八歳の冬、ちらつく雪をバックに
え、初めての一人称であります。不慣れなものでおかしなところもありますが、どうぞ見逃してやってください。
それは、私が八歳の冬のある日のことでした。
二人の両親のもとで薬作りの修行を続けてもう五年。小さかった私の手は大きく、ずっと遠くに感じていた両親の顔も近くなりました。私は最初の数年は外へは出ることがありませんでしたが、六歳ぐらいからでしょうか。少しずつ外に出て同い年の少年と遊び、学ぶようになりました。
彼の名前はコルティス。私の唯一の『ともだち』でした。
彼は大変無口な少年でしたが、私は彼のそんなところが好きでした。初めて出会ったあの日、共に走ったあの日、そして二人で見届けた夕日の終わり。そんな当たり前のしかしかけがえのない日々を、私は決して忘れることはないでしょう。
茶色い髪に茶色い瞳を持った彼は大変クールではありましたが、たまに見せる照れた表情が私にとって何よりの宝物でした。
その日はちょうど雪が降っていました。山奥にあるこの村では雪そのものは別に珍しいものではありません。それなのに私の胸がここまで弾むのはきっと彼と見る初めての雪だからでしょう。
ちらほらと舞う粉雪を彼の隣で見つめながら私は内心とてもほっとしていました。吹雪でなくてよかった、と。もしも吹雪だったら――隣に立つ彼のまっすぐな瞳など見えなかったでしょうから。
「……きれいだね」
そう彼に声をかけると彼は私のほうを向きました。寒さのせいかそのほほは薄く赤みを帯びていました。小さくかけたその声に振り向いてくれたことにわずかな安堵と喜びを感じながら私は彼の声を待ちました。
「あぁ、そうだね。だけど」
耳に響くボーイソプラノの声に心地よさを感じながら、彼が言葉を切ったのに気づきます。キョトンとして彼を見つめると、彼はそんな私の視線から逃れるように目をそらすと小さな声でぼそりと呟きました。
「きっと君と見るから一番きれいなんだ」
ほほを夕日のように染めながら言うその声の意味することが最初よくわからずぽかんとしていた私だったけれど、それが意味することを理解した瞬間私の顔はきっと彼よりも赤くなっていました。
恥ずかしさと嬉しさがごちゃ混ぜになったその感情は、今の私にはなんというのかわからなくて、でも嬉しくて。だから私は一言だけきっと彼よりも小さな声でそっとささやきました。
「私もだよ、コルティス」
それを聞いた彼のほほがさっきよりも真っ赤に染まるのを見て私は何だかくすくすと笑い出したい衝動に襲われました。それを抑えきれずに笑い出した私を見ると、まるで彼も全く同じ衝動に襲われたかのようにくすくすと小さく笑い出しました。私たちはそれからずっと笑いあっていました。幸せだったからです。嬉しかったからです。
それは小さな甘い恋でした。
そのことを知るのは、もっとずっと後のことだったけれど――――。
「ただいま、おばあちゃん」
住み慣れた家の玄関をくぐるとそう声をかけました。家の奥から漂ってくるのは甘い香り。初めて嗅ぐその香りに首をかしげながら私は奥へと向かいます。甘い香りをもつ薬もあるけれどこの季節は薬の原料となる草花がないので薬を作ることはしません。ならば何なのでしょう。
少し足早に居間へと向かうといよいよその香りは強くなってきました。
そしてそのままドアを開けた瞬間のことでした。
「っ!?」
危うく悲鳴を上げるところでしたが、寸前でとどまるとまじまじとその景色を見つめます。
それは、私にとって馴染み深いものでした。といっても見たことは一度しかありませんが。
今でも覚えています。あの部屋で薬作りの真髄を見せてもらったときの声は。
目の前に広がるのはあのときの何十倍もの数の声と光。その光はチカチカと眩しいほどに輝いており、思わず私は目を細めました。と、その中心におばあちゃんがいるのを見つけます。
「おばあちゃん!?」
驚きと不安の入り混じった声でそう叫ぶとその光たちの中心にいたおばあちゃんがさっと振り返りました。それと同時に眩しいほどの光も、圧迫されるような声も、甘い香りも消えました。
「おかえりなさい、フィンラ」
「た、ただいま……」
毒気を抜かれたような声で呆然と答えると、おばあちゃんはわずかに顔を顰めて私に言いました。
「見えたのね」
その声はおばあちゃんでしたが、私の知るおばあちゃんとはかもし出す雰囲気が違いました。それに、しっかりとした厳しい声です。その声に悪いことをしてしまったのかと思わずあわてた私でしたが、おばあちゃんはそんな私の様子を見ると深々とため息をつきました。
「本当は……知らせないで済ませたかったのだけど」
そう本当に悔やんでいるような表情で呟くと、おばあちゃんは不意に優しい表情になると私に語りかけました。
「フィンラ、少し落ち着いたらそこへ座りなさい」
そういって差し出されたのはいつものテーブル。当然いつものように私が腰掛けるとおばあちゃんは静かに話し始めました。
「お前は私たちの子ではないの」
ただ一言でした。その、唐突に告げられたたった一言が私の今までを、壊しました。
「どういう、こと」
呆然として思わずそう聞いてしまったことをすぐに悔やみましたが、もう遅かったのです。真っ青な顔で何も考えられなくなってしまった私の頭はどうにも混乱していて――。
「お前は森に捨てられていた。それをおじいさんが拾った。そして私たちが育てた。口に出してしまえばそれだけの関係よ」
言葉が理解できませんでした。いえ、より正確には理解したくなかったのでしょう。そして何よりたった三行で今までの私の生活が表されるのが耐えられなかったのかもしれません。
「嘘っ!だって私は」
そういいかけて、私は自分と『目の前の人』との血縁関係をあらわすものが何一つないことに気づき、愕然としました。その様子を目の前の人は悲しげな瞳で見つめていました。
「お前はこの世界では忌み嫌われ、恐れられる『魔王』。その黒髪が何よりの証拠」
目の前の人は衝撃的な事実を淡々と延べます。私はそのたった一つさえも理解したくなくて、うずくまって耳をふさぎました。それなのに、なぜ視界が虹色に染まるのでしょう。なぜ、私はないているのでしょうか。
「魔に愛された、一人の人間。私たちのこども」
ささやかれるようにして告げられたその言葉に私は一つの希望を見ました。はっとして顔を上げる私に『おばあちゃん』は優しくけれど悲しく微笑みました。
「血はつながっていなくても、私たちは貴女の親。貴女は私たちの子供。それは変わらない事実よ」
そういっておばあちゃんは優しく私を抱きしめました。生まれてから今までずっと感じてきたこのぬくもりは嘘だったのでしょうか。
「でも私は『魔王』……?」
「それでも!」
私の言葉にかぶさるようにしておばあちゃんはそう言いました。そのあまりの必死さに私は一瞬言葉を失いました。
「それでも、私たちは貴女が好き。大切な子供なの。『魔王』なんて関係ない。だって貴女は」
私たちの子供なんだから。おばあちゃんはそう私の耳元でささやきました。その言葉にこもった愛情に、私の心に申し訳なさがこみ上げてきます。いったい何を悩んでいたのでしょうか。おばあちゃんやおじいちゃんが今まで私にくれた愛情が嘘なわけないのに。
「ごめんなさい、おばあちゃん」
それ以外にこの申し訳なさを伝える言葉を知らない私は、知らずそう呟いていました。
おばあちゃんはなにも答えず、ただ黙って私の肩を抱きしめていました。
と、10日間ギリギリ……。まだ日付は変わってないはず。
冬にしてみました。リアルが寒い。
一人称です。なんなんでしょうか、このナレーションのようなものは。
今回のメインはコルティスのつもりが容量的にもう一つが……。
話もつながってないし。なんで甘い香りしてるのかとか全然わからないし。
はい、次回がんばって明かします。とりあえず今回は衝撃事実を告げられたフィンラということで(汗)
感想等々お待ちしております!