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「冬華、顔色が悪いぞ。大丈夫か? もしかして……ジェットコースター、苦手なんじゃないか?」
「え……」
うそっ、陽太が……気づいて、くれた?
姫川に抱きつかれて、とっくに心を奪われたんじゃないの?
それなのに、まだ私のことを気にかけているの?
――そんなわけ、無いよね?
「う、うん……ちょっと、苦手だけど。だからどうしたの?」
強がってみたけど、声が震えているのが自分でも分かる。
「どうしたんだよ、冬華。らしくないな……」
陽太は少し困ったように笑うと、私の手を引いて座席へ誘導した。
「姫川さん、悪いけど1人で乗ってもらっていいか?」
「えっ? あ、うん! 全然いいよー! どうしたの?」
「え……いいの?」
意外にも姫川はあっけらかんとした感じで快く了承する。
「冬華の具合がちょっと悪そうなんだ。心配だから、俺が付き添おうと思ってさ」
「そっか。上原さんって絶叫系苦手なのかも。藍沢くん、ちゃんと守ってあげてね」
姫川はあっさりと陽太をゆずってくれた。主人公ならではの余裕か、それとも善意なのか分からない。
私はこの事態が飲み込めないまま、陽太と一緒に座ることになった。
だけど……気持ちは沈んだままだ。
「ねえ……陽太、本当によかったの?」
「どういうことだ?」
安全バーを固定するよう係員に促され、後ろでは姫川が『楽しみだね~!』と叫んでいるのが聞こえてくる。
「陽太は……姫川さんと乗った方が……楽しかったんじゃない?」
つい、卑屈な言葉が出てしまう。
こんなこと言ったって、惨めになるだけなのに。
「はあ? バカなこと言うなよ。と、冬華を放っておけるわけ、ないだろっ……」
陽太は、安全バーを握りしめる私の震える手に、自分の手をそっと重ねてきた。
「えっ……?」
「大丈夫だ、俺が隣にいるから。こんな時くらい俺を頼ってくれよ……」
陽太の手から温かさがじんわり伝わってくる。
「目つぶってれば、すぐ終わるって」
「……陽太」
ガタン、と音を立ててコースターが動き出した。
カタカタとゆっくりと進みながら上昇していく。
恐怖で叫び出しそうな角度と高さだけど、今は不思議と怖くない。
陽太の手が、私の手を包み込んでくれているから。
お化け屋敷では姫川に負けたけど。
今、この瞬間だけは――陽太は私だけのものだ。
私はまだ、負けてない。
「来るぞ! 冬華」
「……っ!」
コースターが急降下する直前、私は陽太の手をギュッと強く握った。
◆
ジェットコースターに1人で乗り込もうとした冬華の顔は、正直見ていられないほど沈んでいた。まるでこの世の終わりみたいな顔だった。
楽しそうにしている姫川さんの勢いがすごくて圧倒されていたけど、思えば冬華は、お化け屋敷を出てからずっと元気がなかった。
あんな暗い表情の冬華を、放って置けるはずがない。姫川さんは大丈夫そうだし、冬華を優先することにしたけど、正解だったと思う。
俺の手を握ってコースターから降りてきた冬華は、いつもの元気を取り戻したような表情をしていたからだ。
「大丈夫か、冬華?」
「……ありがと、陽太。もう大丈夫」
こんなかわいい女子に潤んだ瞳でそう言われたら、俺のハートがドッキンドッキンしないわけがない。
鼓動が早くなって舞い上がっているけど、冬華の足が少し震えているのには気がついた。
大丈夫と言っているのは、俺の迷惑になると思っているからだろう。
……冬華はそういう気遣いのできる人だから。
「そうか。でも、一応休憩しないか?」
「……うん。じゃあ、そうする」
「姫川さん、一旦休憩したいんだけどいいか?」
「いいよ~! 上原さん、ちょっと具合悪そうだもんね」
俺たちはベンチで少し休憩していたが、ふいに腹が減っていることに気がついた。時計を見ると2時近い。
「ごめんっ! 昼飯の時間とっくに過ぎてた……」
「あ、ほんとだね!」
「ちょっと遅くなったけど、お昼にしようか」
冬華の調子も戻ったので、俺たちは遅めの昼食をとることにした。
なにを食べるか話し合った結果、昼食はフードコートでハンバーガーを食べることになった。
フードコートは昼時のピークを過ぎていたからか、満席で座れないということもない。それなりに賑わっている、ちょうど良い混み具合だ。
席を探すと、すぐに4人がけテーブル席を見つけることが出来た。
「じゃあ、私たちで買ってくるから、藍沢くんはここで待っててね!」
俺が席を確保している間に、冬華と姫川さんの女子組が買い出しにいってくれるそうだ。
しばらく待つと、トレーを持っている2人を見つけたので、軽く手を振って合図を送る。
「藍沢くん、みーつけた!」
「お待たせっ、陽太」
姫川さんと冬華がトレーをテーブルに置いて座る。
俺に渡されたトレーを見ると、何も言ってないのに好み通りのハンバーガーセットだった。
「おお、俺の食べたいものばかりじゃん!」
「陽太なら、これが食べたいかなって。私が選んだの」
テリヤキ味のバーガーに、Lサイズのポテト、コーラ、それとコーン。
完璧と言って良い組み合わせだ。こんなことが出来るのは1人しかいない。
コーンはお子様向けとバカにするやつがいるが、俺はコーンが大好きなのだ。これがあるのと無いのとでは天と地ほどの差がある。
「でも上原さん、悩まずにパパっと決めちゃってたけどね〜」
「相変わらず、冬華ってすごいよな……」
「……? 相変わらずって、どーいうこと?」
ハンバーガーを頬張りながら、姫川さんが興味深そうに質問してきた。
「冬華はさ、いつも俺の好きなものをピタッと当てちゃうんだよ」
「陽太のことは、完全に研……いや、何となく分かっちゃうんだよね」
「へー、上原さんってすごいんだね。あ、藍沢くん、ポテト少しちょーだい!」
「ああ、いいけどって……姫川さん、自分のだってまだあるだろ?」
「人のポテトの方が美味しいって法則だよ!」
「いや、そんな法則知らないけど?」
「いいからいいから。ほら、私のナゲットあげるからさ!」
「ああ、どうも……」
半ば強引にポテトとナゲットをトレードさせられ、俺は苦笑いした。
そのやり取りを、冬華は静かに眺めていたが――
「……やっぱり、陽太って最初はポテト食べないよね」
と、口走った。




