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漆黒の魔に愛されて  作者: 亜瑠那
序章(後) 最後の涙
20/37

十三歳、願いはあまりにあっけなく

闇が、震える。


私はそんな感覚を覚えながら闇の中を疾走していた。術者である私のみに限り視界は闇に閉ざされていないため、なんの憂いもなく疾走できる。

だが、一瞬目を閉じれば浮かぶのは闇に消える寸前の光景。


「おじいちゃん……」


ぽつりと私の口からその名がもれる。右胸とはいえ刃に貫かれた状態でそんな長くいられるわけがない。その事実を理解してなお、私はそれを否定したかった。

闇に飛び込む前にコルティスは安全地帯に一度寝かせておいた。おそらく、それが一番最善だからだと思ったからだ。


闇の中に囚われ、恐怖を増大させられた帝国軍の兵士による慟哭のような叫びが闇の中で木霊する。閉ざされた空間の中で反射された叫びはさらに恐怖を呼び起こす。


闇は、人の恐怖を増す力がある。


だからこそセレスティーナもこの魔術を使おうとしたのだろう。


右手を小太刀の柄に添える。そして視線を左に奔らせると、一閃、小太刀を振り切る。


「ぐあああああっ!」


隠れて奇襲しようと思っていたのだろう、一人の兵士がのどを掻き切られ絶命した。そののどから飛び出した鮮血に恐怖はない。ただ、不快ではあるので後へ飛び去った。


そんな自分の機械的な動きに自嘲の笑みを浮かべながら私はそのまま逆方向へと走った。


正直、ここから先はどんな予断も許されない状況にある。コルティスはいつ襲われてもおかしくない状況であるし、リェコンにしても生死がわからない。セレスティーナも生死の淵にいるようなものであるし、カーセルにいたってはもはや死んでいる可能性のほうが高い。だが、それでも――。


「諦めるわけには、いかない―――――!」


唯一無二の強き意思をもって、私はそれに逆らうと決めた。抗い、抵抗し、絶対に諦めるまいと。だから。


「お前たちにも、大切な人がいるのはわかってる。お前たちが死んだら、そいつらがどれだけ悲しむかもよくわかってる。……だけど」


虚空へと呟く。闇に溶けて消える言葉が空間を震わせる。まっすぐに正面を見据え、小さく歯をかみ締める。一息つき、私は目を伏せる。そして、また視線をあげキッと真正面をにらみつける。


「私にだって、大切な人はいるんだ!私からそんな人たちを奪おうとしたのはお前らだ!奪ったのは貴様たちだっ!」


虚空にほえる。一文叫ぶと涙がこぼれた。そして、一度こぼれてしまえばもう、止まらない。両目から一筋、また一筋と涙がこぼれ頬を伝う。


「だから許さない、絶対に。……お前・・だけは、絶対にっ!!」


地面を蹴る。盛大な砂埃を巻き上げ、唐突な猛烈なダッシュでをつめる。短剣を抜く、振る。単純な動作を高速で行い、致死の刃を向ける。


「チッ……」


刃がはじかれる感覚と共に小さな舌打ち。それを耳に止めながらもう一方の短剣も振りかぶる。怒涛の如く刃を振るう。一度、二度、三度。くるりと身を翻し、回転の速度をのせての上刃切り。体重をのせた突き。


ありとあらゆる攻撃方法を使い、相手を追い詰める。


刃の切っ先で相手の小太刀の峰を突く。それと同時に響く澄んだ破裂音とひときわ大きな火花。


「こんな、こんな弱い、脆い、小太刀におじいちゃんはっ……!」


怒りに身を任せ、刃を振るい続ける。破壊された小太刀には目もくれない。涙が瞳から溢れ、視界がぼやけても正確なコントロールで相手の急所を狙い続ける。


「お前のせいだっ。お前のせいだっ!」


ひときわ強く放たれた刃の軌道。力をのせて放たれた刃はやすやすと弾かれる。


―――――矛盾している。


わかっていた。カーセルが死んでいるはずないと心では思っておきながら、頭ではもう死んでしまったのだと冷静に受け止めている。まだ生きていると信じているならば、この騎士団長・・・・と呼ばれた男に対してこれだけ強い怨嗟をぶちまける必要はないはずだ。


それでも、私は私を止めることはできなかった。


「絶対にっ!」


これまでで一番強く握られた短剣が振り下ろされる。刃がかすかに何かにふれ、軌道がずれる感覚。そして、








ズプリ







嫌な感触とともに刃の進みが止まった。私はその光景を信じられない思いで見ていた。


私の握った短剣が、目の前の人間の腹を貫いていた。

そして、その後ろでは、もっと呆然とした、騎士団長と呼ばれていた男の姿。


カラン、と手からもう一方の短剣が滑り落ちる。それと同時に貫いた短剣からも指が離れ、しかしこわばった様子でその形を維持している。

赤黒い液体が刃を伝い、一滴、また一滴と地面に赤いしみを作っている。


そんな様子をまるでベールを一枚はさんだ側での出来事のように感じた。

膝がわらい、うまく立てない。座り込みたい。


がくがくとゆれる視界の中で恐る恐る視線を動かす。短剣から体を伝い、首、そして顔。


「っ―――――――!!!!」


声にならない悲鳴がのどの奥で鳴り、私は立っているための力を失った。

重力のなすがままに地面へとへたり込む。



アリエナイ。



ただその一言だけが頭に鳴り響き、現れる。


見えているのに見えていない、そんな視界の中で人間が一人、ぐらりと傾き倒れる。






茶色の髪が一筋、目の前を横切った。




**************************



ファイアっ!」


アースっ!」


同時に純属性の魔術が放たれる。直線的に放たれる二、三本の魔術とそれに便乗して起こる数本の魔術。回避と同時にそれらを操り、それさえもカモフラージュとして使う。

時に炎が舞台フィールドを変形させ、時に火の粉が散り視界を遮る。


闇土ダーク・アースっ!」


闇を縫った土が飛ぶ。地面に飛び込み、影に飛び込み、姿を隠す。そして不意を突かんと突如現れる。そんな神出鬼没の魔術。それでも、炎は消えない。


混合魔術と呼ばれるそれは、本来ならば人間が使うはずの魔術である。純属性の魔術が使えない人間は混合することで威力を高めるのである。

だが、『魔』がそれを行うと、純属性の威力が落ちるばかりでなく混合した属性はうまく使いこなすことができず、逆に威力を落とす結果になるのがオチである。だが。


「っ!」


ついに反応が遅れた少年を闇を縫う土は容赦なく貫く。


「土と闇は仲がいいのよ、知らなかった?」


疲労に息を荒くつき、肩で息を吸う。額に汗をじんわりと滲ませながらも、少女―リェコンは嗤ってそういった。右肩を貫かれた少年は怒りに顔を歪め、だがそれでも口元に見間違えのない哂いを浮かべる。


「そうか、ならこちらもそれを使わせてもらうとするよ」


その言葉にリェコンの眉がピクリと動く。だが、その変化を感じさせない薄笑いでリェコンは嘲った。


「あら、一人ぼっちの紅の王にお友達なんていたかしら」


あからさまな侮辱に少年は一瞬息を吸い、炎がその強さを高めたが、すぐに表情を改めた。そして瞳に狂気を表しながら嗤った。


「余裕をかましていられるのも今のうちだ、土の王。その身をもって自らの愚かさを思い知るがいい!」


力をぬいた自然体で少年は立つ。もはや禍々しささえ感じられるほどの立ち姿にリェコンは目を細める。だが、それでも余裕の表情を崩さなかった。


「ふん、消えてから命乞いしてももう遅いがな。……焼き尽くせ、輝きをもって喰らい尽くせ!炎輪プロミネンスっ!」


めらり、と少年の両目に炎が視えた気がした。リェコンがそう認識したときには、両脇から光輝く炎が迫っていた。そして、それを見た瞬間リェコンはすべてを理解した。


「そうか、光っ!」


忌々しげに叫ぶと同時、後でもなく横でもなく、前に跳ぶ。輪の進行方向から外れると同時に真上に強く跳躍し踊り狂う炎を避ける。

視線を炎の輪にずらし、位置を確認する。ひとまずの危機を乗り切ったことに安心したリェコンはふっと前をむき―――


「あぁっ!!」


目の前に迫っていた少年の炎をまとう拳に気づき、体をひねらせるものの回避にはいたらずほぼ不意打ちの形で拳を受ける。前へと跳んでいた華奢な体はやすやすと進行方向とは逆方向へとひとたまりもなく吹き飛ばされる。


つまり、今だ消えていない炎輪プロミネンスのなかに突っ込むというわけであり。


咄嗟にリェコンは無から土を生み出し体を覆う。だが、無からとりだした土は使用魔力量に対しあまりにも少ない。そう、入念につくられた炎の前では気休めにもならない程度にしか、ない。


土が炎に熱される音がして、リェコンは墜落した。地面に触れたことで土の力は使えるようになったものの、もうそれを使う魔力さえ減ってきている。攻撃に全魔力をまわさなければいけないほどに。


「っ―――――!!!」


のどの奥からならない悲鳴をあげ、リェコンは必死に炎から逃れようと転がる。だが、それを少年が許すはずもない。


「ふふ、どうだい、どうだい!?無様にのた打ち回る気分は!?僕の前にひれ伏す気分はどうだい!?」


狂喜に表情を染め、二度、三度とリェコンの体に炎をつける。そのたびに転がりまわるリェコンに少年の狂喜は膨らんでいく。


「さっきまでの余裕はどうした!?僕をけなしたお前はどこへいった!?もっと、もっと僕に見せてよ、お前が命乞いしたがるまでさぁ!」


炎だけでは飽き足らず、少年は近づき足で蹴る、蹴る。その度に小さくうめき声をもらすリェコンを少年は狂喜と、嘲りをのせて見下す。その時、リェコンの唇が小さく震えた。


「っ――、―――――」


音にならないそれに、少年は顔を嫌悪に染める。そして、やれやれと首をふると哄笑する。


「なんだ、声を出すこともできなくなったのか。これだから野蛮な魔は。お前みたいなただのお飾りは黙って言うことを聞いていればよかったんだよ!」


「……い」


ぽつりとリェコンの声が鳴る。そして、震えながら息を小さく吸うと、リェコンはもう一度わずかにはっきりとした声で告げた。


「うるさい、餓鬼が」


「なっ……!」


弱々しく倒れこんでいる体に似合わず、その可憐な唇には不敵な笑みさえ浮かんでいる。余裕な態度をまだ崩そうとしないリェコンについに少年は冷静さを失った。


「この、ババア……絶対に消してやる」


息を荒くし、少年は殺意を向ける。だが、リェコンはそれを鼻で嗤った。


「この世間知らずの餓鬼が、知ったような口を利いてんじゃないわ」


少年はどこか狂っていた。だが、それでも理性はあった。だからこそ使わなかったのだ。






炎龍ファイアドラゴンッ!」


禁忌の魔法を。






少年の背後から炎が吹き上がる。火山の噴火のように訪れたそれは、見る見るうちに形を持つ。ひげの生えた、獰猛な顔つきの首、うねうねと長い鱗模様の胴体、とがった針のような尻尾。そう、すなわち、










龍の姿を。











龍が形をとるのに比例するように少年の姿がぼやけ始める。最初はうっすらと、途中から背後の炎が見えるようになり、最後にはほぼ透明と化す。それでも、少年はみを消すことはなかった。


炎龍ファイアドラゴン……どうかな、僕の、最高傑作は?」


魔力を大量使用する魔法を使った反動で、息を切れ切れにする少年はリェコンにそう言って哂った。おそらくわかっているからだろう、リェコンがこれを防ぐ力など残っていないことを。


「うふ、でもお前は、おまえ自身はもう力なんて残っていないんでしょ?」


だが、それでも。リェコンも笑みを消さない。決して有利ではない状況にあってなお、リェコンの瞳には光が宿っている。

透明化が進む少年は次第に顔をゆがめ始めた。激痛からだろう、その表情はますます苦しげになっていく。だがそれでも少年は吐き捨てるように言った。


「それは、お前も、同じだろう」


「いいえ」


言葉の語尾に重ねるようにしてリェコンは否定した。凛々しくさえ感じられる笑みを浮かべる。その体から放たれるのは体に似合わない圧倒的な気配。


「まだ、私はここに在る・・のよ」


「なっ……!まさか、貴様……!」


リェコンの言葉が何を指し示すのかを理解したのだろう、少年の表情が驚愕に染まる。透明化が進み、激痛が体に走っていてもなお、少年は首を横に振る。呆然とリェコンの顔を見つめ、何度も、何度も。


「嘘だ、あれをやったらおまえ自身が、王としてさえ存在できな―――」


「だからどうだっていうの?」


リェコンは怒りを含んだ声で少年の言葉を遮った。ついにその表情から笑みを消し、瞳に力を乗せて少年をにらむ。その迫力に蹴落とされたように少年が後ずさる。


「言ったはずよ、私は絶対にお前を許さない、と」


「よせ、頼む、それだけは――っ!」


少年がついに恐怖を表す。だが、リェコンはその状況に譲らない。そして、最後とばかりに最高の笑顔を少年に向けた。


「お前も、私の道連れだ」


ささやくような声で告げた。口元に悪魔のような笑みを浮かべながら。


「うわあああああああああっ!!!!!!!」


少年が我を忘れ絶叫するのと、


終焉の鐘ジ・エンド・ベル


少女が呟くのは、同時だった。


炎龍が猛々しく荒れ狂う。


すべてを覆いつくすような茶色の光が現れる。


二人の王は最後まで、敵対して。




そうして、終焉おわりは訪れる。


それはとてもあっけなく。




とても、皮肉気に。








願いを、壊す。








まず一に。


更新遅れまして本当に申し訳ありませんでした!

リアルの用事に追われまくりました……。


さて、今回は内容的にはフィンラとリェコン側で釣り合いがまあまあ取れている気がします。ですが、リェコン側はあまりにもあっけなさ過ぎる気がします。

戦闘シーンとか全然かけなかった……。


少しずつ崩れ始めたフィンラ側。これからも次々と崩壊が進みます。

長かった序章もそろそろ終わりが近づいております。帝国軍との一時的な決着、その先。謎はきっと残りますが、これを本編で明かせるようがんばります。


感想、星の評価、お待ちしております!


五月二十二日 魔法に関する語彙等を修正

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