爆発の中心地に再び注目する。

 一匹のマリシャスが炎の道に侵入し、爆心地の確認をしようと近づいた時、チチチチチっと鳥の鳴き声のようなものが聞こえる。


 首をかしげながら爆心地ごともう一度、焼き払う算段のマリシャスは目からにエネルギーを集中する。弾丸状のビームでは決定打にならず高出力のレーザーでなければ変化態の柊は殺せない。

 だから、時間をかけてエネルギーを貯めなければいけない。これがマリシャスの命運を分けた。


 ようやくエネルギーを貯め、発射というタイミングでマリシャスの前方の黒煙が一気に晴れる。 

 そして、青白い光がマリシャスの身体を呑み込む。

「ギョ!?ウグウオオオオオオ」


 煙を吹き飛ばしながらマリシャスを呑み込んだ物体の正体、それは半径10M程の巨大な電気の球体。

 直撃したマリシャスの硬質の骨格をジリジリと高圧電流が焼き焦がし骨格の下の皮膚をも焼いて行く。

 焼けた皮膚から体液が漏れ出し、それが電気に触れる事で全身にくまなく身を焼くほどの電気が走り、体液を沸騰させ蒸発させる。  

 これだけの威力を持って尚、表面部分の比較的電力の弱い部分であり、中心部分がマリシャスに触れた瞬間、マリシャスの身体は特殊な電気により物質変換され新たな電気となる。 


 そのまま、電気となったマリシャスを吸収し更に傍聴した電撃の球は、20M程の大きさとなると停止。

 その後、一気に四方に電撃が広がる。炎の道が存在するが炎は電気を通すため、ないも同じ。

 近くに居たマリシャスに命中すると再び肉を焼き沸騰させ電気分解し再び四方に散る。4体から16体から64体へとねずみ講のように電撃の波紋が広がる。

 そして、数千近い数を飲み込んだ所でマリシャス達も防御策として黒い闇を噴出し、電撃を遮る。

 遮られた電気は、すべて空に打ち上げられる。だが、被害も多く電撃を受けた地点から周辺が更地になってしまった。


「グググ!」


 予想外の被害を受けたマリシャス達は、電撃の主を睨みつける。悪意と明確な怒りの籠った視線を浴びるのは、マリシャス達が利用し弄んだ彼女。

 煙が完全に晴れた場所には、背中に武光を乗せ両手を地面につき尻尾を地面に突き刺し何かの発射ポーズを取っている柊だ。

 唯一違う所があるとすれば、鬼の頭蓋骨のような頭部の一部が割れている所である。

 丁度こめかみの辺りに大きな穴が開き、中身が露出。カイザの時のように中で一糸まとわぬ姿で怪物の一部となっている。だが、先程のように血の涙を流す訳でもなく目は焦点をあわせており、表情はしてやったりと言った風である。

 

〔『{(カイザ……此処から先は、お前に任せる)}』〕


 そう彼女は宣言し、変化し巨大になった外骨格の体を動かし、一気に空に跳び上がる。

「なに?」


 背中に掴まっていた武光もこの巨体が此処まで俊敏に動けるとは知らずに振り落とされかけるが何とか腕力で持ちこたえしがみつく。

 空に跳び上がった柊はすぐの重みから地面に着地し、再び跳び上がる行動を続けた。

 地面を進むより断然速く移動出来るため、柊達は出口に向かって一直線に進む。

 マリシャス達もすぐさま、柊に向かって攻撃を始める。先程カイザに向かっていた光弾の雨が柊に向かって飛来する。


 例え一発の威力は低くともこれだけの数の光弾が命中すれば武光や竜華達はもちろん柊ですら死亡は免れない。

しかし、彼女に降り注ぐ災厄は、一発すら彼女達を脅かす事はかなわない。


「柊さん、どうか安心してお進みください。ここから先は、僕があなたを死守する」


 柊に迫る弾丸の雨全てが突如現れた銀色の光に遮られ軌道を変えられる。軌道を変えられた光弾が文字通り雨のようにマリシャス達に降り注ぎ黒い絨毯に新たな炎の染みを広げる。

 柊向かって飛んだ光弾は、彼女に触れる前に高速で飛行するカイザによって次々地面にたたき落とされたのだ。

 無数の光弾全てを着弾前に叩き落とし続けるカイザの速度はすでに光を越え、新たな境地にすら届きかけていた。 

 周囲に気を使いギリギリの地点で出口に向かう柊の護衛を努めるカイザ。カイザに阻まれつつも砲撃の手を休めないマリシャス達が妨害を続ける。

 次々に発射される砲撃を激しく拳を足を繰り出し迎撃しちょこまかと目に見えない速度で動くカイザとの攻防が続く。

 だが、やがて柊達が出口に到達した。カイザの援護のおかげでいっさいの邪魔が入らずスムーズに移動出来たのだが、目的を果たした事で安心した柊の巨体は制御を失い地面に倒れ込む。

 直前まで跳ねていた怪物が糸の切れた人形のように地面に墜落したため、背中に掴まっていた武光は勢いよく吹っ飛ぶ。


「かっ」


 着地の瞬間に竜華とシャーロットを庇いながら背中から落ちたために二人には大きな怪我はないが激痛で顔を歪める。

 激痛が走る最中に武光は、鎧を着てマリシャスと互角に戦っている男を見た。自分には到底できない鎧の活用を見て悔しさが湧きあがる。

 だが、彼はそんなプライドに構っている暇など無い。 


「今は逃げるに限る」

「えぇ彼女達を連れて安全な場所に逃げてください」

「っその声、あの白い奴か」

「あなたとは無駄話している時間も気もないので彼女達を早く非難させてあげてください」


 武光の隣に急に降り立ったカイザ。武光とは本当に話すつもりがないのか説明も無しに彼を急かす。

 カイザの冷たい物言いとカイザの背後に見える膨大な数の怪物を見て、彼は無言のまま駆け出す。ふと、視界の端に入った転倒したままピクリとも動かない骨の怪物が気になる。


「彼女の事はいい。君に3人は守れない」  

「ちっ」


 武光の視線の先を見たカイザがそう告げると、武光は迷いを捨てて全速力で避難所まで走る。

 走っていく彼の背中が小さくなるとカイザは、倒れたままの柊を見つめながら兜の中で自笑気味につぶやく。


「逆に僕には一人しか守れない。お疲れ様です柊さん、後は任せて……」


 背後に居る柊を優しい目で見つめながら、ザッと彼女の前に立ちこちらの様子を窺って襲ってこないマリシャス達を見返す。

 マリシャス達には見えない仮面の中で、カイザの目は、エメラルドのような色から眼球は赤、瞳は輝く黄色に変化し、マリシャスが柊を騙す時に変化していた子供にもあった目元に紫の文様が浮かび上がっていた。


 その瞬間から、怪物達の反応が大きく変わる。カイザから発せられる尋常でない殺気に戸惑うようにザワザワと此処が移動を始める。

 それは、膨大な面積を制圧している数の利でカイザを本格的に叩きつぶそうとする本能だった。彼の攻撃は自分達に有効でないにもかかわらず、相手が自分達のエネルギーである悪意を向けているのにもかかわらず、マリシャス達は何か良からぬ気配を感じ警戒する。


 これは悪意の象徴であるマリシャスだけにしか感じ取れない気配。だが、それを感じ取った時点で既に彼らは逃れられない運命の渦の中心に居る事を今は知らない。


「まずは、お前達を閉じ籠める檻が必要だな」 


 カイザが不穏な動きを始める奴らを見て呟くと、彼の輪郭が僅かに歪む。その直後、彼の足元からの道がマリシャス達で構成された絨毯の外側全てを囲むように広がり、巨大で広大な炎のカーテンが完成する。



 カイザが再び超速移動による摩擦熱による発火を利用して作り上げたカーテンにマリシャス達の侵攻は逃げ道とともに防がれる。

 炎に阻まれ身動きが取れなくなったマリシャス達を傍目にピクリとも動かない巨大な怪物姿の柊の腕を掴みカイザは少し離れた場所に聳え立つ高層ビルの屋上に彼女を寝かせる。


 だが、所詮は炎の壁。自身の耐久力を信じて強引に突破しようと多くのマリシャス達が炎に突っ込む。 しかし、それを許すカイザではない。竜華とシャーロットと柊の安全が確定した今、彼は手加減の必要が無くなったからだ。


「行ってきます」


 ブォンという音とともに加速をはじめたカイザが炎のカーテンと突破しようとする怪物の顔面に拳をお見舞いし、次から次にマリシャス達をカーテンの内側に押し戻す。  

 炎のカーテン中を飛行しグルグルと円を描きながら数多のマリシャス達を檻の中に押し込める。


「そろそろ、やるか」


 カイザの妨害行為によって悪意を受けたマリシャス達は、皮算用的に数を増やしてゆく。すでに黒いカーペットは、高さ30m程まで積み上がりウジャウジャとカーテンに閉じ込められた不気味な状況が続く。さすがに状況が一向に好転しない事に、苛立ちを覚えカーテンに向けてビームではなく照射レーザーの形で攻撃を開始する。


 次々に焔のカーテンに穴を開けていくレーザーは、カーテンの中を飛行するカイザの逃げ道を完全に塞ぎ、どう避けても回避できない面積での攻撃となる。


「頭つかってきたか……さて、見せてあげよう」


 前後上下から挟み撃ちするように迫りくる隙間の無い線。その焦点が今カイザに向かって向けられる。

 カイザの着ている鎧のデメリットがなくても死に繋がるレーザーに包囲され、絶体絶命の最中に普段臆病でなよなよしている彼らしくもないセリフがマリシャスの一匹の耳に入る。


「時間と戦った事はあるか?」 


 その一言ののちに、彼は更なる加速をし、時間の壁を突破した。平時でさえ目視できない速度で移動しているのに関わらず、瞬時に爆発的な加速をしたカイザ。

 彼が鎧の効力によって超えるべき対象に設定した物は【今の自分】。常に加速し続ける自身を追い抜くために更に加速する。これによって今から起こる現象、それは無限の加速。

 あまりの高速移動のために鎧が燃え上がり、一機に身体を炎が包む。そうすると銀色であった鎧の色が炎に焼かれる事で淡い金色に染まり、鎧の真の力が発揮される。


―――――――揺らめく炎がまるで一枚の絵のように静止する。先程まで騒がしかったマリシャス達の鳴き声や足音が消え、カイザに向かって集中していたレーザーも動きを止める。


 全ての物が動く事をやめた世界で……黄金の鎧に身を包んだカイザのみが住人として認められていた。

 光を遥かに超えた速度での移動をしたカイザの周りの時間が止ったのだ。今この一時だけは、マリシャスの悪意も柊を守るという難易度の高い任務に僅かばかりの休息が訪れる。


「ふん、限界が近いですね。僕も鎧も……」


 正直言って、このまま戦い続ける事はカイザには不可能。例え攻撃には当らずともマリシャスを速度で抑えつける事が出来たとしても彼は決して勝てずに力尽きる未来しかない。

 【裏技】で今の今まで持たせてきたが後、一分が体力と気力の限界だろう。

  カイザは、目を細めながら目の前で止まった時間に縛られている怪物の群れを見渡す。 そして、おもむろに空を見上げる。

 空はマリシャス達の起こした火災やカイザの戦闘によって発生した煙で覆われ、それに本から来るはずだった雨雲が混ざりあい黒雲となっている。


「だからこそ、出し惜しみはしない!」


 彼は、片手を胸の前に突き出しそれをブンっと払う。それと同時に身を包む鎧が爆発的な推進力を彼に付加する。

 その勢いに身を任せ、闘争本能に従い時間を止めるほどの超速の拳を一番近くに居た個体の顔面にアッパーの形で入れる。

 時が止っている利点を生かし、カイザは次々に別の個体を下から上に殴りつけ続ける。

 もちろん全ての個体を殴る事は出来ないため、比較的に周りに居る個体も巻き込める効率のいいポイントを重点的に狙って拳を放つ。そして、全ての個体が浮き上がると更に上空に高度を上げさせるように

 時が動き出せば、マリシャスはダメージを受けず分裂し更に勢力を増すだろう。不毛にしか見えない作業の果てにカイザは何を見出したのだろうか。


―――――――――黄金の鎧を身にまとったカイザの最後の一撃を喰らった最後の一体が宙に浮かび上がった時、静止していた炎が揺らめき、風が流れ、音が聞こえ、時が動き出した。

 

「グググブ」


 時が動き出すと同時に炎のカーテンにレーザー照射していた怪物達が急に下部から襲いかかった衝撃に逆らう事も出来ず、キィーンとジェット機が加速するような音を発し音速を超え中に跳び上がる。

浮き上がる腹部に置いてきぼりにされた腕や足などが下にグンッと垂れる。あまりの加速に空を飛ぶ小たたちの体が次々に発火してゆく。


 億にも届く数の怪物たちが一斉に中に跳び上がる光景は、花火が一斉に上がるようで爽快である。もちろんその光景を拝む事が出来るものが居るとすれば、カイザの行動によって発生する灼熱と衝撃波によって自身が線香花火のように燃え上がるだろう。

 そうせぬ間に地上一帯を炎が覆い尽くし、空を黒い影が覆う。


「後、もう一踏ん張りですかね」 


 空に打ち上げられたマリシャス達を追うようにカイザが飛ぶ。無数に空に昇る炎に追いつくように進む黄金の輝き、その光景はまさに無数の悪魔に挑む英雄を描いた絵画のようである。


【良い線行ってたが此処までだ】


―――――――空に打ち上げられた一匹のマリシャスが突如、背中から黒い闇を放出することで炎を消し上昇をやめる。


 一匹の行動に感化されるように次から次に背中からの噴射によって空中で停止するマリシャス。

 背中から黒い翼のように見える闇を噴出する様はまごうことなきに悪魔。


「まさか、空まで飛べるとは思いませんでした」 


 すべてのマリシャスが停止、ギョロギョロと大きな目を動かし、今度こそは見失うことはないようにカイザを睨みつける。

 そして、普段は閉じている口を開き、マリシャスはカイザに語りかけた。

 その目には余裕と優越感が漂い、目を見る限りでは彼の悪意は完全なものだった。


【どういうつもりか知らないが悪意の黙認者である俺を相手にここまで好き勝手できたことに対して経緯を払おう。だが、お前のやっていることは結局の話が時間稼ぎ、俺様に勝つことはかなわない】


「おや、急にあなたから話かけられるとは思いもしませんでした。どういう心境の変化です?」

【殺気だけで俺様をビビらせる事が出来るお前の事を見直したってところかな】

「ほお、でも僕の殺気はあなたに力を与えるだけではないのですか?」 


 この時のカイザの挑発混じりの疑問は的を射ていた。カイザが怒りや殺意を抱けば抱くほどマリシャスには逆効果でしかない。

 それを理解しているからこそ、マリシャスは余裕の笑みを浮かべながらお気軽な態度で接する。しかし、マリシャスにはカイザに対する敵意よりももっと別の感情を抱いていた。


【いやいや、俺はお前を高く評価してるんだ。避ける事しか能の無い男だと柊の記憶にあったが……お前はとんでもねぇ。少なくとも柊なんて小物を守ってるなんて宝の持ち腐れだ。悪の体現者の俺様が言うんだ、間違いない】


 それは、単純な興味。目の前の男が武光と同様に悪に墜ちた場合に引き起こされる災厄と絶望が広がる世界がマリシャスのビジョンには映っていた。

 自分が引きこめば、どれほど楽しい事が起こるのか、マリシャスの中はそれ一色だった。 


「あなたに褒められるとは思っていなかった……」 


 カイザの返答にマリシャスは、ケラケラ笑い息を整えたうえで相手を引き込み惑わせる魔声で囁き掛けた。


【お前もコッチ(悪)に来い。このまま続ければお前は完全につぶれる。将来有望な悪の芽を摘んじまうのは俺様でも惜しく思うからな……あの子娘なんぞ見捨てて自分を大切にしたらどうだ?】


 空中で静止しながらマリシャスは、カイザの返答を待つ。数十秒の間、カイザは一言も発しず上空に居るマリシャスを直視している。


「…………」

【…………、何を悩む事がある?】


あまりに長い沈黙にこらえきれなくなったマリシャスが沈黙を破った。

「何も悩んでませんよ。どうすれば角がなくお断りできるか考えていただけです」    


【状況が分かってんだろうな!? 今のお前の優位なんて一瞬でひっくり返るって言ってるんだぞ! くだらない成語の味方の吟味なんかに拘って死にたいのかお前!?】 


「貴方こそ何を勘違いしているんだ? 僕は正義の味方なんてものに命を張ってるんじゃない……彼女の味方である事に命をかけているんだ」


 怒鳴るような声を上げたマリシャスに一切ひるまずに覇気を込めた声で返答する。


「僕は、他のHEROみたいに貴方の誘惑には乗らない。考えうる全ての手段を用いてでも彼女の『敵』である貴方を排除する……覚悟しろ」


 それはカイザからマリシャスに向けられた明確にして絶対の宣戦布告を宣言する。

 完全な拒絶に呆けてしまったマリシャスだが同時にそれが開幕の合図でもあった。


【交渉……決裂ゥウウウ!!!】

「えぇ、いらぬ恩の押し売りは御免です」


 先に仕掛けたのは、マリシャスの群れ。上空から下に居るカイザに目掛けて口から黒い闇を放出する。今までのレーザーやビームなどと違い遅くも面積を攻める攻撃。

 黒い闇は、全方向からカイザを通み込むように広がり、呑み込もうと範囲を広げる。闇に触れれば融解される。

 ダメージを何百倍にも増加する鎧を着て戦っているカイザからすれば掠るだけで即死である。


【闇に呑まれて死ね。くだらねぇHERO】

「一つ教えてあげましょう。あなたが悪のプロフェッショナルなら僕は……回避行動のプロフェッショナルだと言う事を!」


 全方位から闇がドーム状にカイザを包みこんだ時、中からカイザが外に響くほど大きな声と同時に炎に包まれながらドームを突き破るカイザ。

 全身に纏う黄金の鎧に重なるように燃え上がる炎はやがて、鎧のエッジの部分で形を変え、炎の形状を巨大な鳥の形に変える。


【あ!?】


 マリシャス達が異変を察知した時には遅く。黄金の炎に包まれた不死鳥がまさに空を舞い、世界を汚す穢れを静粛なる輝きで払うかの如く縦横無尽に飛び廻る。


「うぉおおおおお!!!」 


 不死鳥の炎を纏った柊のナイトは気高く舞い上がり、炎の熱と力を込めた拳をマリシャスに突き刺す。

 硬質ゴムのような皮膚や骨格の生み出す防御力など……すでに関係無い。


 パンっと乾いた音とともに見えなくなるほど高みに登った怪物。その光景を見ていた別の個体も気が付けば同じ様に虚だな不死鳥によって空高くに強制的に飛ばされる。

 一匹、十匹、百匹、千匹、万匹……ねずみ講式に増殖を続けるマリシャスの増加速度すら遥かに上回る拳による応襲。

 マリシャスに有無も言わせない圧倒的で一方的な攻撃の連打。


(もう、これで終わらせる……だから、死んでも勝つ!)


 肉体の限界を超え、なおも身体を気力のみで動かしてるカイザは、無我夢中で拳を突き出す。数億もの個体が上空に上がった。空に上がった怪物達は、次々に黒い積乱雲に突っ込む。

 そして、前方に一匹だけ残ったマリシャスに全エネルギーをぶつけるため拳を大きく後ろに引きタメを作る。

 その隙を見逃すような愚か物でないマリシャスがすぐに迎撃の用意を始める。


【お前の悪意は、肌に伝わってるぜHERO。だが、俺の悪意に勝てる悪意は、ねえ!】


 背中の噴射口から闇を大量に放出、それで全方位を包みこむ事で闇の殻を作り上げる。だが、仮にも悪の体現者の悪意がこの程度の筈はなく。


【悪が何かを思い知れ!】


 闇の殻で構成された球体に遥か上空に飛ばされたマリシャス達が眼からのレーザーを一斉に照射する。 数億からカイザに殴られた事で増殖した個体+aのエネルギーが一点に集中する。

 そして、レーザーを浴び続けている球体は、その莫大なエネルギーを増幅するレンズの役割を果たしている恐るべき形態であり、増幅されたエネルギーはあろうことかカイザではない方向に発射される。

 発射された方角をカイザが見れば、マリシャスのいやらしい性格が垣間見える。


「僕でなく柊さんに向かって……」


 破壊の光は、真っすぐにカイザが柊を避難させたビルに向けられた。

 だが、カイザは焦る事などなく、一呼吸ついた後に行動に出た。


「予想通り過ぎて捻りが……ない」 


 マリシャスの行動を読んでいたカイザは、背中からの魔力噴射を利用し、素早くレーザーの照射地点に先回りし真っすぐに正面から破壊の光の拳を突き出す。

 質量のある光線に光速以上の速度を誇る拳が正面からぶつかり、拮抗する。

 攻撃を真正面から受け止める様に驚きはしたもののマリシャスは、それならそれでいいとカイザ諸共、柊を殺しにかかる。

 膨大な悪意エネルギーの奔流がカイザを飲み込もうと勢力を強める。攻撃に対して攻撃で応戦してるカイザの鎧の節々に罅が入り始める。迎撃に向かない鎧での迎撃と過度の使用による反動が今、訪れる。


【お前みたいな貧弱のHEROにこの世の悪意が背負えるか!? あぁん? 頼みの綱の鎧もボロボロだぜ英雄!】

「世界の悪意を背負う? 僕は……オレは――――」


 拳を突き出したまま、悪意の濁流に徐々に押され始めるカイザ。

 そんな最中でも彼の声には、弱気な所は無い。むしろ、強い、強過ぎる意志を宿している。

 だが、実際の所は、マリシャスの言うとおり鎧にも限界が近付いておりカイザ自身もすぐに倒れてもおかしくないほどに消耗しきっていた。

 薄れ行く意識、悲鳴を上げる身体、崩れゆく鎧。さらに追い打ちをかけるように悪意の濁流から洩れた人々の悪意が彼の感情を揺さぶらんと精神に語りかける。


――――――限界だろ?


(あぁ) 


――――――ならば諦めるべきだ?


(いいや)


――――――ならば、どうする?


(考えるまでもない。討つ)


 限界を超える身体、朦朧とする意識、間もなく崩壊する鎧。しかし、彼をカイザにたらしめる魂だけは、悪意による汚染でも穢れはしない。

 むしろ、より一層に輝きを増し、強い意志の力となってカイザの背中を後押しした。


「――――世界中の悪意すら敵に回す覚悟はできている。すべては彼女のために!」


 拮抗していた悪意の奔流とカイザとの勝負が大きく動き出す。

 均衡を破ったのは、カイザであり悪意の奔流を二つに裂きながら猛スピードで突き進む。


【莫迦な!】


 その場にある全ての悪意を濃縮し照射した攻撃をもろともせずに眼前に迫ってきた。

 どんな障害にも怯まず、目的に向かい無我夢中で進む……それはまさに英雄、それこそが主人公補正に選ばれたHEROの姿。

 悪の体現者であるが故にマリシャスは目の前のHEROに恐怖を感じた。

 悪意による攻撃では死なない、戦闘において最強ともいえる能力を持ちながらも……いや、持っているからこそ、本当の恐怖を心の底から味わっている。


―――――そう、100年前に天に蔓延る神々に弓引いた時に横から割り込んで自身を封印した天の遣いとであった時と同じように。


【ちっ! 何なんだよお前は!】  


 嫌な記憶を思い出し、激昂するマリシャス。気がついた時には燃える拳は、彼の怪物の顔面に突き刺さるようにめり込み、ぐっと力を込めると同時に天空に打ち放った。

 打ち放たれたマリシャスは、先に打ち上げられていた個体を跳ね退けながら最も高い位置まで飛ぶ。

 空中で何とか闇の放射によって体制を立て直す。 


【くっだが無駄だ。お前の悪意はたっぷり喰った。すぐにお前に全返済してやるよ】

「いいえ、もう終わりました」

【どういう意味だ?】 


 すぐさま攻勢に出ようとした途端、背後から聞こえたカイザの声に動きを止めた。

 その言葉の意味が理解出来ないために 後ろを振り向きながら疑問をぶつける。

「周りを見てみれば分かる」


 背後で力無く浮いているだけの男が周囲を見渡す。それに釣られるように同じく周囲を見渡す。

【なんだ? ただの雲じゃ】  


 マリシャスの言葉を遮るように、黒雲から轟く雷光と腹に響くような雷鳴がカイザとマリシャスの間を駆け抜けた。

突然の雷に言葉を失うマリシャスだが、奴の視線の先では、次から次にゴロゴロと雷鳴が響く。

 空全体を覆う黒雲の全てが雷雲だと気がついた時にはすでに遅い。遠くで静止していたマリシャスの集団に落雷する。  

 落雷が直撃したマリシャス達は、一瞬で皮膚が焼かれ、血液が沸騰し、内臓が破裂する事で爆発する。


【さっきまでこんな雲なかったぞ】

「えぇ、僕が創りました」

【お前にこんな事できる補正は無い筈だろ! 柊の頭には、そんなこと記憶してない】


 マリシャスが怒鳴ると同時に別の個所で雷の犠牲になる個体。自然の現象である雷に悪意は一切ない……つまり、雷によって死んだマリシャスは増殖もしなければパワーアップもしない。

 悪意に対して最強であるマリシャスも悪意を伴わない死は避けようがない。悪の化身である自身の能力を過信したが故に生まれた隙。


「僕個人ではこんな舞台、用意できません。今日の天候は、夕方から雨雲が発生するという情報を持っていた上にあなたが面白半分に周囲に攻撃を仕掛けたせいで火災が発生。それに加えて僕が柊さん達を逃がすために目隠しに地面に描いた炎の壁から発生した煙が巨大な雲を作り出した」


 カイザは、マリシャスに得意気に手品の種を明かしていく。

 もう、マリシャスの勝つ可能性を全てを摘み終えたのだ。


「黒い煙はやがて時間を置いて流れてきた雲と地上との温度差による上昇気流で混ざり暗雲となる。さらに僕は、鎧の超加速で竜巻に匹敵する回転を上空の雲にかけました」


 ピシャーンと眩い光とともに数千のマリシャス達が感電死する。意思を持ったかのように次々にマリシャスに落雷が降り注ぐ。


【雲を作ったからってこう都合よく雷が降り注ぐわけが】

「だから、あらかじめ柊さんには、空に電気を撃ち放っていただきました。さらに回転した雲に含まれた氷晶と水晶で摩擦が発生。摩擦により発生した電気と柊さんの電撃は帯電する。後は、頃合いを見てあなた達を空に打ち上げるだけだったんですよ」 

【雷が命中する確率なんて低い……だから、足掻くフリして、】


「えぇ、これだけの数は、数量と言うより面積です。人にあなたは裁けない。なら天の、いや自然に捌かれるがいい。本当のチェックメイトだ」 

 空中で落下しながら真上に居るマリシャスに向かって酷使した身体に鞭を打って右手の人差し指を突きつける。

 それが合図だったかのように空一面を覆い尽くす黒い絨毯に天空からの雷の雨が降り注ぐ。

 雷から逃れようと飛行する多くの個体の姿があるが、いささか数が増えすぎた。何処に逃げようともマリシャスを一瞬で炭に変える電撃は、次から次に分身に伝電していく。膨大な数の暴力が帰って自分の首を絞める結果につながったのだ。

 さらに噴出する闇で身体を覆う行動に出たマリシャス。しかし、大天害クラスの雷には、紙の如き防御力しかなく無残にも炭に変わる。

 強力な電気は、凄まじい速さで数億のマリシャス全体に広がる。


【て、てめぇは一体なんなんだ!】 


 電撃を避けることも叶わず、電撃を浴びる順番の待つだけになったマリシャスがカイザに向かって声を上げる。


「ふっ、そういえば名乗ってませんね。僕は……カイザ、カイザ=ガブリエル」

【……】

 カイザが名乗った時、マリシャスは少しだけ口を開け呆ける。呆けた瞬間は一瞬で瞬きする頃には、歯を食いしばって最後の声を上げる。  

【また邪魔するのか、ガブリエルーーーーーーーーーー!!!!!!!!うぐああああああああ】


 カイザの目の前で最後のマリシャスが電撃に焼かれ、徐々に型が崩れていく。

「ふっ」 

 電撃は、マリシャスの真下に居るカイザにも襲いかかる。悪意の無い現象には、見境も無いのである。

 だが、カイザには回避があり、雷を直撃寸前で光速移動によって掠ることもなく雷雲の範囲外に逃げのびる。


 ふと、カイザが背後に目をやった時、その眼に映ったのは空一面を埋めつくすマリシャス達が燃えた炎と雷神の怒りのような猛烈な雷の降り注ぐ光景のみだ。

 すでに雷の網をかいくぐり安全圏に逃げ延びたカイザだが、安全圏にたどり着いた途端に全身に力が入らなくなり目の前が真っ暗になる。

「え」

(しまった……)


 身体が動かなくなると同時に落下する感覚にカイザは、すべてを悟った。

 戦闘が終わって張っていた気が緩んだ拍子に酷使していた気力と体力のリバウンドが一遍に訪れ、さらに鳳凰の鎧も限界を迎え強制的に解除。つまり飛行能力まで失ったのだ。


(どれくらいの高度で飛んでたっけ……)


 ヒューっと頭から落下しているのは分かるが指一本動かせない。すでに脳と身体が切り離されている感覚とこのまま落下すれば死ぬと言う恐怖が彼に降り掛かる。

 カイザの回避を持ってしても自分の意思でのアクションによる障害は回避できない。つまり、このまま落下したとしても直撃を回避できない。


(詰んだ……冗談抜きで、柊さんとの契約も果たしてしまったから起死回生のチャンスも無い)


 落下しながら尋常じゃない冷や汗と顔色の悪さから彼を見た人がいれば、どれだけ追い込まれているのかが一目でわかる。


(バッド エンデゥ! 神話の怪物倒したのに、ガス欠でグシャリ……)


 もう駄目だと主人公にあるまじき最後に絶望し、走馬灯を見かけたその時。


「お前は……少し見なおした途端、これだな」 

「え?」


 急に身体が温かい何かに抱きしめられ耳元に聞き覚えのある声がする。後頭部と背中に手を回され、しっかりと固定されているのが肌の感触で理解できた。


「もしものために残しておいた転移が役に立った。……吐かないでね」

(は、い) 


 その声が柊のものだと分かった時、カイザの意識が飛んだ。それと同時にブォンと言う音と共に柊とカイザの姿が空中から消える。

 この時、ようやく一つの戦いが幕を閉じた。





ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


 地下水道。天井には大きな穴が開き地下ながらも開放的な場所となっている。

 少し前まで柊やカイザ達が閉じ込められていた場所、そこに一匹の瀕死な怪物が居た。


【アア、アアア……】


 全身が焼け爛れ、体中の血液が蒸発しつつも僅かにだがマリシャスは生きていた。 

 雷に打たれても奇跡的に生き残った一体は、柊達の居た地下水道に墜落し、地を這うことで息ながらえようとしていた。

 少しでもこの場所を離れ、傷を癒し、カイザに復讐する。マリシャスの頭にはそれ以外の考えがなかった。

【あ…?】


 ずりずりと巨体を引き摺る怪物の嗅覚が生々しい血の臭いを感じ取り、その方向を見る。


【ウグバアあああ】


 目線を血の臭いのする方向に向けた直後、マリシャスの眼には、焼け爛れボロボロと崩れそうな【右腕】が飛びかかってきた。  

 比喩でもなんでも無く、まさに文字通りに小さい右腕だけがマリシャスに襲いかかっている。

 マリシャスの記憶と生命は此処で尽きた。



―――――――マリシャスが復活してわずか18時間を持って一人の少女を守護する主人公によって野望はあえなく絶たれた。皮肉にも100年後の現在でマリシャスを倒した人物は、100年前にマリシャスを封印した「神の人」と同じ【ガブリエル】の名を持つ存在だった。

 これが運命か偶然かは、定かではないが世界の危機は去り、再び平和が訪れた―――――――――――――――――――――――――――――――――とは言えない。


 マリシャスの単体は、死んでも復活した際に空に昇った黒い闇、純粋で濃密度の悪意は世界中に蔓延する形となった。


―――――とある祠では、封印が弱まり社から邪悪な気が漏れ出す。


―――――また別の国では、産まれるはずのなかった細菌が当然変異によって発生。


―――――悪の波動が世界に巻かれた時、繋がるはずのない異世界への扉が突如開き、そこから招かれざる客が地上に足を下ろす。


―――――宇宙の何万光年も離れた銀河の遥か彼方で獰猛で肉食な地球外生命体が第三惑星に信号を察知。 


 この世界中で旧世代の悪が目覚めた事による二次的な被害が次から次に起こり破滅の火種が広がっていく。

 だが、今だけは平和と言えるだろう。

 どんな被害がこの先起ころうとも、主人公が悪に勝ち、囚われたヒロインは救われたのだから……。

 死者4000人、重軽症者20000人。

 多大な被害があった本事件の記録を此処に示す。


 追記、この事件と深く関わった悪。【小早川 柊】と世界を救った英雄【カイザ=ガブリエル】の消息は不明。我々、総本部は小早川柊が悪としてレベルが大幅に上がったと見て彼女の居た痕跡のある地下水を捜索した所、ミイラのように枯れたマリシャスの死体と途中で途切れている赤子のような足跡だけが残っており小早川柊だけでなく別の脅威が生まれた可能性も含めて捜査中。


 以上をもってこの事件、天輪事件の記録を終了する。

 記録者 ヘックス=チェックメイト 


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