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昨日の『間接キス』といい、さっきの『あ~ん』といい。これ、完全に恋人がやるようなやつだろ。
同い年の女子に食べさせてもらうなんて、今までなかったことで。
どうしたら正解なのかも……まったく分からないぞ。
だいたい、周りの奴らも俺たちを見ておかしな空気になってるし。
なんで、冬華はこんな恥ずかしいことを平気でできるんだ?
……なんていう俺の考えなんて、1ミリも気にしてないのだろう。
冬華はさっきと変わらない様子で箸を動かしている。
「じゃあ、次は……この玉子焼きをあげるねっ」
「あのさ、嬉しいんだけど、こんなに貰っていいのか? 冬華の分、なくなるぞ?」
「だってこれ……よう――じゃなくて、作りすぎたって言ったでしょ。心配しないでいいんだよ?」
ん、冬華が……何か違うことを言おうとしたような?
きっと、気のせいだろう。
「そっか、じゃ……じゃあもらおう……かな?」
「はい、あ~ん」
やっぱり来たぞ。2回目の「あ~ん」が。
なんだよこれ……こんなことされたら勘違いしちゃうって。
俺と冬華は出席番号が同じで。
たまたま隣同士だから、成り行きで一緒に食べてるだけなのに。
それなのに……俺の心臓が、やけにうるさいんだが。
バクバクやかましいんだがっ!!
差し出された玉子焼きは、焼き色も厚みも含めてパーフェクトな見た目で、食べないという選択肢は俺になかった。
好物を前にした俺は、餌に食いついた魚よろしく、反射的にパクっといっていた。
……我ながら情けない。
けど、うまい! なにこのうまさ!
「ねえ……玉子焼きの味、どうかな?」
この玉子焼き……俺の好みの味付けそのもので、食べてるだけで不思議と落ち着くやつじゃん!
なんだか懐かしいような。なんでだろう……
――そうか。
亡くなった母さんが作ってくれた玉子焼きと、そっくりな味だからだ。
でも、記憶にある味よりも、冬華の作った玉子焼きの方が少し美味しいかもしれない。
今まで食べた中で1番好きな味かも……
「すげーうまいよ。なんだよこれ、俺の好きな味そのものだぞ……冬華って料理上手なんだな。尊敬するよ……」
「本当に? うれしい……」
いや、だからその反応……彼女みたいなんだって。
今まで彼女いたこと無いから、マンガとかアニメの知識だけどさ。
「ねえ、陽太」
「ん? どうした?」
「提案なんだけど、これからも私と一緒にお昼食べない?」
「まあ、俺で良ければ……いいよ」
冬華みたいなかわいい女子に、こんなことをかわいく頼まれたらさ。頭を縦に振る以外にどうしろと言うんだ?
しかもこの笑顔だよ……見てくれよこれ、断れる奴いるのかって話だ。
言っとくが、美味しい玉子焼きにつられて……とかじゃない。
母さんと同じ味を作ってくれた人だから……とか、そんなことは無い。
無いはずだ、絶対に。
「やったぁ! じゃあ、決まりね」
「これから、よ……よろしくな」
「よろしくねっ」
冬華はにこやかにそう言うと、また箸を動かし始める。その横顔は同い年なはずなのに、大人みたいに余裕があった。
◆
昼休みが終わり、微妙に眠くなる午後の授業もなんとか乗り切った。
だけど正直に言おう。
午後の授業はあまり集中できなかった。
原因はどう考えても分かりきっている……俺の横の席にいる、やたら積極的な女子、冬華のせいだ。
一緒に飯を食って『あ~ん』してもらって、なし崩し的に毎日昼飯を共にする約束までしてしまった。
当の本人は、何事もなかったみたいな顔で普通に座っていて、午後の授業も午前と変わった様子もなく平常運転。
真面目にノートを取り、教科書を見て、先生の話を聞いていた。
俺だけが変に意識してるのかと思っていたけど……時々俺に視線を向けて、にこっと微笑んだりする。
その度に、俺の心拍のリズムがトチ狂いそうだった。
不整脈とかで入院するんじゃないか、と心配になるレベル。
気がついたら放課後。授業に集中なんてできたわけもない。
ほんと、誰かに助けて欲しいくらいだ。
クラスの誰かが『部活どうする?』なんて話を始めたりしている中、俺はカバンを持って帰ろうとしていた。
「ねえ、陽太は部活入るの?」
話しかけてきたのは、ここ2日ですっかり聞き慣れてしまった声の持ち主、冬華だ。
「あ~俺はパス。帰宅部でいいかな」
「私と同じだね。じゃあさ――」
一瞬だけ……ほんの少しだけ視線を逸らしてから、冬華は「一緒に帰ろう?」と言った。
――女子と一緒に帰る、だと?
もし実現すれば、俺にとっては小学校以来の出来事だ。
「……え?」
聞き間違いなんじゃないかと思うのも無理はない。
「どうせ駅までは一緒でしょ? だったら一緒に帰ろうよ」
「っ……そうするか」
冬華ってさ……ほんとに積極的な子だよな。それともこれは天然なのか?
どうして俺なんかに、こんなにグイグイくるんだろう?
もしかして、前世で恋人だったとか?
――そんなわけないか……仮にそうだとしても俺は覚えてないけどな。
「じゃ、行こうか!」
冬華はさっさと自分のカバンを持って、歩き始める。
俺は慌てて冬華の後を追って、教室を出た。
「今日さ、授業どうだった?」
「えっと、まあ……普通?」
「本当に~? そのわりには数学の時、眠そうだったけど?」
「おい、見てたのかよ!」
「隣の席だもん。見たくなくても、見えちゃうよね」
そう言って冬華は手を口に当ててくすっと笑う。
クソっ……恥ずかしい。
「だって陽太、あんな大きな欠伸してるんだもん……」
「くっ……」
「どうせ、数学苦手なんでしょ?」
「なぜバレたんだ……」
「ほら……やっぱりね」
おいおい、勘が良すぎるだろ。
冬華と一緒にいると、自分がアホみたいに単純な奴に思えてくる。
いや……俺はアホじゃないはずだ。
そのくらい……冬華に全てを見透かされてる感じがしてるって例えだ。
それよりも今は、他の奴らの視線が気になる。
入学早々女子と下校する男子が気に入らないのか、それとも冬華がかわいいからなのか。
やたら視線が集まってる気がする。
――本当に、冬華はこういうの全然気にしないんだな。俺も見習わないとな。
昇降口で靴を履き替えて、外に出ると夕方の風はまだ少しだけ冷たい。
「4月でも、意外と寒いよな……」
「そうだね。でも、すぐに暑くなっちゃうんだよね〜」
「そうだよな。あっという間に夏だもんな。夏とか来なくて良いんだけどな。5月くらいで暑さが終わって欲しいぜ」
「そう? 私、夏好きだけど」
そう言いながら、冬華は自分のカーディガンの袖を、ほんの少しだけ引っ張る。
夏か……冬華も水着とか着るんだろうか?
スタイルいいし、似合いそうだよな――って、いやいや、何考えてんの俺!
雑念を払いながら、桜が咲いている校門を出て、駅までの道を歩く。
通りには制服を着た生徒たちが行き交っていて、俺も高校生になったんだという実感が湧いてくる。
「ねえ、陽太」
「ん?」
「明日も私のお弁当、味見してみる?」
「えっ、いいの?」
「ふふ、もちろんだよっ」
猫みたいな声で肯定してくれる冬華に、少し甘えたくなってしまう。
母さんの味を再現できる人だからか……それとも。
「じゃ、御言葉に甘えて……」
「たぶん、明日も作りすぎちゃうからね」
「確信犯かよ!」
「ん~、なんのことかな?」
「………………」
ほんとに冬華ってどうなってんだよ。こういうやつを小悪魔っていうのか?
黒いシッポとか生えてたりして……
他愛もない会話をしながら歩いていると、駅が近づいていた。
「ここで、さよならだね」
「ああ、また明日だな」
――おい、待てよ俺。良いのか?




