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第2話 見かけだけの魔女と最強の荷物持ち

 一点集中させた魔力が刃を形成する。

 息を吸って吐く、よりも短い一瞬の間に。

 俺の右手には紙一枚よりも薄く儚い、青白い魔力の剣が握られていた。

 すぐ後ろでマリーが息をのむのが聞こえた。


「もっと後ろにいないと、危ないけど」

「で、でも……私、腰が抜けちゃって……」

「じゃあそこでいいや」


 俺は全魔力を賭して形成した剣を、片手で肩に担ぐように構えた。

 今にも襲いかかってきそうだったドラゴンが動きを止める。

 何かを察知したように後ろ足を上げて巨大な尻を持ち上げ、閉じていた翼を開く。

 本能的な警戒態勢を取るとともに、竜は口の中に莫大な炎を溜め込み始めた。


「あ、ブレスくる」

「ひえ゛ぇぇっ‼⁉ あ、ああ、あの……私のことちゃんと守ってくださいよ⁉」

「難しいこと言うなあ」

「尊い人命の行く末をそのノリで諦めないでくれませんっ⁉」


 マリーが騒ぐ。とはいえ実際難しい、というか不可能だ。

 俺はちゃんと誰かから指導されて魔法を学んだわけではないので、ドラゴンの炎をバリアで防いだりとかそういう器用な芸当はできないのである。

 出来るのは、全力を費やして剣を一本手元に作る。ただそれだけだ。

 だから。


「まとめて斬ればいいか」


 俺は膝を曲げて、一拍の間を置かず、今にも解き放たれようとする業火の口元に飛び込んだ。

 そして、肩に担いだ剣を振り下ろす。

 と同時に爆炎が解き放たれた。


 それは小さな森一つぐらいなら焼き尽くす、生物としてのドラゴンの奥の手だ。

 ドラゴンにとっても大きな体力を消耗するので、通常の狩りなら全く使わない。自身と対等以上の敵を殺すための必殺技だ。

 そんな、恐るべきとされる業炎は。

 振り下ろした俺の魔力の切っ先に触れた瞬間に、弾け飛んで霧散した。


 詳しいことは俺も分からないけれど、多分これは単純な強度の問題。

 すなわちレンガとバターが正面衝突したらどっちが砕け散るか、という話だろう。

 そして炎を斬り裂いた、というより砕き散らした俺の剣はそのまま、最も分厚い鼻先の鱗に当たった。

 大砲の弾でも貫けない竜鱗と、さらに強靭なその下の筋肉と骨。

 俺の全魔力を薄紙一枚以下に圧縮した超密度の魔力刃は、それらをまとめて溶けたバターのようにぶち抜いた。


 そして一瞬の接触の刹那に、伝導される魔力は一直線の光波となって、そのままドラゴンの頭から胴体そして尻尾までを、ナイフを入れたように両断する。

 およそ聞かないような巨大な筋肉の塊を焼き切る轟音は、切断の結果から遅れて響き渡った。

 焼け焦げた断面をさらして、縦半分になった竜の遺骸が街道の両脇に崩れ落ちる。

 俺は剣をしまう――というイメージを浮かべて手元から消した。

 そして振り返って、腰を抜かしてへたり込んでいるマリーに声をかけた。


「終わった」

「は、はい……ええと、あの、その、お疲れさまでした」

「うん」


 しかしマリーは立てないようだ。少女の両脚は、小銭を取り出そうとする老人の手元の16倍速ぐらいで震えていた。

 しかも彼女の着ているローブコートの下はやや短めのスカートで、さらに中途半端に内腿を開いた姿勢でへたり込んでいるものだから。


「下着見えてるけど」

「~~っ‼」


 指摘した途端、マリーは顔を赤くして稲妻のように素早く立ち上がり、俺の頬をビンタした。


「痛い……」

「~~っ‼ し、知りません! もう、スルトさんの馬鹿! レディへの気遣いを人生のどこで落としてきたんですか⁉」

「よく分かんないけど、なんかごめん」


 ともあれ動けるようになったようで結構だ。

 俺は荷物を担ぎ直して、ついでにマリーの服についた汚れも払っておく。


「じゃあ戻るか」


 そう言った直後。


「待ってください」


 マリーに、シャツの裾を掴まれる。

 顔を赤くして、片手でスカートを強く押さえ、涙を両目に浮かべながら。

 最強の魔女は、俺にこう言ったのだった。


「あ、ありがとうございました……今日も、助けてくれて」



 ※ ※ ※ ※ ※



 ――そうして、無事に護衛の仕事は終わった。

 ドラゴンの死体を見た貴族や馭者たちは仰天して、それからの道中はまるで神のようにマリーを崇め奉っていた。

 ともあれ、その後は特に何事もなく王都に到着して、彼らとは門前で報酬をもらって別れた。

 そして俺たちは今、王都の宿屋にいる。


「太陽と月の下の宿屋」というよく分からないようで至極当たり前のことを言っている大衆向けの宿屋で、俺とマリーは宿泊することにした。

 俺たちに決まった家はない。立ち寄った街で主に魔物討伐の依頼を受けて、その報酬でその日を暮らす。

 つまり巷に言われる浮浪者、ごろつき、住所不定あるいは。

 冒険者と、呼ばれる人種だ。


「で、では、誠に恐れ入りますが、こちらの宿泊者名簿にサインをいただけますでしょうか……?」

「ええ」


 受付の女性が、震える手でカウンターの宿帳を示す。マリーはさらさらと、そこに俺と自分の名前を書きつけた。

 さすがに王都の宿屋だけあって大きい。さらに灯りの数も多い。一階の受付前は食堂兼酒場になっているらしく、多くのテーブル席がランプの光で照らされていた。

 冒険者御用達の宿らしく、席を賑やかにしているのはほとんどが同業者のようだった。そのせいか。

 俺たちが宿に現れた瞬間から、酔客たちはどこか落ち着かない雰囲気で、ちらちらとこちらの様子をうかがいながら、ひそひそと話し声を交わしていた。


「あ、あれが噂の「滅びの魔女」か……! や、やべえよ、本物は威圧感がハンパじゃねえぞ」

「なんと尋常ならざる気配をまとう女子おなごよ。百戦錬磨のこの我が、後ろ姿を見ただけで震えが止まらぬわ……」

「わ、わわ、私、さ、サイン欲しいんだけど……ああダメダメ、膝が震えて近づけないよぉ……」


 まあ確かにマリーの正体を知っている俺でも、彼女の見た目にはかなりの威圧感を抱かずにはいられない。外野から見たらなおのことだろう。

 そこでふと、俺は俺自身が彼らの話題に上がっているのを聞いた。


「しかし、なんだあの荷物持ち。なんか見るからにショボくねえか?」

「あのような強き主人の従者にしては、役者が足りぬと言わざるを得んな」

「あ、あんなクソ雑魚っぽい人でも荷物持ちできるなら、私だって! ……いや、やっぱ恐れ多くて無理ぃ……」


 別に言われている内容自体は気にならない、が。

 注目を浴びていることそれ自体がかなり嫌だ。落ち着かない。心臓がバクバクする。変な汗が出る。

 堂々と言えることではないが――俺は二十歳を手前にして、壮絶な上がり症でもあった。


「スルト、部屋は三階、行くわよ」

「はいはい」


 助かった、と息をついて。

 俺は床に置いていた荷物を持ち直して、マリーについて階段を上がった。


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