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(冬華視点)


「……うん、もういいと思う。乾いたんじゃない?」


 ドライヤーを止めると、部屋が急に静かになった。


 打ちつける雨の音と、エアコンの風の音だけが聴こえる。


 すると陽太が振り返った。


 ――近い。


 顔と顔の距離が三十センチもない。


「ひゃ……!」


 私は反射的に後ろに飛び退いてしまい、頭を壁にぶつけてうずくまる。


「だはっ…………」


 おまけに変な声が出てしまって恥ずかしい。


「お、おい、冬華……大丈夫か?」


「だっ、大丈夫! 大丈夫だから……!」


 いや、大丈夫じゃない。そこそこ痛い。いや、かなり痛いです。


 なんでかわからないけど、心臓がバクバクして、体が全くいうことを聞かない。


 ヤバい。このままだと、おかしな女だと思われる。


 せっかく今までいい感じできてたのに。


 今まで何回もループしながら陽太を攻略していたのに……こんなことあった?


 自分の声が聞こえないほど心臓がドクドクいっている。


 もう顔が熱くて仕方ない。


 私の顔、絶対に赤いと思う。林檎みたいに真っ赤になっているんじゃない?

 

 急になんでなの? 学校にいる時は全然平気だったのに。


 さっき陽太に会ってからだよね? 私、どうしてこんなに動揺してるの?


 分からない……なんで、なんで、なんで、何で?


 これまでのループで、陽太と何度も会話してきた。

 

 何度も隣に座って、何度も目を合わせてきた。

 

 特に今回は本気でやろうって決めて、それこそ積極的に攻めてきたのに。


 それなのに……


 さっきから、陽太の行動や言葉ひとつひとつに、私の心臓がかき乱されていく。


 順調に攻略しているつもりだったのに、急に全部が狂っていく。


 もう……陽太のことしか、考えられない……


 もしかして……これが?


 これが『恋』なの?


 攻略とか考えられない。好感度を稼ぐとか、もうどうでもいい。


 ただ純粋に、この人の……陽太の近くに居たいと思ってしまう、この気持ち。


 この人に、もっと近づいて……できれば、触れたいと思ってしまう気持ち……


 この気持ちに名前をつけるなら、それはきっと――


「……冬華、どうした? さっきからなんか変だぞ。顔も赤いし。そういえば帰り道でも顔が赤かったな。もしかして熱あるんじゃないのか?」


「なっ……ないから! 熱なんてないから!」


「でも、さっき雨に濡れてただろ。今日は少し寒かったし――」


 いやーっ! 陽太がすごい近寄ってくる。


 まってまってまってまってまって――!


「大丈夫だってっ……言っ……てるのにぃ」


 私は顔を両手で覆った。

 

 もう、無理だ。


 陽太の顔が見れない。見たら、私はおかしくなってしまう。


「……冬華?」


 陽太の声が、すぐ近くで聞こえる。


 指の隙間からコソッと見ると、陽太が心配そうな顔で私を覗き込んでいた。


 その目は、雨の中で追いかけてきた時と同じで。


 まっすぐで、真剣で。

 

 ……だめだ、かっこいい。直視できない。


「……ねえ、陽太」


「ん?」


「……今日は、ありがとう」


 両手で顔を隠したまま、私は言った。


「私のこと追いかけてきてくれて。……庇ってくれて。嬉しかった……かも」


「いや、俺はただ――」


「…………」


「…………」


 なにこれっ!? 間が持たない……そ、そうだ!


「えっと……とりあえず、何か飲もうか? 服乾くまで時間掛かるし。冷蔵庫に……飲み物あるからさ」


「……あ、ああ。ありがとう」


 もう無理ですって。


 ここは話題を逸らすしかない。


 これ以上、この空気の中にいたら、変なことを口走りそうな気がする。


 私は立ち上がり、火照った顔のままでキッチンへ向かった。


 冷蔵庫を開けると――あった。


 オレンジジュースが1本と……そう、これは私のよね。


 キンキンに冷えた缶を2本取り出してテーブルに向かう。


「じゃ、呑もうか?」


「そうだな」


 プシュ、と気持ちの良い音を立てて、プルタブを開ける。


「じゃ、乾杯!」


「かんぱい??」

 

 缶をぶつけ合い、ゴクリと一口飲んだ。


 喉を突き抜ける炭酸の刺激と甘さのあとに来る独特の苦みが懐かしい。


「ん~美味しい!」


 ……ふう。落ち着くわね。


 いろいろあった日は、やっぱりこれよね――


 ……ん?


「…………」


 手に持っている缶を、改めて見る。


 梅酒ソーダ。アルコール度数、5パーセント。


「…………」


「あのさ……冬華? それ何飲んでんだ?」


 陽太の、不思議そうな声が聞こえた。


「もしかして……それって」


「…………」


 私は今、何を飲んだ?


 仕事帰りのOLのノリで、冷蔵庫にあった梅酒ソーダに手を伸ばし、ろくに確認もせずに開けて飲んでしまった。


 だけど――私って、今さ。高校生だったよね!?


「あっ……そのっ!」


 とっさに叫んだ。


 手が震えて、缶がパキッと甲高い音を立てる。


「い、いや! これは、その……間違って、買っちゃっただけで……!」


「間違って……買った?」


 陽太が、怪訝そうな顔でこちらを見ている。


「ち、違うの! ……パッケージがいい感じだったから……お酒って気づかなくて買っちゃって……!」


 この梅酒ソーダは、確かに間違えて買ってしまったものだ。OL時代のクセで……つい。


 もちろん、普段から飲んでいるわけじゃない。


 この体は高校生だから、お酒は飲んでいない。


 だけど捨てるのも、もったいない感じがして冷蔵庫に入れていただけというか。


 テンパった拍子に、前世のOLの体が覚えていた「帰宅後の一杯」というルーティンを発動してしまっただけで。


 私は元OLなんです、なんて……そんなこと説明できるわけがないし。


「……普段から飲んでるわけじゃ、ないんだよな?」


「当たり前でしょ!? 飲んでるわけないじゃん! 私、高校生だよ? ……今日は、その、動揺してたから……つい……間違って」


「そっか……でも一口飲んじゃったわけだし。とりあえず、水飲んだ方がいいんじゃないか?」


「う……ん……そう……だね」


 あれ。なんだろう。


 急に、部屋が揺れてる気がする。


 ……頭が、ぼうっとするっていうか。


 嘘でしょ……たった一口で?


 アルコール度数、たかだか五パーセントしかない梅酒ソーダを、たった一口飲んだだけなのに。


 OL時代なら缶ビール3本くらい余裕だったのに、この体は……高校1年生の体は、アルコールに対する耐性が全く無いっていうの?


「……あれ、おかしいな……なんか、ふわふわする……かも」


「お、おい! 冬華、大丈夫か!?」



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