第12話 圧倒的な
「すみませんでした……つい、カっとなって……」
そう言って、意気消沈したマリーは俺の対面で頭を下げた。
ここは王都にある上流階級向きのレストラン、その二階にある個室だ。
決闘の開始は正午から、街の外れの広場にてと強引に決められた。まだ一時間ほど猶予がある、だからマリーと一緒に早めの昼食をとっているのである。
俺は、コカトリスチキンのバジルレモン煮込みを食べながら言った。
「うん、もういいんだけどさ……はあ」
決闘という制度がこの国にはある。
騎士階級以上の貴族が行使できる――己の名誉を守るための権利。
かつてこれは、己の名誉を侵害するとした相手を問答無用で私刑できる制度だったが、流石に問題があり過ぎるため相手にも抵抗の権利を認めた結果、決闘制度となったらしい。
ともかくこの国の貴族には、公然と気に入らない相手と戦ってぶち殺す権利があるのである。
しかし俺とマリーに差し当たる問題は、そんな法制度そのものではなく。
「勝ったらヤバいんだっけ」
「そうなんです。冷静に考えると、多分おそらくいや絶対」
なぜならば、シルベルトは国王の使いとして現れたのだから。
それを決闘で叩きのめしたら、国王の顔に泥を塗るどころか剛速球で叩きつけたようなものだ。
そうでなくても騎士団長シルベルト本人もやんごとない上級貴族、もし恨みを買ったら今後絶対に面倒くさい。というわけで。
「なんとか、後腐れなく円満に解決しないといけません!」
「いや無理だろ」
もう手遅れな気がする。シルベルトはマリーの発言を受けて、完全に怒り心頭という様子だった。
「いいえ。まだ何とかなります。すべてはスルトさん! あなた次第で!」
「……その心は?」
「戦いの後の男同士の熱き友情大作戦です!」
「は?」
良いですか、とマリーは白ワインをくぴくぴと飲みながら言った。
「あのシルベルトは、スルトさんを見下しています」
「はあ」
「ですが、そんなあなたが予想外の実力を見せつけながら、互いにギリギリの名勝負を演じます。すると彼は「この荷物持ち……まさかこれほどまでの実力とは……いいだろう! 僕のライバルとして認めてやる!」という感じで友情を抱き、そして最後は夕陽の中で互いの健闘を称え合う握手をしつつ、後腐れなく爽やかにこの事態を解決できるのです!」
その作戦、相手の人格面に過剰な期待を寄せ過ぎではないだろうか。
そう伝えると、マリーは自分でも若干無理があるなと思っていたように、図星をつかれた顔を赤くしながら言った。
「いいから! とにかくギリギリの勝負を演じてください! そうすれば後からなんとかお互いの面子が立ちますから! 間違っても、圧倒的に勝ったりとかしちゃダメですからね!」
「はいはい……」
というか、そもそも……。いや、これを言っても仕方がないけど。
俺は訊かずにはいられなかった。
「マリー」
「はい?」
「なんで、あんなケンカ売るようなこと言ったの」
「それは……だって……悔しかったからです」
マリーは消え入りそうな声で言った。
「スルトさんがバカにされて、悔しかったからです……」
「そんなの別にどうでもいいのに」
「よくありません。だって私にとって、スルトさんは……その……ぁ~~もう!」
マリーは立ち上がり、涙を浮かべた真っ赤な顔で俺の頭を叩いた。
「……なんで?」
「知りません! スルトさんの馬鹿!」
※ ※ ※ ※ ※
そして王都の外れの広場に、俺とマリーは時間通りにやって来た。
慣例として、王都での決闘場所はここと決められているそうだ。
噴水の前の道路に面した広場は二人の人間が殺し合うのには丁度いい広さであり、過去の実績が所々、周囲の路面にこびりついていた。
だが俺にとって、重大なのはそこではない。
慣例として、決闘は神聖な権利の執行であり見世物ではない、とされている。
見物客は許されず、戦う二人の他には立会人だけが勝負を見守るのを許される――だからスルトさんでも緊張しないで大丈夫です! とマリーは自信満々に教えてくれた……はずなのに。
「なんで、こんなに観客が……?」
「当前、この僕が手を尽くして集めたからだ」
なんでそんなヒドイことするんですか……? 俺は泣きそうになった。
広場を取り囲む観客は、百人を優に超えるすごい数だった。
叫び、拍手、足踏み、数多の視線。その全てが俺の平常心を粉々に粉砕する。
泡を吹いて倒れそうになる俺に、「何だこいつ大丈夫か?」みたいな顔の立会人が剣を渡してきた。
それは刃のついた実戦用のものだった。
「魔法は無し。武器は今渡した剣のみ。互いに正々堂々……あー、ルールは以上」
立会人が、端的に決闘の説明を終える。
そして剣を手にした俺とシルベルトは、噴水前の石畳の広場で向かい合う。
観客たちの最前列から、視線だけで心配そうに俺を見るマリーが見えた。
「お前はこの僕のプライドを汚した。だから、できる限り大勢の前で無様に地面にはいつくばって恥をかきながら死ななければいけないに決まっているじゃないか」
どうやらシルベルトはそれだけのために、慣例をガン無視して観客を呼び込んだらしい。
効果はてきめんだった。剣を握る俺の手がカタカタと震える。ダメだ。落ち着かない。こんなに大勢に取り囲まれるなんて耐えられない。今にも吐きそうだ。
「どうした、気分が悪いのか? それとも臆したか?」
シルベルトは小馬鹿にしたように言った。
「いいだろう。今ここで跪いて謝るなら骨の一、二本で許してやる――とでも言うと思ったか!」
ドン! という裂帛の気合によって、彼の周囲の石畳が爆裂する。
舞い上がった土煙を威圧感で吹き飛ばしながら、憤怒の形相でシルベルトは剣を構えた。
「悪く思うな。お前をぶち殺さなければ僕はもう気が済まないんだよ――さあ、覚悟しろ荷物持ち。お前自身の首を、地獄の果てまで運んで行くがいい!」
ダメだ。もうダメだ。
俺は心の中で謝った。すまんマリー。これ以上、注目を浴びることに俺は耐えられない。そして降参すら許してもらえないらしい。
なら、もう仕方ないだろう。
一瞬で、終わらせてしまっても。
「‼」
俺は、いつものように剣を構えた。
剣を担いだ右肩ごと右半身を後ろに、そして左足を前に。
地獄で編み上げた我流剣技。敵に向かって踏み込み剣を振り下ろす、それだけを最速で実行するための最適姿勢。
なにかを察したシルベルトの表情が変わった。が、関係ない。
もうどうでもいい。これで終わらせるから。
膝を曲げる、溜めと発射はまったく同時。後ろに下げていた右半身を、砲弾のように前に飛ばす。
前方の空間が消し飛んだように加速。間合いは即座に至近距離になる。
シルベルトの視線はまだ動いてすらいない。反応すらできていない。
その右肩に、上段から振り下ろされた俺の剣が直撃した。
凄まじい音が響いた。
シルベルトはうつぶせの姿勢で、石畳に全身をめり込ませて気絶していた。
死んではいない、生きている。刃ではなく剣の腹で打ったし、加減もした。相手の体は常に魔力で強化されてもいた。だからきっと大丈夫なはず。……骨の一、二本はあれかもしれないが。
唖然とする観衆は誰も彼も、一言さえも忘れたように絶句していた。
俺は即座に剣を捨てて、マリーを連れてその場から逃走した。
※ ※ ※ ※ ※
時刻はまだ午後のはじめ。
高速で宿に駆け戻った俺は、部屋で荒い息を吐いていた。
「はあ、はあ……死ぬかと思った」
緊張で死ぬかと思った。まだ心臓が不規則に震えているし、変な汗が止まらない。
そんな俺の横で、マリーは別の意味で絶望的な表情をしていた。
「……な、なんで圧倒的に瞬殺しちゃってるんですか~~っ⁉ ギリギリの名勝負にしてくださいって私、言いましたよねっ⁉ 国王の顔もろとも相手の面子まるまる叩き潰してどうするんです!? これもう絶対めんどくさいことになりますよっ⁉」
おっしゃる通りだが、それでも俺は耐えられなかったのだ。
「ごめん。人が、一杯いたから、早く終わらせて逃げたくて」
「あ゛~~っ! もう! この上がり症の人見知りは~~っ!」
マリーはひとしきり、うずくまる俺の背中をポカポカと叩いて。
それからぽつりと言った。
「……でも、カッコ良かったですよ」
「?」
よく聞こえなかったので訊き返すと、マリーは何でもありませんと言って。
「まあいいや、とりあえずまた出かけますよ。結局あのシルベルトを、何の依頼かも聞かずに叩きのめしちゃったんですから。謝罪も兼ねて今から行きましょう。
――国王陛下のトコに」
そして、付け加えるようにマリーは呟いた。
「はあ……嫌ですねえ。私、あの人めっちゃ苦手なのに」




