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漆黒の魔に愛されて  作者: 亜瑠那
序章(前) 温かき日々
6/37

四歳の少女の知らないところでそれはただひっそりと

途中に出てくる手紙は空白より前は読まなくてもストーリーに何の問題もありません。長いので飛ばしたい方はどうぞ。

「転ばないでくださいね!」


後ろからかけられた声を背中で聞きながらフィンラは走る。


「大丈夫、わかってる!」


フィンラはそう叫び返しながらも、少し走るスピードを緩めた。

先ほどまでいた部屋からは反対側に位置するその部屋が薬作りの最終工程を行う部屋である。一年間薬作りを手伝っていながらも入ることを許されなかったその部屋に心躍らせながらフィンラはそっと部屋の扉を開ける。そんなフィンラの目に飛び込んできたのは――。


「うわぁっ!」


思わずそう感嘆の声をあげてしまったフィンラはあわててその口を押さえる。


そこは、壁一面に張り巡らされた器具の部屋だった。さらに言ってしまえば、フィンラたちが作った薬の素、粉末を保管しさらに精密な作業を行う、まさに薬作りの真髄ともいえる部屋だった。


「フィンラ、来たなら声をかけて入らんか」


その奥、わずかにあるスペースでその作業を行っている祖父から厳しく声をかけられフィンラはあわてて頭を下げる。


「ご、ごめんなさい」


薬に関しては人一倍気難しい祖父を知るフィンラが素直に謝ると、祖父はふっと表情を緩める。しかしその表情とは裏腹にしっかりとした声で言った。


「まあいい。フィンラ、こっちにきて最後の工程を見なさい」


「はい!」


喜びをあらわにしてうなずくと、フィンラはそうっと祖父の下へと歩いた。

祖父の後ろからその最終工程―薬作りの神髄―を見つめた。


祖父はそれを見ると静かに繊細に指を動かし始めた。


最初にフィンラたちがすりつぶした粉末をわずかに摘み取るとそれを一山ずつ順番に決められた位置に置いていく。そして全十四の山にそれぞれを分けると静かに目を閉じた。


「白きは北、漆黒は南、紅は西、紫色しいろは東をつかさどる。我の求めに応じて表れし十四の魔よ。其の力自らが方位に与えたまえ」


その声を一字一句聞き逃すまいと耳をそばだてていたフィンラは不意にぼんやりとした『ウタ』を聴いた。


――――――謡っているよ人間たちが


青い光がそういった。


――――――また僕らの力を借りるの?


紺の光がそういった。


――――――しょうがないよ、だって人間は無力だもの


黄色い光がそういった。


――――――だから私たちが加護をあげなきゃ


真っ白な光がそういった。


――――――そうだね、だって僕らは神の使い


黄緑の光がそういった。


――――――選ばれてるのだもの


紅い光がそういった。


――――――おや、ここには『漆黒の』の姫様がいるじゃないか


黒銀の光がそういった。


――――――本当だ、これは怒られちゃうね


茶色い光がそういった。


――――――おぉ怖い、クスクス


白水の光がそういった。


――――――そろそろやろうよ、人間が飽きちゃう


光らない光がそういった。


――――――そうね、そうだよ


空色の光がそういった。


――――――そうだね、だって僕たちは


紫色の光がそういった。


――――――選ばれてるもの、ねぇ、もういいんじゃないの


灰色の光がそういった。


――――――そうだね、もういいんじゃないかな、皆帰ろう


漆黒の光がそういった。


――――――――――――――さよなら、『漆黒の王』のお姫様――――――――――




そうしてぼんやりとした『ウタ』は微かに笑い声を残して聞こえなくなった。


「おじいちゃん、今何か聞こえなかった?」


「いや、聞こえなかったが……どうかしたか?」


「……ううん、なんでもない。それよりおじいちゃん、薬できたの?」


ぼんやりとした顔でフィンラは聞いたが、それを振り払うかのように大きく首をふると、明るく聞いた。

その様子にわずかに顔をしかめながらも、祖父は答えた。


「あぁ、これで完成だ。さ、早く持っていきなさい」


「え」


少しギクッとした様子でフィンラが言うと、にやっと笑いながら祖父は言った。


「野兎にあげるんだろう?」


「っ何で知ってるの、おじいちゃん!」


ほほを膨らませてフィンラが言うと、祖父はそれには答えずただ手をしっしっ、と振った。


「もう、おばあちゃんには言わないでよね!」


口ではそう言いながらもフィンラの口元はほころんでいた。そして、自分の手の中にある一匙の粉末を嬉しそうに見つめると、意気揚々と外へと駆け出していった。


その背中を見つめる祖父の目は優しかったが、同時に険しい色を持っていた。








その夜。

オクレル夫妻は二人で黙って、昼にもたらされた手紙を読んでいた。否、見つめていた。

もう何回も読んだ内容をただ黙って見つめる二人の目は決して明るくはなかった。




『親愛なるセレスティーナ

久しぶりね。もう何年あっていないかしら?手紙のやり取りも難しいし、こうして貴女に手紙を送れて本当によかったわ。二年前の手紙にも書いたとおり私の家にも子供ができたのよ。名前はクリーセルにしたの。でも、クリーセルったらわがままなのよ。ご飯は嫌だってうるさいし、物はすぐに壊すし。やっぱり男の子ってこんなものなのかしら?貴女のフィンラちゃんはどう?元気にやっているかしら。女の子だからやっぱりつつましいのかしらね。でも貴女に似たのなら少しやんちゃかしら?薬を教えるという話だったけれどどう?うまくいってる?うまくいってたらいいわね。貴女に似て薬作りの才能があるならこちらとしても喜ばしい限りだけれど。でも魔法は教えないのね……。まぁ、貴女がどんなこと思ってるかは知ってるから特に強要はしないけど、教えてみる価値はあると思うのよね。なんていったって貴女の子供だし。きっといい魔術師になると思うわよ。もし魔術師として育てるのであればこちらも歓迎するわよ。

やっぱりおばあちゃんって呼ばせてるのかしら?お互い歳を取ったものね。私も養子だし、お母さんって呼ばせるか悩んだんだけど、やっぱりおばあちゃんにしたわ。もうお互いお母さんって言う歳じゃないしね。 カーセルさんの様子はどう?なんかカーセルさんが子育てやってるところとか想像できないのよね……。なんか稽古場で剣振り回してるイメージしかなくて。でもきっといいお父さん、じゃなくておじいさんなのよね、きっと。


 ところで、あまりよくないおしらせがあるの。だからこの先は絶対に一人で読んでね。あのね、私の独自に手に入れた情報なんだけど、ついに帝国が魔王探しに本腰を入れ始めるらしいの。すでに軍は投入されていてその数は3万人以上。いずれも精鋭部隊らしいわ。彼らの使命は唯一つ、魔王を殺すこと。多分帝国内部だけじゃなくてほかの国にもいずれ捜索部隊を送るらしいわ。多分最初の数年は帝国内部をしらみつぶしに探して、その後エクシール聖市国、ミンティーナ共和国、聖アルティカーナ連合国、セレモニカ王国、レングリアル邪国の順番でまわるはずよ。多分貴女たちのところへたどり着くのは早くて五年、遅くて十年といったところね……。貴女が実際どう行動するかはわからないけれど、それは自分で決めなさいな。そして私にも誰にも伝えないで。いくら世界最強と歌われた騎士と魔術師でも3万の軍には勝てないかもしれない。貴女たちにはまだ死んでもらっちゃ困るのよ。なんてね。あなたたちの幸せと生存を祈ってるわ。

                         モレラ・サキュアース』


そう書かれた手紙をただ見つめていた二人だったが、不意に妻―セレスティーナが口を開いた。


「どうするべきなのか……」


ため息のように呟かれた言葉に夫―カーセルもわずかに息をつく。


「悩んでいても仕方ないだろう。問題はこの先どうするか、だ」


「そんなこといっても……ここに残るか、大陸を渡るか、違う国に逃げるかしかないじゃない」


あきらめの表情を浮かべながらセレスティーナがそう返すと、カーセルはわずかに首を横に振る。


「そうじゃない。まず一つ、大陸を渡るのは不可能だ。帝国はすべての船をチェックしているはずだ。それを潜り抜けてフィンラを大陸の外に出すのは至難の業だし、見つかったら終わりだ。違う国に逃げるのもだめだ。すぐに見つかる。つまり、我々に残された選択肢は一つしかない」


小さく、だがしっかりした声でカーセルは告げる。それは現役時代のカーセルを連想させるとても力強い様子だった。その様子に気持ちを落ち着かせたのかセレスティーナも同意する。


「だとしたら答えは一つよ、カーセル。ここで限界まで暮らして、帝国が来たら全力で戦ってこの生活を護る。もし護れなくても、フィンラだけは絶対に殺させない!」


セレスティーナもまた凛とした口調で強い気持ちをこめてその言葉を出す。

そして、わずかに顔をゆがめると小さく吐き出すように付け足した。


「そのためなら、一度立てた誓いだって破る」


セレスティーナの視線の先にあるのは自らの武器。魔術の杖。血にまみれた忌まわしき――。


「あぁ、だが今はまだ使わないですむことを祈るさ。フィンラが幸せに暮らせるように」


カーセルもまた、剣を視界の隅に収めながらそう言い聞かせるように呟く。


そして二人は自らの武器を手に取った。そのなれた感触にわずか手を握り締めながら二人は呟く。


「「準備セット……縮小リダクション」」


二人の武器が小さくなっていき、やがてそれは一つのネックレスと一つのストラップとなった。

手の上に残された小さな物体を握り締め、二人はそれらをシャラリ、と音を立ててしまう。


決意の音が響く。


それはフィンラの知らないところでひっそりと。


ただ静かに……



間が開いてしまい誠に申し訳ありませんでした。

冬休みがあけ、学校が始まったことで執筆時間が短くなり一週間に一度ペースを目安に書いてはいるものの全くできていなかったり。10日以内には投稿できるよう努力はいたします……。

更新に九日かかったからか長い。一話2000文字前後を目標にしているのに……。分けて投稿したらよかった……と絶賛後悔中です。


次は何歳にしようか、悩み中でございますがとりあえず季節は秋以外ということで決定です(笑)


感想等々お待ちしております!


二月十一日 手紙の内容を改定させていただきました。

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