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第6話 はてしない


 俺には、絶望的に戦いの才能がない。

 剣も魔法も、普通の人間なら10を覚える時間で、たった1すら覚えられるかも怪しいぐらいだ。

 けれどこの地獄には、無限の時間と無限の命がある。


 剣を振る――多分、出会った中で最も弱いだろうスライム種の魔物を一匹倒すのに、十年ぐらいかかった。

 魔法を練習する――手元をわずかに光らせるのが限界だった魔法が、枯れ木で焚き火ができるようになるまで、数十年かかった。

 しかし、俺は嬉しかった。


「やった……!」


 進歩している。

 たとえ人より歩くのがどれだけ遅くても、進んでいないわけじゃない。

 俺は成長できるのだという実感が、乾き切った心を満たす。

 そこから俺は、そこら中にあふれる魔物たちにひたすら戦いを挑んだ。

 かと言ってがむしゃらに挑むのではなく、その時点の自分と同じかそれ以上の強さの魔物を選び、相手の動きをよく見てどう動くべきかを常に考えながら死ぬ度に反省と実践を繰り返した。

 ようやく、俺は気付いたからだ。

 試行錯誤こそが、この地獄に存在する唯一の娯楽なのだと。


 一体、何百あるいは何千年、俺は剣を振ったのだろう。

 斬撃が通る魔物は、大体殺せるようになった。

 硬い甲殻や皮膚に包まれた、あるいは石そのものでできた魔物も、力任せあるいは技術によって無理やり叩き切れるようになった。

 しかし。


「こいつは……!」


 毒の煙でできたポイズンクラウド、あるいは渦巻く風そのものであるウインドフェアリーなど。剣ではどうやっても倒せない、非実体系の魔物が立ち塞がった。

 旅団(パーティ)にいたころ、そう言えば実体のない魔物は魔法をぶつけないと倒せない、と言われていたことを、俺は遥か遠い記憶の彼方から思い出した。

 だから俺は、今度は魔法の方に注力して練習した。


 手のひらにともせる魔法の火を大きくしていく。

 しかしうまく魔法をイメージできない。あまりにも長く剣を振り過ぎていたせいか、俺の魔力は炎ではなく、剣のような輪郭を一瞬取ってはすぐ消えるようになってしまっていた。

 そこで俺は閃いた。

 じゃあいっそ魔法の剣を作ってしまえば、なんでも斬れるんじゃないかと。

 そして再び数百年か数千年か、一体どれほどの時を費やして、ただひたすらに自分の魔法をイメージし続けただろう。

 

 ついに俺は魔法の剣を手元に作り出し、自在に振るえるようになった。

 そこからは、成長速度が速まった。

 コツをつかんだ、というより、これまでよりも強力な攻撃手段が手に入ったおかげで、より強い魔物から手応えを得られるようになったからだろう。


 そうして、俺はいつしか退屈を忘れていた。

 戦う。殺される。反省して、修行して、また戦う。そして勝ったらもっと強い敵を探して挑んでその繰り返し――。

 いつの間にか、不格好極まりなかった俺の剣の腕は、大抵の魔物を数秒で解体できるようになっていた。

 いつの間にか、あまりにも頼りなく手元を照らすだけだった俺の魔法は、触れたものを全て切り裂く、超高密度の魔力刃を作り出せるようになっていた。


 そんな成長を実感するのがたまらなく楽しくて、俺はもう自分がどうしてここに来たのかさえも忘れて、ただただ戦い強くなることに夢中になった。


 それから、どれぐらいの間、俺は戦い続けたのだろう。

 千年、万年、億年……たとえそれ以上だろうが誤差と思えるほどに、俺は地獄の魔物たちと戦い続けて――その時はやって来た。


「お前が……多分、ここで一番強い奴だよな」

『ぉおぉおおおお……ワレは、魔王……最初に作られた、プロトタイプ魔王』


 巨大な山が鳴動する。それは山ではなく、山のように巨大な魔物だった。

 空間そのものを揺るがすその声は、うまく受け流さないと聞いているだけで全身が沸騰して死ぬ。俺はできるようになるまでに少なくとも百年はかかった。

 ともかく、プロトタイプ魔王とか名乗ったその存在は、恐らくこの地獄で最も強い魔物だった。

 そして唯一言葉を話す個体だったが、会話ができるわけではなかった。


『ワレは……失敗作。強すぎた……だから天使様に、捨てられた。

 だが殺す。人間を、殺す。それしか知らぬ。殺す、ことが、ワレの存在意義』


 殺す。ただそれだけを繰り返すプロトタイプ魔王は、とても意思疎通ができる相手ではない。会話という概念を時の彼方に落としてきた今の俺でも分かるぐらいだ。

 だから俺は機能を失いかけた口を動かし、最初で最後のつもりで言葉を発した。


「じゃあ、殺し合おう」

『うむ』


 巨大な山が動く。とてつもない大きさの拳が振り下ろされるのを見上げて、俺は満面の笑みで剣を構えた。

 それこそが、互いにとって最上のコミュニケーションなのだと知っていたから。


 もちろん一度で勝てるわけもなかったので、俺はまた途方もない時間を戦い続け、そして殺され続けてを繰り返して。

 ついにようやく、本当にその時が訪れた。


「オオォォ―――ッ‼」

『ぬぅああああああ!』


 俺の魔力剣と、プロトタイプ魔王の吐き出す破壊光線。お互いの全身全霊がぶつかり合う。

 その激しさが凄まじい閃光を生む。俺はとっさに目を閉じて失明を回避した。

 真っ暗な視界の中で、感覚に従って莫大なエネルギーの奔流を斬り裂いていく。

 しかしながら……。


「ぐっ、ぅぅ!」


 流石に力の桁が違う。押し込まれる。

 このままでは負ける。……まあ、負けたところでまた挑めばいいだけの話なのだ、が

 この時だけは違うと、俺は感じていた。

 なぜならこの瞬間、プロトタイプ魔王は初めて全力を出したのだから。

 何度でも戦えるけど、奴の初めての全力はこの一度だけしかない。だからこの瞬間に、俺も限界を超えて応えなければと。

 ここ何世紀もの間ずっと戦ってきた相手に、俺は友情のような敬意のような、とても奇妙な気持ちを抱いていた。


 ――だからもっと薄く、さらに薄くだ。

 想像の限界よりも、遥かな薄さまで。

 俺はもはや剣と呼べるかすら怪しいほどの薄さにまで、己の魔力を凝縮した。

 それは、直感的な閃きだった。

 魔力で作った俺の剣は、薄く鋭くすればするほど斬れ味が増すことは経験で知っていた。

 ならそれを、限界を超えて突き詰めればどうなるだろう。

 大海原のように地獄を埋め尽くすプロトタイプ魔王の破壊光線に比べれば、わずかコップ一杯の水に過ぎない俺の魔力でも、およそ目に見えないほどの薄さ――この世に「有る」か「無い」かの狭間に挑むほど、儚い一線に凝縮させて研ぎ上げれば。

 それは大海を斬り裂く、無敵の刃になるんじゃないかと。

 俺は、思ったのだ。

 だから実行した。


 果たして――ある一線を越えたその瞬間、俺の手元で何かが変わった。

 手に馴染んだ魔力が根本的に変質を遂げて、光線を斬り裂く手応えが不気味なほど劇的に変化した。

 俺はまるで、何の抵抗もないまま破壊光線を斬り裂いて。


『見事……』


 プロトタイプ魔王そのものを、真っ二つに斬り裂いた。

 巨大な山が、二つに割れて崩れ落ちる。

 しかし、それだけでなく。


「何だ……これ」

『空間の、裂け目……だろう』


 全力の反動からよろよろと立ち上がった俺の目前の空中には、まるで着古した服の穴のような縦長の切れ目がぽっかりと生じていた。

 二つに割れて息も絶え絶えのプロトタイプ魔王が声をこぼす。


『ワレの全力の中で研ぎあげられた、お前の刃が、ついに、この空間すら、斬り裂いた、のだ……』

「え……あ、そう」


 説明されてもよく分からなかった。というかお前、そんな風に喋れたのか。

 プロトタイプ魔王は、呆然とする俺に続けて言った。


『行かぬ、のか……』

「……?」

『その裂け目を通って、地上へ。……他の人間は、皆、そこにいるのだろう』

「――――」


 理解した時、俺は永遠のような走馬灯に襲われた。死ぬほどの衝撃が全身を駆け巡る。とうにその意味すらも失った希望が、俺の中に再び生まれたのだ。

 裂け目へ、震える足を一歩踏み出す。

 とっくに枯れていた涙が、頬を伝った。

 帰れる。ここから出られる。

 しかし最後の一歩を踏む前に、俺はふと背後へ振り返った。

 そこには二つに割れた巨大な山があった。

 俺が去った後も、プロトタイプ魔王はずっとここにいるのだろう。この地獄では死ぬこともできないまま、ずっと一人で。

 すると巨大な山は、俺の背中を押すように言った。


『行け……人間。ワレに構うな……どのみち、ここだけがワレの居場所……他の所へは、行けぬ』

「!」


 そして物理的にも、デカすぎる指が俺をずずっと裂け目へ押し込んでいく。


『感謝する。ワレと戦い……そして打ち倒してくれて。ワレは失敗作、だったが、お前のおかげで、魔王の役目を、果たすことが、できた……』


 そして。


『さらばだ……友よ』


 はてしない時の果てに、俺は元の世界に帰ったのだった。


 


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