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(冬華視点)
告白から数日後。
私は今、藍沢陽太の彼女である。
……もう一回言っていいかな?
私は今……藍沢陽太の彼女です。
私が陽太の彼女!?
何度繰り返しても信じられない。夢じゃないか不安になって、何回も起きてスマホを確認してしまったくらいだ。
手元のスマホには、陽太とのトーク画面が表示されている。
最後のメッセージは昨日の夜の「おやすみ。また明日な」だ。
くぅ~~っ
……これ、付き合ってる人のやつだよね?
ネットとか少女漫画とかでよくみたやつだよ!
あの時は、なんだよこのラブラブども。見せつけやがって『爆発しろ』 とか思っていたりしたけれど……
まさか……私がそのメッセージを受け取る側になるなんて。
――ほんと『◯ね』 とか言ってごめんなさい。私が間違ってました。
今が1番最高です。生きていて良かった……
それはそうと。
今日の昼休みに、私たちのことを姫川に報告することになったのだった。
私と陽太が付き合い始めたことを、姫川にキチンと報告するのだ。
正直、私は戸惑っている。
単純に……怖いのだ。
姫川が陽太に好意を持っていたことは、私が一番よく知っている。今までずっと戦っていた相手だから。
姫川も陽太もそのことは知らないだろうけども。
隠し続けるのは姫川に対して不誠実だ、と陽太は言った。
今回の姫川とは正面から陽太を取り合っていたにも関わらず、なぜか仲良くなってしまっていた。
私としては不本意だったけど、陽太の言ってることに同意してしまったのも事実。
陽太と相談して、ちゃんと姫川にも伝えようということになったのだから、しっかり伝えないといけない。
◆
昼休み。ピロティのいつものベンチ。
今日の姫川さんは遅れてやってきた。
「おまたせ~! 購買混んでてさっ」
珍しく弁当じゃなかった姫川さんは、購買にパンを買いに行っていたのだ。
いくつかのパン袋を片手に、姫川さんが元気よく走ってきた。
「思ったより早かったよ。俺たちも今来たところだし。なっ?」
「うん……そうだね」
「ほんと? よかった~」
いつも通りの口調を心掛けたけど、冬華はは微妙に声が硬いかもしれない。
それも仕方ないことだと思う。
これから姫川さんに言うことを考えたら……やっぱり緊張してしまうだろう。
隣に座った姫川さんがパンを開けながら、「ね~今日もどうしたの? 2人ともなんか表情が固いけど~。またケンカしたの?」と笑っている。
多分だけど……姫川さんも俺たちに気を使ってくれているのかもしれない。
だから、ここで誤魔化しちゃいけない。正直に言わないと。
「……その。姫川さん……あのね……」
「ん?」
冬華が切り出すが、緊張しているのか次が続かない。
ここは、俺が言うべきだろう。
冬華に目配せをして、この先を引き継ぐことにした。
「姫川さん。少し、話があるんだ。聞いてくれないか?」
俺が真剣な口調で言うと、姫川さんはウィンナーマヨがサンドされたパンを頬張りながらこちらを向く。
姫川さんの目が、何かを察しているみたいだった。
さっきまでの笑顔が消えている。
「うん……何、どうしたの?」
隣にいる冬華が、少し緊張しているのがわかる。
俺は姫川さんに見えないように冬華の手を握った。
「その実は……俺たち、付き合うことになったんだ」
「……うん。そうだよね。実はさ、なんとなく、分かってたかな……」
「え……?」
「だってさ〜昨日から、2人ともおかしかったもん……」
あれ……バレてた?
って、さすがにバレるか。昨日の俺たちは明らかに挙動不審だった。
「……そっか。でも付き合うことにしたのはその後なんだ。で、まあ……姫川さんには、ちゃんとこのこと伝えたくてさ」
俺がそう言うと、姫川さんは一瞬だけ……ほんの一瞬だけ、目を伏せた。
長い睫毛の奥にある瞳が、沈んでいるようだった。
手に力が入っているのか、パンも少し潰れていた。
でも、その変化は本当に一瞬のことだった。
「良かったじゃん!」
次の瞬間には、いつもの太陽みたいな笑顔が戻っていた。
「……おめでとう! 2人とも、お似合いだと思ってたんだよ!」
「姫川さん……」
「やだなあ、上原さん。そんな顔しないでよ~。私は大丈夫だってば」
少し潰れてしまったウィンナーマヨパンを持ったまま、姫川さんは笑った。
笑っていたけど――
「そっかぁ……私、上原さんに敵わなかったかぁ……」
小さく、そう呟いた。
「なんとなく、分かってたんだ。上原さんの方が、私よりも藍沢くんのこと好きなんだろうなって」
「…………」
「藍沢くんも……私より、上原さんのことが好きだったってだけでしょ?」
「姫川……さん……」
「そりゃ、悔しいよ。悔しいけど……しょうがないじゃん? でも私、ちゃんと負けたんだなって。そう思ったの……」
声は明るい感じなのに、ほんの少しだけ震えている。
いつもの姫川さんなら絶対に見せないような、小さな小さな動揺があった。
「……ごめん」
俺は、反射的に姫川さんに頭を下げた。
「やめてよ、藍沢くん! ここは謝るところじゃないんだって!」
「でもさ……」
「いいんだよ。藍沢くんは、自分の好きな人を選んだだけでしょ? それは、すごく正しいし、ごく普通のことだよ」
姫川さんの声は、強かった。そこに卑屈さなど微塵もない。
冬華を認めて、そして潔く負けを認めたのだ。
すごく心が強い女子だと思った……素直に感心した。
もし逆の立場だったとしたら、俺はこんな風に振る舞えただろうか?
「それに、私だって上原さんのこと好きだしね……あっ、友達としてって意味だからね? 藍沢くんと上原さんを取り合うとかじゃないから安心して。あはは」
「はは。姫川さんと冬華を取り合うとか勘弁だしな」
「姫川さん、ありがとね……」
「いいんだよ~。私、上原さんのこと好きだし」
冬華と姫川さんの間には、俺には分からない女同士の友情がある。
ふとした瞬間に女子トークをしていたりと、女子同士で価値観が合うのだろう。
俺には踏み入ることの出来ない、2人の世界がある。
この関係を、俺のせいで壊したくなかった。
……壊れなくて良かったと思う。
「でも、ひとつだけ条件がありまーす!」
「ん?」
姫川さんがビシッと人差し指を立てた。
「これからも3人でお昼食べようね! それだけは続けたいんだ。これからも友達として仲良くして欲しいの」
「……うん。もちろんだよ!」
「なんだよ。そんなの当たり前だろ!」
「やったぁ! でも……あんまりラブラブなの見せつけるのNGね? そしたら藍沢くんのこと、思いっきりビンタするからね!」
「えっ……何で俺だけ?」
「だって、上原さんは私の友達だし……叩くわけにいかないじゃん?」
姫川さんが勢いよくパンにかぶりついた。
「そーだな……」
なんか腑に落ちないけど、まあいいか。
「楽しそうだね……私も一緒に陽太のこと叩きたいな」
「いや、ダメだろっ! そこは守ってくれよ」
「いいね、それ!」
「よくねえしっ!」
「ふふっ」
「あはは」
いつの間にか固い雰囲気はなくなっていた。
俺の隣では冬華が微笑んでいる。
好きな女子が幸せそうにしているのを見ると、心が温かくなる。
そして、友達である姫川さんの楽しそうな姿も、同じくらい俺の心を満たしてくれる。
俺はこの関係を守りたい。
恋人も友人も、どちらも俺にとって大切な存在なのだから。




