天笠真琴と屋上
「はぁーホントなんなんだよ今日は・・・」
ドアの前に立ってやっと気付いた。
体育のときに財布が盗まれた以上その中にあった鍵も必然盗まれたってことで。
当然中には入れないわけで。
妹の未来が帰ってくるのは5時頃なわけで。
それまで僕は待たなきゃいけないわけで。
僕は悲しいわけで。
……純風に言ってみたところで、そんなわけには変わりなかった。
ケータイが指している現在の時刻は10時52分。
今日は珍しくバイトのシフトを入れられなかった完全オフの日だというのに、どうやら時間をどこかで潰さなきゃいけなくなったらしい。
俺はもう一度ため息をついて考える。
選択肢が三つほど頭に浮かんだ。
1つは近所のコンビニで適当な雑誌でも立ち読みすること。
これが妥当かもしれない。
別に読みたい雑誌があるわけでもないが。
二つ目の大家さんに事情を説明して鍵を貸してもらう。
…まぁこれははダメだな。
そういえば今月の家賃もまだ払ってなかったし財布を取られた以上来週の給料日になるまで払えないから会うのは気まずい、何よりあの人、無愛想だから苦手なんだよなぁ。
はぁー。
俺は再びエレベーターの方に足を進め、エレベーターが開くと迷うことなく今となっては何も書いてない一番上の白いボタンを押してこのエレベーターで行ける最上階へと向かうことにした。
本日5回目のチンッを聞き終えた後、ドアが開くと俺は慣れた足取りで非常口を開けてそこから屋上へと更に続く非常階段を上に登り始めた。
階段を15段ほど上がったあたりだろうか。
俺はようやくそこに先約がいたことに気付きそして突然、立ち止まった。
普段なら先約がいたことを知ればすぐにでも踵を返して非常階段を下るところだが、その先約が醸し出す張りつめたような異様な雰囲気とその姿が、俺の足を止め視線を釘づけにした。
その少女は迷よりも少し短いくはいの綺麗な茶髪のショートヘアーで同じく文月高校の標準服を着てそこに立っていた。
だけど迷とは明らかに違う。
少女は築30年安全用の柵もないこの武居マンションの屋上の端っこでおそらく少女の物であろう黒いローファーを自分の横に置き、下を向いて立っていた。
ローファーの下には白い手紙のようなものが置かれている。
一瞬、俺の思考が止まる。
そして、数秒後ようやく思考し始めた脳内に、俺の予期したこの後の展開が高速で映像のように浮かび上がる。
そして再び我に返り、このまま知らない振りをして階段を降りようか。
それとも面識もないこの自殺志望少女を説得でもしてみようかと俺は数秒の間に何度も自分に問いかけた。
・・・・・・何度考えても後者は難しそうだ。
例えこの少女が俺の予想通り「天笠真琴」だったとしても。
その少女が同じクラスの隣席の女の子だったとしても。
それは俺が一方的に知っているというだけのただの事実に過ぎず、この現実を変えるだけの決定打には到底なり得なそうだからだ。
俺はとりあえず迷に電話をかけた。
こういう時に一番頼りになりそうなのは他の誰でもないあいつだからだ。
何回かコールしたあと電話に出たのは迷ではなく、留守番電話サービスの機械的なお姉さんの声だった。
仕方ないので「すぐ屋上に来てくれ」という伝言を残してから俺は携帯をポケットにしまった。
しばらくの間、少女と面識があるかもしれない迷の到着を待とうとも思ったが、今にも重力の支配から抜け出したい言わんばかりのこの少女が迷の到着を待ってくれるとは思えない。
それほど少女の表情は切迫していた。
だから俺は自分なりに。
例えキャラではなくとも足掻いてみることを決心した。
……大丈夫。迷が来るまで時間を稼げばいいだけなんだから。