悪の手下なんて認めない
「ちょこまかと逃げていては、俺には勝てないぞ!」
「自分より強い相手に正面からぶつかれるか馬鹿!」
カイザと武光は、互いに攻撃を繰り出しながら敵の攻撃を全て躱す。カイザは能力で回避しているが武光は、反射神経のみで飛び交う光弾を躱す。
お互いに一撃もらえばゲームセットの死闘の中、激しく動き相手の隙を探る。途中でバテ始めたカイザが回避の最中にシャーロットの銃を落してしまう。
そんな、攻防がもう、数十分と続けられカイザは、息が切れ肩が激しく上下している。対する武光は、強大なパワーを持ってしても目の前のヒョロヒョロな男を倒せない事に苛立ちを感じ床を激しく殴りつける。
ビュゥウウと風が吹き砂埃が宙に舞う。
「なぜ、なぜお前を倒せない!!この力はありとあらゆるものを越える力じゃないのか……」
「……ぶっちゃけ、あなたの方が僕の数十倍強いですよ」
砂埃の舞い上がった場所、多くのビルが倒壊し残骸が盛り上がった瓦礫山の上で銀色の鎧を纏い拳を突き出している人物。
その名を阿剛 武光。
おなじく瓦礫の山の上で武光の拳を同じく、片手で受け止めているカイザの姿…、受け止めている右腕から出血があり…拳を受けている掌は血まみれで、指は全てあらぬ方向に沿っていた。
そして、2人が立っている瓦礫の山の周辺には、激しい抗争の結果敗北し地面に倒れ込む大勢の英雄達が無残な姿で倒れている。
「これでは、まだ足りない……もっとだもっと。俺の求める正義のために――!」
「……あなたも正義を掲げる口ですか……あなたの正義とやらがどんなものか知りませんがね……僕からしたらくだらないの一言です。竜華さんを傷つけなきゃいけない正義なんてね…。ごたくはもう良いんで…それ返せ、お前には過ぎた物だ」
速すぎて摩擦熱により発火した拳。
腕時計の機械からでる蒼いエネルギーのみなぎった拳。
互いが互いに向かって突き出される。
次の瞬間に爆風が発生し、砂埃がまわり全ての視界を覆った。
「ごふっ……」
「冗談でしょ……?」
砂埃が火災の熱風で晴れていくと二人の男の拳はお互いにヒットせず、互いに腕を伸ばしたまま止まる。なぜ、拳が届かないかと言えば二人の腹部を貫通している硬質で鋭利な骨が二人の距離を開け、互いの攻撃を無力化する。二人が口から血を吐くと同時に強引に白い鋭利な骨が二人の体から抜かれ、衝撃で二人の身体は中に投げだされる。
武光の鎧は、背後から腹部まで貫かれ、鎧の特性から倍増されたダメージが武光の傷をさらに深く深刻な重症に変える。再生能力を持つ頑丈さが彼の補正でも受けたダメージをカバーする事は出来ずに鎧は強制解除の末、武光の肉体は地面に伏せる。
一方、カイザ=ガブリエルはと言うと、武光の身体が必殺の一撃をほとんど受け止めたため、刃は貫通せず脇腹に少し刺さる程度ですんだ。しかし、特殊な回復方法がないカイザにとっては重症以外の何物でもない。放り投げられ地面に打ち付けられた際に吐血までした。
「今の攻撃……避けられなかっただと?」
自分の傷口に手を当て、出血があるのを確認する。動けない程ではないが、先程の打ち身の方が酷く身体を起こすのも嫌になる。
身体の痛みもそうだが、避けられない攻撃の解明に神経を集中する。あの時、カイザの思い描いた勝利のイメージは、相手の拳を回避した上でボディーブローを打ち込むといった単純なもの。
だがしかし、いつでも避ける設定であったのに不意の一撃を喰らうというのがいただけない。自惚れではないが、自分が避けるつもりで攻撃を喰らうことは稀。なら、自分に攻撃を当てたあの骨は何なのだろうか?
そう思い、攻撃が来たであろう方向に視線を向けると同時にカイザは、眼が点になる。
「デカッ!」
カイザの視線の先にあったのは、体長5M前後の巨大な骨の外郭に包まれ巨大な角を持つ蛇のような骨の尻尾を持つ化け物。体中に鋭利な突起した骨があり殺傷能力の高さが伺える。
そして、自分と傍に倒れている男を刺したであろう白い刃は怪物の尻尾の先端だったらしい。ブンブンと血塗れの尻尾を振り回している光景が目に入り注視しているとブンと勢いよく自分に向かって先端が向かってくる。
「くそっ」
さすがに不意打ちとは言えない攻撃に、カイザは回避を使わずともすぐに上体を起こし前に跳ぶことで躱す。傷口と打撲した個所が痛むが、自分の居た場所を振り返ってみれば気にしていられない。
カイザの居た場所を正確に貫いた尻尾は、崩れたビルの瓦礫を綺麗に砕き大穴をあけていた。
「きゃー!」
「カイザちん助けてーー!」
声が聞こえ、振り返った先には、巨大な骨の怪物の大きな手に襲われる竜華とシャーロットの姿がある。どうにか二人で走りながら遅いくる怪物を躱してはいるものの、障害物もなにもない場所で子供の足で器物から逃げ切るのには限界がある。仮に障害物があろうと尻尾の感通力の前では、無意味な可能性がある。
「今すぐ行く!」
痛む脇腹を押えながら、カイザは二人に届くように声を張り上げる。ちょうど、逃げる二人を追うために怪物が尻尾を戻そうとしたのでそれに掴まる。
どうやら、前でチョロチョロする竜華とシャーロットに気を取られてるのか尻尾に掴まっているカイザに気が付かない。
ただ、尻尾を激しく動かすので掴まるだけでも一苦労している。人間の腕力では掴まっていられないので 腕時計形状のパワードスーツを腕に装着して何とか掴まりながら尻尾を這い上がるように移動する。
「!!!!!!!!!!!------!!!」
骨の怪物がちょこまか動く二人に興奮して大きな雄たけびを上げる。それは、尻尾に掴まっていたカイザの耳にも直撃しあまりの音の大きさに耳を塞ぎそうになるが、耳を塞ぐと振り落とされるので歯を食いしばり耐える。怪物の中身は、怪力の割に空洞なのか声が良く響く。
カイザがそう思った時、怪物と怪物に掴まっている自分の周りの空間が歪むのが一瞬だけ目に入る。
「うぎゃー瞬間移動!」
「ワープした!」
さっきまで後ろ姿しか見えなかった二人をいつの間にか正面から捉えている状態にカイザは驚きを隠せない。悲鳴を上げたシャーロットと竜華の解答がまさに答えだろう。
この巨大な怪物は、瞬間移動によって二人の前に移動した……自分を巻き添えに。
二人を前にした事で化物の尻尾の動きが収まる。
「よっし」
尻尾の突起物に足を掛け、強化した腕力と脚力で一気に跳び上がる。思ったよりも飛距離が出たため、カイザの身体は、怪物の頭部前に跳び出す。
空中で身体をひねる事で胸を怪物に向け、遠心力でさらに威力の上がった渾身の拳を怪物に振るう。
ガンっという響きのいい音が怪物の頭部から中の空洞を通って響く。そして、もう突進していた怪物は脳しんとうを起こしたのか大きくのけ反り地面に横たわる。
カイザらしくない攻撃力だが、もちろんそんな攻撃を仕掛けたカイザも拳を抑えて表情を苦くしている。
腕時計型の小型スーツを装着し強化された拳から血が滴り落ちる。殴った怪物が思っていた以上に硬質な骨格に覆われていたために起こった弊害である。
「お二人ともご無事で何より、さぁ立てますか?」
血が流れる拳を庇いながらも腰を抜かしておびえている二人に優しく声をかける。二人に手を貸し、なんとか立ち上がらせるが両方とも走りつかれたのか息切れをしながら肩が上下している。
「こわかった~うわぁああんうわぁああああん!」
「……カイザさん、武ちゃんは?」
泣きべそをかくシャーロットと震えながらも幼馴染みの身を案じている竜華。
「さぁ彼の補正の度合いにもよるでしょうが、僕ですら生きてるんだから大丈夫だと思いますよ……らぶん、息はしてまいたし。ただ、あなたには彼を治さないでほしい、彼がどういう事情にせよ悪に墜ちている事実がありますし、後ろの怪物の相手で精一杯なので心苦しいでしょうが耐えてください」
背後で気がついた怪物が雄たけびを上げながら、立ち上がる。そのおぞましい巨体が起き上る様は、一気に3人の気力をそぎ落とす。
すぐにカイザは、二人に下がるように言い聞かせ、瓦礫の中から手頃な鉄パイプを掴み、化け物に構える。すでに腕時計型の装置からエネルギーを受けて青く輝く。
「もうちょっと寝てて欲しかったんだけどな」
カイザが完全に戦闘態勢に入り、メガネを自分で外す。
(これで瞬間移動だろうが目で追える)
「ッァアアア!」
怪物が大きく腕を振り回し、瓦礫を押しのけながらもう突進してくる。それに対してカイザは、瓦礫の中でもなるべく平らな場所を素早く駆け、怪物に向かって跳び上がる。
「もう一度、同じ所を狙えば!」
突進に突進してくるカイザに尻尾を横に振るう事で、カイザの身体を薙ぎ払おうとした。だが、メガネを外し肉弾で物を捉えようとしているカイザは、発射された弾丸を見てとれるほど感覚が鋭くなる。
目を傷めるため時間制限はあるものの、単に振り回されただけの尻尾は止まって見え、軽く身を逸らす事で回避する。
そして、空中で怪物の頭部、先程殴り微かに罅の入った部分に強化した鉄パイプを振り下ろす。ビキビキといった音と確かな手ごたえにカイザはほくそ笑む。
だが、自分の攻撃を受けて怪物の頭部の一部が崩れ落ちた時、怪物の内部を見てカイザの笑みは、一気に驚愕となり顔は青ざめた。
巨大な骸骨の陥没した部分から中を覗くと、中は空洞で中心の位置には、見覚えのある褐色の肌を持った少女が目から血を流しながら衣服も纏わずに怪物と一体化していた。
少女とは、カイザが探していた人物、小早川柊その人である。柊は、怪物の中で目から閉鎖的な骸骨の内部を自身の腰まで浸かるほど血の涙を流している。頭部にあった二本の角も肥大化し、それが怪物と一体化している……いや、この怪物の正体こそが彼女の角が変形した姿であるのなら、先程の瞬間移動にも説明がつく。
「柊さん!」
カイザは、怪物の頭部に掴まり、柊に呼び掛ける。だが、柊は反応しない。二人の距離は3Mも離れていないのにカイザ=ガブリエルの声は、小早川柊の耳には届かない、もしくわ聞こえてはいるが、柊の心まで届いてない。
すると怪物が急にカイザを振り落とそうと空高くに蛇が相手に噛みつく時のように身体を撓らせ一気に跳び上がる。
ガクンとカイザの身体がGで怪物の頭部の表面に張り付く。非常に不味い状況にカイザは、慌てて怪物の頭部に開いた穴に落っこちる。
ドプンと血の池に落ちるカイザ、真っ白だったコートは、血を吸いこみ赤黒く染まる。鉄分の強烈な臭いに顔をしかめながら目の周りの拭っていると柊から声が聞こえる.
「……ごめんなさい……ごめんなさい、殺さないで……やめて。私は、嫌。こないで……こないでーーーーー!!!!!!」
柊が大声を上げると、彼女の声がまるでトンネルのような構造の化け物体内に反響し、非常に大きな咆哮へと変わる。この時、カイザの脳内で疑問のほとんどが解決した。回避の発動しない怪物、瞬間移動をする怪物、その正体が彼女であれば、納得をせずにはいられない。
(まさか、さっきまでの咆哮全部柊さんの悲鳴だったのか。それにしてもこれは……悪化か。ん?)
先程まで跳び上がっていた怪物が重力に引き寄せられ、落下を始める。非常に高度まで跳び上がっていたのか落下の際、フリーフォールやジェットコースターに乗った時のような、ふわっとする感覚に襲われる。
浮き上がりそうになるのを何とか鉄パイプで天上?を突く事で防ぎ柊に手を伸ばす。
「触るな!」
伸ばされたカイザの手を柊は、容赦なく叩き落とす。華奢な少女の細腕からでは、想像もできないような力で叩かれたカイザの手は、赤く腫れる。痛みに顔を歪めそうになるが気を張りながらもう一度、柊に手を伸ばす。
「私は、私は……守ろうとしたのに! 守れなかった……ごめんなさいごめんなさい、あ」
ずっと血の涙を流しながら何かに襲われているかのように取り乱し続ける柊、あきらかに様子のおかしい柊をカイザは、胸に抱き寄せる。優しく後頭部に手を添えもう片方の腕で彼女の華奢な身体を抱き寄せる。
落下するか物の体内、血の池のど真ん中で抱きしめられる柊と抱き締め目を瞑るカイザ。
「あなたの身に何が起こったのかは知りません、けどもう大丈夫。僕が必ずあなたを助けます」
それは、柊を安心させたいと思っていった言葉というだけでなく、己の中で決意を証明し覚悟を決めるための暗示。
カイザが柊に助けると宣言した時には、巨大な怪物となった柊の身体は、もう地面のすぐそばまで落下していた。
このまま落ちれば、柊はともかく自分は死んでしまうのでカイザは、柊から離れ怪物の頭部に開けた風穴から落下と同時に跳び上がる。
落下するエレベータの中でジャンプしても結局は床に叩きつけられてしまうが、強化アイテムである腕時計を足に付け替える事で人間離れした跳躍により無事に頭部から脱出する。
地面に身体を打ちつけた怪物は、痛みなど感じていないようにすぐに身体を持ち上げ、カイザを睨むかのように制止する。動かない、それに骨だけなので目がないにもかかわらずカイザの身体を硬直させる視線。
怪物と白髪の男が睨みあったまま、一歩たりとも動かない光景は誠に奇異である。
すると突如、怪物が何かに気がついたかのように頭を垂れる。
「柊さん?」
「へぇ、お前が柊の頭の中にあったHEROか。名前なんて言ったっけな?」
怪物が頭を垂れた方向に目線を向けると、そこには、目元に紫の文様がある青年が自身の後ろに立っていた。 見た目はただの高校生か中学生程度の青年。しかし、その顔に浮かぶ笑みには、だれしもが寒気を感じ思わず恐怖を抱いてしまう……ある意味、悪のカリスマと言える空気を醸し出している。
その青年が目に入ると同時にカイザは、相手が誰か確認するより先に手に握っていた鉄パイプを振るう。
風を斬りながら青年の頭を捉えていたはずの鉄パイプは、青年の頭部に当たる前に青年から溢れ出した黒い煙状のものに両断される。
「!」
黒い煙は、鉄パイプを両断した勢いでカイザに襲いかかる。回避が今回は発動したために、屈んだ後に後ろにバック転で距離を取り、足元に向かってきた煙は上に跳んで躱す。
なんとか攻撃を回避し距離をとったカイザ。
「いきなり襲ってくるとかHEROとしてど~なのよ、そこんとこ?」
カイザを襲った黒い煙は、ある程度の距離を取ると再び青年の周囲に集まり、漂う。まるでカイザが近付けばすぐにでも襲うと言ったように蠢く。
「こういうタイミングとこう言う場所で現れる人物って大抵が黒幕って相場が決まってるので」
目の前の得体の知れない存在に恐怖を感じつつも、柊の姿に関連のありそうな人物に警戒を緩めない。
青年から目線を離し、周囲を見渡す。先程の火災のあった瓦礫の山の上ではなく、室内。それも何処か宗教性を感じさせる建物の内部に居る事がカイザに分かった。
天上には大きな穴が開いており、青年の背後の巨大な水晶のような物体から黒い煙が噴き出し続けていた。
「まぁ間違ってないから文句は言えねぇわ」
「よかった、安心しました。ムカつく面を見てつい思わず殺そうとした行動に正当性ができて」
「言うね~。お互い初見のはずなのにズケズケとよくもまぁ」
「戦闘力で勝てそうにないので、口頭で勝っておこうかと思いまして」
「お前、悪意に対して喧嘩売るってぶっ飛んでるね」
「柊さんがあの姿になった原因は、あなただと認識してよろしいですか?」
「おうよ、柊の奴は、死ぬまで利用してやるつもりで俺の眷属にしたぜ。あいつは優秀な能力と有能なほど弱い心を持ってるからな。利用しない手はねぇよ」
「ほう、言いたい放題言いますね。柊さんはそれを望んだんですか?」
「いんや」
お互いがお互いを意識しつつ、毒素の高い会話を繰り広げている間に、柊が化けた怪物の欠けた頭部が自己再生していき、最終的に柊の姿が骨に覆われ目視できなくなる。
そのことに若干の焦りを感じる。柊の再生能力は前々から知っていたが、自分が耐えた痛手がああも簡単に回復されるのでは目の前の相手と同時に柊の相手をしなくてはいけないからである。
「状況は、僕が圧倒的に不利ですね……さてさて、どうしたものか」
「偉く余裕そうな態度だな、俺様が柊をお前にけしかけるだけで、お前さん死ぬと思うよ?」
「大丈夫、柊さんをスルーしながら、あなたを殺せばいい」
前に自分、後ろに柊と囲まれた状況で、恐怖や苦痛を感じてはいるが一度たりとも『負ける』や『逃げよう』などという自分好みの悪感情を抱かない事に苛立ちを感じる目の下に文様のある悪のカリスマ。
一方、先程の武光との戦闘での体力の消耗、そして、柊が変化したであろう姿にお見舞いされた尻尾での刺撃による出血がそろそろカイザの意識を奪う一歩手前まで彼を追い込んでいるが、表情にそれをあらわさない。
否、弱みを少しでも見せてはいかないと本能的に悟っているのだ。
「ふぅ~……っ!」
青年の問に対して、一呼吸置いた後にカイザは駆け出す。装置で強化すらしていない人間の脚力だが、数メートルも離れていない相手の隙をついて迫るだけなら容易なこととカイザは、足に力を込め強く地面を蹴り続ける。手にある武器は、先端部分を黒い煙に消化された短い金属のパイプ、この一本で青年を殺ろしてしまおうと彼に迷いは無かった。
柊の心をあろうことか自分の玩具のように扱う悪を相手に手加減や慈悲は不要。人間である自分に与えられたチャンスは1回か2回だろう。腕時計型の強化装置のエネルギーもそろそろ尽きかけているので此処で決めたい。そう願うカイザ。
「おっと、やれ柊」
「ーーーーーー!!!!」
青年の命令通り、巨大な怪物の姿となった柊が大きく跳躍し、先端が鋭利な尾を大きくしならせた後に、カイザに向かって突き刺す。
さらに前から、青年を包みこんでいた黒い霧が意思を持ったかのように取り囲むようにカイザに襲いかかる。全方向からの一斉攻撃、おそらくどれか一つでも当ればカイザの命など簡単に散ってしまう。
絶望的な状況下に置かれながらもカイザの脳裏に『敗北』の二文字は存在しなかった。
「フッ」
ふとカイザの口角の端が僅かに釣り上がるのが青年の目に入る。自分が操作する悪意の瘴気と必殺の一撃が同時に襲いかかっているのに動じず笑みすら浮かべる目の前の男に青年は、一瞬だけだが過去の人物とカイザを重ね見た。
その一瞬の呆けが、カイザに攻撃のチャンスを与えた。
自分に向かってくる柊の尻尾に対してカイザの取る行動張った一つ。青年に向かって走っている状態から、一気に斜め後ろにジャンプした。
当然、走っている速度を殺しきる事は出来ないが身体を捻る事で、速度を回転力として利用し背後に迫った一撃必殺の刺撃を回避しつつ、前方から迫る霧状の物体とも距離を取る。
突然、獲物が避けたため尻尾の攻撃は外れるしかなかったが、必殺の勢いを即座に殺す事など出来ず尖った鋭利な先端は、本来とは違うターゲットへと直進する。
「ばかぅあああなぁあああ」
一瞬反応の遅れた青年は、黒い霧で柊の尻尾を受け止めようとするが間に合うはずはなく。黒い霧が動く前に鋭利な槍のような先端が青年の肌を! 肉を! 血管を! 臓器をも貫通し、黒幕であろう存在を貫いた。
青年の身体は大きく揺れ、怪力から繰り出された一撃に振り回され、重力に従いズブズブと尻尾の先端から中間地点まで沈み込む。
「ぐは」
思わぬ一撃に大量の吐血をする青年、しかし、青年の口や傷口からあふれる血は、血液と言うには余りにも黒々しく瘴気を放っている。ほとんどが予想外。
柊を操る過程で、青年は柊の過去をある程度まで理解し、それを利用して彼女を深い底の無い悪意の沼に突き落とした。
彼女の過去を知る上で、カイザの存在や強さを把握し、彼と言う存在が来る事はHEROという時点で予期し手玉にとる予定だったのだ。
そのため、あえて自分に向かってきた中で漬け込む隙の多い心を持ったHEROの武光を結界の中に招き入れ、心を折った後に誑かす事で利用する。
彼をカイザにけしかけた事で、カイザを倒せればそれでよし、倒せないのならお互いに消耗させてから柊に始末させる手筈だった。
しかし、思惑とは大きく違い大した消耗もなくカイザは、柊をも相手取り、さらには自分と対峙しても勇敢に挑んでくる。
「ね、簡単でしょ」
自分の様子を見て勝機を確信したのかカイザは、青年に対して息切れをしながらも余裕の笑みでそう言う。確かに完全に虚をつかれ、無様な姿をさらしている自分を見れば誰であろうと得意気になるだろう。
「たけみつじゃ、本当に力不足みたいだな。弱い割に修羅場を潜ってるのか……柊の情報が少ないな」
「先程から思っていたのですが……彼女は、あなたのものではない。いい加減不愉快だ」
「そうかよ、だがコイツは俺の玩具だ。俺がどう言おうが俺の自由」
青年は、あえてカイザを刺激する発言を選ぶ。本来ならこんな回りくどい挑発をしなくとも自分が優位に立てるはずだった。自分を成長させ力を取り戻すために明確な悪意が必要となる。
常に相手より強くなれる破格の鎧、それに身を包んだ武光が青年を倒せなかった訳は、この理由にある。
青年の姿を取っている化け物の本質に答えがあったのだ。
「だまれ」
悪意の籠った挑発に乗り、手に持った短くも先の鋭く尖ったパイプを投降し、青年の喉を突き刺した。
カイザという人間の怒りの籠った一撃は、腹部を柊に貫かれている状態の青年に追い打ちをかける形でクリーンヒット。
喉に刺さったパイプから多量の血が零れ落ち、青年は息をする事すらまなならなくなる。パクパクと苦しそうに口を動かす青年、しかし声は出ずコヒューとかすれた音が微かに口とパイプから洩れるのみ。
「あっ……こ……ふ」
苦しい、痛い、寒い、怖い……だが、この苦痛が必要だった。
自分を攻撃した男の凍えるような視線の中、心の奥底では何もかも飲み込みながら燃え上がるドス黒い明確な自分に対する……『悪意』。
悪意が今、攻撃と言う完全な形として自分に振りかかった……これが笑わずにいられるか? 否、俺にはできない。
「っ」
カイザは、瀕死の青年が見た事もないような良い笑みを浮かべている姿を見て、全身に鳥肌が立ち、冷や汗が吹き出した。顔は青ざめ、膝が先ほどまでと違いガクガクと震えだす。
それくらいに強い悪意がごく自然に青年から発せられた。
「まずい」と自覚した時、既に視界全てが黒に染まり、その場に存在する色は、己と操り主を刺した事で動きが完全に止まった柊の変化した姿のみである。
あたりを見渡すと彼らの背後にあったはずの大きなクリスタルが、黒く染まると同時に砕け散り柊とカイザに飛来する。
「ちっ」
「ーーーーーー!!」
あまりに早い勢いで飛んで来たために柊は避けられず、その巨大な身体に幾つもの破片を喰らい巨体が吹っ飛ぶ。クリスタルの破片は鋭利で硬度だったためか全身骨に覆われた柊の鎧並な骨格を貫き壁に縫い付ける。
その光景を見ていたカイザにも破片が飛来する、だが回避の補正を持つ彼は無意識にすべての破片を回避し、柊に元に駆け寄る。
「柊さん! 大丈夫ですか!」
ぐったりとしたまま、動かない柊。大きな声で彼が呼びかけると意識を少しだけ取り戻したかのように尻尾を大きく振り上げカイザの頭上目掛けてふりおろす。
ズドンと地響きと砂煙が上がり、崩れかけていた天上が崩れ落ち、変化している柊ごとカイザを潰す。
その天上の崩落に連鎖反応を起こし、火災でもろくなった神殿が原形を保つ事が出来ずに次々に崩落し、最終的にクリスタルの存在した一点を除き、神殿は完全に崩壊した。
――――――――――神殿が完全に崩れ、砂煙が舞い上がり、砂煙が晴れた数分後。
瓦礫の山、そのなかで唯一瓦礫に埋もれて居ない安全地帯に、ある一つの影が居た。




