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 日が沈む前に、俺たちは最後の締めとして観覧車に乗ってから帰ることにした。


 ゆっくりと回る巨大なアトラクションなので、だいたい一周で16分程度かかるらしい。


 俺たちは、係員さんに誘導されてゴンドラに乗り込んだ。


 バランスを考えて、男の俺が左の席に、向かい側に冬華と姫川さんの女子2人が並んで座る形になった。


「わあ……すごい綺麗だよ! 見て、あっちに海が見えるよ!」


 観覧車が上がるにつれて見える景色も変わってくる。

 

 結構歩き回っていたから、ゆっくり出来て良かったなんて思っていたけれど。


 楽しそうにはしゃぐ姫川さんの横顔は、アイドルのように可憐で、静かに微笑む冬華の横顔は、女優のように美しい。


 ――俺は、ふと思った。


 正直、今日はこの2人に振り回されっぱなしだったかもしれない……けれど。


 こんな高スペックな女子2人と、一緒に遊園地で遊べるなんて……とんでもない幸運なことなんじゃないか?


 しかも、今はゴンドラという密室にいるわけで。


 こんなことになるなんて、去年までの俺からは想像もつかなかった。


 お化け屋敷で抱きつかれたり、ジェットコースターで手を繋いだり、チュロスを食べさせてもらったり。水を取り合う様を見物したり。いろいろあったな……


 姫川さんが窓に手を当てて外を覗き込むその横で、冬華は静かに景色を眺めている。


 対照的な性格のだけど、どこか似ているような不思議な2人。

 

 夕日が2人の顔を照らしていて、そのまま絵にしてもいいくらいの美しさがある。


 今日もそろそろ終わる。色々あったけど、楽しかったな。

 

「どうしたの……陽太?」


 俺の視線を感じたのか、冬華がこっちを向いた。

 

「……なんでもない。ただ、今日は楽しかったなって」


「そう言ってもらえると、藍沢くんたちを誘ったかいがあったよ~」


「姫川さん、今日は誘ってくれてありがとな」


「そうだね。ありがとう、姫川さん」


「た、たまたまチケットが手に入ったからだよ! そんなに感謝しなくてもいいよ~。あはは」


 俺たちがお礼を言うと、姫川さんは照れくさそうにもじもじする。


 その様子を見た俺は、冬華と目を合わせて思わず笑ってしまう。


 たまに姫川さんは、冬華と険悪な雰囲気になってるような気がしていたけど、俺の思い過ごしだったみたいだ。だって、こんなにも仲が良い。


「ほんと、楽しかったね!」


 もともと今日の遊園地は、姫川さんが冬華と仲良くなりたいいという趣旨で集まったものだった。

 

 冬華ともだいぶ仲良くなったみたいだし、姫川さんの目標は達成出来ただろう。


 ゴンドラが頂上に来ると景色も一段とよく見える。


 茜色に染まる街が最高に綺麗だ。


 俺は今日の出来事を一生忘れないだろう。


 ◆


(冬華視点)

 

 観覧車を降りた私たちは、出口の方へと歩きだした。


「あ、悪い。ちょっとトイレ行ってきてもいいか?」


「うん、わかった。あそこのベンチで待ってるね」


「おう、すぐ戻る!」


 私が答えると陽太が小走りで駆けていく。


「じゃ、あそこで待ってよっか」


「うん、そうだね」


 私と姫川さんは、入場口近くの噴水広場のベンチに腰を下ろした。


 あたりは家に帰る人たちの満足げな空気で満ちている。けれど、私と姫川の間には静寂が支配していた。


「…………」


「…………」


 今日1日見ていたけど、姫川が陽太を狙っているのは間違いない。


 私みたいなモブじゃ、強力な主人公補正をもつ姫川と正面から勝負したら敵わない。


 そんなこと……散々この世界をループしてきた私には、嫌と言うほど身に沁みている。


 だからこそ、入学早々に勝負を仕掛けて好感度を積み重ねてきた。


 その甲斐あって、せっかく陽太と良い雰囲気になってきたというのに……姫川はそれに対抗するかのように、ゲームにないイベントを無理やりねじ込んできた。


 主人公による、まさかのゲームシナリオ無視。


 今はなにを考えているのだろうか?

 

 さっきからずっと笑顔でいるけど、この女は侮れない。


 私はずっと姫川に陽太を盗られ続けてきたのだから。

 

「ねえ、上原さん」


「……ん、なに?」

 

「今日、すっごく楽しかったね。2人と遊園地に来れて本当によかったな」


「うん、楽しかったよね」


 私は、姫川を主人公としてゲームを飽きるほどプレイしていたけど、恋愛ゲームの主人公は万人受けするように性格がニュートラルに設定されているせいか、この世界の姫川とは印象がだいぶ違う。


 今までのループでも姫川を避けるようにしていたせいか、こうやって直接話すことはあまりなかったので分からなかったけど、こんなに積極的な性格に変わっているとは思わなかった。

 

 悔しいけど、姫川の考えは今の私には読めない。


「やっぱり――ちゃんに――もらっておいて正解だったかも……」

 

「え……なにか言った?」

 

「ううん、なんでもない。こっちの話」


「そう……」


「でも私ね……ちょっとだけ、妬けちゃったかも」


「…………」 


 ほらね、なに考えてるか全くわからない。


 この世界は恋愛ゲームのはずなのに。


 登場人物もイベントもゲームと同じなのに。細かい所がゲームと微妙に違う。


 だから……どれだけやり直しても上手くいかなくて、手を焼かされ続けている。


「ジェットコースターの時。藍沢くん、迷わず上原さんの方に行ったでしょ?」


「あれは……私が怖がってたからじゃない。気を使ってくれたんでしょ?」


「そうかな? 私には、すごく自然に見えたよ。……2人だけの世界って感じでさ」


「……………………」


 姫川は気づいているのかもしれない。私たちがジェットコースターで手を繋いでいたことを。


 プレイヤーとして操作してる時の姫川はかわいい主人公なのに、敵として相対するとこんなにも恐ろしい。


「ねえ、上原さん」


「なに……?」


「上原さんってさ。やっぱり、藍沢くんのこと好きなんでしょ?」


「っ……!?」


 まさかの直球できた……。


 だけど、いまさら誤魔化せない。


 今日のやり取りを見ていたら……ただの友達です、なんて言い訳が通じるはずがないから。

 

 ――どうする?


 陽太を好きだと認めれば、姫川にライバルとして認定されるだろう。


 それは世界に愛されている主人公と、ただのモブである私が、正面切って戦わないといけないということ。


 でも……好きじゃない、と答えるのはどう考えてもムリがある。


 仮に好きじゃないと答えれば……嘘つき、素直じゃない人として変な噂を広められるかも知れない。


 そうなれば陽太の耳にも入るだろう。その時、陽太はどう思う?


 私はもう2度と、セーブやリセットの能力が使えない。つまり、失敗したら立て直すことが出来ないってこと。


 ここは……なんて答えれば正解なのか?


「どうしたの? 急に黙っちゃって~」


「いや……その……」


 姫川は相変わらず笑顔だけど、陽太がいた時とは微妙に笑顔の種類が違う。


 多分、裏では複雑な計算をしているはずだ。

 

 くっ……姫川の考えが読めない。


「上原さん……私ね――」

 

「ごめん。待たせた!」


 姫川がなにかを言いかけた時、陽太が帰ってきた。


 タイミングが悪い。いや、タイミングが良かったと言えばいいのか……

 

 陽太は呑気にペットボトルを持って歩いていた。どうやらトイレの帰りにミルクティーを買って帰ってきたらしい。


 姫川は、一瞬で「いつもの笑顔」に戻ると、パッと立ち上がる。


「おかえり藍沢くん! 遅いよ~、大きい方でもしてたの〜?」


「わりぃわりぃ、あの自販機スマホ決済が出来なくてさ」


 ――陽太は何も気づいていない。


 この数秒の間に、私たちがどんな会話をしていたのか。私たちが、どれだけ腹の探り合いをしていたのかも。


 姫川はチラリと私を見て、悪戯っぽくウインクをした。


『答えは、また今度聞かせて』


 なにも言わなかったけど、そう告げられた気がした。

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