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翌日の昼休み。
チャイムが鳴ると同時に、緊張が一気にせり上がってきた。
落ち着け、俺。まだ昼だろ?
放課後まで、まだまだ時間はあるってのに、どうしたんだよ。
俺がこんなに緊張しているのは理由がある。
……放課後、自分の気持ちを冬華に伝えるつもりだからだ。
昨日、冬華が部屋で寝てしまった後。俺はしばらく冬華の寝顔を見つめていた。
そこで覚悟を決めたんだ。
明日の放課後、冬華に告白する……と。
で、今日になったわけだけど……
告白、か。
脳内で『告白』 という言葉を 再生しただけなのに、信じられないくらい緊張する。
でも、今日告白しなかったら……ずるずるとこのまま行ってしまいそうだ。
そうなれば、チャンスを逃してしまうかも知れない。
冬華にあんなことを言わせておいて、何も言わないなんて……男としてダメだと思う。
冬華が昨日のことを覚えてないとしても……だ。
「藍沢くーん、上原さーん! 待ちに待った、楽しいお昼の時間ですよ~」
姫川さんが、いつも通りの明るい笑顔でこちらにやってくる。
隣の席では、冬華がカバンから弁当を取り出している。
冬華とは朝に「その、昨日の私って、陽太に変なことしてないよね?」と確認されてからほとんど話を出来ていない。
意識しすぎて、普通に接することが出来ないでいる状態だ。
「姫川さんは……いつも元気だね。そっか、もうお昼なんだ。早いね」
「そ、そうだな。早いな……」
話しかけられて、不意に冬華と目が合った。
「…………」
「…………」
2人ともそれ以上、言葉が続かなかった。
冬華は、俺が1番気兼ねなく話せる相手のはずなのに。
いったいどうしたというんだ。この気恥ずかしさはどこから来るんだ?
冬華の様子もおかしい。
凛とした大人びた雰囲気の冬華はどこへやら。
今日の冬華は、まるで恥じらう乙女みたいに頬を染めて、俯きながら上目遣いをしている。
無言で目が合う時間が長くなるにつれ、冬華の顔が赤くなってきて、どんどん伏し目がちになっていく……
それを見ている俺も、どんどん恥ずかしくなってきて……
ぐはっ、ダメだっ! 見てられない!
……まずい。
告白するまでは、普通に接しなきゃって思ってるのに、昨日のことが頭をよぎって冬華の顔がまともに見れない。
ドライヤーで髪を乾かしてくれた時の近さとか。
テーブルに突っ伏して寝てしまった寝顔とか。
パツパツのTシャツと寸足らずのジャージ姿を見られたとか……まあそれは良いとして。
俺の意志と関係なく、全部が鮮明に思い出されてしまう。
「んん……あれれ?」
姫川さんが不思議そうに、俺と冬華を交互に見ている。
……まずいまずい。
絶対に不審がられている。とにかく、いつも通りにしないと。
俺たちが昼食を食べる時は、目立つと言う理由から教室ではなくピロティに移動している。
まずは教室を出た方が良さそうだ。歩いていれば気が紛れるだろうし。
「じゃ、じゃあ、飯食いに行くか」
「うん、行こう」
ピロティまで来たが、まったく気が紛れなかった。
いつのもベンチに座ると、姫川さんが「今日のお弁当見て見て~!」と弁当箱を開ける。
テンションが高い姫川さんと違って、俺と冬華はずっとぎこちないままだ。
「あ、あの……よ、陽太。こ、これ、卵焼き……」
「お、おう! あ、ありがとう」
いつもようにオカズをくれる冬華だが……
普段なら有無を言わさずに「あ~ん」してくるのだが、今日は違った。
真っ赤な顔で明後日の方を向きながら目をつぶっていて、卵焼きを持つ手も震えている。
「こ、これ……っ。その…………」
冬華の手が、ぴくっと震えた。
これは……落としてしまう前に受け取った方が良さそうだ。
それなのに……卵焼きに伸ばす俺の手も震えそうだ。
「…………」
「…………」
「…………あの~、お2人さん?」
姫川さんが、箸を止めた。
いつもの明るい声と違う、少しだけトーンを落とした疑うような声。
「なんかさ〜、いつもと雰囲気違くない?」
……え?
「「そんなこと……」」
冬華と、同時に否定してしまい、互いに顔を合わせる。
なにか言わないと……
「「そうじゃなくて……」」
次も完全にシンクロしてしまい、姫川さんが「プッ」と吹き出した。
「いやいや、さっきから何なのそれ? ……あっ、わかった! ケンカしたんでしょ?」
「……………」
「上原さん、モジモジしちゃっていつもと全然違うじゃん。藍沢くんもよそよそしいしさ〜」
「よそよそしいか? そ、そんなことない……と思うけどな。ははっ」
「ふ〜ん、どっちが悪いか知らないけどさ……早く仲直りしたほうが良いよ?」
「うん…………そうする」
「……えっ!?」
なぜか、冬華が仲直りすることを受け入れた。
俺たちケンカなんてしてないのに……
えっ? もしかして知らない間にケンカしてたの?
してない……よな?
「ほら、藍沢くん。上原さんが素直になってる内に謝っちゃいなよ〜」
あれ〜? これは……俺が謝る感じ?
隣を見ると、冬華が下を向いて真っ赤な顔になっている。
「ほらほら、藍沢くん! 男らしくバシッと謝って!」
「お……おぅ」
全く意味がわからないが、この雰囲気で謝らないでいたらダメな気がする。
「あ、ああ……冬華……その、ごめん。悪かったよ? その、いつも通り仲良くしてくれると、嬉しい」
何に謝ればいいか分からないけど、冬華を真っ直ぐ見つめて、そう言った。
「うん、わかった……私もごめんね、陽太」
冬華も空気を読んだのか、同じように謝ってきた。
「やったあ! これで元通りだね藍沢くん。さっ、2人とも。仲直りの握手だよ」
「……マジで?」
「マジだよ~。早く早く!」
困惑する俺を気にせず、姫川さんはニコニコと笑っている。
冬華はというと、姫川さんの提案を素直に受け入れて右手を出してきた。
こうして俺たちは『ケンカしてないのに仲直りする』と言う、意味不明な体験をしたのである。
俺と冬華が握手したのを見て、姫川さんは満足したみたいだった。
その笑顔はいつもと変わらない。太陽みたいに明るくて、裏表がない。
でも、一瞬だけ。ほんの一瞬だけど……
その目が、微かに曇った気がした。
「なあ……姫川さん」
「ん~? なに、藍沢くん」
「……いや。なんでもない」
「え~なにそれ。藍沢くんってば変だな~」
姫川さんは何事もなかったように笑ってから、弁当を食べ始めた。
「私はさ。2人が楽しそうなら、それでいいかなって……」
そう言って掴んでいた焼売を口に入れた。
「あの……姫川さん」
「……んぅ?」
「……ありがとね」
「……どうしたの上原さん? お礼言われることじゃないて~恥ずかしいじゃん? もうやめよ?」
「うん……わかった」
「私たちの仲じゃん。気にしないで……でも、どういたしまして」
姫川さんが悪戯っぽく笑う。
冬華もつられて、小さく笑っている。
正直に楽しいな、と思った。
3人でいるこの時間が、俺は好きだ。
だけど、俺は……今日この関係を、変えようとしている。




