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「ごめん。ちょっとお手洗い行ってくる」
コーヒーを飲み干したあたりで、冬華が席を立った。
「おお、そうか」
「うん。待ってるねえ〜」
店内にトイレはない。冬華はカフェを出て、ビル内にある化粧室へ向かっていった。
その背中を、俺は無意識に目で追ってしまっていた。
それから、5分くらい過ぎた頃だろうか。
「……遅くないか?」
「そう? 女子は時間がかかるものだし、普通じゃない?」
「そっか」
姫川さんはケーキを頬張りながら呑気に答えた。
冬華が席を立ってから随分と時間が経った気がするけど、時計を見るとあれから5分も経っていない。
だけど、妙に長く感じてしまうのは、俺が彼女を意識しすぎているからだろうか?
さらに少し経ったころ姫川さんも不思議に思ったらしい。
「上原さん遅いね。混んでるのかな?」
姫川さんも心配そうに、カフェの出入り口の方向を気にしている。
先日見た告白のシーンを思い出して、俺は妙な胸騒ぎを覚えてしまう。
冬華は他の男から見ても魅力がある女性だ。
……もしかして
「姫川さん、ちょっと悪いけど……」
「ん? どうしたの藍沢くん?」
「俺、行ってくる」
「藍沢くん!?」
俺は短く告げると席を立って、カフェを飛び出した。
◆
……見つけた。
だけど、様子がおかしい。
冬華が、男2人組に捕まっている。俺よりも年上だろう。
大学生くらいの2人組は、ヘラヘラ笑いながら冬華に詰め寄っている。
「ですから、私は友人と来ているので……」
「そんなこと言わないでさ。これから暇でしょ?」
「高校生にしては大人っぽいよね。ちょっとくらい奢らせてよ」
男たちは軽い口調でニヤニヤと楽しそうに冬華に話しかけていた。
ナンパだ。
冬華は冷静を装って大人っぽい対応をしているけど、指先が少し震えている。
無理してるんだ。
「結構です。急いでますので」
明確な拒絶をしているのに、男たちは引かない。むしろ、それが逆効果になっているみたいだ。冬華の冷たい反応を楽しんでいるようにさえ見える。
「えー、つれないなあ。ちょっとだけだって」
「そうそう、固いこと言わないでさ~」
正直、怖い。相手は大人だ。
俺みたいなガキ割って入ったところで引いてくれるのか?
だけど、体が勝手に動いていた。
男の一人が、冬華の肩に手を伸ばした時、俺は冬華と男の間に割って入った。
「……すみません」
声が自分でも分かるくらい震えていた。
それでも俺は冬華を背中に隠すようにして立つ。
「なんだコイツ。邪魔すんなよ」
男の1人が、馬鹿にしたように鼻で笑う。
年上のそれも……チャラそうな2人の男と向き合う恐怖で、膝が笑いそうになる。
心臓の音がドクドクと自分の耳に響いてきて、さっきからうるさい。
だけど、ここで引くわけにはいかない。
背後に感じる冬華の気配が俺を支えてくれている。
冬華が俺の服の裾をギュッと掴んだのが分かった。その力強さに、俺は決意を固めた。
「この人、俺の連れなんで」
男たちは俺を値踏みするように上から下まで見ると、あからさまに舌打ちをした。
「なんだよ、彼氏持ちかよ」
「ちぇっ、行こうぜ。時間の無駄だわ」
男たちは悪態をつきながら、気だるげに去っていく。
姿が見えなくなった途端、全身の力が抜けていく。
「……ふぅ」
俺は深く息を吐き、冬華の方を向いた。
「大丈夫か……冬華」
冬華は、呆然とした様子で俺を見つめていて反応がない。
「……冬華? もう大丈夫だぞ?」
「えっ!? あ、ありがとう」
「おう。気にすんなって」
「陽太……私のこと助けに来てくれたんだ」
「その……冬華の帰りが遅いからさ。心配で見に来たんだ」
「そう……なんだ」
「ああ、来て良かったよ。とりあえず、戻ろうぜ。姫川さんも心配してるし」
「うん」
冬華の反応がいつもと違う気がするけど、無事で良かった。
一緒にカフェに戻るが、隣を歩く冬華の距離がいつもよりほんの少しだけ近い気がした。
俺の中でも、何かが確実に変わっている。
――冬華は守りたい存在だ。
それを、自覚したからだ。
◆
(冬華視点)
昼近くから急に窓の外が暗くなっていき、昼休み明けには雨が振り始めていた。
放課後には、外が白く霞むほどの豪雨になっていた。
「うわー、この雨ヤバいって」
「勘弁して欲しいわ。傘持ってきてねーし!」
この大雨で教室がざわついている。
天気予報では曇りだったはずだから、傘を持ってきていない生徒が大半だろう。
……でも、私は違う。
私はこの出来事をゲームを知っている。それに、この世界でも既に体験済み。
今日この時間帯に、予想外の豪雨がくることを知識として知っているのだ。
鞄の中には、折りたたみ傘が2本ある。1本は私の分。もう1本は――。
「本当に雨降るとは思わなかったな」
振り返ると、陽太が鞄から傘を取り出していた。
昨日、私が「明日は絶対に傘を持ってきてね」と念を押しておいた、あの傘だ。
「冬華の言う通りだったな。天気予報だって予想してなかったのに。マジですげーよ」
「ふふ、でしょ? ……私、こう見えて天気には敏感なんだ」
雨が降ることを知っていたなんて、口が裂けても言えないけど。
こういう小さな出来事を積み重ねて、地道に好感度を上げていく。
それでも、こうやって陽太が素直に感心してくれるのが、とてもくすぐったい。
攻略は今のところ順調。どのループよりも確実に順調で。このままなら上手くいくはず。
それなのに……
こないだのナンパの件以来、陽太との距離間が難しい。
妙に陽太を意識してしまっている気がする。
「やだー、傘なーい! どうしよう~」
明るい声が教室に響いた。
この声は姫川だ。
窓の外を見て困った顔をしているけれど、その声は困っていると言うよりも楽しそうに聞こえる。
こういう時でも場を暗くしないのが、主人公の強みだと思う。
「えっ、姫川さん、傘ないのか?」
陽太が、姫川に声をかけた。
「うん、今日は降らないと思ってたから~。どうしよう、しばらく待つしかないかなぁ」
「いや、この雨いつ止むか分からないぞ。……俺の傘、使うか?」
――え?
陽太が、自分の傘を姫川に差し出している。
その光景を見た瞬間、私のとある記憶が呼び起こされた。
……これ知ってる。見たことある。
これは通称『雨の日イベント』だ。




