漆黒と黒銀は出会い
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「へぇ……捜索隊かと思ってたけど、いきなり討伐隊が出たか。それなりに切羽詰まってるってことかな」
いつのまにか鉄の音が消え、大体が普段どおりの静けさを取り戻した森の中で少女は岩に腰掛ける。
かぶっていた黒をベースとしたフードを物憂げにはずし、少女は一息つく。時折吹く風が少女の体をなでて去っていく。
『 』
「うん……そう、なんだけどね」
無言の声にそう小さく答え、少女は空を仰ぐ。緑に緩和され少女の目に届いた太陽の光は、それでも少女の目には強く突き刺さる。
「でも、まだ動きたくないんだ。まだ、何も動いてないから」
返答か否か。特に誰へというあて先を告げられずに放たれた言葉。しかし、それに無言の声は答える。
『 』
少女はフッと笑った。その笑みはそのままに少女は軽くため息をつく。
「いいよね、アーテルは。……私もそんな風にいられたらいいのに」
そういった顔はどこか悲しげな、つまらなさ気な。空へと伸ばされた手はやがて行く先を見失って迷子のように揺れる。
少女はその手を一度小さく震わせながらも、ゆっくりと握り締めた。
『 』
無言の声はどこか不思議気な。少女は握った手をゆっくりと胸元へと下ろし、もう一方の手で大切そうに抱きしめる。
「うん、いいよ。……羨ましいよ」
『 』
少女は優しげに微笑むと虚空へと手を伸ばす。ここぞとばかりにその下に形を作った猫耳の幼女の姿。その黒々とした髪の生えた頭にそっと手をのせると、少女は優しくなでた。
「アーテルみたいな風になれたらいいのに。……私なんかじゃ、無理か」
自嘲して少女は手を下ろす。幼女は残念そうにすると、その形を消した。
『 』
幼女はその後なにやら必死な様子で無言の声を発していたが、最後に疑問の声をあげた。
それに教えられるまでもなく少女は右斜め前、木と木が密集したある意味普通の景色をにらみつけた。
「出てきなさい」
鋭く少女が言い放つ。その体から放たれるピリピリとした気に触れたかのようにそれまでの和やかな空気は一変、森の木々は静かになり無言の声は怒れる獣のような気配をかもし出している。
一瞬の沈黙。
カサリという音と共に少女の右斜め前から青年が現れる。その姿に警戒心を緩めようとしない少女らに青年は小さく苦笑した。
「ばれるとは思ってなかったな」
「貴方は何?」
青年が冗談めかして言えば、少女は鋭く問いただす。
青年は小さく謎の空気を纏って微笑んだが、少女が引く気はないとわかったのか、これ見よがしに大きくため息をついた。
「人間だよ、一応」
「どこの」
何かを含んだ言い方で青年が答えれば、先ほどと同じように少女はわずかな間も空けず問う。
今度は誤魔化そうとはせず、青年も静かに答えた。
「国に属している」
「……どこの」
同じ質問だが、その声に含まれた剣呑さは倍以上に膨れ上がっていた。少女の表情も鋭く、視線はきつく青年をにらみつけていた。
「……知らないと思うけど」
「答えなさい」
それでもなお青年が答えを濁そうとすれば、今度は質問ではない。命令口調で今一度問いただす。
「……レスカ王国」
「……小国ね」
青年がしぶしぶといった様子で答えれば、明確にわかるほどに少女の縫う空気が和らいだ。
青年は驚いたように目を見開くと、囁くような声で言った。
「知ってるのか?」
少女は剣呑さを消した、それなりに和らいだ顔で青年を見つめるとポツリと答えた。
「一応は」
「どんなことを?」
今度は青年の表情が硬く強ばった。問う声は先ほどよりも硬質な、事務的な声。
「……青水晶の産地。帝国と王国の間に挟まれて唯一生き残っている小国。王は国民思いで税もそこまで重くない。外交に対しては貧乏だが、それなりに和らいだ生活を送ることが出来る。それから、魔王に対する感情は可もなく不可もなく。出来れば関わり合いになりたくないと思っていることは明確」
それに答える少女もまるで辞書を棒読みでもしているかのように平坦だった。
魔王に関する項以外は。
「……よく調べてあるんだな」
警戒をあらわに青年が言えば、少女はそっけなく吐き捨てるようにして言う。
「必要事項だから」
それだけが真実であるようには聞こえなかったが、青年はあえて追求することなく小さくため息をつく。
それがきっかけであったかのように青年は縫う空気を意図的に変える。
「さて、俺がここに来た理由を話してもいいだろうか」
ここから先は一つ間違えば命が消える。
それを理解しながらも青年は鋭く話を切り出した。それを少女も感じ取ったのだろう、少女はそれまでの冷静で淡々とした態度をどこか嗤いを含んだものへと変え、口元に小さく笑みを浮かべた。
「どうぞ」
皮肉気に、嘲笑をこめた声に青年は小さく顔を顰めるが、少女は気づかないふりをする。
「俺は先ほどレスカ王国に属しているといった。そして、その国が存続の危機に見舞われているからあんたに頼みに来た」
「……」
少女は無言。ただ静かにその先を促した。
ふと気がつけば少女の足元には黒々とした毛並みの子猫が尻尾を揺らしながら座っている。
「帝国が、魔王を見つけたらすぐに伝えるようにと封書を送ってきた。……だが、やつらの本音はそれに乗じてその国を侵略したいだけだ」
憎々しげに青年が言葉を紡げば、少女はそれだけで事情を理解したのか大きくため息をついた。
青年に背を向け、空中で指を動かす。そして、不意に振り返ると青年に指をすさまじい速さで突きつけた。
「っ!?」
青年がその動作に本能的な危険を感じ取り咄嗟に横へと飛びずさる。
それと同時に青年の頭があったすぐ横に漆黒の針が数本、突き刺さる。青年が思わず顔を青く染めれば、少女は指を下げクスクスと嗤う。
「それで?私にどうしろというの?」
嗤いながらも、少女の体からは尋常ではない量の威圧感と殺気が滲み出している。その威圧感が魔力の漏れによるものだと知っている青年でさえも思わず恐怖するほどに。
「っ……。帝国へ、自主的に向かってくれないか」
何とか声を絞りだせば少女はつまらなそうに顔を顰める。
「それによる私の利益は何かしら?」
少女は実にどうでもよさそうに青年に聞いた。
青年はその態度に拳を握り締めながら、唸るようにして答える。
「……青水晶拳大七個」
「……ずいぶんと気前がいいのね」
少女は少し驚いたように眉を上げる。だが、すぐに笑みを浮かべた。
「その話、乗った」
「……よろしく頼む。利益のほうは帝国内部に侵入し次第渡す」
青年は眉間にしわを寄せながら最後とばかりに言い置き、そのまま去ろうとする。
だが、少女はそれを許さない。
「ねぇ」
背中合わせの状態で不意にかけられた声。青年が訝しげに立ち止まれば、少女は青年へと歩み寄る。
青年が咄嗟に身構えるのも気にせず少女は青年に囁いた。
「偽りの仮面をかぶってるのって、辛くない?……シルエッタ」
「っ!」
青年がその言葉に体を強ばらせれば、少女は言いたいことは言ったとばかりに青年から離れる。
「待て!」
青年は耐えられず、声を荒げる。少女はクスクスと嗤いながら振り向いた。
「何故、何故知っている!?」
驚愕に震えながら青年は問う。
そんな様子を嘲笑いながら少女は答える。
「あんまり私達をなめないでね」
トッと地面を軽く蹴り、木の枝へと跳躍する。そのままふわりふわりと枝と枝を飛び移りながら少女はその場から立ち去った。
「何故だ……。何故お前が俺のことを知っている……!」
青年のどこか懇願にも似た口調で呟かれた言葉は、ただ静かに森の空気へと溶けていった。
青年はその場で放心したように数分佇んでいたが、何も起こらないとわかったのかその場から重い足取りで立ち去った。
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「……シルエッタは、大丈夫だろうか」
小国の執務室で王は小さく呟く。紙の匂いが漂う部屋にいるのは王と宰相のみ。
王の傍らで書類を持って立つ宰相はその呟きに小さく眉をひそめながら答えた。
「あやつなら大丈夫だと思いますが。あれだけの自信をもって行ったのです。成功してもらわないと困ります」
事務的ながらも青年に対し大きな信頼を寄せていることを漂わせるその声に王は疲れたように小さく笑った。だが、その笑みを不意に消し王は宰相へと首を回す。
「なぁ、セルシ。シルエッタは、どこか道化を演じているような気がしないか」
「……はぁ。確かにあやつの態度は道化そのものですが……あれが本性なのか否かは私にもわかりませぬ」
格段おかしいところがあるわけでもない。突然話しかたが変わるわけでもない。
しかし、王と宰相、人を見る目に長けることを必要とされた二人はどこか違和感を感じていた。
「ふむ……。まぁ、心配していても仕方ないがな。シルエッタについては」
自らには届かない力を有する青年を心配しながらも、王は口ではそういう。宰相もその王の心情がわかっていて、頷いた。
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(それにしても、あれは一体何なんだ?)
森から立ち去った青年は、あえて森から徒歩で城へと向かう。
黒銀の髪を風になびかせ堂々と街道を歩く青年を、すれ違う人々は最初ぎょっとした顔で見るが、近づくにつれ訝しげな表情へ変えて去っていく。
その様子を知っていながら青年はそれを意識から外す。
(最初に俺は何かと聞かれたことから最初は知らなかったことは明確だ。となると、話している間に漆黒の魔から情報が入ったか?)
青年は推測に推測を重ね、森の中での会話から小さな真実を見つけようとしていた。
(だが、俺はそもそもこの髪から時属性を持つことはわかるものの、その先を想像するのは難しいはずだ。漆黒の魔の情報量は昔からすごいものがあるらしいが、そんな短期間にあそこまでのことを探るとは……難しいはずだ。あるいはあいつ自身が俺の態度から探った?まさか。いや、あれならありえるか……?)
(彼女は色々と規格外だからねぇ?常識なんか、通じないと思うよぉ?)
青年の思考に自然に割り込んだ声に、しかし青年は驚かず鬱陶しげに目を瞑る。
(それが問題なんだがな。俺が知っていることもお前から教わったことだけだが……)
青年は割り込んだ声へと答えを返しながら、多くの可能性へと考えをめぐらせる。だが、これといったものが見つからず、青年は無意識に舌打ちをした。
(くそ、わからない。何なんだ、あいつは本当に!発言が矛盾しすぎだろう!)
(あはは、怒らない怒らない。僕らにとっても彼女は規格外すぎるからねぇ。一応人間の君が想像出来たら、それこそ僕らの立場がなくなるよぉ)
思考が逆接に次ぐ逆接で青年は自然とため息をつく。
ふと気がつけば城はもう目の前で、青年はさらに重いため息をついた。
(そんなにため息ばっかりついてると幸せが逃げるぞぉ?)
(うるさいな。それに、俺にはもう幸せなんてよってくるとは思えないしな)
かすかに自嘲を含む青年の言葉に声はわからないように舌打ちする。
だが、それを感じさせないように声は紡ぐ。
(城も近いし、そろそろ道化の仮面をかぶったほうがいいんじゃないのぉ?)
(あいつには偽りの仮面といわれたがな)
声にそう口答えしながら青年は目を閉じる。
一瞬の空気の揺らぎ。
次に目を開ければ青年の顔は道化の顔へと変わっていた。
「ふふ、一仕事終わったしそろそろかなぁ?……楽しみだよ、王サマ?」
くっくっ、と青年は笑いながら城の門をくぐる。
道化の仮面を貼り付けながら。
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「何?何なのよ……!」
『アハハハ』
『キャハハハッ!』
『クフフフフ』
じわりじわりと迫る影。
「いや、いやあぁぁぁぁぁぁっ!!!!」
やっとこさ更新です。
謝罪は活動報告のほうで精一杯させていただきます。
視点が次々と入れ替わりますが、一応時間軸はあっています、多分。
青水晶の説明を入れたいのに入れられないので、軽く説明します。本編中にも入れられたらいいとは思っています。
青水晶…魔力の吸収率、保有可能量がすべての宝石の中で最も大きい。
以上です。めちゃくちゃ高いです。お金についてがまだ出てきていないので、正確な値段はわかりませんが。
最近三人称が多いのでそろそろ一人称が書きたい……。