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(冬華視点)
どれだけ失敗を重ねても、私は諦めなかった。
だって、陽太が大好きだから……
いつか――この能力で主人公を出し抜けくはずだった……それなのに。
「もう……能力が使えない」
全身の血が引いていくような感覚。身体に力が入らない。
昼休みも、さっきの帰り道も……やり直せると思っていたから、ガンガン攻めることが出来た。
能力が使えないってことは――失敗できないし、やり直しも、保険もかけられないということ。
さっきまで近くにいて、自然に笑ってくれた陽太。
明日からどうやって接したら良いか、急に分からなくなる。
またあのお決まりの言葉『……ごめん。俺、他に好きな人がいるから』を告げられたら……?
能力が使えない私は、その言葉をなかったことに出来ない。
そこで……終わり。
「……怖い、怖いよ」
思わず、声が漏れる。
でもこれが普通……みんなはこれが普通なんだ。
タイムマシンを使って過去に戻ることも出来なければ、リセットも出来ない。
失敗したら、そこで終わりの一発勝負……考えると、やっぱり怖い。
それなのに……私の脳裏に浮かぶのは、苦笑いする陽太の姿。
「嫌だ……」
胸の奥が、ぎゅっと締めつけられるような苦しい気持ちになる。
「今度こそ……絶対手に入れる」
そう私は――
「……陽太を絶対に攻略する」
これからはセーブもロードも、リセットさえも出来ない。
それでも、私は前に進むしかない。
陽太のいないエンディングなんて、あり得ないから。
◆
それから数日が経った放課後、駅へ向かう道を歩きながら、俺は少しだけ考え込んでいた。
気がついたら、冬華と一緒に帰るのが当たり前になっている、というこの状況。
冬華とは気が合って、話も合う。いや、むしろ合い過ぎて怖いくらいだ。
たまに、俺の心を読んでいるんじゃないか、ってくらいの時もある……俺の考えすぎだと思うけど。
いつの間にか、2人で居るのが普通になりつつあって、楽しい反面、多少の戸惑いもあるんだよ。
隣を歩く冬華は……相変わらず楽しそうだけどな。
「ねえ陽太。今日の英語の問題、面白かったね」
「あー、あれか。選択肢がアホくさかったな。あんなこと日常会話で絶対言わねーって」
「そうだよね〜。有名なところだと『This is a pen』だっておかしな英語みたいだしね」
「ネイティブの人が聞いたら、腹抱えて爆笑するレベルらしいな」
「そうそう『えっ、そんなの見れば分かるけど?』ってクレイジー野郎認定されちゃうんだよね!」
「後は『I'm Fine, thank you, and you?』とか丁寧過ぎてロボットと疑われるとかな!」
こんなどうでも良い会話が、妙に心地いい。
駅がもっと遠ければ、このままずっと冬華と一緒に歩いて、このままずっと会話を続けてられるのに。
「陽太って、数学は苦手だけど、英語はできるんだね」
「あ~、だってさ、英語は大人になっても使えるだろ? だけど、数学の公式なんて覚えたところで将来の役に立たないじゃん。素数とか何に使うか分かんないしさ。そう考えると頭に入ってこないっつーか……」
「ふふ、今やってる勉強はね……与えられた課題をどのくらいこなせるか。そういう訓練なんだよ。将来使うかどうかだけの問題じゃないんだよ?」
「なにその……大人みたいな考え……すげーな」
訓練とか……そんなこと考えたこともなかった。
「私たち学生は、人間としての能力を勉強で測られてるのよ。逆に言えば、勉強さえ頑張れば大人から認められるのよ」
「えーっと……冬華って……本当に高校生か?」
普段から大人っぽいせいか、たまに大人と話してるみたいに感じる時がある。
たしかに冬華の言うことは一理ある。みんな、認められたくて必死に勉強してるしな。
「どうだろう……本当の私ってなんなんだろ?」
「……冬華?」
さっきまで楽しそうだったのに、急に冬華の元気がなくなってしまった。
やばい……何が原因か分からないけど。冬華の地雷踏んだかも。
表情が暗い。
冬華には、笑っていて欲しいのに……俺のせいで雰囲気がおかしくなってしまった。
しばらく会話も無いまま歩き、駅が見えてきたところで、俺は足を止めた。
こんな沈んだ気持ちのまま、冬華を帰したらダメな気がする。
いや、だめだろ!?
「なあ冬華。今日、時間あるか?」
「……? うん、大丈夫だよ」
「じゃあ……ちょっと寄り道しないか?」
「寄り道?」
一瞬、冬華が目を見開いて固まる。
お、ちょっと食いついたかもしれない。
「ああ。ほら、あそこにゲーセンあるだろ。行ってみないか?」
冬華は、ほんの数秒だけ考えてから確認するみたいに「……ゲーセン?」 と言った。
「そう、どうだ? 嫌なら……別の場所でもいいんだけどさ」
「い、嫌じゃない! 嫌じゃないけど……」
冬華は視線をアチコチに泳がせていて、いつもの大人びた余裕が全く無い。
明らかに焦った様子がなんだか微笑ましい。
「私、あんまり……ゲーセン? 行ったこと、なくて……」
「――マジで?」
「うん。ほぼ、初めて……かも」
初めて……それは俺にとって意外な答えだった。
てっきり冬華は、何でも出来きて、何でも知ってる人だと思っていたから。




