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第11話 決闘だ


 翌日の朝。

 宿の食堂で朝食を終えた俺とマリーは、外出のためのそれぞれの部屋で身支度をした。

 真紫のローブコートに三角魔女帽子、いつもの服装に着替えたマリーが廊下で合流するなり俺に言った。


「今日の朝ごはん、どういうことですか!? スルトさん」

「なにが」

「にんじんが入ってたんですけど! 私嫌いなんですよ、にんじん!」

「うん。俺の皿によけてたな」

「でも食べてくれなかったじゃないですか! どころか目を離した隙に私の皿に戻しましたよね⁉ ……もう、スルトさんは荷物持ちなんだから、私のことちゃんと守ってくださいよ!」


 なんでにんじんから守る必要があるのだろうか。

 今日も騒々しいマリーの後に付いて、俺は階段を下りて外に出た。


 王都は大都会である。そのため、どこに行っても見知らぬ他人で溢れているという非常に恐ろしい街だ。


「……で、今日はどこ行くんだ」

「そうね。まずは」


 マリーは魔女としての外面になると、指先を回してこう言った。


「買い物よ」


 そうして俺が真っ先に連れて来られたのは、王都の一等地にある衣装屋だった。高級感のあるこじんまりとした店に魔女帽子の少女が来店すると、店員はすぐさま彼女を恭しく奥の部屋に通す。

 通された部屋は意外にも広々としているばかりか、豪華な内装も備え付けられていた。ソファや机にクローゼット、さらにワインセラーまである。

 そして部屋の角には、カーテンで間仕切りされた着替えのためのスペースがあった。


「ここは私専用の試着室です。前に王都に来た時に買ったんですよ。スルトさんに見せるのは初めてですね」


 素に戻ったマリーは得意げに言った。

 よくそんな金あったな、と言うと、魔王討伐の報償ですと彼女は言った。

 いや、討伐したの俺なんだけど……まあいいか。


「ここで買うような服を冒険に持っていったら、すぐに汚したりボロボロになっちゃいますからね。ここで買った服はここの部屋に預けて、また王都に来た時に取り出して着るんです」


 それはつまり王都滞在中しか着れない服と、それを預けるための部屋に大金を使ったということだろうか。なんというか、俺には理解できない金の使い道だった。


「あ、何ですかその顔。もしかして無駄遣いって言いたいんですか」

「うん」

「無駄じゃないです! 私は元は仕立て屋ですよ、だから王都のファッションて気になるじゃないですか常識的に! だから冒険者引退した後に、またお店で働く時の研究資料というか資産になるんですから――」

「はいはい」


 折よくコンコンとノックの音が響いた。マリーはすうっ……と魔女顔に戻り「いいわよ」とドアに声をかける。

 ドアが開く、店員が大量の服を抱えて入って来て、それを長机の上にテキパキと並べて、ごゆっくりどうぞと一礼して去っていく。


「ここでは店員さんが持ってきてくれるので、私はこの中から選んで、他に注文があればまた呼んで頼めばいいんです」

「ふーん……」


 と言われても、俺にとっては正直どうでもいい。

 マリーはそそくさと数着の服を選んでカーテンの間仕切りの向こうに消えた。と思ったら顔だけを出して。


「……言っておきますけど、覗かないで下さいね」

「はいはい」


 しばし、カーテンの向こうから衣擦れの音がする。

 俺はすることがないので、椅子に座ってぼうっとしていた。

 少し経つと、カーテンの向こうからマリーが出てきた。

 彼女はフリルをふんだんにあしらった柔らかな水色のドレスを着て、髪型までツインテールにしていた。


「どうですか? か、可愛いですよね……? わたし、このカッコならそんなに怖くないですよね?」

「ああ、うん。どうだろ……」

「ど、どうだろって何ですか! はっきり言ってください!」


 マリーは俺の前でくるくると回ったり、色んなポーズをとった。そしてもう一度、頬を赤らめながら訊ねてきた。


「ほらほら、どうですかー? 可愛いって素直に褒めてくれていいんですよ!」

「……よく分かんない」

「なあ~~っ! こ、この男はっ……! いいでしょう! 私を本気にさせたことを後悔させてあげます! 絶対、心の底から可愛いって言わせてやりますから」


 マリーは再びカーテンの向こうに消え、別の衣装になって戻ってくる。


「こ、これなら……ど、どうですかぁ……!」


 今度はノースリーヴのトップスに、いつもコートの下に着ているものよりやや短いスカート。肌面積の多い上着からは白くて華奢な両肩が惜しげもなくさらされて、さらに丈そのものが短いのでお腹も見えていた。

 マリーは恥ずかしいのか、顔を真っ赤にして震えている。俺は率直に言った。


「肩とお腹が丸出し」

「~~っ‼ 見たままを言ってどうすんですかぁ!」


 そんなことを繰り返すこと二時間ほど。幾つかの衣装を買ったマリーは、それらをクローゼットに預けて店を出た。


「まったくスルト、あなたって男は本当にもう……」

「なんかごめん」


 道を歩きながら、魔女口調でぶつぶつと俺に対する不満を述べてくる。

 まあ、昼飯でも食べればどうせすぐに機嫌を戻すだろう。


「次はどこ行くんです」

「そうね。そろそろお昼にしましょうか。そうだわ。ちょうど貴方を連れて行きたいお店があって――」


 そんな言葉を交わしながら、道を歩いていた時だった。

 突然、俺とマリーの目の前に、馬に乗った人影が立ちはだかった。


「失礼」


 馬上から、颯爽とした挨拶が落とされる。

 すらりと優美に降り立ったのは鎧の上にサーコートを着た、銀髪碧眼の貴公子みたいな男だった。

 彼は俺に目もくれず、マリーの前に腰を折った。


「お初にお目にかかります。「滅びの魔女」アビスマリー様。

 私は王国騎士団長シルベール=シルベルトと申します。国王陛下からの命により、貴女に依頼を伝えに来ました」


 長身だ、筋骨隆々と言うわけではないが、厚みのある体格をした偉丈夫だ。

 そして美男だ。まるで太陽に常に照らされているかのような、華のあるきらめく容貌である。

 道行く人々はまず彼を見て、次にマリーを見て、両者の描く構図に何やらひそひそと感嘆を漏らす。

 そんな男の登場に、しかしマリーは不機嫌そうな声で言った


「どうして騎士団長ほどのお方がわざわざ言伝に? 意外と暇なの? 貴方」

「会いたかったからですよ。魔女アビスマリー、貴女に」


 そういうキャラとはいえ、あからさまにケンカ腰のマリーにシルベルトは臆せず答えた。


「なるほど。噂はかねがね聞いていましたが、やはり本物の貴方は別格だ。こうして相対すると、その格の高さがはっきりと伝わってきますよ。

 ……常人ならば、貴女とこうして面と向かい、まともに言葉を交わすことすらできないでしょう。だが僕はそこらの凡人とは違う」


 シルベルトは自信満々にそう言った。

 確かに、と俺は思った。少し目を凝らすとシルベルトの身体には上位の魔物と同じく自らの魔力が張り巡らされているのが見える。

 もはや生理機能の一部と化した魔力による無意識の身体強化。かなり手練れの魔法剣士だろう、多分。


「僕はあなたの実力だけでなく、あなた自身にも大いに興味があります。どうです? 国王陛下からの依頼をお伝えするついでに、ちょうどいい時間だ、僕とご一緒にランチでもいかがでしょう」


 いつの間にか周囲の通行人は足を止めて野次馬になり、固唾を飲んでマリーの返答を、そして事の成り行きを見守っているようだった。

 視線の多さに落ち着かなさを感じて、そこで俺はようやく気付いた。

 遠回しにマリーを食事に誘うシルベルト。そうか、これはナンパなのだと。

 すごい奴だ、感動すら覚える。初対面の女性を食事に誘うなんて、俺には絶対無理だから。


「……」


 しかしマリーは無言のまま、シルベルトの誘いに返答しない。

 そしてちらりと俺の方に振り返って、とても恨めしそうな目つきでにらんできた。……なんで?

 そんなマリーの視線に気付いたのか、シルベルトはたった今しがた俺の存在を認識したように言った。


「ああ、お前が彼女の荷物持ちか。もう帰っていいぞ。邪魔だ」


 あ、はい。お疲れ様です。俺はそう言って、そそくさと立ち去ろうとした。

 しかしその前に、マリーがすばやく俺の腕をつかんだ。


「……私の許可なく、私の側から離れるなと言ったはずよね」

「え、あ、うん」


 そうして俺を留めると、マリーはシルベルトに向き直って。


「お断りするわ。今ここで、その依頼とやらの内容だけ伝えて帰ってちょうだい」


 周囲の観衆がどよめく。騎士団長がフラれたな! と誰かが言った。

 するとシルベルトは顔つきを変えた。雰囲気が柔和で堂々としたものから、燃えるように激しく、かつ氷のように冷たい怒りを発露させる。


「……屈辱だ」


 ぽつりと呟くと、シルベルトはあからさまに小馬鹿にするような声でマリーに訊ねた。


「魔女アビスマリー、では一つ質問をいいでしょうか? ――いったいどうして、そんなボンクラ男を荷物持ちに? 豚でも連れまわした方がよっぽど役に立つのでは?」


 周囲がどっと笑う。八つ当たりのように俺は侮辱されたが、どうでもいい。

 それよりも、これだけの人に囲まれるのはやはり落ち着かないし正直もう心臓が限界だ。冷や汗が止まらない。

 一刻も早くこの場から去りたくて、俺はすがるようにマリーを見た。


 その瞬間。

 ぶちっと、物理的なものではない何かが切れる音を聞いた気がした。

 マリーの顔つきが変わっていた。低級の魔物ぐらいなら射殺せるんじゃないかという視線でシルベルトをにらむ。

 シルベルトが、驚いたように目を見張る。

 だがその口が開く前に、ゾッとするほどに冷たい声でマリーが言った。


「どうしてスルトが私の荷物持ちなのか、聞いたわね。いいわ、教えてあげるからよく聞きなさい。――貴方なんかより、ずっと強くて有能だからよ」

「……それはこの僕への、この上ない侮辱と受け取るが、いいか?」

「貴方、耳はついてる? むしろそれ以外の何に聞こえたの?」


 なあマリーさん? なんかあなた今、話を不味い方向に思い切り蹴り飛ばした気がするんですけど。これ大丈夫なんですか?


「いいだろう。ここまで言われたのなら仕方がない。おい――そこの荷物持ち」


 大丈夫じゃなさそうだった。

 シルベルトは明確な殺意を込めて、今度こそはっきりと俺の存在を見ていた。


「汚らしく矮小なお前の存在がたった今、僕の名誉とプライドに泥を塗った。ゆえに公正なる神の立法に従い、汝に我を殺害する機会を与え、その逆も然りとせん――」


 そして一方的に宣告した。


「決闘だ。荷物持ち」

 


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