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だけど、相手から受け取ったのに飲まないのは失礼だよな?
うお~! 一体、どうしたら良いんだ!
高校生活の初っ端から間接キスとか、なんて展開なんだよ。
それとも……俺が意識しすぎなのか?
高校生になれば、これくらい……間接キスくらい普通なのか?
そんな動揺を感じ取ったのか分からないが、冬華は目を細めて微笑んでいる。
心の中を読まれてるみたいな気がして、ちょっと恥ずかしい。
心を読むなんて、そんなことはあり得ないだろうけど……
だけど、冬華の笑顔は、そんな邪推を吹き飛ばすくらい無邪気で。
「あれれ、陽太。飲まないの? 好きなんだよね、そのミルクティー」
「もちろん、飲む。飲むよ……」
ここで飲まなかったら、それこそ間接キスを意識してるみたいで余計恥ずかしいだろ。
飲む。俺はミルクティーを飲む!
かと言って、冬華が口をつけた箇所を避けるのは、あからさま過ぎて逆に変だ。あくまでも自然にいくぞ。
俺は一気に飲み口を口元に運ぶ。
飲み口からは、茶葉の香りとミルクのまろやかさが合わさった、なんとも言えない甘い香りがする。
俺はこの香りも含めて、この銘柄のミルクティーが好きなんだが……今日はいつもより甘い香りになっているような気がする。
いや、なんかの罰ゲームかこれ?
俺は意を決して一口飲んだ。
「どう、美味しいでしょ?」
「もちろん。俺の好きな味だから……当然うまいよ」
正直なところ、緊張しすぎて味が分からなかった。
でも、そんなこと言ったら逆に恥ずかしいだけだ。
「そう。良かった!」
冬華はさっきまでとは違う、とても満足したような明るい笑顔になっていた。
こんなにも笑顔が素敵な子なんだぞ。妙な策略なんてするわけがない。
――俺の考えすぎだ。
彼女は親切で飲み物をくれただけなのに、俺は……間接キスとか変に考えて、意識しすぎた。
あー恥ずかしい。めっちゃいい子じゃん冬華。
◆
チャイムが鳴り、昼休みになったけど教室の空気はまだ少しぎこちない。
無理もない。
4月初めの教室だ。仲のいいグループなんて、まだほとんど出来上がっていなくて当然だ。
机を寄せてる奴もいなければ、話し声もまだ少ない。クラスの大半の奴らが様子見状態で、わかりやすく言えばボッチの群れだ。
それは俺だって例外じゃない。
学内の購買で買ってきたパンを机に置いたものの、会話の少ない教室は少し息が詰まる。ここを抜け出して外で食べるのもありかもしれない。
「ねえ、陽太。一緒に食べない?」
「……え?」
隣から、落ち着いた声で話しかけてきたのは冬華だ。
昨日のミルクティー事件で間接キスした相手だからか、あれから冬華を妙に意識してしまっている自分がいる。
かわいいし、意識するなっていうほうが無理なんじゃないか?
「ほら、まだみんなバラバラじゃん? 私たち席も隣だし、一緒にどうかなって」
冬華の机の上には可愛らしい巾着が置いてある。買食い派の俺とは違って、弁当持参のようだ。
意識してしまうのは俺だけの問題だし、誘いを断る理由なんかない。
「そうだな、一緒に食べるか」
「ありがと、陽太」
「いいって、俺もちょうどどうするか考えてたところだし……ってマジ?」
冬華は巾着から取り出した弁当箱を、当然の様に俺の机に置いた。
え……俺の机に弁当を。なんで?
と思っていると、冬華が自分のイスを持ってくる。
あまりにも自然で流れるような所作。呆気にとられてしまったけど……まさか俺の机で一緒に食べるってことか。
「ん? どうしたの、一緒に食べるんでしょ?」
「ああ、そうだけど……いや、その」
「じゃあ、この方が食べやすいよね」
「たしかに……そうだけど」
内心焦りまくる俺の目の前で、余裕そうに微笑む冬華。
昨日も思ったけど、この冬華という女子は……大人びた雰囲気があるのに、妙に大胆なところがあるんだよな……
昨日の自己紹介でみた感じだと、冬華のかわいいさに太刀打ちできるのは姫川さんくらいのものだ。
姫川さんが明るくて人懐っこい美人なら、冬華は落ち着いて大人びた美人と言った感じで、系統としては対照的な感じだ。
間違いないのは、どっちも文句無しに美人だということ。
男子の反応を見る限り、この2人がクラスのツートップと言っていいだろう。
そんなハイスペック女子と……入学初っ端から同じ机で昼飯食ったりしてたら、他の男子どもの視線が怖いんだが。
――おい、あいつ入学早々に上原さんと……みたいな声が聞こえてきそうだ。
そんな俺の内心なんて知る由もない冬華が、弁当箱をパカっと開けた。
弁当特有のいい匂いが、ふわっと漂ってくる。
おかずと白米が混ざり合った、美味しそうな匂いが腹ペコの胃袋を刺激する。
「うわっ、うまそうだな!」
「本当? これ、私の手作りなんだ」
冬華の弁当箱の中にあったのは唐揚げ、卵焼き、ハンバーグ……どれも俺の好物ばかり。
これを冬華が、全部手作りしたのか?
「いやこれ、すげーって、本当に手作りか」
「そうだよ。今日はお弁当初日だから、張り切ってみた」
「どれもうまそうだな〜。ところで、この卵焼きって、だし巻き?」
「ううん、甘いやつ。私、甘いほうが好きなの」
「えっ、奇遇じゃん! 俺も甘いほうが好きなんだ。良いよな、甘い玉子焼きってさ」
副菜の色合いも良くて、玉子焼きも甘い。詰め方だって綺麗で、弁当としての総合力は完璧だ。
これを全部手作りって普通にすごいぞ……冬華の女子力の高さがうかがえる出来栄えなんだが。
「……はあ」
「どうしたの、ため息なんてついて」
「いや、冬華の弁当のおかずさ。全部、俺の好物なんだよ……」
俺の昼飯は、焼きそばパンとチョコチップメロンパン。
なんとかゲット出来た焼きそばパンは良いとして、チョコチップメロンパンって甘いじゃん……お腹が空いてる時はしょっぱいものが食べたかったのに。
これしか買えなかったんだよな。ぐぅぅ……
それに引き換え冬華の弁当は……ビジュアルからして、めちゃくちゃ美味そうだ!
「そっかあ……じゃあ、良かったら食べてみる?」
「えっ……いいの?」
できることなら全種類のおかずを味見したい。だって全部俺の好物だから。
でもさ、昨日知り合ったばかりの女子のおかずをもらっちゃうなんて……男として良いのか?
ありなのか。なしよりのなしじゃないか?
「実はさ、少し作りすぎちゃって……陽太に食べてもらえると嬉しいかも」
「じゃ、じゃあ……もらおうかな」
「それじゃ……唐揚げからね。はいどうぞ!」
箸で掴まれた唐揚げが、俺の口元に向かって運ばれてくる。
もしかして……このまま食べろってこと?
「……あ~ん」
「…………」
ちょっと恥ずかしいけど……えーい、食べてやる。
パクっと一口でいく。
口の中に入れた瞬間、しょう油と生姜の香りが広がっていく。冷めていても硬くなくて、そこに揚げ物のジューシーさが合わさって……これ、口の中が幸せになるやつじゃん。
「――うまっ」
「でしょ~。陽太って、いい顔して食べるよね」
自分の料理を褒められたからなのか、冬華がやたら満足そうな顔で俺を覗き込む。
恥ずかしい顔を見られた気持ちになって、俺の頬がほんのり熱くなるのを感じる。
「な、なんだよ……うまいんだから仕方ないだろっ」
「ふふ、別にからかってるわけじゃないってば……」
「そ、そうか……わりい」
「陽太ってさ、面白いよね〜」
「だからっ、あんまりからかうなって……」
冬華と一緒にいると、自分のペースが乱れっぱなしだ。




