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漆黒の魔に愛されて  作者: 亜瑠那
第一章 矛盾の少女
32/37

変化はただゆるやかに



カンカンカン、と町中に響く警鐘が少女の背中を押す。


自らにかけた身体能力をあげる魔法で少女は家々の屋根をわたる。少女の瞳はすでに漆黒。誰かに見付かれば大変なことになるが、今だけはそうも言っていられない。


魔族がこの町に来ているという情報を、シエラが伝えてきたのだ。魔族は人間とは比べ物にならないほどの力を持っている。正直、普通の人間に太刀打ちできるような存在ではない。


上級の魔や、愛されし子といった特別な存在でなければ確実に負けるだろう。否、そういったものたちでさえ一対一では互角になるかならないか程度である。


幸い、魔族は数が少ない。そのため、人間の知らないところで魔たちが進行を食い止めているのだがそれからどうやって逃れたのか、今回の魔族は二体。


少女は人間としてはありえないほどの力をもっているが、魔族相手にはそれを本気でださなければ確実に死ぬ。


「ネロ、アーテル。ごめんね、こんなことにつき合わせちゃって」


少女は自分にできる最速の速さで屋根を飛び回る。その中で自分についてきてくれた二人に謝る。


『いや、今回のことは魔の責任でもあるし、姫の願いでもあるしな』


『いいんだよ。だってひめさまあいつらきらいでしょ?』


ネロ、アーテルは順に答える。どちらも純粋な言葉で少女は薄く微笑んだ。と、その時少女らの北東から鋭い悲鳴が響いた。


「キャアァァァァァァァァァァァァァ!!!!!!!!!!」


その悲鳴は複数に及び、絶叫となって地面を揺るがす。少女らは目の色をかえ、その方向を確認すると


「あっち!」


叫ぶ。屋根から飛び降りると、その方向から逃げようとする一般市民とは反対に突き進む。そんな少女を気にするものはいない。はずだったのだが。


「そっちはダメだ!!」


鋭い声と共に少女は腕をつかまれる。予想外の出来事に少女の足が一瞬止まる。


「他の人と逃げろ!」


男の声だった。少女はフードの下から男を覗く。男の顔には恐怖が溢れ、手も震えていたがそれでも歯を食いしばって少女を止めていた。


「そっちには魔族がいるんだよ!だからそっちに、は、いく、」


少女は男の言葉の途中でフードに隠れず男を見る。漆黒の瞳で見る。驚愕に止まった男の隙をつき、少女は男の手を振り払う。呆然としていた男の力はあまりに弱く、男の腕は少女から離れる。


少女は身を翻し、人波に逆行して進む。ちらりと振り返ると男はまだ呆然と立ち尽くしたままだった。




と、少女が前を向くと近くに闇の球が五、六個迫ってきていた。


「ちっ」


少女は舌打ちすると同時に両手をつかって闇の魔術を使う。


「喰らい尽くせ、闇の衣ダーク・ベール!」


少女の両手から闇の霧が放たれる。それは一直線に闇の球へと飛び、闇の球をすべて包み込む。

それを確認しつつ少女は手を止めずに二つ目の魔法を放つ。


空間移動テレポーテーション!」


逃げ惑う人々へと向けた魔法。それは人々を包み、いっせいに安全な町の端まで移動させる。突如いなくなった人々に驚くようにして止まった二人の人間。


否、人間の形を模した魔族。


「へぇ、ここの人間をいっせいに移動させるか。やるね」


「どっかの『姫』かぁ?」


落ち着いた様子の青年は口元に笑みを浮かべる。緑の髪を肩口で切りそろえ、優しげな印象を与える緑の瞳。とても美しい青年だった。


どこか凶暴さを感じさせる少年はニタリと笑う。緑の髪を逆立てて、つりあがった緑の瞳は凶暴さを後押しする。


「っと。やっぱり『姫』か。それも『漆黒の姫』ね」


ふふ、と声を漏らしながら笑う青年は美しいが、威圧感が漂う。


「へへ、こりゃあいいねぇ。楽しそうだ」


目を爛々と光らせながら少年は歯をむき出す。



「まずいぞ、これ……!」


彼らの様子を見ながらネロは相手に聞こえないように小さく呟いた。


「かんぶくらすだよ、こいつら……」


同じ危険を感じ取ったアーテルも困惑を隠せないように呟く。


「幹部クラスっ?……それはなかなかにまずいわね」


少女はその言葉をきき、小さく顔をゆがめる。


だが、それはほんの一瞬。すぐに戦闘態勢を作るといつでも反応できるように相手をうかがう。


「なんだよぉ。王がいねぇじゃねぇか」


少年は失望したように肩を落とす。青年は微笑を消し、冷酷に少女らを見つめる。


「降参したらどうですか?貴方たちでは私達には勝てないでしょうから」


その言葉を聴きながら少女はネロに囁いた。


制限リミッター解除していい?」


ネロは迷うように目を泳がせたが、小さく頷いた。少女は悲しげに笑う。


「ったくよぉ。『姫』なんて呼ばれるくらいだからどんなもんかって思ってたのによぉ。全然人間と変わらないじゃねぇか。なあ~にが……っ!?」


少年は余裕の表情で嗤ったが、反射的に戦闘態勢を作った。少女から発される力が爆発的に高まっているからだ。


制限リミッター一、解除。制限リミッター二、解除。制限リミッター三、解除。制限リミッター四……権限三使用により解除。制限リミッター五……権限三、四両方使用により解除。制限リミッター六……権限不足により失敗」


少女は人間味を感じさせない淡々とした様子で呟く。失敗、と呟くと少女は薄く笑った。


「ま、こんなもんか」


その笑みには余裕がある。ネロ、アーテルらもすでに戦闘態勢に入っている。少女は不敵な笑みを消さず、宣言した。


「戦闘にルールなんてないよね?」


クスクスと笑う少女の様子に何かを感じ取ったのか、青年はハッとあたりを見渡すと同時に少年の襟首をつかみ、放り上げた。

青年はその少年の様子を確認することなく弾き飛ばされたように横に飛ぶ。


青年がそこから離れた瞬間。


その場所の土が、一瞬にして腐敗した。


「……お前」


青年はその土をみてすべてを理解したのだろう、憎々しげな表情で少女をにらみつける。少女は物怖じしない。

と、そこに――


「腐敗魔術……時属性を利用した魔術だねぇ。君、本当に人間の味方なの?こんな魔術を使うなんてさ。もっといい魔術いっぱいあるのにねぇ。ふふ、ボクってば疑問を抱くばっかりで困るなぁ。それにしても本当に因果って怖い。道の先には道があり、その先はつながってる、ってさ」


にらみあいの現場に、突如一つの声が響く。間延びしたその声はとても親しげで、だが





とてつもない狂気をもっていた。



「っ――――――!!」


少女だけではない。その場にいたすべての存在がたった一つのその声に反応して殺気を放つ。


「あららら。そんなに怖い気むけちゃって。ボクってばいっつもそうなんだよねぇ。なんでかなぁ?ふふ、さてどうしようか。シルが来るのを待つのもいいけど、ここはそれなりに機会だと思うし?道の先は枝分かれってね」


少女らは一瞬で男の危険さを見抜く。そして、忌々しげに相手を見やると小さく頷きあった。


「気に喰わないが、今だけは共闘だ」


ネロは小さく呟くと一度足先で地面を鳴らす。コツッという音と共に青年らの近くに漆黒の衣が現れる。それは、青年らを包むと、不可視の膜となって身を守る。


「コレは魔族じゃありませんね。もちろん人間でもなさそうですし」


青年も同意を示すと、肩をすくめると、指を鳴らした。ピィン、と不自然なほど響くその音が自らの魔力を高めていくのを、少女らは感じ取った。


本来敵のはずの互いが互いの手の内をさらしてまで警戒する。それは実力者でなければできない判断。だが、一方でその対象となった男はまだ笑ったまま一人呟いていた。


「シルは一体いつくるのかなぁ……?あんまり待ってると無駄だろうし、ボクもあんまり時間を無駄にしたくないし。それに、みんな頑張って備えてくれてるんだもんねぇ。ここで別れたら迷惑だよね?うふふ、それにしても本当に面白い。ちょっとしたミスがすべてを崩壊に導く。それってとっても素敵。それを作り出すのってとっても大変。だけど、運命みたいだから本当に素敵。残酷な運命は変えられないから運命なんだよ?漆黒のお姫様?」


ふふ、と笑う男は今だ姿を見せない。暗闇に溶け込むようにして姿を隠し、ただ笑っている。本来暗闇を自分のものとする少女も何故か男の姿が見えない。確かにそこに在るのは感じられるのに、だ。


「……運命は、誰も知らない」


歯を食いしばり、うめくように少女は呟く。男に聞こえるような大きさではなかったのだが男には聞こえていた。


「ふふふ、好いねぇ。そういう子は嫌いじゃない。上をみて、上をみて。そして周りにあるはずのほかの選択肢が見えなくて。そして絶望する。それも運命。上を見すぎて失敗するなんてよくある話でしょう?他を見れないから他がわからない。そういう子は嫌いじゃない。見ててとっても楽しいから。ボクは楽しいことならなんでも歓迎するよ?」


狂気を交えて笑いながら誰へともなく話し続ける男はいまだに臨戦態勢をとっていない。青年らは鋭く男を見下し、動いた。


それは、風のように。


否、風さえも置き去りにして青年はかける。はたから見ていれば、青年の姿は霞んだように見えただろう。男は手を刀の形にかまえ、地面を這うように見えるほど低くその体を沈める。男まであと少しのところでそのまま手刀で男の首筋を狙い、たたきつけた。


一寸の油断もなかった。


相手を殺すためには最適なはずだった。だが、途中で少女は舌打ちしていた。


「くそっ……あの、馬鹿が」


その先が見えていた少女は顔をそらす。ネロは小さくため息をつくと、青年の後ろに向かって動き出す。



やった、そう思った青年はそのまま油断することなく反撃がくるのを待った。そして、直後。


想像を絶する痛みが横っ腹に打ち込まれ、青年は派手に吹っ飛んだ。


「なっ……!」


痛みに顔を歪めながら青年は驚きの声をもらす。十分に警戒していたはずなのに、打ち込まれた?誰かに支えられ、地面に叩きつけられるところを助かったことも気づかず青年は呆然と男を見つめる。


「ふふ、その様子をみると、そこのお姫様はわかっていたわけというわけかな?魔族の幹部ともあろう者が、冷静な判断を忘れてどうするんだろうねぇ。まぁ今ので大体わかったし、いいかな?」


そういって笑うと男は暗闇に紛れたところから歩き出す。少女の方へゆったりと。青年を受け止めたネロは予想以上のダメージを食らっている。受け止めただけでダメージを受けるとは普通ではない。

そのことにさらに男へと不信を募らせていたネロは顔をゆがめる。


「くそっ」


万全の状態でも相手ができるかわからない相手に、今の自分が敵うわけがない。そうわかっていてもネロは悔しさを隠せなかった。


「とまりなさい」


少女の前で少女をかばうように前にでたのはアーテル。その口調は戦闘前のような幼い口調ではなく、毅然とした女性の口調だった。


「あなたがしんらいできないいじょう、あなたをこれいじょうちかづけるわけにはいきません」


足が震えていた。今でも逃げ出したかった。だが、漆黒の魔第四位として、何より少女を守るものとしてアーテルは耐えていた。


「とまらないというならば、じつりょくで……――っ!!」


構えたアーテルは、子供をあしらうかのように遠くへ投げ飛ばされた。男はめんどくさそうにそれを見て、少女を見るときには、薄い笑みが口元にあった。


「ふふ、始めましてかな?漆黒のお姫様。ボクは色々と情報を手に入れてたけど、実際にこうして会うのは初めてなわけだし」


素顔はいまだに見えない。目深にかぶった帽子が素顔を隠す。


「ああ、安心してくれていい。君にはまだ被害を与える気はないからね。ふふ、君達が何を考えてるのか手に取るようにわかるよ。ボクのことをそんなに警戒するなんて、やっぱり血かな?ああ、楽しくてたまらない。わからないことがあるなんて。運命を変えるっていう無謀なことに挑む姿もとっても見てて楽しい。楽しくてたまらない」


「何をしにきたの?」


狂ったように笑う男に少女は警戒心を緩めず、だが余裕の表情をとりもどして問う。


「……ああ、そうだっけ。君もまたそういう子だったね。つまらない。ボクとしてはもう少し話してたかったのにねぇ。シルはこないし、こっちも興ざめ。あーあ、つまんない。本当につまんない」


男はとたんにつまらなそうに口元の笑みを消す。ころころと変わる表情に少女は警戒を消さない。


「でも君の問いには答えてあげる。それを知った君の顔はとっても楽しくしてくれそう。ふふ、ボクは――」


「シュト!!」


男が言いかけた言葉にかぶせるように、さらに知らない人物の声が乱入してくる。予想外の出来事の連発に少女らはただ備えることしかできない。


「……君は本当に最悪なやつだなぁ。何を今このときに来るのか。そんなに死にたいのかな?お望みどおり殺してあげようか?君の道をここでつぶしてあげてもいいんだよ?道はすべてボクのもの。人の命は道でできてるんだよ?」


男は嫌悪を隠そうともせず声の出た方向を見つめる。その目はそれまでで最も不快そうな目で、強い狂気を宿していた。


「シルエッタ……?」


少女はだが、男の様子に気づかない。突然の乱入者。その人物に心当たりがあったからだ。呆然とする少女の唇からその人物の名前が漏れた。


「お前……?」


それに気づいた乱入者―シルエッタはハッとしたよう少女を見る。男はつまらなさげに言葉を紡ぐ。


「ま、どうでもいいけどね。シルが最悪なタイミングで来た所為でいえなかったけど、ボクは『道を視る者』。魔術でも、魔法でも、魔式でもない。ただボクだけがもつチカラ。ボクは道を視て、道を作り、道を壊す。だから、シュト。シュト・ルートゥ」


その名前には意味がある。少女はただ直感でそう感じた。男―シュトはまた少し楽しそうに笑う。


「今日はもうお別れかな。ボクの視る道では君と交わるのはもっと先だけど……。それまでボクは楽しませてもらうよ。たくさんの道が君と交わっているから。たくさんの道に別れているから」


だから、面白い。


シュトはそう呟き、口元に薄い笑みを浮かべるとふっといなくなった。素顔は結局見せず、まるでもとからいなかったかのようにふっとその気配は自然に消えた。


少女は小さく呟く。


「交わり、別れる……」


その呟きは、不意に吹いてきた風に紛れるようにして消えた。それを知るのは少女のみ。一時の共闘相手となった魔族、シュトによって掻き混ぜられた関係が、無言のときを刻む。


「あーあ、拍子抜けだ。やめやめ、こんなんでやっても意味ねえよ」


少年は肩をすくめ、やれやれと首を振るとくるりと身を翻した。


「……魔族の幹部よ、何をしにきた?」


ネロがその背中に鋭く問う。青年は小さく自嘲の笑みを浮かべると


「貴方には助けられましたからね……教えてあげますよ」


「偵察だよ、偵察」


「人間とは『手を組むにふさわしい存在かどうか』ということに対する、ですが」


その瞬間、少女らは固まった。人間と魔族、そして人間に知られることなく関わってきた魔――それらを最もよく知る者は息を詰めた。


「……何故だ、どういうわけだ!?」


ネロは、誰よりもよくその歴史を知っている。彼が生きてきた年月はとても長く、忘れられない思い出もたくさんあり――だからこそ、忘れたい思い出もたくさんある。


「道を視る者」


青年は軽薄そうな笑みを浮かべ、一言告げた。ネロは険しい瞳で青年をにらみつける。


「あれみたいな人間が、たくさん生まれるとしたら?――それに魔族は、人間は、対抗できない」


「シュト・ルートゥ……。アレは、わからない」


「それを予知した魔族のトップが判断したんだよ」


少年と青年はかわるがわる語る。誠か嘘かわからぬ情報をただ語る。少女らはそれを聞くだけ。それを信じるも信じないも少女ら次第なのだから。


「……王は、気づいてないのか?」


少女はポツリと言う。その問いは誰も答えられない問い。それを知っていてこぼさずにはいられなかった言葉。少年らは小さく悲しげに笑うと、今度こそ振り向かず、ただ静かに歩み去っていった。


「世界が、変わっている……?」


呟く少女の声は誰にも届かず、ただゆるやかな変化を迎える世界へと溶けて消えた――。


ふぅ、やっとここまでこれたか……。

『道を視る者』はこれからしばらくは出ません。一つのきっかけとしての登場。


少女の見ていた世界はまだ始まりに過ぎず、それを少女は知らない。

古きと新しきはやがて混じり、消えていく。


……なんて書きましたが、ぶっちゃけ古きのままです、これからもw

今回は特別、ですかね。

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