28
(冬華視点)
あれ……何してるんだろう、私。
自分の部屋の前で鍵を探しながら、私の頭の中は大パニックに陥っていた。
男の子を? 家に? 上げる??
男性を自宅に招く時の心得くらいは、雑誌で読んだことがある。
部屋は清潔に。軽く飲み物を出す。変に期待させすぎない。適度に距離感を保つ。
――知識だけはある。
でも、経験はゼロ。
「冬華、俺……こんなずぶ濡れのままで良いのか?」
「うん、大丈夫っ。大丈夫だから……」
OL時代だって、男性を自宅に招いたことなんてなかった。
男の人と付き合ったことだってないのに、家に男の人を連れ込むなんて、あるはずがない。
ああ――それなのに。
なんで私は、陽太を家に誘ってしまったのだろう。
「ちょっと待ってね……今、鍵を……もう……どこかな?」
いや、理由なんて分かってる。
陽太が私を庇ってくれて。そのせいでずぶ濡れになっちゃって。
このまま帰したら、絶対に風邪を引かせちゃうから……なんだけど。
だからって、男の子を家に誘って良かったの?
ああもう。正解が分からない!
「あった……」
なんとか鍵を見つけた私は、扉をガチャと開いた。
ホッとして隣を見ると、陽太が服を絞っている。
変にテンパったせいで、鍵を探すのに時間がかかったからだろう。
陽太を待たせてしまったのかも知れない。
「あ、開いたよ……どうぞ。狭い部屋だけど」
「お、お、お邪魔します」
陽太が、少し緊張した声で言った。
だけど、私の方が絶対に緊張してるはず。いろいろと舞い上がって、とにかく訳がわからない。
ふと陽太を見ると、髪から水がポタポタと落ちていた。
……そうだ。タオルよ。まずタオルを出さなきゃ。
「今、タオル持ってくるから!」
私は急いでクローゼットに向かい、バスタオルを探す。
「ええと……これでいいよね?」
適当なバスタオルを持ってダッシュで戻ると、玄関先で落ち着かない様子の陽太が立っていた。
「はい、これ。……とりあえず拭いて!」
「ありがとな……助かるよ」
「ううん、私のせいで陽太が濡れちゃったんだもん……このくらいさせてよ」
「………………」
陽太がタオルで髪を拭き始める。
ぐしゃぐしゃと無造作に、男の子らしい乱暴な力強い手つき。
なにこのご褒美……こんな至近距離で?
だめだめ……見ちゃダメ。
濡れた制服が肌に張り付いて、体のラインがいつもよりくっきり見える。
普段は制服に隠れている肩が、想像してたよりもたくましくて。
ああ……見ちゃダメって言ってるでしょ!
なにしてるのよ、私。
「あ、あの。濡れた制服、このまま着てたらダメだよね。……その、き、着替える?」
「着替えるって? 俺、替えの服ないけど」
「私の服貸すから、その間にドライヤーで乾かそうかなって……」
「え? いや、そこまでしてもらわなくても――」
「ダメ。陽太を風邪引かせたくないの!」
「ん……じゃあ……おねがいします」
あれ……でもどこで着替えさせたら?
私の部屋はワンルームなわけだし、玄関で着替えてもらうしかないか。
「服持ってくるから待ってて!」
こういう時は、メンズサイズの大きめなTシャツを貸して――。
「って……ない。そんな服、ない!」
焦って声が裏返ってしまう。
私がこの世界で揃えたのは、すべて「陽太にかわいいと思われるための、完璧な女子の服」だけ。
結局、私が選んだのは中学時代の使い古したジャージと、パジャマとして使ってるキャラもののTシャツだった。
「……陽太。着替え、これしかなくて。ちょっと、小さいかもだけど」
「ありがとな冬華……あの、俺、着替えるから。その……」
「うん、いいよ着替えて?」
「いや、そうじゃなくて……」
「…………あっ! ごめん!」
そうだよ。着替えるのに私が見ててどうするの!
これじゃ、変態みたいじゃん。
私のほうが陽太よりも、精神年齢はひと回り以上も上のはずなのに。
さっきから全然、大人の女子ムーブが出来ない。
「あ、あ、あの! じゃあ私、向こう行ってるから、終わったら言ってね」
――数分後。
「冬華、終わったぞ」
玄関へ続くドアを開いた私は、一瞬言葉を失った。
パツパツのTシャツに丈の足りないジャージ。そして、気まずそうに視線を逸らす陽太。
「冬華……ごめん。服、伸びちゃうかもしんない」
……だめだ。
腕から肩にかけてのたくましいライン、男性ならではの首筋も。全部が生々しすぎて直視できない。
「……最高……かも……」
「そんなわけないだろっ!」
思わず本音が漏れたけど、陽太は冗談として受け取ってくれたみたいで助かった。
でもヤバい、顔が熱い。
はっ……見とれてる場合じゃないでしょ!?
早く服を乾かさないと。いや、それより先に陽太を乾かさないと。
ああ……どっちを先に乾かせば良い?
とりあえず私は、陽太の服をハンガーに掛けて、エアコンのスイッチを入れた。
そしてドライヤーを準備して……と。次は陽太だよね。
「じゃあ……ここ座って」
「ん……おう?」
陽太がおずおずとカーペットに腰を下ろす。
私はその後ろに回り込んで、ドライヤーのスイッチを入れた。
温風で陽太の濡れた髪を乾かしていく。
「…………」
「…………」
ブオーンというドライヤーの音だけが部屋に響いている。
あれ……思ったけど、自分で乾かしてもらえばよかったんじゃ?
でも、こうして陽太の後頭部を間近で見ていると新しい発見がある。
つむじの位置とか。うなじの髪の生え際とか。そういう、今まで見たことのない細かいところが、はっきり見える。
それと、もうひとつ分かったことがる。
陽太って、思ってたより髪が柔らかいんだ……
ゲーム画面越しじゃ、絶対に見えなかった陽太の個性。
知らないうちに、ドライヤーを持つ手が震えていた。
「……冬華」
「ひゃい!? な、なに。なにかな?」
やましいことを考えていたせいか声が裏返った。最高にかっこ悪い。
「いや……ありがとな。こんなことまでしてもらって」
「べ、別に~。これくらい、ふ、普通のことじゃない?」
これ……普通ですか?
絶対、普通なわけないよね!
付き合ってない男の子を部屋にあげて、濡れた髪をドライヤーで乾かしてあげてるなんて。
今までの私の人生で考えても異常事態だっつーの!
なにこれ? 大人の恋愛漫画?
私ってば……ハレンチな世界の住人なの?
「冬華の家って、綺麗にしてるんだな。これ、1人で住んでるんだよな……すごいよ」
「……そんなことないよ。ワンルームだし、狭いから出来るだけで」
「でも、ちゃんとしてる感じがするよ。俺、すごいなって感心した」
陽太の声が、自然体だった。
まるで、お世辞じゃなくて、本当にそう思っているみたいな話し方。
今日の陽太……本当になんなの?
私を不意に庇ってきたり、何気ない一言で、私の心をグラグラ揺さぶってくるんだけど!




