十一歳、過去を振り返る少女の瞳は
あの時私はなんていったんだっけ。
今来た道とは反対側の少し急な斜面を下りながら私は考える。前を行くコルティスの背中は三年前よりも少し大きくなった。物理的にも、心理的にも。
そうだ、私はあの時――。
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「コルティス!」
落ち着いてから少しして、すぐに私はコルティスに『風の便り』を使って今すぐ会いたいと伝えた。数分後に返ってきた返事はいつものところで、の一文だった。その文を読むと同時に家を飛び出し、夢中で駆けた。もっと、もっとずっと速く――――。がむしゃらに足を動かし、最速かつ最短距離で待ち合わせ場所まで駆けた。そして、いつもの場所で一人たたずむ彼を見つけて必死に声をかけた。
「フィンラ……」
ただならぬ私の様子に何か感じたのだろう、彼の声はいつになく心配そうだった。乱れた息を整えながら私はどうやって話を切り出したものか考えていた。夢中で駆けてきたはいいが細かいところまで頭が回らなかったからだ。
「コルティス、あのね私、本当はおばあちゃんたちの子供じゃないの」
真っ先に口から出てきたのはその言葉だった。彼が一瞬驚いた顔をすると、すぐに真剣な表情になって私に先を促した。
そこから先は正直言って支離滅裂だったと思う。とにかく何を伝えればいいのか、何を伝えるべきなのか、それすらもわからずただ夢中でかけてきたときの心のままに言葉を吐き出していた。
長かった。言いたい事がうまく伝えられず伝えるための言葉を知らずなんどもどかしく感じたことだろう。だが、彼は一言も口を挟むことなく静かに耳を傾けていた。私が考えたこと、知ったこと、感じたこと―――。すべてその時できる限界の言葉で伝えきったときにはすっかりあたりは夕日に包まれていた。
「…………」
長い間の、無言。実際にはほんのわずかな時間だったのだろう。だが、それは今の私にとっては何よりも長い時間で、だからことその沈黙が心地よく、そして辛くもあった。
「フィンラ」
ぽつり、と彼が口を開く。その声に混じるのは驚愕でも困惑でも怒りでも忌避でもなかった。その声に混じる感情は、決意とほんのわずかな後悔。
「君が、教えてくれたこと。本当は少しだけ知っていた。でも知らないふりを続けていた。ごめん……。だからこそ、いまここで君に言うべきなのだと思う。今、君が僕に真実を打ち明けてくれた今ここで」
知っていた。彼は確かにそういった。それでも私の心には裏切られたという思いは浮かばない。きっとそれは彼の優しさからくるものだと、知っていたから。
「僕は、『魔』の一人と人間の間に生まれた、禁じられた子なんだ」
「『魔』と人間の間に生まれた……?」
思わず彼の言葉を復唱する私に彼は小さくこくんとうなずくとわずかに震えた声でその先を告げた。
「だから、ほんのすこしだけ『魔』については知ってるんだ。でも禁じられた子は人間世界でも、『魔』の世界でも受け入れられる存在じゃない。だからここに来たんだ。だれも何も差別しない、一つの閉じた世界に。だからこそ、この村はこう呼ばれているのだと思う」
少しずつ彼の心にあった重石のようなものが取れていくような、そんな感覚を覚えた。それはきっと隠していたことを打ち明けたせいなのか。彼は一つ息をつくと一つの名前を響かせる。
「時の止まった世界」
ヴィン、とわずかに世界がぶれる。ざわざわとゆれる木々の音が妙に大きく聞こえる。まるでこの世界に在るものすべてが反響しているような、歪んだ世界を体に感じる。ゾワリ、と背筋が恐怖と驚愕で凍る。
一瞬にして世界はその在りようを変えていた。
「これは……?」
「それが『ここ』。わずかでも『魔』の力に干渉して、感じ取れる人間ならすぐに感じられるはずなんだ。外界と切り離されすぎたこの場所はいつしか歪んだ世界の一つになっていた。だからこそ、この場所は普通の人間には見つかることのない、閉じた世界なんだ」
曇ったような五感。どこか感じていた世界と違うと感じさせる違和感はいまだに残るものの、急激な変化を終えたからだろう、ついさっきほどの変化はもう感じなくなっていた。
「僕の父……『魔』はこの世界と外界をつなぐ役割を担っている。だからこそだろう、僕は『魔』の残滓というのか……、そういったものを感じやすいんだ。だからフィンラのことも少し気づいていたんだ」
大人びた彼の口調はどこか納得させるものを持っていた。いまだに彼の言ったこと、起こったことに対する理解はあまり深くはできていなかったけれど、私が言ったこと以上の衝撃を与えてくれた、そして知らなかったことを教えてくれた彼には感謝の思いがあった。
「そうなんだ……。教えてくれて、ありがとう」
「いや、僕のほうこそ……」
そういってうつむく彼はほんのわずか数時間前に見た彼の姿とそっくりで、知ったことに対する驚きはいまだに覚めぬままではあるけれど、それでも私たちにはなんの変わりもないのだということを確認するのに理屈は要らなかった。
「ねぇ、コルティス?」
できるだけ明るい口調で呼びかけると彼はいぶかしげな顔で顔を上げた。
「何?」
「私もコルティスのお父さんの話聞いてみたい」
好奇心を丸出しでそういうと、一瞬彼は目をぱちくりさせたが、すぐに表情を変えた。
「えぇっ!?」
困ったような、焦ったような、それでいて嬉しそうで照れくさそうな。そんな彼の表情はなんとも面白く笑いをこらえるのに必死だったけれど、さっき言ったことは本気なのでもう一度繰り返した。
「コルティスのお父さんのお話聞いたり、いろんなこと教えてもらったりしたいんだけど……」
ダメ?と首をかしげて聞く。顔を一瞬で真っ赤に染め上げると彼はそっぽを向くと何か考えていたようだったが、小さくだが確かに聞こえる声で呟いた。
「……聞いてみる」
「やった、ありがとっ、コルティス!」
喜色をあらわにそういうと、ん。と小さく彼が首を縦に振るのが見えた。不意にいたずら心がわいて、私は後ろからそうっと彼に忍び寄ると、えいっとばかりに飛びついた。
「うわぁっ!」
少しばかりなさけない声を上げてずるり、と地面に座り込む。後ろからえへへ~、といって笑うと彼は苦笑しながら―顔を真っ赤にしながら―トン、と私の体を押す。ボスン、と音を立てて後ろに倒れると私の体は雪にまみれた。するとすぐ隣に彼は同じようにボスン、と向かい合う形で横たわった。そのまま私たちは長い時間ずっと、そのままでいた。ほほを真っ赤に染めながら。
不思議と、その時間はとても短く感じた――。
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「フィンラ?」
道の途中で足が止まってしまったフィンラに気づき、コルティスは心配そうに声をかけた。回想に浸っていたフィンラはその声でふと焦点を合わせると、自分がとまってしまっていたことに気づいた。
「ご、ごめん。なんでもない」
顔を少し赤く染めながら恥ずかしそうにフィンラがそういうと、コルティスは首をかしげながらも納得したようで前を歩き始めた。遅れていくのにあわてたフィンラは小走りでコルティスへと駆けると勢いをそのままに抱きついた。
「おっと」
ぐらりと前へと傾きながらもバランスをとって立ち直るとフィンラに向けて眉をひそめた。
「危ないよ、フィンラ。それに、父さんに見られたら困るんだから……」
「……成長したね、コルティス」
コルティスがもらす苦言には耳をかさず、フィンラはぽつりと言った。その一言で思い出すものがあったのだろう、コルティスは苦笑とともに言った。
「そりゃあ三年もたってるんだから成長もするさ。……と」
言っている最中に何かを見つけ、コルティスは小さく声をもらした。フィンラもその視線の先に在るものに気づき、微笑を向ける。
「やぁ、いらっしゃい」
さわやかな笑顔とともにそう言い放ったのは、小さなログハウスの前に立つ一人の男だった。長身の背に対して短めの茶色の髪を風に揺らし、光を反射し少し輝いて見える綺麗な瞳を二人のほうへ向けて立つその男に対し、少しバツが悪そうな顔でコルティスは返した。
「今日もよろしく。……父さん」
色々と視点が入れ替わる第十話です。
まずお詫びをば。10日間一日オーバーです、申し訳ありません。次はもう少し早めに投稿できる……ハズ。
話はほぼ八歳時ですね。次はちゃんと現在が入ります。そしておそらくあと一話では十一歳編終わりません……。本編の内容ばかり浮かんで序章が終わらない……。
設定は実は行き当たりばったりというありえない事態です。ちゃんと先は考えてますよ?一応ですが。途中に出てくる振り仮名は、英語的にはおかしいのですがあえてそこはお気になさらずスルーの方向でよろしくお願いします。
感想批評誤字脱字等々、何でもお待ちしております!