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(神楽坂視点)


 昼休み。騒がしい廊下を歩きながら、私は考えごとをしていました。


 モブである上原冬華さんが……攻略対象である藍沢陽太さんと付き合い始めてしまったのです。


 これは、重大なシナリオバグです。


 もともと12月に予定されていた告白イベントは、ゲームの主人公──姫川重音さんのために用意されていました。


 それがどういう訳でしょうか。


 5月の段階で、よりにもよってシナリオに存在しないはずのモブキャラが、主人公に勝ってしまったのです。


 しかも、攻略対象である藍沢さん側からの告白というあり得ない展開になってしまいました。


 これは『バグ』なんて生易しいものではないでしょう。


 シナリオの根幹が折れかけていると判断します。


 姫川さんを使ったシナリオ修正は、もう通用しないと思った方が賢明ですね。


 上原さんと藍沢さん。


 あの2人はすでに恋人同士になってしまいました。


 今さら姫川さんから告白させたところで、藍沢さんの気持ちは揺るがないでしょう。


 姫川さんに対しても、もう以前のような誘導は効かないでしょうし。


 彼女自身が上原さんの友人になってしまいましたから。


 ですが……


 バグは修正しなければいけません。そのために私が存在するのですから。


 どうやら、他の手段が必要ですね。新しいカードを切る時が来たみたいです。


 私は生徒会室の前で足を止めました。


 これが私の次の一手です。


 扉を開けると生徒会長が1人で書類整理をしていました。


「おや、神楽坂じゃないか。昼休みに生徒会室に来るなんて珍しいな」


 いつも通りに、長い髪を高い位置で一つに束ねたポニーテール姿の女子生徒。


 制服には生徒会長の証である金のバッジがついている。いかにも生真面目な生徒会長という印象。


「ええ、実は会長にお話がありましてね」


「いいぞ。何でも話してくれ」


 生徒会長の政道聖せいどうひじり


 名家の令嬢にして容姿端麗。さらに学年トップクラスの頭脳。2物も3物も持った女子生徒です。


 まさに、なるべくして成った生徒会長と言えるでしょう。


「実は、生徒会のことでご相談がありまして」


「なるほど生徒会のことか。私で良ければ相談にのるぞ」


 政道さんが穏やかな笑みを作ります。


 この人は姫川さんと違い、品があり隙がありません。


「今年度はイベントが多いですよね。文化祭に体育祭、林間学校。それに球技大会も。正直なところ……現在の役員の人数では、少し手が回らないのではないかと心配しているんですよ」


 私の提案に、政道さんの眉が僅かに上がりました。


 なにせ図星を突きましたから。


「……そうか。実は、私もちょうどそのことで頭を悩ませていてな。生徒会役員があと1人でもいれば、負担も減るのでないかと思っていたところだ」


 そうです。生徒会役員は、私を入れても3人しかいないのです。


「実は、生徒会に相応しい人物を紹介したいと思っているんです」


「ほう、神楽坂にそんなツテがあったとはな」


「はい。会長もきっと喜ぶと思いますよ。……藍沢陽太さん。会長はもちろん、ご存知ですよね?」


 政道さんの手がピタッと止まります。

 

 ほら……反応しました。


 書類を持つ指先に力が入ったのを、見逃しませんでしたよ。


「藍沢陽太…………もしかして、陽ちゃんか?」


 なにせ、藍沢さんは政道さんの幼馴染ですから。


「はい。1年の藍沢さんです」


「陽ちゃんが、コホン……藍沢がこの学校に入学していたのか?」


「はい。私も見てきましたが、彼は真面目で責任感もありますし、周りからの信頼も厚いんですよ。生徒会のお手伝いにはピッタリだと思います」


 嘘は言っていませんよ。


 藍沢さんは真面目で責任感がありますし、攻略対象なだけあって他のモブの方々より能力値が高いですから。


 周囲の信頼だって、クラスのツートップと仲がいいことから相当なものになっています。


「それに……会長も、藍沢さんとは昔から親しい関係なんですよね? 会長が知らない人よりも、幼馴染の藍沢さんの方が……意思の疎通や連携もスムーズじゃないかと思いますが」


「……たしかに藍沢となら仕事はやりやすいだろう。だが……」


「では……決まり、ということでいいですか?」


「待ってくれ。確かに私と藍沢は幼馴染だ。だが、もう10年近く会っていないんだぞ? この学校に入学していたことも知らないくらいだからな……」


「それならなおさら、いい機会じゃないですか? 数年ぶりの再会を、生徒会の仲間としてなんて……ドラマティックだと思いますが」


 政道さんは少し考え込むように目を伏せてから、静かに頷きます。


「……そうか。一度、陽ちゃん……いや藍沢に話をしてみたいところだな。だが、断られる可能性も考慮しておくべきか?」


「いいえ。彼ならきっと引き受けてくれると思います」

 

 私はニッコリと微笑みます。


 藍沢さんは、きっとあなたの頼みを断れません。


 ……政道さん。


 私は立場上、あなたよりも藍沢さんの性格を知っているんです。


 藍沢さんの『困っている人がいたら見過ごせない』という、あの性格を知っているんです。


 生徒会長が人手不足で困っていると知れば――ましてや、それが幼馴染だった『聖お姉ちゃん』であれば――断れるはずがありません。


 そしてなにより。

 

 政道さんも、藍沢さんと会いたいですよね?

 

「そう……だといいのだが」


「大丈夫ですよ会長。彼は真っ直ぐな心の持ち主です。会長の記憶にある『幼馴染』そのままだと思いますよ?」


「……分かった。神楽坂を信じよう。新役員を入れるべきか、放課後に副会長を交えて話し合いをするとしよう」


「ええ、それがいいです」


 政道さんは姫川さんと違って主人公ではありません。


 ですが――主人公候補の1人でした。


 つまり、政道さんは「攻略対象と結ばれる資格」を持つ選ばれた存在なのです。


 それ故の幼馴染設定ですからね。この駒を使わない手はありません。


「いい情報をありがとう、神楽坂」


「いえいえ、生徒会役員として当然のことをしたまでですから」


 藍沢さんに、正面から『上原さんと別れてください』と言ったところで、受け入れてもらえませんから。


 手を打たせてもらっただけのことです。


 藍沢さんの、あの真っ直ぐな目。


 一度決めたことを曲げない性格。


 藍沢さんの心を動かすには環境を変えるしかありません。


 上原さんとの間に距離を作り、同時に政道さんとの距離を縮める状況を、自然に作り出せばいいんです。


 それが……生徒会。


「それでは会長。私は失礼します」


 政道さんに挨拶をして生徒会室を後にしました。 


 政道さんは生徒会長という役柄、昼休みと放課後のほとんどを生徒会室で過ごしています。


 もし藍沢さんが生徒会の役員になれば……業務の手伝いという名目で、かなりの時間を政道さんと過ごすことになるでしょう。


 そして同時に……上原さんとの下校ができなくなります。


 表面上は『学校生活の一環』です。誰も不自然には思わないでしょう。


 ああ……なんて完璧な計画でしょうか。


 ――上原さん。


 あなたには……モブに戻って頂きます。


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