小国の謁見の間にて
「……そうか」
それは、魔王のいる森が属する国の主城。そこは、小国であった。ゆえにたいした軍事力も、政治力も、権力もない。
謁見の間とされるこの場所のみが唯一赤と金に縁取られた、豪華さをうかがわせる場所となっている。
だが、それも見せ掛けだけであり本来ならばこの場所に使われている金銀を使わなければならないほどにこの国は切羽詰っていた。
とはいっても、それは外交に対してだけのことである。国民は大して重くない税金を普通に支払い、人々はそれなりの生活に満足していた。しかし―
それはこの日までのことである。
隣に位置する大国、セレモニカ王国との国境に使われている森の中で、『魔王』の存在が確認されたのである。
本来ならばセレモニカ王国に任せてしまえばいい。だが、そうはいかない状況が一通の封書により起こっていた。
「うぅむ……。ともかく、危険を冒してまで報告ご苦労だった。下がってよいぞ」
「はっ」
そして、その森のすぐそばに位置する町の住民に被害が出たのがさらに問題を悪化させていたともいえる。
「……して、王はどうなされるおつもりですか」
報告に来た騎士が部屋から退出すると、王は深くため息をついた。宰相の言葉に重く首を振る。
「どうするも何も……帝国に告げるしかないだろうに」
「『魔王の発見情報があれば直ちに報告されたり。隠し立てすれば、魔王に味方しているとみなし徹底抗戦する』……でしたか」
「……、セレモニカ王国も軍事力では負けてはおらぬのだろうが……何せあの国の王は良くも悪くも平和主義ゆえな。仕方あるまいて」
大国と大国の間に挟まれた小国。それがいかに容易く消え去ることがあるのか、王はそれを良く知っている。そう、誰よりもよく。
「しかし……帝国に告げたとなると帝国はここぞとばかりにわが国を占領せんとせまってくるのでは?」
「その時はそのときだ。最終手段はどの国にも負けてはおるまい」
そうは口で言いつつも、王はその最終手段に思いをはせると心が大きく揺れるのを感じた。
なぜならば、それは王族やそれに連なる貴族は助かるがその下で働いている平民達を助ける手段ではないからだ。
「だが、あの手段は本当に最後の最後だ。その前にわしがこの国から人質として帝国に向かえばきっと何とかなるだろう」
「なっ……!それはなりませぬっ!」
「わしのみ助かっても他のものたちが助からねば意味がなかろう!」
宰相の反論にも王は有無を言わせない態度で言い返した。宰相はその勢いに押されたかのようにたじろいだ。
王は深くため息をつき、指で眉間を押さえた。
「わしとて、そんなことをしたいわけではないのだ。……だが、わしはこの国の王となった時点で小さくとも大切な国民を我が身が死んでも守ると決めたのだ」
深い苦悩の浮かぶ王の顔。宰相は心揺るぐ気配のない王に悔しさを感じつつも、尊敬の念を抱かずにはいられなかった。
(わたしは、この王の宰相でよかった……。これほど国民のことを考えている王など他にはいるまい)
だからこそ、決してその提案は受け入れられないと宰相が今一度反論の言葉を口にしようとしたとき、背後から間の抜けた声が届いた。
「いけないなぁ、王サマ。君が死んだら誰がこの国を続けていくのさ。その自己犠牲精神は見上げるべきものだけど……今だけじゃなくて未来のことも考えてよね」
「王宮付き魔導師、シルエッタ……!」
宰相はまだ幼さの残る青年の顔を見つめ、憎々しげにその名を呼んだ。
「いやだなぁ、宰相サン。魔導師じゃなくて魔術師だってば。まぁ、王サマ。とりあえず君がこの国を出て行くのは、本当に最終手段にしたほうがいいと思うよ。君は気づいてないかもしれないけどさ、この国の平民は誰もが君の事を慕ってる。つまり君がいなくなったらどんな暴動に出るかわからないよ?」
青年は、黒銀に光る瞳を妖しげにを細めると王にわらいかける。くっくっく、とのどの奥で笑うと青年は続けた。
「国民のことを大切に思うならば、そんな行動は控えるべきだね」
「貴様……黙って聞いていればぬけぬけと!」
青年をにらみつけながらも、黙って話を聞いていた宰相がついに怒りに声を荒げた。憤怒の形相で青年に殴りかかりそうになっている宰相。
「王がいかに悩んでおられるか、貴様は少しは考えたのか!」
「だから、それじゃ意味ないんだってば。わかんないかなぁ、宰相サン」
だが、青年はその宰相の言葉にせせら笑う。そこで、今まで沈黙を保ってきた王が始めて口を開いた。
「お前の言い分はわかった、シルエッタ。だが、ならばどうすればよいというのだ」
「簡単なことさ。帝国にこう言えばいいんだ。……『魔王が現れた。帝国内へと追い込むので、討伐をお願いしたい。倒していただいた暁にはわが国の特産である青水晶を百個お送りいたす』ってさ」
言いながらも口元に笑みを浮かべる青年。すべてをなめているかのような態度に宰相はさらに怒りを深くしたが、青年の言葉を聴いたときその怒りは頂点に達した。
「なっ……ふざけるなっ!!青水晶百個だとっ!?そんなことをすればわが国はそれこそ存続不可能になる!」
青水晶は、この国の財産そのものである。その生産量は年間数十個といったところでその一個一個がとてつもない価値を秘めたものである。ゆえに宰相はつかつかと青年に歩み寄るとその襟をつかみあげた。
もともと軍人として活躍していた宰相の腕には見かけによらない強い力がある。青年はその力に負け、宙につられても口に浮かべた笑いは消さなかった。
「人の話は、最後まで聞くもんだよ、宰相サン」
「……よせ、セルシ」
王から静かな声が届き、宰相は数秒息を止めると―激しい葛藤があったのだろうが―青年を床におろした。荒々しい動作ではあったが。
「それで、話の続きとはなんだ」
「それはこの国を守るための策でしかないんだよ。僕らは帝国に知らせた。そして、帝国に追い込んだほうが退治しやすいと思ったという建前で魔王を帝国へと向かわせる。けどさ?」
青年はそれまでの小さな笑みではなく、口角を確かに上げてニヤリと嗤った。
「帝国なんかが、魔王を倒せると思うか?」
それは、他の国のことを全く考えない、自分の国を救うための策でしかなかった。
だが、それは確実に自分の国を救えるものであった。
「くっ……。おそらく、倒せないだろうな」
「そう、帝国は彼女を倒すことはできない。決してね。たとえ帝国が滅びたところで僕らの責任ではない。なぜならば、僕らは帝国に圧力をかけられたようなものだからだ」
青年はその瞳に怪しげな色を灯しながら囁く。魔王の色とよく似ていながらも、わずかに違う―シルバーの混じった黒の瞳を王に向けながら。
「それに、たとえ帝国が魔王を倒したところでそのころには帝国はぼろぼろだ。それも僕ら小国にも負けてしまうほどにね」
青年の囁きはまさに悪魔の囁き。それでも、今はその囁きに乗るしかない自らの不甲斐なさを王は嘆く。
「だが、あの国の国民には……」
しかしなおも食い下がるのは民思いの王としてのせめてものの反論か。青年はその王の言葉にやれやれと首を振る。
「全く、君のそのお人よしの度合いには、ほとほと呆れるよ。……なんだったら帝国の国民をこの国に引き込めばいいじゃないか」
「……わしは、権力がほしいわけではない」
小国の王族として育った王には威厳はあるものの、謙虚さがそれを越すことさえある。
なぜならば、そうでもしなければ帝国とセレモニカ王国にはさまれたこの国は決して存続できなかったであろうからだ。
だからこそ、王は権力を求めない。自らの国民が心安らかに暮らせるように。それだけを考えて今まで王として生きてきた。
「はぁ。別に権力のためってわけじゃないんだけどさ。大丈夫、君ならできるさ、王サマ」
「むぅ、しかし……」
なおも曲がろうとしない王に青年は大きくため息をついて見せた。
そこで、ようやくそれまで黙っていた宰相が王へと呼びかけた。
「王よ。認めたくなどありませんが、こやつの言っていることはわが国を存続させるには一番の方法であるとわたしは思います。ゆえに、とりあえずこやつの提案に乗ってやるのも手かと」
「はぁ。それは、わしもわかってはおるのだ。だが、どうしても納得できない、いや、不可能に思えるところがある」
言いながらも憎々しげに青年をにらみつける宰相だったが、にらまれている当の本人は意に関せずと言った様子で無視している。
その様子を王も眉を潜めながらも、ようやく提案には乗る気にようではあった。
「へぇ。どんなところさ?」
「魔王を帝国内に追い込むというところだ」
「……ふ~ん?」
このときばかりは、威厳が勝った。誤魔化すかのように生返事をする青年を王は真正面からにらみつけた。
数秒間の見詰め合い。折れたのは青年のほうだった。
「はぁ。騙せるかと思ったんだけど、君も成長したね。王サマ」
「どうするつもりだ?」
厳しくもう一度問いただす王に、青年は肩をすくめて見せると、衝撃に値することをさらりと言い切った。
「どうもなにも、彼女に頼むんだよ。魔王に」
流石の王や宰相も、たっぷり三秒は停止した。しきりに瞬きすると、王は恐る恐るといった様子でもう一度聞いた。
「今、なんと言った?」
「いや、だから頼むんだってば、魔王に」
「何を?」
「帝国に行ってくださいって」
「……可能だと思うか?」
呆れたとでも言うかのような宰相の言葉に青年はそれまでとは違い、即答しなかった。
黙って軽く羽織っていた黒銀のローブの中に手を入れると、中から金色の精密機械を取り出した。
そして、ニッと笑うといった。
「可能さ」
パシュンッと音を立てて赤と金で縁取られた部屋が突如灰色に染まった。
その世界はほとんどすべてが止まった世界。その中で動くのは王と宰相と青年の三人のみ。
「時をつかさどる僕ならね」
金色の精密機械―懐中時計を右手の中指に引っ掛け、チャラリと音をたてて握る。
その時計は、止まっていた。
「……信じよう」
この世界は王には理解できない世界だった。それゆえに、一言その言葉を託した。
青年はなれた動作で懐中時計をくるりと一回転させた。
それは、始まったときと同様にパシュンッと音をたてて終わった。
赤と金で縁取られた豪勢な部屋。青年―シルエッタは小さく笑うと、堂々とその部屋から立ち去る。
あとに残された二人にはそれを見送ることしかできなかった――。
*************************
『みぃ~つけた』
『みぃ~つけた』
『姫のこといじめたやつ』
『みぃ~つけた!』
キャハハ!クフフ!アハハハハ……!
今回は、魔王のいる森の位置する小国の王城の話です。
くどいですね、はい。
さて、ここは何度も書いたように小国です。よって、昔々にリェコンが説明した大国の中に名前はありません。
名前はのちのち……出せたらいいなぁ。
PV12000 ユニーク2700を突破!
ありがとうございます!
感想(批評も)、星の評価などお待ちしております。
五月三十一日 本文少し修正