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第9話 仕方ない


『うう……やっと熱が下がりました』


 一週間ぐらい、私は風邪で寝込んでいた。

 あの日を境に、色んな人に話を聞かれたり、褒められたり、前にも増して恐れられたりして、なんだかすごい気疲れしてしまったことが原因だった。

 でも思い返してみれば英雄気分もそう悪いものではなかった。借金返せたし。

 着替えて、外に出る。

 いい天気だ。今日は市場に行こう。

 寝込んでいる間に切らしてしまった諸々を買わなきゃいけないし、ついでにパン屋に行ってローラを引っ叩き、今後永久に私だけパンの値段を二割引きにすることを誓わせなければいけない。

 しかし通りに出ると、その場のみんなが私を見て固まった。


『え……? どうしたんですか?』

『お、おい……マリー、いや、マリー様』

『へ』

『魔王を倒したって、本当ですか?』

『は?』


 通りを抜けて、街の広場にある掲示板へ走る。

 そこには領主様や、その上の国王様からの布告が度々張り出されている。

 大体は増税のお知らせだが、今日は違った。


 ――西方地域で暴れまわっていた魔王とその配下が突然、何者かによって全て討伐された。

 死体の状況から、地方の街を魔物から救った魔女の功績と冒険者ギルドは判断。

 よって該当の魔女、マリエルテ=ラベドワイエルを国家第一等の功労者並びに英雄として評価する。

 それに従い上記の者は最寄りの公的施設に出頭し申し出るように。

 ※なお、成りすましの申告者は死罪とする


 いや、いやいやいやいやいや。

 なわけないでしょう。何ですか、私が魔王倒したって。この一週間、私ただ風邪で寝てただけですよマジで。

 そこで、私は思い出した。

 まさかあの人が――あの不思議な剣士が、魔王を倒したってこと? 

 だからあの時に私が起こした、たった一度の出来心のせいで星の巡りと運命がこんがらがって、全てが私の仕業になってしまったと?


『嘘でしょ――』


 私は思わず呆然と立ちすくんで、でも逃げなきゃいけないことだけは理解した。

 ダメだ。これだけは本当にダメだ。

 英雄になんかなってしまったら、私の人生はもうおしまいだ。

 だって私はただ見た目の風格があり過ぎるだけの、仕立て屋の町娘のマリーでしかないんだから。

 それが英雄を(かた)ったりなんかしたら、絶対ロクなことになるはずない。

 しかし、もう遅かった。

 私がその場から逃げようと振り返ると、もうそこには。


『――お迎えに上がりました。魔女マリエルテ=ラベドワイエル様』


 知っている。この町を地方ごと治める領主様と、あとついでの町長だ。

 そんな彼らが従者の人たちと一緒に、私なんかの前に跪いていた。


「――というわけで、それから私は国王様に呼び出されて式典に出たりして、「滅びの魔女」とかいう絶望的に可愛くないあだ名まで付けられて、マリーっていう名前も普通過ぎるからもっと箔を着けろとか言われて魔女アビスマリーって名乗ったりして、それからそれから、魔物討伐依頼とか挑戦状とかファンレターとかお見合いの申し込みとか送り付けられるようになっちゃったんですよ⁉」

「……」


 マリーの話を聞き終えて、俺は率直に思った。


「いや……そんなこと俺に言われても」

「あなた以外の誰に言えっていうんですか! だってそもそも……あなたが魔王倒しましたって名乗り出ないからこんな目にあってるんですよ私!?」


 確かに、それはそうかもしれない。

 いやでも、最初に金に目がくらんだのはマリーの責任ではないだろうか。


「だ、だってそれは仕方ないじゃないですかぁ! 私だって父親が借金残さなかったらそんなことしようだなんて思いませんでしたよっ!」

「というか、なんで、俺がこの村にいるって……」

「いろいろ手を尽くして探したんですよ。ふふ、有名人になると勝手に色んな伝手ができるんですよね。私初めて知りました。

 方々にあなたの特徴を伝えて探してもらったら、えーと、なんか「ナントカ浪々騎士団」みたいな冒険者旅団の人が、あなたの名前とここの出身地を知っていたらしいですよ」


 マリーの言葉の端々からは、なにか並々ならぬ執念を感じられた。

 というか結局、このマリーは俺に具体的に何をほしいのだろう。責任を取れと言われても、俺は何をすれば責任を取れるのだろうか。


「そんなの簡単です。本当は自分が魔王を倒したって名乗り出てください。そうすればこのおかしな状況は――」

「やだ」

「なんでですかっ⁉」


 だって、そんな事したら色んな人から注目されてしまう。それこそ、このマリーのように人前に立って多くの人と交流することを余儀なくされるだろう。

 そんな地獄は、今の俺にはとても耐えられない。


「目立ちたくないし、他人と話すの苦手だから……」

「人見知りの子供ですかあなたはっっ!?」


 というか、今更俺が名乗り出たらそれはそれで逆に大変彼女にとってマズいんじゃないだろうか。

 仮に今度は俺が英雄になったとして、そうなれば今度はマリーがとてつもない大嘘つきということになるだろう。

 ということを、どうにか言葉を絞り出して伝えると。


「それどころか私、国王陛下とかいろんな偉い人たちの前でもう表彰とかされちゃってますから、下手したら国家規模の詐称罪で投獄裁判打ち首処刑のフルコースです……?」


 呟いて、マリーは再び泣き出した。

 そんな彼女に、俺はため息をついて言った。


「じゃあ、悪いけど、俺にできることはないから……もう帰ってくれないかな」

「ひどいっ~~! ぐすっ、そ、それが、あなたのせいで、ひっく、泣いてる女の子にかける言葉なんですかぁ……! このクソ鬼畜ぅうぅぅ、うあああああんん!」


 そうは言われても、かける言葉なんて俺には分からない。あと責任の取り方も。

 ――それから一時間ほどマリーは泣き続けた。

 ようやく泣き止んで、赤くなった目をこすると立ち上がり、俺の手を取った。


「え」

「一緒に、来てください」


 そのまま手を引かれて、有無を言わさぬように小屋の外に連れていかれる。

 マリーは俺に向き直り、口を開いた。その瞬間。


「――こんなところにいらっしゃいましたか」


 横合いから、見知らぬ声が響いた。


「あなたは……」


 マリーは一瞬で、きりっと表情を切り替えていた。

 さっきまでの泣き顔はどこへやら、細めた目つきはまるで冷酷な魔女そのもの。

 どういう原理なのか、全身から発する雰囲気さえもまるで別物になっている。

 確かにこれは……ただならぬ人物と思われても、仕方ないかもしれない。


「国王陛下からの使いとしてやって参りました。王国秘書官のヘルミーナと申します。このような田舎にいらっしゃるとは……探すのに苦労しました」


 現れた人物は、かっちりとした服装をした女性だった。短く切りそろえた若草色の髪、腰に吊った細剣の鞘と黒いストッキングが印象的である。

 ヘルミーナと名乗った彼女は俺をまるきり無視して、マリーにだけ視線を向けていた。


「魔王軍の残党、その魔物が暴れております。どうか、討伐を遂行していただけないでしょうか」

「あら、今は気が乗らないと断ったはずだけど。……そもそも残党如き、国軍で十分に対処できるんじゃないかしら」


 あ、人前だとそんな感じでしゃべるんだ、と俺は思った。確かにその口調の方が雰囲気と合致している。


「いえ、それが国軍では対処不能なほど強力な魔物でして。私も、国王陛下から無理やりにでも承知させろと言われておりますので、どうか」

 

 ヘルミーナは深々と頭を下げた。

 俺はもう何でもいいから二人とも早く帰ってくれないかなあ、と思っている。さっきからずっと落ち着かない。

 するとマリーは深いため息をついて、頷いた。


「わかったわ。場所はどこ?」

「ご案内いたします。承っていただけるのでしたら、早く参りましょう」

「待ちなさい」

「……何でしょう」

「その場所と、ここからの経路を詳細に、誰にでも分かるように、今この場ではっきりと言いなさい」

「……? 場所は東アザルス地方レーヌ街道沿いのマルティア峡谷の谷間。ここからだと街道を南下して山を迂回し、リリュー河沿いから北上して向かえば早いです。それがどうかしましたか?」

「いいわ、十分よ」

「はあ。では、参りましょう」


 俺はただ黙って去っていく二人を見送った。

 その去り際、振り返ったマリーは俺を見て、何やらパクパクと口を動かした。

 何を言っているのか分からなかったが、訴えるような目つきだった。


 ようやく一人になって、俺はほっと胸を撫で下ろした。

 だが、これからマリーはどうなるんだろう。国からの魔物討伐依頼、それができないとなれば正体が露見する。

 そうなれば彼女は、本当に処刑されてしまうのだろうか。

 多少は、責任を感じないでもない。


「……仕方ないか」


 俺は農作業道具を片付けて、村の出口へ歩き出した。

 遥か昔、誰かを助けたせいでひどい目にあった気もするが、それはそれとして。


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