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俺は冬華の部屋のチャイムを鳴らした。
「はーい、今いきまーす」
土曜日の午後。
冬華には、家を出る時に「今から行く」とメッセージを送ってある。
寄り道したから少し時間がかかってしまったけど、だいたい予定通りの時間に着いた。
「よっ、冬華」
「時間通りだね陽太。さ、入って」
冬華が笑顔で迎えてくれた。
今日も俺の彼女はかわいいくて最高だ。
「お邪魔しまーす」
「う、うん。どうぞ……」
おお……前回とは全然気分が違うな。
前は びしゃびしゃに濡れた状態でお邪魔してしまったせいで『パツパツのTシャツと寸足らずジャージ姿』だったっけ。
あれは……恥ずかしかったな。
今日はちゃんとした私服で、しかも手土産だって持ってきてある。
今回は『緊急事態』じゃなくて『彼氏』として遊びに来ているからな。
「冬華の部屋って、やっぱ綺麗だよな。この前も思ったけどさ」
「えっ、そ、そう? まあ……掃除はしてるかな?」
「これ、冬華と食べようと思って買ってきたんだ」
「もしかしてケーキ? わあ、嬉しい……」
「おっ、よかった。冬華はケーキ好きだもんな」
「そうだけど。何で私がケーキ好きってわかったの?」
「この前、姫川さんと3人でカフェに行っただろ?」
「うん、映画のあとに行ったところだよね」
「あの時の冬華は、どうみてもケーキが好きにしか見えなかったぞ」
「あ……そうだったんだ。なんか、恥ずかしいな」
「そんなことないって」
すごくかわいかったし、恥ずかしがることないと思うけどな。
「じゃあ、とりあえず座ってよ。飲み物持ってくるね。何がいい?」
「うーん、俺はなんでもいいや」
「……じゃあミルクティーでいいかな?」
「いいね、ミルクティー。最高じゃん!」
「ふふ。陽太、ミルクティー大好きだもんね……」
座って待っていると、冬華がペットボトルをフォークを持ってきた。
「ありがとう冬華。それじゃ食べようぜ」
俺が持ってきたケーキはモンブランとショコラケーキだ。
冬華は目を輝かせながら食べていたが、食べ終わってしまうと急にソワソワし始めた。
「陽太。その、何……する? まだ早いし、映画でも……見る?」
早いってなんだろうか?
意味がわからないが、映画もいいな。
「いいね。映画見れるの?」
「えっと……ちょっと待ってね」
そう言うと、冬華はスマホで配信サイトを開いて、映画のジャンルを見せてくれた。
「これとか、こういうのは?」
こないだ見た映画はミステリー色の強いものだったから、違うタイプがいいかもな。
「このアクションとか面白そうじゃね?」
「そうだね。これ見ようか」
テーブルの上にスマホをセットして、冬華が再生ボタンを押す。
この映画はスパイがタイムスリップしてしまう話らしい。
なかなか興味深い展開かもしれない。
◆
(冬華視点)
……ダメだ。
映画の内容が、全く頭に入ってこない。
理由は簡単。隣に陽太がいるから。
私の家で、こんなにも近くで隣に座っている。
肩が、ほんのわずかに触れている。
陽太の体温が伝わってくる。呼吸のリズムが聞こえる。画面を見ている横顔。
もしかしたら、この後で……陽太が迫ってくるかも知れない。
そう考えたら映画なんか集中できるわけがない。
「…………」
気づくと、私は映画じゃなくて陽太の横顔をずっと見ていた。
「……冬華」
「ひゃっ!?」
あぁ、バレた。
「この映画、あんまり面白くない?」
「そんなことないよ!」
「そっか、まあ俺もあんまり集中できてないかも」
「えっ……」
陽太が少しだけ笑って、私から目を逸らさないまま言った。
「俺も、映画よりも冬華がきになるからさ」
「な……っ!」
さらりとなんてことを言い出すのだろう。
スマホの画面では映画が流れているけど、もう完全にBGM状態だ。
「……ねえ、陽太」
「ん?」
「……手、握ってもいい?」
自分で言っておいてなんだけど、とにかく恥ずかしい。
「……いいに決まってんだろ」
テーブルの上に置いていた手に、そっと陽太の手が重なった。
「…………」
「…………」
指を、ゆっくりと絡めるように手を繋いだ。
それだけのことなのに、胸が一杯になった。
映画が終わっても、陽太は一向に迫ってくる気配はない。
ただ、普通に話して、笑って。いつも通りの陽太だった。
そして夕方には帰っていった。
「普通に、遊んだだけ?」
……そういうこと目的じゃなかったんだ。
色々と用意していたけど私の勘違いだったらしい。
そのことに気がつくと、とたんに恥ずかしくなる。
「いや、でもこの先きっと使うはずだから……」
そう、私は陽太と付きっているのだから。




