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姫川さんと約束した放課後は、思ったよりもあっさりとやってきた。
「じゃ、今日は映画ってことでいいよね?」
姫川さんが俺たちのところにくると、いつもの明るい声で確認してきた。
よっぽど楽しみにしているのだろう。
アイドル顔負けの大きな瞳が、嬉しそうに光り輝いている。
「うん。今から行けば時間もちょうど良いんじゃない?」
対照的に、冬華は落ち着いた艶のある声で頷いた。
声だけじゃなくて、見た目も落ち着いていて色気みたいなのがある。
この2人はクラスが認めるツートップだ。
かわいい系が好きなら姫川さん。大人っぽい魅力が好みなら冬華……という様にクラスの人気は2人に集中している。
俺は誰もが羨む美少女2人と出かけるというのに、どこかに心がふらついている気分だった。
――数日前。
体育館裏で見てしまった、あの光景が、脳裏に焼き付いて離れない。
恥ずかしそうにする男子と、それを聞く冬華の後ろ姿。そう、告白のシーンだ。
冬華は高校で知り合ったばかりだけど、この先もずっと一緒にいる様な気がしていた。
でも、冬華は俺の恋人じゃない。
誰が冬華に告白しようと自由だし、その逆だって、自由なはずなのに……
あれ以降、このことを考えるだけで頭がモヤモヤする。
「どうしたの藍沢くん。ぼーっとしてるけど大丈夫?」
「え? あ、ああ。ちょっと考え事を……ははは」
不思議そうにする姫川さんに顔を覗き込まれて、俺は慌てて取り繕った。
「はは、変なの〜。でも映画楽しみだね~。3人で見るの初めてだし!」
「そうだな」
「でも陽太って、最近少し変だよね……どうしたの?」
「えっ!? い、いや! 俺にも考えることくらいあるんだって……」
「ふーん……」
実は冬華のことを考えていましたとか、死んでも言えないだろ。
「じゃ、そろそろ行こうぜ!」
「ほーい!」
俺たちは駅前へと向かった。
普段は帰る方向が逆の姫川さんも、今日は駅まで一緒なのが新鮮だ。
「今日は楽しみだな~! 私、映画すっごく気になってたんだ~」
その無邪気な一言で、俺の気持ちも少し軽くなった。
そうだな……今日は映画を楽しもう。
◆
映画館は、平日の夕方にしてはそこそこ人が多い。
学校帰りの学生たち、仕事が休みなのか大人たちも混ざっている。
「さてさて。話題の新作がたくさんありますよ〜。どれにする?」
姫川さんは館内に張り出されたポスターを指さしてこっちを振り返る。
「王道の恋愛系かな? それともアクションもの?」
「当然、ホラー系は論外ね」
冬華が即答すると、姫川さんがアハハと笑った。
「そっか。姫川さんは怖いの苦手だもんな」
姫川さんは遊園地のお化け屋敷で死にそうな顔をしていたし、最後の方では泣きそうな顔で抱きついてきたっけ。
ホラー映画なんて見たら、発狂して退場騒ぎになりそうだ。
「そうだよ。上原さん、私のこと分かってくれてる〜!」
「俺は……恋愛系じゃないほうが良いかな」
恋愛ものなんて観たら、冬華が告白されてたシーンを思い出しそうだし。
最近そのことばかり考えてしまうから、少し離れたい。
「じゃあ〜、このド派手アクションが売りの『WILD EDGE3』か、ミステリーっぽい『レイリー博士とブルース』のどっちかだね。どっちも評判いいみたいだし、どうする?」
「それなら、陽太が好きなミステリーの方が良いかな」
「え? なんで俺がミステリー好きって分かったんだ?」
冬華の言葉に、俺はつい反応してしまった。
確かに、この2つで選ぶなら爆発や銃撃戦満載のアクション系より、謎解き要素のあるミステリーの方が気になっていたのは事実。
だけど、俺がミステリー好きだなんて話、冬華にしたこと無い。
「だって……顔に書いてあったよ」
「でたっ! 上原さんの超能力、怖~!」
冬華が悪戯っぽく微笑み、姫川さんは楽しそうに笑っている。
2人ともかわいいから、このまま切り取っても絵になりそうだ。
それなのに……冬華の方が、いつもよりかわいく見えるのはなぜだろう。
「冬華って、本当に俺のことよく見てるよな……」
冬華の提案もあって、見る映画はミステリー系の『レイリー博士とブルース』に決まった。
「やっぱり映画って言ったら、ポップコーンじゃない?」
「いいね! 食べようぜ」
「異議なし、賛成〜!」
「このペアセットがお得みたいだよ!」
「えーと、Lサイズのポップコーンに、ドリンク2つがついて……1290円か」
「うん、単品で買うより安いね」
「でも俺たち3人いるけど……」
「じゃ、陽太と私でドリンクをシェアして」
「藍沢くんには、私のドリンクあげるから大丈夫だよ?」
「…………」
あの……普通に俺の分を買えば良いんじゃないか?
「俺ものど乾いてるし、ドリンクを1つ追加するよ……」
「え〜、私と半分こして飲んだら良いのに〜」
姫川さんがブツブツ文句を言っていたが、ペアセットとドリンクを買うことにした。
ポップコーンの味は定番のキャラメル味。
席順はいつもの感じだ。
姫川さんが「私、なるべく通路側がいいかな!」と通路寄りに座り、俺が真ん中、中央寄りが冬華。
やっぱり冬華と姫川さんに挟まれる、いつもの形。これがデフォルトらしい。
当然、ポップコーンは俺が持つことになるが、もしかしてこのためかとも思ってしまう。
でも、ポップコーンからはキャラメルの甘い香りがして悪くない。
館内が暗くなると、すぐにスクリーンの光が座席を照らし始めた。
映画が始まると、俺が抱えているポップコーンに両サイドからヒョイヒョイ手が伸びてくる。
冬華も姫川さんも美味しいそうに食べているので、合間を縫って俺もパクリといただいてみた。
キャラメルの香ばしさと甘さ、そこにサクサクの食感が合わさって、すげー美味しい。
今から観る『レイリー博士とブルース』は、天才科学者レイリー博士の死をきっかけに、残された助手の青年が街で起こる不可解な事件を追っていく話らしい。
タイトルから、レイリー博士が主人公かと思っていたが違ったようだ。
信じていた人間が次々と疑わしくなり、
守るべき存在が誰なのか分からなくなっていく……そんな感じの展開。
普段なら楽しめるはずなのに、映画の内容が頭に入ってこない。
今の俺が両手に花の状態だから……と言うは理由ではなく、意識が右側の冬華にばかり向いてしまうからだ。
ふとした拍子に、アームレストに置いた肘が触れそうになる。
冬華は俺のことなんて気にせず、じっと映画に見入っている。
スクリーンの光が淡く照らすその横顔に、思わず見入ってしまう。
――つい最近、告白されてたんだよな。
映画の中では、主人公の青年がヒロインを守るために、命の危険を承知で奔走している。
じゃあ……俺は?
ただの友人として、彼女が誰かのものになるのを黙って見ているだけなのか?
違うだろ。それでいいのか?
冬華が誰かのものになる。そんなのは……絶対に嫌だ。
冬華が俺の視線に気がついたようで、目が合ってしまう。
「……?」
冬華が不思議そうに首をかしげている。
ヤバい。冬華を見過ぎて気づかれた……。
慌てて『何でもない』とジェスチャーをして誤魔化すと、俺は視線をスクリーンに戻した。
――でも、なんでだろう。
俺の中で何かがハマった気がして、さっきよりも頭がスッキリしていた。




