小さな森の中に赤ん坊はいる
オギャーー!
朝早い、まだうっすら暗さの残る森の中に赤ん坊の声が木霊する。顔をくしゃくしゃにして泣き喚いているのは生まれたばかりであろう赤ん坊。近くには人っ子一人いる気配はなく、いるのは獣だけのようだった。
その獣たちに襲われることなく赤ん坊が今までわずかではあるが生きたまま泣き喚き続けていること、
それ自体が奇跡だった。その奇跡さえとうとう終わりを告げる、かと思われた。
グルルルルル……
禍々しいどす黒さの混じった赤い鬣をもつ一匹の獣がついに赤ん坊に近づいた。何かに警戒し、威嚇音を鳴らしながら少しずつ赤ん坊に近づく。泣き喚く赤ん坊は気づく気配もなく―気づいたところで何かできたとは思えなかったが―ただ、そこで変わらず泣き喚いていた。それだけであったはずだった。そのはずだったのだが。
ギャウオオオオオオオオオオオ!
突如として獣の鳴き声が響き、近づいていた一匹の獣は地へともたれる。それは皮肉にも、赤ん坊に頭をたれているように見えた。血を流すことなく、だが完全に体の力を失った状態で横たわった獣は奇妙なまでの生々しさを持っていた。そしてピクン、ピクンと時折動くその体がその奇妙な生々しさを一層際立たせていた。最後の抵抗とばかりに獣は自らを突如襲った存在へと首を回す。ぼんやりとした視界に映ったのは黒に近く、だがわずかに翠の入った髪を片方の瞳にかぶせ、自分を見下す14才程度の一人のニンゲンだった。
その視界を最後に獣は命を失った。
「醜き獣の身分でわが主に触れようとは身の程知らずな……」
そのニンゲンは嫌悪を隠すことなく獣をにらみつけると、それからすぐに視線をはずした。そして、いまだ変わらず泣き続ける赤ん坊を見やるとうっすらと笑みを浮かべた。かすかにつりあがった瞳をわずかに微笑みの形にすると赤ん坊へと近づく。そのままそっと割れ物のように華奢な赤ん坊を抱き上げると、ささやくように言った。
「わが主……。我が必ず主をお守りいたしますゆえ、どうぞ安心してお眠りになってください……」
フゥッとニンゲンが赤ん坊に息を吹きかけると、それまで泣き喚き続けていた赤ん坊はまるで魔法のようにすっと眠りに堕ちた。その寝顔に優しげに口元を緩ませると、そのニンゲンはまたそっと赤ん坊を地面へとおろした。そして不意に地面へとさらさらと何かを書きつけると、その中心へと赤ん坊を運ぶ。書き付けたものは複雑な模様となっていた。それは、一般的にはこう呼ばれるものだった。そう、
『魔王の陣』と。
「闇の盾、愛されし御子を守れ」
ポツリとニンゲンが呟くと陣は一瞬まばゆい光を放った。光は赤ん坊の中へと吸い込まれるように消えていった。
「我ら魔に愛されし御子よ、どうか……」
ニンゲン、もとい『人型をとる魔』は片膝を地面につくと目を閉じた。そして静かに、だが切実に何かを祈ると、不意に立ち上がり軽く指を上げると突然黒い靄となってどこかへと消え去った。
そのとき人型の魔が何を祈ったのか。それは彼女しか知らない――。
魔法のようにぐっすりと眠り続ける赤ん坊。
その赤ん坊を人知れずそっと抱き上げるものがいた。それはすでに七十は過ぎているであろう老人。
そんな歳に見合わないがっしりとした力で赤ん坊を優しく抱き上げると安心させるように何かをささやき、あやすように体を揺らす。だがしかし、魔法のように深い眠りに堕ちた赤ん坊の耳に届く声はなかった。
赤ん坊はただ静かに、眠り続けていた――。
う~ん。うまくいきません。
どうしても説明口調になってしまうのはどうしたらいいのか……。
研究してみます。前回の後書きにも書かせていただきましたが、これは主人公が生まれたばかりのころの話です。よって主人公のセリフはほぼありません。
ここで登場させた人型の魔はたぶんもっと先に重要な役割を占める……はずです。
お次はおそらく二歳ごろの話かと思われます。ここから数話は時間が年単位で飛びますが、本編に入ったらきっとちゃんとします。
一応一話とはしてありますが、ほぼ序章のようなものです。
また、誤字脱字、感想、訂正、反対なんでもお待ちしております。
一月十一日 題名改定しました
二月七日 後書き一部訂正しました。