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ここで「じゃあな」で終わったら、ダメなんじゃないか?
男としてさ。これでいいのか?
昨日からずっと、冬華には世話になりっぱなしだ。
しかも全部、彼女から言わせてしまっている。
正直、俺はこの2日間で冬華に好意を持ってしまった。それは隠しようもない事実で。
この気持ちがなんなのか……それはまだわからない。
……けど、2人きりのこのチャンス、逃したくない。
「待ってくれ、冬華!」
「ん、どうしたの陽太?」
「その、良かったら……明日も一緒に帰らないか?」
「…………」
あ、ヤバい。冬華が固まってしまった。
あり得ないことを言われた時みたいに、目を見開いて完全に固まっている。
あれは……意味わかんないコイツ、調子乗るなよ。って顔だよな……
俺のバカ……勘違いクソ野郎。
また、空気読めなかったよ。
かわいい女子に少し優しくされたからって、調子に乗って、不用意に一歩踏み込んでしまった。
ここは……男らしく、素直に謝ろう。
「ごめん。嫌だったよな――」
「うそっ!? 陽太が……私を? 自分から誘ってくれた……!」
嫌がってたわけじゃない……のか? 驚いただけ、ってことでいいのか?
それなら、もう少し勇気出して――
「ああ、そ、そういうことなんだけど。そ、その……だ、だめか?」
もう、緊張して……喉がカラカラだ。水飲みてぇ~!
「こんなの、今までなかったじゃん……何がキッカケなの?」
「あーいや、その……1人で帰るのもなんだしさ。冬華さえ良ければどうかなって」
「うん! 一緒に帰る……帰りたい。明日も一緒に帰ろうね、陽太っ!」
それだけ言うと、冬華は嬉しそうに走っていってしまう。振り返りもせずに。
「あ……冬華……?」
途中で話が噛み合わなかった気もするけど……明日も一緒に帰る約束を取り付けることはできた。
――うまくいったってことだよな。
「……やった」
でも――
「あ……別れの挨拶するの忘れた……」
それでも俺は、冬華の後ろ姿が見えなくなるまで見送ってから、家路についた。
◆
(冬華視点)
……行っちゃった。
陽太と向き合うのが恥ずかしくて、その場から逃げちゃった。
胸の奥と頬が、じんわりと温かい。とても変な感じがする……
間違いなく、今までで1番成功した攻略だった。それなのに、どうして心が落ち着かないの?
「どうしよう……すごく上手くいってる!」
昼休みも、放課後も想定通り……ううん、想定以上に陽太の反応がいい。
攻略としては最高の滑り出し、好感度の上がり方も文句なし。
やっぱりイベントなんて無視して正解だったんだよ!
ちょっと強引だったかもしれないけど……陽太と一緒にお昼を食べて、帰り道を並んで歩いて。
しかも……最後は陽太から「明日も一緒に帰ろう」なんて言わせることができた。
――完璧! これ以上ない理想的な展開だ。
いつものようにセーブしないと……この最高の状態を保存するために。
少し視線を落として、意識を集中させる。
すると目の前に、見慣れた半透明のウィンドウが浮かび上がる。すこし色合いが、いつもと違う気がしたけど、そのままセーブの項目を選ぶ。
「……あれ?」
文字の色がいつもと違う。普段は白いのに……今は灰色になっている?
嫌な予感がしたけど、そのまま『ファイル1』を選んだ。
だけど、浮かび上がったのは見たこともない真っ赤な文字。
『能力の使用限界を超えました。セーブ機能は使用できません』
「……え? 冗談でしょ。使用できないってなに?」
私の脳が、意味を理解するのを拒んでいる。
こんなのは何かの冗談だ。ありえない。
「……能力の限界ってなによ! そんなの、聞いてないんだけど!」
私はウィンドウに表示されている『セーブ』をもう一度選んでみたが、さっきと変わらず反応がない。
よく見ると、ロードとリセットの項目も――表示が灰色になっている。
つまり、モブの私が唯一頼りにしていた能力を失ったってこと?
――能力が使えない。
そう思うと、指先の痙攣が止まらない。
冷や汗が、吹き出してきて止まらない。
「う……嘘でしょ」
だって、この能力があったから。
これがあったから、このゲームのおかげて私は――
社会人になって、思い描いてたのと全然違う毎日に、心が潰れそうになって。
仕事も、人間関係も、全部うまくいかない。
恋愛なんて全く出来ない日々。
マチアプ?
もちろん試したよ。でも、あんなに盛った画像……私じゃない。
もう完全な別人だった。罪悪感から途中で辞めてしまった。
大人になれば、そのうち恋人が出来る?
気づいたら結婚してる?
そんなの幻だよね。私の世界には恋愛なんて世界は一度も訪れなかった。
私を支えてくれたのは――スマホの恋愛ゲームだけだった。
恋愛ゲームは、こんな私でも受け入れてくれた。
画面の中にはかっこいい男子が、いっぱい待ってくれている。何度でもやり直せて、失敗しても、選び直せる。
ちゃんと頑張れば……いっぱい課金すれば、男子に振り向いてもらえる平等な世界。
気がついたら、給料のほとんどをゲームに注ぎ込んでいた。
ハマっていたゲームの中でも推していたキャラが……陽太だった。
不器用だけど優しくて、気づくと優しくしてくれる男の子。
私の理想を絵に書いたような人。
ずっとゲームしていたかったけど、陽太に課金するためには、会社に行かなきゃダメで。
会社と恋愛ゲームだけが、私の世界だった。
そんな生活をしばらく続けていた朝、目が覚めたら私はこの世界にいた。
あこがれの世界にこれたのに……この世界でも私は主人公じゃなくて、上原冬華というモブだった。
まず私は、ぱっとしない冬華の見た目をかわいく見えるように努力した。
モブでも陽太を攻略したかったからだ。
推しが目の前にいるのに、黙ってみているなんてできない。
陽太の好みを把握して最適解をすぐ出せるように練習し、慣れた頃には先回りできるようになった。
やれることは全部やってきた。
私には能力があったから――セーブして、ロードして、リセットして。
何度でもやり直せるゲームのプレイヤーみたいな能力。
だけど……どれだけやり直しても、必ず主人公に陽太を持って行かれる。
モブの私は、いくら頑張っても陽太に振り向いてもらえなかった。
私はゲーム世界に行ってもモブだったのだ。




