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漆黒の魔に愛されて  作者: 亜瑠那
第二章 帝国内
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嘘誠

三人称


目の前に広がる深すぎるほど深い翠に少女は小さく息を呑む。だが、その驚きの表情を恥じるかのように少女は表情を改め舌打ちする。

周囲を警戒するかのように鋭く回りに視線をやりながら少女は翠の間を縫うようにして歩いた。


「―――!」


すっと突然、目の前の翠が消えうせ、少女の視界が開いた。それと同時に少女の瞳に強い光が点り、


「やっと……ですか」


つぶやいた。どこか感極まったような口調でありながら、その口に浮かぶのは不敵な笑み。


「確かめてみましょうか」


クスクス、と少女は嗤うと一瞬にして気配を変える。


一人の少女のものから、獰猛な獣のような気配へと。


一人の少女から放たれているとは思えないほど濃厚で、強い殺気。それが少女を中心として帝都マギリカへと広がっていく。翠の間さえ逃さず、全範囲に。


反応が、くる。


少女から離れたところ、ほぼ同じようなところから。少女と同等かそれ以上――疑心と警戒と、強い闘争心。それらをこめた殺気が少女へと突き刺さる。


その数、五つ。



少女は、自分に向けられた恐ろしいほどの殺気を受け止めてなお、嗤う。


「すこし少ない、ですかね」


ぞっとするほど冷たい声で少女は言い、右に倒れこむようにして動く。


それと同時。少女のいた場所に、銀色の輝きを持った影が走った。気配は無。ただ





―――速い。


「これかぁ?あンな楽しそうな殺気出しやがったンはよぉ?」


楽しそう、といいながらその口調はとてつもない闘争心に満ち溢れている。


少女に避けられたとわかるとその影は止まる。


銀の髪を尖らせ、目つきの鋭い16、7ばかりの少年が、いた。

その手には小回りを重視した銀色に輝く二対の短剣。人の肉を断つことを重視された設計で、完全に対人の武器である。


「……あぁン?ンだよ餓鬼が」


少女の姿を見ると、少年はあからさまにがっかりした顔をつくり、馬鹿にしたように少女をにらむ。


「くそが、てめぇなンて殺しても面白くねぇだろお!?」


はぁ、と少年はため息をつく。短剣をまた構え、一閃。影、どころではない。視認すら難しいほどの速度で少年は駆ける。だが。


「っく、へェ……」


少女は余裕そうに笑みさえ浮かべて、それをよけた。まるでお前の攻撃などわかっているとでも言うかのように、紙一重で。


少年は、自分の本気の一撃を避けられ、しかし笑う。それは決して蹂躙者の笑みではなく、闘争者の笑みだった。




「みていられませんの」


落胆をこめた声が空から降る。それと同時に少女と少年、二人ともを巻き込むように、鈍い輝きが弧を描く。空気が切り裂かれる音。


少女も少年もそれをよける。そして、上空を仰いだ。


「……おい、てめぇ。死神」


少年は怒りを面に出して、しかし静かに死神と呼ぶ。上空にいたのは、金色のロングヘアーをなびかせて佇む、8、9歳ばかりの女の子。だが、確かにその女の子は死神と呼ばれるような姿であった。


その手には、女の子の3倍以上はあろう大きさの、銀の鈍い輝きを放つ、大鎌があったのだから。



「その名前で呼ばないでいただけます?」


その声は冷酷。とても8歳ほどの子供から出ているとは思えないほど大人びた声。


「まぁ、少し遊んであげてもよろしくてよ?」


小さな口に歪んだ笑みを浮かべ、死神は少女に突進。―――しかし。


「っ」


突き飛ばされる。それは少女の行動によるものではない。さらなる第三者の登場ゆえだ。


「レスター!わたくしの邪魔をなさらないで!」


死神が苛立ちをあらわに絶叫する。だが、その声もどこ吹く風、完全に無視する男がいる。


歳は23、4ばかり。整った顔立ちに、長く伸ばした赤髪を下のほうで一本にゆるく結んだ、切れ長の瞳を持つ男。


「たりない」


男は一言小さく言うと、ヒュッと音をたてて少女に向けて拳を放つ。常人と比べたらそれは速いが、最初の少年に比べれば、遅すぎる。少女が体をひねりかわそうとするとあっさりとその軌道から外れる。

その拳は止まることなく地面に突き刺さる。








ドグッと、鈍い音をたてて男の拳が地面に当たる。

しん、と静まりかえる場。翠の中にあったはずの鳥の歌声も消えうせる。なぜならば。



男はすっと腰をあげ、拳を地面からはなす。


「―――!?」


少女が声にならない驚きの声をあげて飛びずさると、同時に少女の顔から表情が消える。地面が、ひび割れていた。否、そんな表現でさえ生ぬるい。


地面に、亀裂が入っていた。


「剛力、レスター」


男は小さく呟くと、その拳を振るう。威力を見た性だろうか、少女の動きには先ほどまでの余裕がない。紙一重でよけられぬはずがないのに、もしもあたったときの恐怖から逆に体を硬くしてしまっている、とでもいうか。


少女が男を避ける。男が少女に拳を振るう。そんなやりとりを一体何度行っただろう。30回か、40回か。そこで、ついに一人が痺れを切らす。


空気を切り裂く音と共に少年が切り込んできた。それは男もろとも切り裂ける一撃だったものの、男はそれを避ける。少年と男は無言で視線をあわせ、共闘の意を表する。少女はそこで始めて一瞬苦々しく顔を歪めた。


そして、鎌が振るわれる。8歳の死神は大鎌をより小回りのきく小さな鎌へと変化させる。死神は男と少年に視線をあわせ、共闘の意を表する。3対1という絶望的な状況になって、少女の表情が変化する。

無表情から、かすかに歪んだ笑みへと。


「何笑ってンだよ!」


少年は吼えると同時に短剣を振るう。右から左へと流麗な動きで振るわれるそれに不要な動作はない。無駄な動きをおさえたそれこそが、最速のわけであるのだから。


「穴」


男は一言呟くと拳を構える。少年の攻撃が続き、少女の動きに小さな無駄が生じるのをただ見極めるために視線をずらさない。微動だにせず、力を溜める男。


「刎ね跳びなさいっ!」


死神の鎌が一閃、少女の首の近くを通り過ぎる。ぎりぎりで避けるものの、その動きには余裕がない。死神は鎌を大きく振りかぶり二撃目を放つ。鋭利な刃がほのかに翠を反射する。


そして、少女の体勢の乱れを男は見逃さなかった。ために溜めた力をこめて、拳を振るう。その拳は少女の脇腹へと吸い込まれるようにして進んでいき――


「穿つ」


男は一言無感情に呟くと、少女の脇腹にぶち当てた。少女の顔が驚きと苦痛に染まり、上空へと吹き飛ばされる。そして、それを死神の鎌が追従する。鎌が一閃、振るわれて少女の首を刎ね飛ばす。少年の短剣が空気を切り裂きながら跳び、少女の心臓を貫いた。




土煙をもうもうと立てながら少女の体は地面へと落ちる。少年らは少女の急所を貫きながらも警戒を緩めない。


土煙が止み、少女の姿がうっすらと見え始める。横たわった体に生気はない。少年らはそれを確認し、お互いに視線を合わせると少女の近くに寄ろうと――


「なるほど、ですね」


少年らの背後から、大人びた女の声が静かに響いた。少年らは息を呑んで振り返る。そこには、少年らがたった今殺したはずの少女がいた。


「ってめェ!」


少年の短剣が振り下ろされるより早く、少女の唇が素早く動く。


壁防御プロテクト


キンッと甲高い音を立てて少年の短剣が阻まれる。ほんの一瞬送れて死神の鎌も、阻まれる。


「……どうやら勘違いさせてしまったようですが、私は別に争いを仕掛けにきたわけではないのですよ」


ありえないほどの威力の防御魔法を唱えておきながら少女は微笑み言う。その笑みは先ほどまでの歪んだ笑みとは違い、よっぽど綺麗な笑みだった。


「……ンじゃあさっきの殺気はなンだったンだよ」


憮然とした表情で少年が言う。だが、そこにはもう闘争心の欠片もなく、ふてくされたような空気だけがあった。少女は困ったように笑むと、


「うーん、なんとなく確かめたかったといいますか」


という。男が眉をひそめると同時に死神が口を開く。


「確かめるって何をですの?」


その場の全員の疑問を反映させたその質問に少女は躊躇うことなく不敵な笑みを浮かべて答えた。


「この学園に、入学する価値があるかどうかです」


*****************


「……と、いうことは先ほどの殺気は貴方のもので、ここの学園の学生がどれくらいの実力を持っているか知りたかった……ということかしら?」


少女の前に立つ女がいう。彼女は深く帽子をかぶり顔を隠しているため、顔が見えない。だが、その声からありえないほどの苦悩がにじみ出ていた。


「ええ、そういうことです。まぁ、少々なめていたといわざるを得ませんが」


女教師はため息をつくと、少女の後ろに立つ三人の学生に目を向ける。後ろにいるのは、少女がつい先ほど闘った少年らである。


「で、貴方たちから見てどうです?この少女は学院に入学するにふさわしいかどうか」


問いを向けられると、最初に口を開いたのは少年だった。そもそも教師と話すこと自体がいやそうな様子で不満げに答える。


「……性格を抜きで考えンなら間違いなく実力は高いと思うね」


多少皮肉と毒を混ぜた答えだったものの、それは少年の本心であった。女教師が意外そうに少年を見つめると、鼻で小さく返事をしてそっぽを向いた。


「……まぁ、わたくしもエルのいうことに賛成ですの。実力は認めますわ」


少々不満げながらも死神の名をもつ女子学生も答える。落ち着き払ったその受け答えは、8歳という歳を感じさせない。


「同意」


男が最後に小さく呟きながら首肯する。

三人の返答を聞いて女教師は視線を少女へと戻す。待ちわびたように少女が首を傾けると、女教師は重い口を開いた。


「特Aクラスの三人の評価から実力は折り紙つき。性格に難ありとのことだけどそれは正直他の5人も変わらない」


「ンだと!?」


少年が反応して心外だとでもいうかのようににらんだが、女教師はそれを完全に無視し、呟き続ける。


「……そうね、いいわ」


女教師はしばし沈黙した後に言った。少女に向けて微笑みながら。


「貴方名前は?」


「フィンス・ヴィーヴェレ」


少女ーフィンスは笑みを浮かべて名乗る。


「そう。フィンス・ヴィーヴェレ。貴方を国立帝都マギリカ学園の生徒として受け入れましょう。魔王討伐のために努力しなさい」


女教師は凛とした表情でそう告げる。フィンスは小さく頭を下げ、感謝の意を表した。


「なお、貴方のクラスは特Aクラスとします。学園についてはすべてそこの三人から教わるか、自分で調べなさい。では、これにて」


女教師は言うことを済ませると、すぐに去ろうとした。忙しいのだろう、それはわかっていたものの、フィンスは何かを見極めようかとするように鋭く女教師を見つめる。


「失礼、一つだけ質問よろしいでしょうか」


「……学園のことはすべて三人に聞くように言ったはずですが」


「いえ、貴方のことです」


女教師の冷たいにらみにも答えずフィンスは不敵に答える。


「貴方は一体何者ですか?」


「……帝国国属宮廷魔道師第一位、イリエル・マギリカ」


そう答えると同時に女教師は姿を消す。帽子をその場に置き去りにして。ふわり、と空を舞いながら消えた髪は、紫。濃い、紫色しいろ。そしてその顔は――


その瞬間。

フィンスからこらえ切れなかった殺気が爆発的に吹き上がる。フィンスの記憶から溢れる一つの記憶。駆け出す紫色の少女。その直後に起こった爆発――。

十三歳の春に起きたあの終わりの日。セレスティーナとカーセルを殺そうとした、あの少女。


女教師、イリエルは。その少女とそっくりだった。


「紫色の、姫……!」


フィンスが激昂したようにうなる。魔力と殺気が異常な濃度で渦巻き、少年らは思わず一歩退いたフィンスの瞳に怒りと憎しみが宿る。イリエルが消えたところを見つめ、指を向ける。空気に充満するようにして渦巻いていた魔力が一瞬で指先に集まり、凝縮される。

フィンスの口がゆっくりと開き――


『よせ』


フィンスの頭に、否、その場の四人の頭に声が響いた。少年らは鋭くあたりを見回し、警戒する。だが、フィンスは一人呆けたように力を抜いた。


『冷静になれ、フィンス』


諭すように語る声にフィンスは震える指を下ろす。それと同時に魔力が拡散し、殺気も消えうせた。フィンスは何かをこらえるかのように唇をぎゅっとかみ締める。一度目を閉じ、浅く息をつく。


「……すみません、何でもありません」


少年らに背を向けてフィンスはぽつりと謝罪する。少年らは互いに目配せしあい、小さく頷きあった。


「ま、いいけどよ。ンってか自己紹介もまだだったしな」


「えぇ、わたくしの名前はリエローラ。どうぞよろしくお願いいたしますわ」


「ちなみに、こいつの二つ名は『死神』……ンまぁ、こっちのほうが有名っちゃ有名なンだが」


「余計なことをおっしゃらないでくださいませ、エル」


死神―リエローラはニコリと口だけで微笑み、言う。目がまったく笑っていないが。


「ンで、オレはエルセ。二つ名は『最速』……なンとなくてめぇにゃ抜かされてる気がすンけどな」


少年、エルセは小さく苦笑すると男のほうへ向いた。


「で、無口なこいつが『剛力』レスター。まぁ、なンとなくわかるだろ」


レスターは小さく頭を下げ、無言に徹する。その様子をやれやれと見やり、リエローラは微笑む。


「特Aクラスへようこそ、ですの。歓迎いたしますわ」


フィンスは初めて彼らに向かい、少し控えめに笑みを浮かべて言った。














「えぇ、短い間になる・・・・・・かもしれませんが・・・・・・・・、よろしくお願いします」


ギリギリ年内。……ですよね?

一気に新キャラ3人。今回は外国語に頼ってません。ネーミングセンスェ……。

一応まとめ。

『最速』エルセ 「ンだよ」って人です。二振りの短剣使い。

『死神』リエローラ 「~ですの」って人です。大鎌使い。

『剛力』レスター 「……む」って人です。格闘。


次はあと二人出す予定です。


先日victor様よりレビューをいただきました。本当にありがとうございます!

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