八歳の心は凛々しく
しっかり抱きしめた体から伝わる暖かい熱に、私は平常心を取り戻していた。彼女にあれを見られたときからいつか、伝えなければいけないということはわかっていた。だが、わかっていても言えなかった。伝えられなかった。その顔が恐怖と嫌悪にゆがむのを見たくなかったからだ。……いや、違う。ただ忘れたかっただけだったのだろう。心に潜む嘘を。
自分の抱いていた思いを吐ききるかのようにすべてを告げた相手の少女はどんな顔をしているだろう。
それを見るのが怖くて、私は顔を上げられないままだった。
いったいどれほどの間そうしていたのか、いつの間にか空をうっすらと紺色の闇が覆い始めていた。
「魔王……」
かすれた声で呟かれたその単語に思わずはっと胸の中の少女を思う。
「ねぇ、教えておばあちゃん。……私はいったい何なの?」
その言葉に秘められた固い決意を感じ取り、私は無意識に小さく震えて息を吐く。そしてこの数時間、見るのが恐ろしかった少女の表情をおそるおそる見つめた。
「……っ」
自らの運命を受け入れる覚悟を決めたその顔は誰よりも凛々しく、誰よりも強い思いを秘めた漆黒の瞳はまっすぐに私の目を貫く。
あぁ、この子は自分の道を自分で決めたのだ。そう思うと喜ばしくもあり、そして――――
悲しくもあった。
そんな私の思いを知ってか知らずか、魔王の少女はまた小さくその唇を動かす。
「私は自分の道は自分で決める。だから教えて、おばあちゃん。私は何なのかを」
本来ならばまだ親に甘えていてもおかしくないほどの幼さだ。だが、その言葉からは普通の同い年の少女たちは決して持っていないであろう強い『意思』を感じた。
もう私に彼女を止める権利はない
そう悟った私は重い心を奮わせて静かに、秘めていた嘘を告げる。
「フィンラ、貴女に言った『魔王』という言葉だけどそれは実際は違うの。貴女のことを一言で表すと、それは『漆黒の魔に愛された人間』に他ならないの。この世界に『魔』と呼ばれる『魔術』の手助けをしてくれるまぁ、精霊みたいな存在があるの。十四種類に分けられた『魔』たちには階級みたいなものがあってね。そのなかでも一番の力を持っているのが『魔の王』……。だから本来ならば彼らが魔王と呼ばれるべきなのだけど。それぞれの『魔の王』にはちょっと変わった特性があってね」
聞きなれない単語が並んだせいだろう、少女は軽く混乱した様子ではあったがそれでも話を聞くのをやめる気はないようだった。ふぅっ、と軽く息を吐き一度とめた説明をまた再開する。
「それは、『一人の人間を愛する』こと。それはその人間が生まれる前、その魂を愛の証とする。そして生まれた『愛された人間』はその『魔の王』がつかさどる色と純粋なまでに同じ色の髪と瞳を持って生まれる」
昔の口調に戻っていることを感じながらも私はそれを直そうとはしなかった。私の説明がひと段落着いたと感じたのだろう、フィンラが小さく呟いた。
「つまり、私は『漆黒の魔に愛された人間』っていうこと……?」
呆然と呟かれたその言葉に私はただ黙ってうなずくことしかできなかった。
「そう、その十四人の誰かの中の一人であるだけなのに、いったいなぜなのかこの世界では『黒』が恐怖と憎悪の対象となっている。そして誰が言ったのか、『黒は魔王だ』と。それからこの世界では『黒』が迫害されるようになった……。この村では誰一人として気にすることなんてないのだけれど」
長い説明を終えると、私はようやく心が軽くなったのを感じた。それは心に秘めていた嘘をいえたせいか、それとも……。
やめよう、今そんなことを考えても何も変わりはしないのだから。
と、ずっと何かを思案するように顔を俯けていたフィンラが静かに言う。
「今の説明、わからなかったことは多いけど一つだけいえることが在る」
凛々しい顔立ちでいた少女はふっと表情をゆるめると、口元に微笑を浮かべて私を視る。
「私は私だよ、おばあちゃん。『魔王』なんて関係ない。ここでこうして大切な家族といれればそれでいいの」
あまりにも純粋で優しいその言葉にしかし、だからこそ小さく心が震える。
あぁ、なぜそんな純粋な願いもかなえられないのだ。
「でも」
あまりの悲しみにわずかに顔を俯けていた私の耳に一つの凛とした声が響く。
「そんな願い、叶わないこともわかってる。だから教えて、大切な人を守るための力を」
重大で大きな決断。それをこの歳でするのはどんなに辛かっただろう。それでも、少女は決断した。自らの力ですべてを『守る』ことを。
「……わかったわ」
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本当はすごく怖かった。自分が普通だと思ってたのに、違ったなんて。周りの皆はすごく優しくてそんなこと全然わからなかったから、気づかなかった。けど、もうそれじゃ駄目なんだ。私のせいで皆が悲しむのなら、私が皆を守らなきゃいけない。普通の子でいたかったけど、それはもう叶わぬ願い。ならば私はその力でとことんそのなんでもない願いを守ってやる。そう決めたから、だからおばあちゃんにいえたんだ。
教えて、と。
わかった、と。そういったおばあちゃんの目はとても悲しそうだった。ごめんね、と心の中で謝りながらも決して私は後悔はしていなかった。だってそうだよね?
大切な人を守るために振るう力は決して罪ではない
私はそう信じてるから。
今ならわかる。あの光の正体も、甘い香りの訳も。まるで誰かが私の中にいるかのように次々と謎が理解できる。あれは『魔』だ。光も声も『魔』のものだ。甘い香りもその一部。あれは多分『魔力』の香り。それは普通の人は感じ得ない香りなのだろう。でも私は感じる。これが『私』の証。だからきっとおばあちゃんは、あの光を見られたときにあの話を私に明かしたのだろう。
……コルティス、貴方はこのことを知ってるの?
わずかな時の間に多くを悟った私の胸に、静かな疑問が波紋を残した。
またしても10日間ギリギリ……。今更ですが自分に期限決めなかったらどうなってたんだろう。
一人称って難しい……。最近三人称ばかりでなかなか書いていなかったら書き方がわからなくなった。
続くような終わるようなそんな微妙な感じで終わったこの話。次はどうするかいまだに決まってません(汗)何やら無理やり感が相当ありますがそこらへんはどうぞご了承くださいませ。ちょっと歪んだ考えといえばそうとも言える考え方が出てきておりますが、一応私自身の考えがちょっぴり混じってたりもします。
というか、一話の後書きで相当嘘ついてますね。まだプロローグの時間軸に入らないですし。少し物語の構成を変えるのでプロローグはもっと後の時間軸になります。ご迷惑をおかけして申し訳ありませんでした。
私事ですが、学校がテスト二週間前に突入しまして更新が二週間ほど停滞するかと思われます。いつも読んでくださっている方には大変申し訳ないかぎりです。
最後ですが、感想・指摘・批評等々お待ちしております。
……題名のセンスどうにかしたい。