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(冬華視点)
私は、何度この日を迎えたことだろう。
でも……今回で終わりになる。
陽太の好感度は、今度こそ最大値になってるはずだから。
だって、そうじゃなきゃ……おかしい。
駅前での買い物イベントは完璧にこなした。
陽太好みの服に、会話の内容、ランチのシェアタイミングはバッチリ。帰り道の距離感だって理想的だった。
さり気なく陽太に確認した好感度も上々みたいだし。
――つまり、完全な勝確。
そう……思っていたのに。
「……ごめん。俺、他に好きな人がいるから」
しばらくの間、陽太の言葉が頭に入ってこない。
私の脳が、陽太の言葉を拒絶しているみたいだった。
この言葉。いったい何回聞いたのだろうか。
10回……それとも20回?
「またダメなの? 陽太って……もしかして心が鉄で出来てるの? どうして私を好きにならないのよ……」
「ごめん、冬華……俺、お前の気持ちに応えられない」
「謝ってないで答えて……どうやったら私のことを好きなるの?」
「まあ、落ち着いてくれよ。断った俺も悪いけどさ……」
陽太が悪くないことくらい、自分でもわかってる。
わかってるけど……その優しさが余計イラつく。
陽太の断るセリフは毎回同じ。だけど表情は微妙に違う。
何かは変わっているはずなのに、絶対に上手くいかない。
「ねえ……陽太。私、頑張ったよね?」
「えっと……頑張ったって何のこと?」
「私のことを『かわいい』って思ってるわよね?」
「お、おう。そりゃ冬華は……かわいいと思うぞ」
「私……気が利くよね?」
「時々、怖いくらいだけどな……」
「じゃあ、なんで私じゃダメなの? ねえ……私のことちゃんと見てた?」
「うん……見てたけどさ……その……」
陽太は何も知らない。私が必死にルートを辿っていることを。
そして、これ以上イベントは起こらない。
それなのにまだ……陽太の好感度が足りていない。
これ以上、どうやって好感度あげたらいい?
私を好きになってもらうには、どうしたらいいの?
「もっと……私に……興味持ってよ」
「興味は……あるよ。お前すげぇ気が利くし、その、かわいい方だしさ……」
「だったら、もう……私にしなさいよ」
「俺は……やっぱり姫川さんの方が気になるんだよ」
ああ……そうか。
これでハッキリした。
「ごめん……冬華」
陽太は鉄の心を持ってるわけでも、私に興味がないわけでもない。
単純に好感度で、姫川に――主人公に負けてるんだ。
最初から……私が不利になる前提の戦いだったってわけね。
「それじゃあ……モブがメインヒロインに勝つには……普通にイベント積み上げるだけじゃダメってこと?」
「イベント……? モブって何の話だ?」
モブの私は、ゲーム通りにイベントをなぞっても主人公には絶対に勝てないってことなのだろう。
丁寧にフラグを立てて、ゲーム通りに順序良く攻略した私が間違っていたのだ。
……そうだよね。考えたら分かるじゃん。バカだな私。
主人公とモブが真っ向から勝負しても、ステータスと補正で勝負になるわけない。
だったら。
あの女を好きになる余白を残さないくらいに……陽太の心を染めてしまえばいいのよ。
――モブだって、やり方次第で主人公に勝てる。それを私が証明してあげる。
既定のイベントなんて、もうどうでも良い。
イベントが足りないなら、私が自分で増やせばいい。
好感度が足りないっていうなら、初めからガンガン積み上げていけばいいのよ。
もう……なりふりなんか構ってられない。
「わかったわ……次は必ず、陽太を私色に染めてあげるから」
「……冬華?」
「覚悟しなさいね……陽太」
ゆっくりと呼吸して、そっと息を整える。
私がこの世界で使える力は3つ。
ウィンドウを空中に呼び出して、指でなぞるように操作する。
『使用する能力を選んでください』
表示されている能力は『セーブ』、『ロード』、『リセット』だ。
その中から私は『リセット』を選んだ。
『どのリセットを使用しますか?』
ウィンドウに表示されたリセット項目は、通常の『リセット』と全てのデータを削除する『オールリセット』の2種類。
「使えないセーブデータなんて……百害あって一利なし、よね?」
「なあ冬華……さっきからどうしたんだよ?」
「またね……陽太」
「とう……か?」
『承認しますので、システムコマンドを発声してください』
「システムコマンド・オールリセット……」
陽太が、風景が、世界が歪んでいく。
――今までのすべてを……なかったことにして。
音もなく天が剥がれ落ちてくる。
――今度こそ、絶対に陽太を手に入れるから。
◆
新しい制服、新しいしい教室。そして新しいクラスメートたち。
新しい生活への期待。それと同じくらいの不安。
これから俺の高校生活が始まっていく。
「――おはよう、陽太くん」
そう思っていたら、隣の席の子から声を掛けられた。
声の主は艶のある黒髪が特徴的な女子で、結構かわいい感じの人だ。
あれ? だけど……
「えっと……なんで俺のこと知ってるの?」
そうなんだよ。俺たちって、初対面だろ?
それなのにこの女子は、俺のことを名前で呼んだ。
もしかして、同じ中学だったか?
いや、この女子には……見覚えないと思うけどな。
「ふふっ、名簿見ただけだよ」
何が嬉しいのか知らないけど、この見覚えの無い女子は頬杖をついてニコニコと目を細めている。
「そっか……」
名簿か……俺は見なかったけど、廊下に張り出されてあったんだろうな。
「私、上原冬華。よろしくね、藍沢陽太くん」
「よろしく、上原……さん」
「あはは。堅苦しいなぁ、もう。私のことは冬華でいいよ。その代わり、私も陽太って呼んでいいかな?」
「お、おう。もちろん!」
マジか……入学していきなりこれか。
知り合ったばかりの女子と下の名前で呼び合うなんて……スゲーことになってるな。
さすが高校生は大人だ。中学生とは積極性が違う。
「はいこれ、お近づきの印にどうぞ」
満面の笑みで冬華がペットボトルを差し出してくる。
彼女が持っていたのはミルクティーだった。
しかも、これって最近俺がハマっていて……よく飲んでるやつじゃん!
「え、いいの? 俺、コレ好きなんだよ。ありがとな」
「そうなんだ〜。じゃあ、明日も陽太に買ってきてあげようか?」
「いや、それはさすがに悪いだろ」
「ふーん、別にいいのにな……」
なんだろう……この自然なやりとり。俺たち本当に初対面なのか?
女子からこんなに笑顔を向けられるなんて、今まであっただろうか?
冬華から受け取っったペットボトルをよく見ると……少し中身が減っているみたいだ。
「あれ……これってさ?」
「あ、バレた。実は……喉乾いてね、さっき一口飲んじゃったの。ダメだった?」
「いや、ダメじゃないけど……」
いわゆる……間接キスってやつになるんじゃない?
「え~なに、もしかして疑ってる? 毒とか入ってないって。ちゃんと飲めるから心配しないでよ。ちょっとそれ貸して……」
「ほい……」
俺は言われるまま、ミルクティーの入ったペットボトルを冬華に渡す。
冬華はペットボトルを受け取ると、ミルクティーをゴクリと一口飲んで見せた。
ああ、やっぱりそうなるよね。
「ほらね? 飲めるでしょ?」
「おう。そうだな……って、そんな心配はしてないけどな」
さすがに……毒を入れるなんて思ってない。初対面のクラスメートの飲み物に毒を入れるって、どんな狂気だよ。ヤバすぎだろソイツ。
俺が言いたいのは飲めるか不安だったとか、そんなことじゃなくてだな……。
「はい。じゃあ、これあげるから」
「おお……サンキュー」
冬華が差し出してきた、さっきより中身の減ったペットボトル。
ついさっき、冬華が口をつけたばかりのミルクティーを受け取る。
これを飲んだら、確実に間接キスになるやつで……いやマジで?
これ……俺が飲んで良いのか?




