第3話 昔の話
そして時刻は夜。
夕食を終えた俺たちは、三階建ての最上階の部屋にいた。
「あ゛~~、疲れましたぁ~~」
ローブコートと魔女帽子を脱いで身軽になったマリーがごろんとベッドに転がる。
ぷしゅう~~、と空気が抜ける音がしたわけではないが、そんな感じの気の抜け方で、少女はアビスマリーからただのマリーに戻っていた。
しかし、そのセリフはどっちかと言えば俺のものなんじゃないか。
一日中荷物持ちしてたし、あとそういえばドラゴン倒したし。
そう言うとマリーは即座に反論した。
「は~~!? スルトさんはただ私の側でずーっと黙ってただけじゃないですか!
一日中、指の先から髪の毛の一本まで「最強の魔女」を演じてた私の方が疲れてますー!」
枕をぎゅうっと抱きしめながら、マリーは不満げに頬を膨らませた。
ちなみに、宿はちゃんと二部屋取っているのだが。
「私が部屋に一人の時に変質者とか暗殺者とか襲ってきたらどうするんですか⁉」
「隣の部屋だから、すぐ駆けつけられるけど‥‥…」
「その「すぐ」って何秒です? たとえ一秒だったとしても、私はぜーったいに無事じゃない自信がありますけど!?」
と胸を張るマリーによって、着替えの時を除いてほとんど彼女の部屋に常駐することを俺は求められていた。
そして実際に過去そういう輩が来たこともあるから、あながち杞憂とも言い切れないのが面倒くさい。
「で明日からどうする?」
「へ? 一か月ぐらい観光しましょうよ。折角の王都! 華の大都会ですよ! スルトさん!」
マリーは楽しそうに言った。
しかし彼女が外出するとなると荷物持ちの俺も付いて行かなければならない。
そして王都は人が多い。それにマリーは有名人だから嫌でも注目される。
俺としては、気乗りがしない。
「俺はやだ。人が多いとこ嫌いだから部屋にいる」
「はあっ⁉ 私一人で外出して野生の変質者とか辻斬りとか道場破りとか路上格闘家とかに襲われたらどうすんですか! 大体スルトさんは――(※以下略)」
怒涛のようにまくしたてるマリー。まるで窓を叩く豪雨のような言葉の嵐に、悔しいが俺の会話能力ではとても太刀打ちできなかった。
「というわけです! 分かりました? ちゃんと私の側で荷物持ちしてくださいね!」
「……はいはい」
結局押し切られるように、俺は明日からしばらく彼女の後を付き従うことになった。
このように、魔女アビスマリーではない素の彼女は、少し図々しいぐらいに快活で饒舌だ。
「な……なんですか? 私の顔に何かついてます?」
「いや。やっぱ魔女の時とキャラ違うなあって思って……」
「生まれつきのせいですよ」
この髪と目、とマリーは自分の顔を指さした。
白すぎる肌に深紅の瞳と、透き通るような銀の房が混じった黒髪。彼女の主な特徴にして威圧感の源泉は確かに、ちょっと普通の人間離れしている。
「普通の見た目じゃないですからね。多分祖先に魔族かエルフの血が入ってたんじゃないですか。隔世遺伝らしいです」
そういうことも極稀にはあるのだと、マリーはどこか他人事のように言った。
「この見た目ですから小さいころから魔女とか悪魔とか言われて、いろいろ怖がられました。そのキャラに合わせてみた演技です。なかなか板についてるでしょ? 笑っちゃいますよね。見た目以外は普通の一般人なのに」
そう言って、マリーは自嘲気味に笑った。
俺はなんて答えていいか分からなかったので、黙って話を聞いた。
するとマリーは、だんだん暖まってきたように声を荒げはじめる。
「いやというかこの見た目で本気で笑えるくらい一般人なんですよ私! ただの女の子だし! 魔法も才能ないし! ホントに評判通り強かったらむしろ楽なんですかねえっ⁉」
自分の言葉に逆ギレするマリー。
俺には彼女の気持ちは分からない。けれど、彼女なりに子供のころから悩んでいたのは伝わった。かといって、何かイイ感じのセリフで励ましたりできないのが俺である。
「というか!」
「うん?」
「スルトさんは、なんであんな馬鹿みたいに強いんですか⁉」
「えと……頑張った、から?」
唐突な質問に、俺は正直に答えた。
するとマリーは、ベッドの上からほとほと呆れたような目つきを寄越してきた。ため息とともに白い太ももが組み直される。
「いや、まあそりゃそうでしょうけど、伝説の誰々の元で修業したとか、はたまたその生まれ変わりとか……そう言えばスルトさんまだ私に、これまでどうやって生きてきたとかそういう身の上話をまだしてくれてませんよね⁉」
「そうだっけ」
「そうですよ‼ もう出会ってから三か月も経つのに!」
「たった三か月じゃん」
いいから、とマリーはベッドの端に小さな尻を乗せて前のめりになる。
「折角です! 今日は話してもらいますよ!」
「えー……」
「何ですかそのめんどくさそうな顔! 自分を語りたくないんですか⁉」
「うん。めんどくさいし喋るの嫌いだから」
マリーは拗ねたように唇を尖らせた。
「私に自分のこと話すの、めんどくさいって思うんですね」
その発言が、何よりめんどくさいと思うのは俺だけだろうか。
「短い付き合いですけど……ちょ、ちょっとは相棒として信頼してくれてるって思ってましたのに。いいですよ、もう。スルトさんの馬鹿……」
「分かった。話すよ」
「へ」
俺はしぶしぶ、マリーの求めに応じることにした。
別に彼女に知られるのが嫌なわけじゃない。自分の事を誰かに話したいと言う気持ちが、ないわけでもない。けれど。
「俺、口下手だし……昔過ぎて、思い出すのに時間かかるけど、それでいいなら話すよ」
「聞きます! 聞かせてください!」
マリーは嬉しそうに笑った。俺は椅子に座り、息を吐く。
それから、どうして田舎の農村で生まれた俺が「最強の魔女」の荷物持ちをしているのか。
俺は遥か――気の遠くなるほど昔の記憶を思い出し始めた。




